コラム/研究レポート

〔研究レポート〕2021年イラン大統領選挙に向けた政争とアメリカの影響

2021-03-29
貫井万里(文京学院大学人間学部コミュニケーション社会学科准教授)
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「中東・アフリカ」研究会 第11号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

膠着するイラン・アメリカ関係

2017年にトランプ米政権が成立してからの4年間、イランはアメリカ・ファースト政策に最も翻弄された国の一つと言っても過言ではないだろう。その原因は、トランプ大統領が2018年5月8日にイラン核合意(包括的共同行動計画:JCPOA)からの離脱を一方的に宣言し、イランへの制裁を復活させたことにある。さらに2019年5月には、アメリカはイラン産石油の全面禁輸に踏み切り、空母エイブラハム・リンカーン及び爆撃部隊を中東に派遣したことにより、両国の軍事衝突の危機が高まった。

イラン国内においては、トランプ大統領の「最大限の圧力」政策によって、通貨リアルの暴落や激しいインフレなどが起こり、イラン経済は未曾有の危機に陥った。2017年12月末と2019年11月には、ガソリン価格の値上げや経済難を不満とする民衆が全国規模の抗議活動を展開した。数百万人が参加したこれらの抗議活動は、1979年のイラン革命以来の大規模、かつ、広範な民衆蜂起となり、国民の窮乏ぶりと体制への不満を強く示すものであった。抗議活動自体は、治安維持軍や革命防衛隊の鎮圧によって2週間程度で沈静化した。しかし、核合意による経済的な恩恵を国民に広く配分することを約束していたロウハーニー政権への支持とその権力基盤は弱体化し、革命防衛隊の影響力がかつてないほど強化される結果となった。

2020年11月の米大統領選挙で、核合意への復帰を公約に掲げた民主党のジョー・バイデン候補が勝利し、イランでは2021年の早い時期に制裁が解除されるかもしれないとの期待が高まった。しかし、政権成立から二ヶ月を経た2021年3月に至っても、バイデン政権は、イラン核合意の即時復帰、あるいは、一部制裁解除といった目に見える形での融和策には踏み切っていない。アメリカもイランもどちらが核合意復活に向けて最初の一歩を踏み出すかでもめ、膠着状態が続いている。

2021年7月末に、欧米との関係改善やイラン核合意に積極的な穏健派のハサン・ロウハーニー大統領の任期が終了する。6月の大統領選挙では、アメリカがイランに対する大胆な融和策をとらない限り、アメリカへの懐疑心が強く、弾道ミサイル開発や核開発の推進を望む強硬保守派の大統領が誕生する可能性が高い。

2021年イラン大統領選挙に向けたタイムライン

次期大統領選挙は、2021年6月18日に予定されている。これまでの選挙の日程から逆算して考えると、3月から4月にかけて大統領選挙の立候補者についての議論が活発化し、主要派閥による推薦候補一本化に向けての折衝が行われ、最終的な擁立候補が発表される見通しである。5月11日から16日まで、内務省管轄下の選挙管理委員会への立候補者登録の受付が始まり、5月中旬に千名以上に及ぶ立候補登録者の中から、監督者評議会が憲法第15条の大統領の要件に沿って資格審査を行い、最終的に6名程度の候補者に絞り込むことになる。5月下旬には、大統領選挙キャンペーンが開始し、候補者全員を集めてのテレビ討論行われる。

大統領選挙の行方を左右する指標として、①監督者評議会の資格審査を通過した最終的な立候補者の顔ぶれ、②世論の盛り上がりと投票率、③コロナ感染状況を挙げることができる。そもそも立候補者として資格を認められなければ、選挙のレースに参加することすらできない。この6名程度の候補者は、毎回、アリー・ハーメネイー最高指導者の意中の候補と、許容範囲内の候補、そして知名度があまり高くないものの、派閥間のバランスで一応入れてある泡沫候補の三種類に分かれていると考えられる。1989年に最高指導者に就任して以来、ハーメネイー師は、国会で審議された法案がイスラーム法に適っているかどうかを最終的にチェックし、各選挙の立候補者の資格を審査する権限を持つ監督者評議会を巧みに使って自らの意向を政治に反映させつつ、政敵を排除してきた。

岩盤支持層を有する原則主義派(保守派)は低投票率の場合、選挙で勝利する傾向が強い。一方、都市在住の中間層を中心とする無党派層の間で一定の支持があり、浮動票を集めやすい改革派・穏健派の立候補者は、投票率が高いと選挙戦を有利に展開できる傾向にある。2020年2月21日の国会選挙における穏健派・改革派の敗北の原因は、①歴史的な低投票率、②監督者評議会が著名な穏健派・改革派の立候補者を軒並み排除したこと、③改革派の一部のリーダーが選挙ボイコットを呼びかけたこと、④コロナ感染の拡大にあると考えられる。従って、2021年の大統領選挙においても、同様の要因が重なった場合、原則主義派候補が勝利する可能性が高い。

ハーメネイー最高指導者は誰を大統領に推すか?

現在、ハーメネイー最高指導者にとって最も重要な政治課題と想定されることは、第一にイスラーム体制の安定とスムーズな次期最高指導者への地位の継承であり、第二にアメリカとの核交渉を成功させ、経済制裁の解除を果たし、イラン経済を回復させることであると考えられる。イラン核合意の挫折後、穏健派と改革派の力が弱体化した現状では、国内の騒擾を鎮圧し、アメリカの軍事的な脅威に対抗する上で最強の軍事集団である革命防衛隊に支持される強硬保守派の人物が次期大統領、そして、次期最高指導者に選ばれる可能性が高くなっている。

2021年3月までに大統領選への立候補を表明した主要な人物の中には、強硬保守派の候補として、革命防衛隊ハータム・アル・アンビアー1司令官のサイード・モハンマド准将(53歳)を挙げることができる。彼は、軍事経験は少なく、革命防衛隊福利厚生財団や、1980年代に革命防衛隊の兵站部門を基に設立された建設会社ハータム・アル・アンビアーでビジネスや管理運営部門で実績を積んできた人物である。既に経済界や立法府の枢要を掌握し、司法権とも密接な関係にある革命防衛隊は、司令官経験者という生え抜きの革命防衛隊出身者を大統領ポストに就任させ、行政府の支配を完成させるという悲願の成就をモハンマド准将に託していると見られる。

2021年2月25日に、穏健派に近い伝統保守派の政治家アリー・モタッハリー前国会副議長(63歳)が、大統領選挙への立候補を表明した。アリー・モタッハリーは、1979年のイラン革命の際にホメイニー師を支えた革命の思想的・精神的指導者とも言われる高名なモルテザー・モタッハリー師の息子として、1958年にシーア派宗教界の名家に生まれた。モタッハリーは、強硬保守派の政治家や革命防衛隊、司法権長による人権の抑圧や汚職に対して、歯に衣を着せぬ批判を展開することから、国民の間では比較的人気が高く、2016年の国会選挙ではテヘラン選挙区で第2位の得票を得て当選を果たしている。

2013年と2017年の大統領選挙では、改革派は最終的に独自候補を擁立することを断念し、ロウハーニー支持に回った。しかし、改革派の間で、彼らの求める言論や政治活動の自由の拡大や人権擁護といった政策で目立った成果をあげられないばかりか、経済立て直しに失敗したロウハーニー大統領に対して不満が渦巻いている。そのため、2021年の大統領選挙では、改革派候補を擁立しようとする意見が強い。他方、一部の改革派は、2020年の国会選挙で、多くの著名な改革派候補が監督者評議会の資格審査で却下されたことを考えると、むしろ穏健派、あるいは、シーア派宗教界やバーザールなどに支持基盤を置く伝統保守派の候補を応援し、強硬保守派に対抗する方が現実的であるとの意見を持つ。その中で、穏健派に近い伝統保守派の政治家で、2005年から2007年まで国家安全保障最高評議会事務局長として欧米との核交渉の経験もあるアリー・ラーリージャーニー前国会議長を共同で推薦しようとする案が浮上している。

主要派閥の候補ではなく、革命防衛隊の受けも良く、かつ、制裁解除に向けて欧米との交渉もできるハーメネイー最高指導者の命令絶対服従のテクノクラートが大統領に選ばれる可能性もある2。この第三のタイプに当てはまる候補として、2020年11月に他の候補者よりいち早く大統領選挙への出馬表明をしたホセイン・デフカーン元国防大臣(64歳)がいる。

2021年3月時点で、イランのメディアや政界では「軍人大統領」の誕生を擁護する議論が盛んに展開されている。ここでいう「軍人」は「革命防衛隊出身者」を意味する3。この議論を勢いづけた背景には、2019年にハーメネイー師が、公の場で「将来、革命的な若い政府の登場を希望する」と演説したこともことが関係している4。既に2016年頃からハーメネイー最高指導者は、革命防衛隊の司令官や統合参謀本部長、全国各都市の金曜礼拝導師など最高指導者が直接任命する重要ポストに自らと同年代の革命第一世代を退け、40代~50代を中心に比較的若く、最高指導者に忠実な「革命第二世代の人物」を相次いで任命している5。こうした若返り人事は、ポスト・ハーメネイー体制への移行をスムーズにするための布石と考えられ、その最終段階の仕上げに2021年の大統領選挙が位置づけられる。また、既述のようにトランプ大統領の「最大限の圧力政策」によって革命防衛隊の影響力がイランでかつてないほど高まっていることも、軍人大統領擁護論を加速させている一因である。

アメリカの決断が鍵を握るイラン大統領選挙の行方

中東地域の安定とイラン核合意の復活のためには、2021年大統領選挙において穏健派や改革派の推す大統領が誕生することが望ましい。そのためには、ロウハーニー政権が2021年6月までに核交渉においてアメリカから一部でも制裁解除を引き出し、国民とハーメネイー最高指導者の支持を獲得することが必要である。

2021年6月までに、核交渉が大きく前進しない限り、強硬保守派の大統領が誕生する可能性が高い。次期大統領選挙は、現在、81歳のハーメネイー最高指導者の後継者を巡る政治闘争の前哨戦として位置づけることができる。つまり、2021年大統領選挙の結果は、ハーメネイー最高指導者の後継者がより穏健な人物になるか、革命防衛隊に近い強硬保守派が選ばれるかを見通す上での重要な指標にもなる。従って、バイデン政権の決断が次期イラン大統領選挙の結果、ひいてはポスト・ハーメネイー体制の行方に大きな影響を与えうる状況にある。

しかし、たとえ次期イラン大統領選挙で革命防衛隊出身の大統領が誕生したとしても、すぐに戦争が勃発する可能性を危惧したり、あるいは、イスラエルのネタニヤフ首相が主張するようにイスラーム体制護持のイデオロギーを持つ革命防衛隊関係者とは全く話し合いの余地がない、と断定したりするのは早計であろう。革命防衛隊の軍事戦略や行動を分析すると、イスラーム体制の存続に重点を置きつつも、アメリカやイスラエルなどの敵対国との不要な軍事的な衝突を回避する一方で、抑止力を誇示するというプラグマティックな政策を展開している。また、革命防衛隊は多くの企業を傘下に抱えており、革命防衛隊内部には経済的な利益が見込める場合には、欧米との交渉に前向きなグループも存在すると考えられる。従って、革命防衛隊出身の大統領がイランに誕生する可能性について、悲観的になりすぎる必要はない。しかし、これまでの外交交渉相手であった穏健派や改革派政権とは異なる論理と行動原理を持つ集団を相手に、交渉を一から仕切り直す必要があることを国際社会は覚悟しておく必要があるだろう。

(脱稿:2021年3月23日)




1革命防衛隊の政治関与に反対する遺言を残したとされるホメイニー師の存命中、革命防衛隊の活動は、国土防衛と反革命勢力の打倒という軍事分野に集中していた。1988年のイラン・イラク戦争の終了と、1989年のホメイニー師逝去を機に、革命防衛隊は、他分野に進出し、勢力拡大を試みるようになった。1989年に、大統領に就任したラフサンジャーニー師は、革命防衛隊の政界進出を抑制しつつ、大量の復員兵を吸収するために、革命防衛隊の経済活動を一部容認した。その結果、革命防衛隊の兵站部門を基に建設会社「ハータム・アル・アンビアー」が設立され、道路工事、都市整備、ダム建設等の公共事業を、政府から請け負うようになった。また、革命防衛隊員とその家族の福利厚生のために設立された革命防衛隊福利厚生財団も、アフマディーネジャード政権の推進した貧困層向けのメフル住宅事業に参画するなど大規模団地建設に従事するようになった。Ali Alfoneh, Iran Unveiled: How the Revolutionary Guards is Turning Theocracy into Military Dictatorship, Washington, D.C.: the American Enterprise Institute for Public Policy Research, 2013, pp. 26, 166-173; Frederic Wehrey et.al, The Rise of the Pasdaran: Assessing the Domestic Roles of Iran's Islamic Revolutionary Guards Corps, Santa Monica: Rand National Defense Research Institute, 2009. pp. 55-75.

2 Khalaji, Mehdi, "Iran's 2021 Presidential Vote and the Tightening of Regime Control," Policy Notes, No. 89, The Washington Institute for Near East Policy, November 2020.

3 2020年11月19日付BBC Persia報道「IRGC総司令官顧問は、IRGC出身者が大統領になる可能性を擁護した」< https://www.bbc.com/persian/iran-54997884>, accessed on November 20, 2020.

4 2020年9月9日付BBC Persia報道「1400年の大統領選挙:イラン最高指導者の革命的な若い政府への悲願」< https://www.bbc.com/persian/iran-features-54064329>, accessed on September 10, 2020.

5 2019年3月19日付BBC Persia報道「ハーメネイー師は、自らの退位後の条件を整えているのか?」<http://www.bbc.com/persian/iran-features-475400712>, accessed on March 20, 2019.