研究レポート

2021年ロシア連邦下院選挙にみるプーチン政権の安定性と脆弱性

2021-12-21
溝口修平(法政大学法学部国際政治学科教授)
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「大国間競争時代のロシア研究会」FY2021-5号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

2021年9月17日から19日にかけて、ロシア連邦議会下院選挙が行われた。これまでの選挙では投票日は1日だけであったが、今回は投票日が3日設けられ、モスクワ市をはじめとする7つの地方では電子投票も行われた。2020年に実施された憲法改正に関する国民投票や地方選挙でも、コロナ禍での投票機会確保を理由にこのような方法が採用されたが、それが下院選挙にも踏襲された。

選挙結果は大方の予想どおり与党統一ロシアの圧勝となった。近年のロシア経済は停滞が続き、コロナ禍の影響でさらに状況が悪化したため、事前の世論調査では統一ロシアへの支持率の低下が見られた。しかし、アレクセイ・ナワリヌイの逮捕に象徴されるように、反体制派候補への締め付けが強化され、実質的な競争がほとんどない中で選挙が実施され、統一ロシアは全体の3分の2を上回る324議席を獲得した。この結果は、前回の2016年選挙と比べ19議席の減少であったが、憲法改正が可能な3分の2を確保したことは、プーチン政権にとって満足のいくものだったと言える。

以下では、統一ロシアの支持率が低迷する中でプーチン政権がいかに下院選挙を戦い、その結果がどのようなものになったのか、そしてこの結果が今後のプーチン政権にとってどのような意味を持つのかを考察する。

統一ロシアの支持率低迷と政権による抑圧

ロシアではプーチン大統領への権力集中が進んでいる。2020年の憲法改正によってプーチンが2036年まで大統領を続けることが可能になったことはその象徴である。その一方で、近年は政権や統一ロシアに対する支持率が低下している。2014年3月のクリミア併合後、高い水準を維持していたプーチンの支持率は、2018年に年金受給開始年齢の引き上げを発表したことをきっかけに低下しはじめ、2020年5月にはコロナ感染拡大を受けた全国的なロックダウン導入の影響で、政権成立後初めて支持率が60%を下回った。

より深刻なのは、統一ロシアの支持率低下である。下図が示すように、全ロシア世論調査センター(ВЦИОМ)の調査によると、統一ロシアの支持率は2008年以降低下傾向にあり、2011年下院選挙時には34%にまで下がった。2014年のクリミア併合後の政権支持拡大の影響で統一ロシアの支持率も上昇したが、近年は再び低下傾向にある。特に、2018年の年金改革の影響は大きく、統一ロシアの支持率は再び30%台半ばにまで急落した。そして、新型コロナウイルスの感染拡大がロシア経済に打撃を与えたことは、さらに統一ロシアの支持率を引き下げた。2021年に入ると、同党の支持率は20%台にまで低下し、結党以来最低の水準で下院選挙をむかえることになった。

図1 統一ロシアの支持率の推移(1ヶ月移動平均)

出典:ВЦИОМのデータ(https://wciom.ru/ratings/reiting-politicheskikh-partii/)より筆者作成

このような状況下で選挙を戦うことを余儀なくされたプーチン政権は、反体制派や野党に対する締め付けを強化することで対応した。2020年夏の毒殺未遂事件後にドイツで治療を受けていたナワリヌイは、2021年1月にロシアに帰国するや否や空港で逮捕された。執行猶予中の出頭義務に違反したことが逮捕の理由とされ、その後裁判所はこの有罪判決を実刑に切り替える決定を下した。そして、ナワリヌイの拘束に抗議するデモが起こると、当局はここでも強制的な手段に訴え、数千人のデモ参加者を拘束した。さらに、6月にはナワリヌイの組織した「反汚職基金」を標的にした法律も成立した。この法律は、「過激派」と認定された組織の指導者は5年間、関係者は3年間被選挙権を剥奪されるというものである1。実際、この法律制定直後に「反汚職基金」は「過激派」に認定され、活動の継続が困難になった。このように、選挙を前にして反体制派の活動に対する抑圧は強化された。

政権による抑圧は、立候補者の制限という形でも行われた。たとえば、2018年大統領選挙に共産党候補として出馬し、今回の選挙でも同党の候補者リスト第3位に名を連ねる予定であったパヴェル・グルジーニンは、国外に資産を保有しているという理由で共産党の候補者リストから除外された。また、小選挙区では、政党の支持なく自己推薦で立候補する場合、その選挙区の有権者数の3%以上の署名を集める必要があるが、そのような形での立候補を目指した174名のうち、実際に候補者として登録されたのは10名だけであった2。要件を超える署名を集めるのが困難である上に、署名を集めることができても中央選挙委員会にその多くを無効と判断されて立候補が認められない候補者もいた。2020年に逮捕されたセルゲイ・フルガル元ハバロフスク地方知事の息子アントン・フルガルは、確認された署名のうち48.2%を無効と判断されて、立候補が認められなかった3。以上のように、支持率の低迷する統一ロシアの勝利を確保するために、体制側は与党に有利な環境を整えた。

選挙結果

次に選挙結果を見てみよう。2016年と同様、2021年下院選挙も比例区225議席、小選挙区225議席の小選挙区比例代表並立制で実施された。中央選挙委員会が発表した選挙結果によると、統一ロシアは比例区で126議席、小選挙区で198議席を獲得し、合計で324議席となった。これは前回2016年と比べて19議席減という結果であった。野党では、共産党(15議席増)と公正ロシア4(4議席増)が議席を伸ばしてそれぞれ57議席、27議席となり、自由民主党は議席を18減らして21議席となった。また、2007年以来この4政党が議席を分け合う状況が長らく続いていたが、新たに「新しい人々」が13議席を獲得した。

比例区では、統一ロシアの得票率は49.8%となり、前回2016年選挙と比べ4.4%減少した。ただし、投票率は2016年より3.8%増えて51.7%であったため、有権者全体における得票率を表す絶対得票率は前回選挙とほぼ同じ水準となった。事前の世論調査において、統一ロシアの支持率が20%台であったことや、セルゲイ・キリエンコ大統領府副長官が統一ロシアは比例区で45%を獲得できれば「最適な結果」だと発言していたことを考えると5、政権にとってこれは想定内の結果であったと言える。

地域別に見ると、統一ロシアの得票率が高かった地方は、北カフカス連邦管区や南連邦管区に多く、特にチェチェン共和国をはじめとする民族共和国での得票率が高かった。これらの地方では投票率も高く、依然として高い動員力が維持されていることがわかる。一方で、フルガル元知事の逮捕以来抗議運動が続くハバロフスク地方や、2020年にアルハンゲリスク州との合併計画に対し反発が生じたネネツ自治管区など5つの地方で、統一ロシアの得票率は30%を下回った。また、このハバロフスク地方、ネネツ自治管区に加え、マリ・エル共和国とサハ共和国を含めた4つの地方では、共産党が統一ロシアの得票率を上回った。2016年選挙においては、統一ロシアの得票率が他の政党を下回ったり、30%に届かなかったりする地方はひとつもなかったので、統一ロシアに対する有権者の支持が低下していることが改めて示される結果となった。

必然的に、統一ロシアにとっては、小選挙区での戦いが重要になった。そして、統一ロシアは小選挙区225議席中198議席を獲得することができた。203議席を獲得した2016年と比べると5議席減となったが、小選挙区でほぼ200議席を獲得したことは、改憲が可能な300議席を確保する上で大きな意味をもった。統一ロシアは、選挙区内で最多票を獲得すれば当選できる小選挙区制度の恩恵を受ける結果となったのである。

反体制派も小選挙区での戦いの重要性は認識していた。ナワリヌイは「賢い投票」戦略を使って、小選挙区での統一ロシアの議席を減らそうと試みた。「賢い投票」戦略とは、統一ロシア候補に勝つ可能性が最も高い候補への投票を政権に批判的な有権者に促すというものであり、2018年よりナワリヌイが呼びかけるようになった戦略である。その狙いは、1つには反体制派の立候補が阻まれる事例が多い中での次善の策として、体制内野党の候補に投票し、これらの政党の議席を伸ばすことで、野党のクレムリンに対する立場を強化することであった。加えて、有権者に広がる政治的無関心を止めることも「賢い投票」戦略の目的であった。選挙における競争度が低下すると、有権者は投票することへの関心を失うが、投票率の低下はクレムリンに有利に働くだけだとして、政権に批判的な有権者に投票するよう呼びかけたのである(Dollbaum & Noble 2021, 8)。そして、この戦略は実際に一部の地方選挙において一定の効果をもたらしたとされる(Turchenko and Golosov 2021)。

しかし、2021年下院選挙においてはこの試みは成功しなかった。それは、体制側からの抑圧が強化されたことによるところが大きい。前述のとおり、小選挙区での立候補に対するハードルは高く、加えて、ナワリヌイや彼の協力者の活動は制限された。ナワリヌイが設立した「反汚職基金」は「過激派」に認定され、有権者に投票すべき候補者の情報を提供する「賢い投票」アプリも9月17日にアップルとグーグルのアプリストアから削除された。このような中で、「賢い投票」戦略によって支持された候補はほぼ当選できずに終わった。6

また、統一ロシアの勝利は、選挙不正によるところが大きいことも指摘される。特に、投票期間が3日とされたことと電子投票が導入されたことは、どちらも統一ロシア候補の票を上乗せする効果を持ったとされる(Golosov 2021)。モスクワ市では、比例区における統一ロシアの得票率は約37%であったが、電子投票のみの結果は44.8%と約8ポイント高い数値となった7。また、モスクワ市のいくつかの選挙区では、投票所での投票の集計結果では「賢い投票」で対抗候補とされた共産党候補がリードしていたにもかかわらず、電子投票の票が加算されると、最終的にはすべての選挙区で統一ロシア候補が逆転する結果となった。共産党は、選挙結果が「盗まれた」ことに抗議し、モスクワ市における電子投票の結果を無効にすることを要求した8。選挙監視団体「ゴロス」も、政治参加の権利の制限、投票における不正、票の集計における不正を指摘し、今回の選挙は自由で公正なものではなく、かつロシアの憲法や法律を遵守したものでもないと結論づけた(Голос 2021)。

おわりに

以上のような形で統一ロシアの圧勝に終わった2021年下院選挙は、現在のプーチン体制にとって2つの点で重要な意味を持つだろう。第一に、プーチンの現在の任期が満了する2024年まで、議会運営の安定が保証されたということである。事前の世論調査で20%台にまで支持率が低迷していたにもかかわらず、統一ロシアが絶対多数を確保したということは政権にとって望ましい結果であった。2024年以降に誰が大統領となるにせよ、現在の体制を維持する上では、議会で絶対多数を確保したことの意味は大きなものである。

第二に、それとは対照的に、この選挙はプーチン体制の脆弱さを浮き彫りにする結果ともなった。統一ロシアが勢力を拡大した2000年代には、有権者がプーチン政権と統一ロシアを支持したのは、経済成長を実現し、国民の生活水準が改善したからであった(McAllister and White 2008)。しかし、経済の低迷が続き、社会に閉塞感が広がる中で、現在のプーチン政権が国民に提供できるものは多くない。そのような中で今回の選挙では、これまで以上に抑圧的な手段が用いられるようになった。政権による抑圧や選挙での不正といった問題は、ロシアの選挙では以前から存在する問題であるが、それがこれまで以上の規模で行われたことは、それだけプーチン政権の正統性が低下しているということの表れである。




1 Федеральный закон от 04.06.2021 N 157-ФЗ "О внесении изменений в статью 4 Федерального закона "Об основных гарантиях избирательных прав и права на участие в референдуме граждан Российской Федерации" и статью 4 Федерального закона "О выборах депутатов Государственной Думы Федерального Собрания Российской Федерации" (http://www.consultant.ru/document/cons_doc_LAW_386199/)

2 ただし、このような立候補の制限は、小選挙区が復活した2016年選挙でも見られた。前回選挙では、304名のうち23名のみが候補者登録された。2021年の方が候補者登録された割合は高いものの、その差はわずかであり、より重要な点は今回の選挙ではそもそも無所属で立候補しようとする候補者の数が大幅に減少したという点である。

«Самовыдвижение средней тяжести» Коммерсантъ. 14 августа 2021 г. (https://www.kommersant.ru/doc/4945452)

3 «Сын за отца не избирается» Коммерсантъ. 14 августа 2021 г. (https://www.kommersant.ru/doc/4945461)

4 公正ロシアは、2021年1月に「真実のために」と「ロシア愛国主義者」を吸収して正式名称を「公正ロシア-真実のために」と変更した。

5 «Кремль назвал оптимальным результатом «Единой России» на выборах в Госдуму 45% по спискам при явке 45%» Эхо Москвы. 21 января 2021г. (https://echo.msk.ru/news/2777532-echo.html)

6 この運動の最大の支援を受けたのは共産党であった。共産党は225選挙区のうち137で「賢い投票」戦略の支援を受けた。小選挙区では9議席しか獲得できなかったものの、全体としては議席を大きく伸ばした。

7 «Общественный штаб опубликовал итоги онлайн-голосования в Москве» РИА Новости. 20 сентября 2021 г. (https://ria.ru/20210920/golosovanie-1751020895.html)

8 «Кнопки враждебные веют над нами» Коммерсантъ. 20 сентября 2021 г. (https://www.kommersant.ru/doc/4996356)

引用文献一覧

Dollbaum, Jan Matti, and Ben Noble. 2021. "Alexei Navalny, 'Smart Voting,' and the 2021 Russian State Duma Elections." Russian Analytical Digest, 271: 7-10.

Golosov, Grigorii V. 2021. "The September 2021 Duma Elections: Mission Overdone?" Russian Analytical Digest, 271: 2-4

McAllister, Ian, and Stephen White. 2008. "'It's the Economy, Comrade!' Parties and Voters in the 2007 Russian Duma Election." Europe-Asia Studies 60(6): 931-57.

Turchenko, Mikhail, and Grigorii V. Golosov. 2021. "Smart Enough to Make a Difference? An Empirical Test of the Efficacy of Strategic Voting in Russia's Authoritarian Elections." Post-Soviet Affairs 37(1): 65-79.

Голос, 2021. Заявление по итогам наблюдения за выборами в единый день голосования 19 сентября 2021 года. (https://www.golosinfo.org/articles/145498)