コラム

『China Report』Vol. 33
諸外国の対中認識の動向と国際秩序の趨勢⑩:ロシアの安全保障における「中国要因」

2019-03-27
兵頭 慎治(防衛研究所)
  • twitter
  • Facebook

はじめに
 ロシアを代表する軍事専門家であるワシリー・カーシン(Vassily Kashin)戦略技術分析センター上級研究員(当時)は、「ロシア政府関係者にとって公の場で中国脅威という議論に参加することはタブーだが、ロシアがとる全ての予防措置は、ロシアの主権と領土の一体性に対する中国からの潜在的な脅威と関連しており、それがロシアの外交・国防政策の重要なファクターの一つになっている。」と述べている。4,300キロの国境線を共有し、軍事的にも台頭する隣国中国の存在は、ロシアにとっても気にならないはずがない。最近のロシアの安全保障において、「中国要因」はどの程度存在するのであろうか。
 
1.中国の「一帯一路」構想とロシアの影響圏
 ロシアに直接関係するのは、中央アジアからロシア西部を通る「陸のシルクロード」である。ロシアにとって中国は政治的な友好国であることから、2013年に習近平国家主席が提唱した際には表向きには直接反応しなかったものの、一部の有識者の間では当初警戒感が漂った。それは、同構想の具体的な内容が明らかになっていなかったことに加えて、ロシアが自らの影響圏とみなす中央アジアに中国が国家的意図をもって進出する内容であったためである。現在では、以下の理由から、「陸のシルクロード」に対するロシアの警戒感はかなり緩和されている。第1に、「陸のシルクロード」に関しては、「海のシルクロード」に比べて具体的な経済プロジェクトの案件が少なく、中央アジアに対する限定的な中国の経済進出はロシアの許容範囲内である。第2に、2014年のクリミア併合以降、欧米諸国から経済制裁を受けて国際社会で孤立するロシアは、中国との間で経済的、外交的な結びつきを強めざるを得ない。第3に、習近平国家主席自身が、ロシアを含めた周辺国の潜在的な警戒心を緩和するよう努めたため、「陸のシルクロード」がロシアの影響圏を侵害するものではないという認識がほぼ定着している。そこで、2015年にはロシアが率いる「ユーラシア経済連合」と中国の「一帯一路」構想を連携させるとする「中露共同声明」が発表され、ロシアは表向きには中国の「一帯一路」構想に協力する立場をとっている。
 他方、「海のシルクロード」に関しては、ロシアの影響圏に直接関わるものではないこと、政治的に中露の協調関係を維持する必要があることから、ロシアは否定的な見方を公言していない。それでも、ロシアの有識者の間では、オイルルートの確保や港湾の整備といった海上交通網の整備が主たる内容であることから、南シナ海、インド洋における中国の海洋安全保障の確保という含意があるとの見方が一般的である。2016年6月にプーチン大統領は、中国・インド・パキスタン・イランなどの上海協力機構(SCO)加盟国と「ユーラシア経済連合」を軸に築く「大ユーラシア経済パートナーシップ」構想を提唱しており、中国の「一帯一路」構想に他の枠組みや国々を抱き込むことで、中国の影響力を相対的に減じようとする外交的な試みもみせている。「一帯一路」が「純粋な経済圏構想」なのか、それとも「中国主導の新たな国際秩序づくり」であるのかという議論はロシアにも存在するが、ロシアの「一帯一路」に対するスタンスは、「海のシルクロード」は中国の安全保障上の含意が含まれた国家戦略の一部であるかもしれないが、「陸のシルクロード」はロシアの影響圏を直接侵害するものではなく、現行の中露協調に照らして協力表明を維持するというものである。
 「一帯一路」に対するロシアの認識は、2018年1月に中国が公表した『北極政策白書』の中で「氷のシルクロード」が初めて「一帯一路」の一部であると関連付けられて以降、北極海を自らの影響圏と見なすロシアの中で不信感が高まったように見受けられる。近年、ロシアは、北極海、オホーツク海における自らの影響力を維持するため、大規模な軍事演習を行い、軍事力の近代化を図るなど軍事プレゼンスの強化を図っている。この北極海航路を挟む形で位置する千島列島のマトゥワ島とパラムシル島に新たな軍事拠点を置くことにより、外国艦船がオホーツク海に入ることを軍事的にけん制する動きもみられている。近年、ロシアが北極の軍事プレゼンスを強化し、オホーツク海で大規模な軍事演習を繰り返しているのは、対外的には米軍の接近阻止と説明しているが、中国による北方海洋進出と無関係ではない。ロシアの軍人から、「日本列島に伸びる中国の第一列島線はクリル諸島まで続いているのか」と尋ねられることがある。ロシア極東のカムチャッカ半島まで続いているのであれば、日本海からオホーツク海は第一列島線の内側となり、中国の軍艦が自由に展開したい海域となる。「海のシルクロード」に関しては、海洋進出という中国の軍事戦略と関係があるとの見方が有力であるが、「氷のシルクロード」に関してもそのような軍事的意図があるのではないかと、「海のシルクロード」のアナロジーとしてロシアは捉え始めている。実際に、最近、ロシア軍は、軍事的に重視している地域として、最初に北極を挙げ、その後、クリミア半島、シリアを言及することが多くなっている。
 
2. 中国の核戦力増強と中距離核戦力(INF)全廃条約の失効
 2018年9月11~15日、東シベリアや極東地域において約30万人の兵力が参加する軍事演習「ヴォストーク(東方)2018」が実施された。戦車と装甲車をはじめとする3万6,000両の戦闘用車両、1,000機以上の航空機、艦艇80隻、ロシアが保有するすべての空輸部隊、太平洋艦隊と北方艦隊が参加した。ショイグ国防大臣によると、冷戦時代の1981年に実施された軍事演習に匹敵する37年ぶりの大規模なものになり、しかも今回の演習には中国人民解放軍3,500人とモンゴル軍も参加した。今回の演習の全貌は必ずしも明らかになっておらず、将来的な中国の脅威に備えた部分が無かったとは言い切れない。
 この極東演習を、これまでの欧州演習と同様に、単なる対米牽制の演習と受け止めるのは、以下の理由から一面的な見方と言えよう。第1に、隣国中国に面したロシア極東における軍事演習に関しては、程度の差はあれ、軍事的に中国を視野に入れた部分が必ずある。とりわけ、極東内陸部の中露国境付近で実施される演習は、隣国との軍事的緊張を想定したものであり、米軍のみを対象にしているとは言い難い。第2に、ロシア側は、中国側と異なり、中国軍の参加を大々的に対外広報しておらず、さらにモンゴル軍も参加させることにより中露2カ国が軍事的に結託して米国に対抗するという政治的なニュアンスを低減させようとした。また、異例なことに、今回の軍事演習はクリル諸島(千島列島および北方領土)では行われず、政治的に日本に配慮する形となった。第3に、今般の中国軍の参加は、中国側がロシアに要請して実現された可能性が高い。中国からすれば、中国軍が参加することにより、ロシア軍が極東において中国を見据えた軍事演習を行うことに釘を刺すとともに、中国を視野に入れた演習ではないかというニュアンスを打ち消す狙いがある。他方、ロシア軍からすれば、演習を通じてロシアの軍事力整備の動きを中国軍に見せつけ、ロシアの軍事的優位性を中国側に認識させる意図もあったと思われる。
 今回の「ヴォストーク2018」では、中国の核戦力を意識したとも受け止められる動きもみられた。中露国境付近で行われた演習において、ロシア軍は中国軍の目の前で「イスカンデルM」ミサイルの発射訓練を行った。このミサイルは、射程が約2,000キロに増強され、中距離核戦力(INF)全廃条約に違反していると米国側が批判しているものである。INF条約とは、射程500キロから5,500キロの地上発射型の弾道及び巡航ミサイルを全廃することを目的として米ソ間で 1987 年に締結された条約である。その後、ロシアは同条約に違反して中距離ミサイルの開発、配備を行っていると米国は批判している。ロシア側は、「イスカンデルM」の射程は500キロ未満であり、INF条約に違反していないと主張するが、仮に射程2,000キロのミサイルを中露国境に配備した場合、北京も含む中国北部が射程内に収まることとなる。軍事面における最大の対中不信は中国の核戦力の増強であり、「核の先行使用(first use)」を含めた中国の核兵器の使用基準の不透明さなども、ロシアの不信感を増大させる要因となっている。例えば、中国の中距離ミサイル「東風(DF)26(最大射程4,000キロメートル)」は、新疆ウイグル自治区から発射すればロシアの飛び地カリーニングラードを除いてロシア全土を標的にすることが可能である。このため、ロシア国内では、INF条約から離脱してでもロシアも中距離ミサイルを保有すべきであるという議論が存在する。
 2018年10月20日、ロシアがINF条約に違反しているとの理由から、トランプ大統領は同条約からの離脱を表明し、翌2019年2月2日に同条約の履行停止をロシアに対して正式通告した。これを受けて、3月4日にプーチン大統領も、米国も同条約に違反しているとして同条約の履行を停止する大統領令に署名したため、INF条約は2019年8月にも失効する可能性が高まっている。INF条約の失効は、米露2カ国の問題のみならず、よりグローバルな国際安全保障の問題である。中国などの新興核保有国にどのように向き合うべきかという意味において、米露間において何らかの利害共有が達成される可能性もある。また、INFの問題は、ロシアの軍事政策に「中国要因」が明確に存在することを裏付けるものであり、その意味においてこれまでの政治的な中露協調に否定的な影響を及ぼす可能性もある。さらには、将来的にロシアが極東地域に中距離ミサイルを配備することになれば、その射程に入る日本の安全保障にも直接的な影響が及ぶ。以上から、2019年中に想定されるINF条約の失効は、米露関係、中露関係、日露関係を本質的に変えてしまう可能性を秘めていると言えるだろう。
 
おわりに
 中国の「一帯一路」、とりわけ「氷のシルクロード」がロシアの影響圏に関わる可能性があるとロシアが認識していること、中国の核戦力増強に対してロシアも軍事的な対応が求められていることから、ロシアの安全保障には「中国要因」が存在し、中国が「一帯一路」構想を強化し、中距離核戦力を増強するにつれて、その「中国要因」は増大することになるであろう。ロシアから見た中露戦略的パートナーシップの本質を一言で表現すると、「安心供与(reassurance)」である。これは、強化された軍事力によって自国の安全保障を図るのではなく、相手に安全であることの確信を与える政治的方策を通じて、自らもまた安全を確信するという発想である。軍事的な不信があるからこそ、政治的な協調を強化するという、一見すると矛盾に見える対中アプローチである。ロシアの国家安全保障政策には、対中不信に根差した「中国要因」が存在し、それが次第に増大しつつある。今後増大する軍事的不信を政治的協調の強化によってどこまでカバーできるかが、今後のロシアの対中政策の焦点となるであろう。          (2019年3月8日脱稿)