研究レポート

米中対立をめぐる「価値」の取り扱い

2021-04-08
舟津奈緒子(日本国際問題研究所研究員)
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「中国」研究会 第8号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

米中対立の先鋭化は近年のアメリカ外交の中でも最重要の議題の1つである。アメリカの対外政策における対中政策の重みは中国の国際社会における存在感が高まるにつれ、大きくなった。この背景には、中国の目覚ましい経済成長があり、好調な中国経済を国際経済に組み込むことによって、自国の経済成長を図る取り組みが世界各国でみられ、アメリカもその例外ではなかった。ところが、グローバル化と中国経済の成長が続くにつれ、米中間の貿易不均衡が拡大し、アメリカでは対中貿易赤字が問題視されるようになっていった。2016年11月のアメリカ大統領選挙では、共和党のトランプ候補が対中貿易赤字是正を政策の優先課題に挙げ、当選した。2017年1月に政権が発足すると、アメリカ第一主義を掲げるトランプ政権に特徴的な経済ナショナリズムに基づいた言説が目立っていた。

しかし、2017~ 2021年までのトランプ政権の4年間を通して、米中対立は多面的な様相がより強くなっていった。トランプ政権は貿易摩擦の是正に取り組む中で、国家産業政策に代表される中国の経済構造問題を問題視し、知的財産の取り扱いや産業補助金等の貿易歪曲措置等の中国共産党政権下の資本主義経済導入という中国の経済モデルにより多くの批判を向けるようになった。とりわけ、宇宙関連産業、人工知能、通信情報技術等の先端技術分野における中国の競争力が著しく増大し、これら新領域における競争力が安全保障上にも重大な影響を及ぼしていくにつれ、中国の経済モデルの下での軍民融合政策に対するアメリカの警戒感が高まっていった。南シナ海や東シナ海における中国の強硬な行動や人民解放軍の軍拡等の伝統的な安全保障分野における対中警戒感と併せて、米中対立の構図はより多面的な様相を呈することとなった。

2020年に世界的に猛威をふるった新型コロナウイルス感染症も米中対立に大きな影響を及ぼした。アメリカは世界最大の感染者と死者を出し、社会的にも政治的にも大混乱に陥り、トランプ大統領は2020年9月の国際連合総会の一般討論演説iにおいて中国が初期対応を誤ったことで新型コロナウイルス感染症を世界に拡大させたと批判した。新型コロナウイルス感染症をめぐって、トランプ大統領は中国の国際社会に対する閉鎖的な姿勢を批判する言説で、情報公開という中国の統治に係る事象につなげて、中国批判を展開した。さらに、アメリカは中国のマスク外交やワクチン外交に対しても批判的な姿勢を示している。この背景には、一帯一路政策に加えて、マスク外交やワクチン外交によっても、中国が発展途上国を中心に国際社会に対する影響力を拡大させていることに対するアメリカの強い懸念がある。中国が国際社会に及ぼす影響力の拡大に対して、アメリカは民主主義という統治モデルの優位性を説くようになっていった。このように、トランプ政権期を通じて、米中対立は通商をめぐる対立、経済モデルをめぐる対立、先端技術分野も含む安全保障をめぐる対立、そして、民主主義体制と共産主義体制の対決という統治モデルをめぐる対立へと、その対立軸の重点が変化しながら、多面性を帯びていったと言えよう。

なかでも、トランプ政権最終年の2020年は中国共産党政権、共産主義に対する批判が目立った。2020年6~7月の2か月間にかけてのトランプ政権政府高官4名による一連の中国の共産主義批判演説は特筆に値する。6月24日には、オブライエン安全保障担当大統領補佐官が「中国共産党のイデオロギーと国際的野望」と題する演説iiを行った。オブライエン安全保障担当大統領補佐官は、経済発展を遂げれば、政治的にも民主化を達成するだろうとの期待の下でアメリカが中国の経済発展を支えてきた関与政策を否定した。何を以って「関与政策の終わり」を論ずるのかにはより詳細な検証が必要になるが、アメリカ政府高官の公式演説として、米中国交樹立以来続いてきた関与政策の否定というレトリックで、中国共産党を批判した点は注目に値する。7月7日には、レイ連邦捜査局(FBI)長官が「中国政府と中国共産党によって米国の経済と安全保障にもたらされる脅威」と題した演説iiiを行った。レイFBI長官は、中国による経済的諜報活動を批判したが、中国政府と中国共産党を同列に語ることによって中国の共産主義体制そのものを批判している点が重要であろう。7月16日には、バー司法長官が中国共産党に関する演説ivを行い、「中国製造2025」など中国共産党政権が主導するあらゆる政策がアメリカの透明性と開放性の高い民主主義体制に付け込んでいると非難している。7月23日には、一連の演説を主導したポンペイオ国務長官が「共産主義の中国と自由主義世界の未来」と題した演説vを行い、アメリカをはじめとする自由主義世界を守らなくてはならないと説いた。これら一連の政府高官による演説にみられるように、政権後期に至って、トランプ政権は中国のそれぞれの行動を批判するのではなく、中国共産党政権による統治モデルそのものを批判することにより重点を置くようになっていった。統治モデルをめぐる対立はトランプ政権後期における米中対立の大きな特色と言えるだろう。

このような統治モデルをめぐる対立は価値をめぐる対立に直結しており、トランプ政権が政権後期において、人権や民主主義という価値に関する問題で中国に対する批判を重ねてきたことも付言したい。例えば、2020年6月に香港で国家安全維持法が制定されたことによって、香港の民主主義的価値が脅かされていると批判している。法制においても、2019年11月に中国が香港に高度の自治を保証する一国二制度を守っているかどうかについてアメリカに毎年の検証を求める「2019年香港人権・民主主義法」を共和党議員が発議し、トランプ大統領の署名を経て、成立している。同様に、中国における少数民族の基本的人権の取り扱いに対しても懸念を示し、2020年6月には、新疆ウイグル自治区におけるウイグル族の強制収容に対する中国当局者への制裁を認める「2020年ウイグル人権法」が成立している。

より重要な点は、これらの価値をめぐる法案が共和党議員のみならず民主党議員の賛意も得て、超党派による支持を以って成立している点であろう。2020年11月のアメリカ大統領選挙では民主党のバイデン候補が当選したが、人権を含む民主主義的価値の擁護は2021年1月に発足したバイデン新政権でも重視され、アメリカでこの問題が超党派で共有されていることが明確である。事実、2021年3月3日に大統領府から発出された国家安全保障戦略暫定指針viにおいても、内外における人権の擁護がバイデン新政権の優先政策として掲げられ、3月25日の就任後初の大統領記者会見viiでもその旨が述べられている。

ただし、バイデン政権は単独主義を好んだトランプ政権と異なり、同盟国や国際機関等の多国間システムとの協働を重視する外交姿勢を鮮明にしている。とはいえ、バイデン政権が中国との戦略的競争を重視していることは前述の記者会見でも明らかにされた。バイデン政権はトランプ政権と異なるアプローチを採ることが予測されるが、そのアプローチが具体的にどのような政策になるかはまだはっきりとは見えてこない。トランプ政権のように中国の共産主義体制という統治モデルそのものに疑義を呈する言説を採り、中国共産党の存在そのものを否定すれば、「新冷戦」と形容されるような米中間の全面的な対立は避けられないだろう。バイデン政権が中国との価値をめぐる対立にどのようなナラティブを以って対峙するのかによって、バイデン政権期における米中対立の特色が見えてくるように思われる。実際、記者会見では、バイデン大統領は共産主義という言葉を使わず、専制政治(autocracy)という言葉を使って中国批判をしていたが、ここには中国共産党を否定することで中国との決定的な対決を避けようとする意図があると考えられる。他方で、「習近平は民主主義というものをこれっぽっちも持ち合わせていない("[he] doesn't have a democratic bone in his body.")」とも述べており、バイデン政権下の米中対立がどのような基調になるのかはまだ不透明である。