国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2020-10)
新型コロナ危機で見直されるサプライチェーン

2020-05-12
髙山嘉顕(日本国際問題研究所 研究員)
  • twitter
  • Facebook

 世界的な新型コロナウイルス危機の中、国際的な経済相互依存の関係に新たな動きが見られる。パワーポリティクス的要素の強い現在の国際政治情勢と、異なる価値観を持つ国家が結びつく国際経済の現況が作用して、国際的なサプライチェーン・ネットワークのあり方が見直されている。今後の国際政治および国際経済の動向を見通す際に、国際的なサプライチェーンに対する理解は極めて重要である。本稿の目的は、サプライチェーンの見直しの動きとそのインプリケーションを検討することにある。

サプライチェーンの脆弱性と懸念

 今日の各国経済はグローバルなサプライチェーン・ネットワークの中にある。国境を横断するサプライチェーン・ネットワークは、それらに依存している企業のみならず、企業が立地する国や製品が届く国に恩恵だけでなくリスクをもたらす。企業の施設や工場の閉鎖措置、従業員の外出禁止措置、輸出規制措置などがサプライチェーン川上での研究開発や部品製造などを妨げる。中国で工場が閉鎖され、部品供給が止まり、タイの子会社の事業継続が難しくなるなどしてサプライチェーンが寸断される可能性がある。デジタル製品の根幹をなすエレクトロニクスが製造停止に陥れば、最終製品の安定供給は脅かされる。ある部品の製造元が極めて少数の企業に限られている場合、そうしたサプライヤーの稼働停止や倒産はサプライチェーン全体に対して負のインパクトを与える。サプライチェーン川上の製造能力を直撃するショックは、サプライチェーン・ネットワーク全体に影響を及ぼし、最終製品の製造停止という事態が生じかねない。
 サプライチェーンの問題が現れるのは、製造の次元のみではない。人の移動制限や物流の停滞による輸送遅延も現在のサプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにする。輸送次元でのサプライチェーンへのショックは、航空便の減少による配送遅延や在宅勤務化による事務処理の遅延などによって生じる。その結果生じるサプライチェーンの川上から川下へと至る供給活動の停滞は、最終製品の納入遅延に繋がる。こうした輸送次元でのサプライチェーンの脆弱性は、短期納入を前提とするジャストインタイム生産方式に伴うリスクを顕在化させた。製品の短期納入を前提としたサプライチェーンの仕組みによって、グローバル企業はより多くの利益を得ることが可能になっていたが、その分サプライチェーンのリスクが高まっていた。グローバリゼーションは国際的な分業体制に基づくジャストインタイム生産方式を推進し、企業は在庫を極限まで切り詰めたからである。新型コロナウイルスを原因とする配送遅延によって、国際的なサプライチェーン・ネットワークに依存した物資の周流が滞り、ジャストインタイム生産方式の妥当性が再評価の対象になっている。
 国際的なサプライチェーンに潜むリスクに注目が集まった背景の一つは、各国が導入した国境管理によって防護品や人工呼吸器等の調達が滞った事例が相次いだことにある。国際的な経済相互依存が国境を越えて作用するものである以上、そうした相互依存が国境管理権を持つ主権国家からの影響を回避することは難しい。世界貿易機関(WTO)によれば、4月下旬時点で世界の80ヶ国がマスクやフェイスシールドなどの医療用品、医薬品、人工呼吸器などの医療器具に対する輸出規制を導入していた1。こうしたなか、危機時において重要物資が入手困難な状態に陥ることが、国家にとって死活的問題であるということが改めて認識された。新型コロナウイルス危機により民間航空機分野は深刻なダメージを受けたが、そうした民生分野でのダメージが防衛産業に波及していることについても深刻な懸念が寄せられている。
 他方で、国際的な相互依存が国際政治上の競争相手国に対する影響力/脆弱性を生むとの認識も高まった。国際的な相互依存関係にある一方が、その相互依存関係を利用して他国に対して影響力を行使すれば、そうした相互依存関係はネガティブな性格を帯びる2。現在の競争的な国際政治情勢を背景に、他国が国境を超えたサプライチェーンを利用することへの警戒感が改めて高まったのである。経済相互依存の武器化(weaponization)への懸念である。
 特に懸念されたのが、中国との関係である。新型コロナ危機以前から、中国が経済的なテコを用いて自由民主主義陣営に影響力を行使しているとの指摘は絶えなかった。中国は他国との間に非対称の経済的依存状況を作り出し、その外交的・政治的目標達成を追求していると議論されてきた3。そして新型コロナに対する世界的な戦いにおける米国のリーダーシップに陰りが見える中、中国は自国のウイルス対策の成功を喧伝し、その国内統治モデルを海外に売り込み、他国に物質的支援を行うなどして、自国の国際的リーダーシップの確立を模索していると議論された。その際に、マスクや抗生物質の生産に必要な薬などの多くが中国製であることが、中国の強みになっていると指摘された4。中国による医療機器や医薬品の海外提供は「マスク外交」とも呼ばれ、中国の海外影響力拡大に対する警戒心を高めた。中国政府の「マスク外交」は、第5世代移動通信システム(5G)インフラに華為技術の製品を採用することに後ろ向きな国への圧力になるとも議論された5

脆弱性の緩和に向けて

 そうしたなか、サプライチェーンの脆弱性を緩和するための措置が各国で行われている。それらは上記の諸懸念を和らげるための取組みでもある。まず、サプライチェーンの製造次元での脆弱性を緩和するために、生産活動の国内回帰を求める声がある。最も代表的な主張が、米国のP・ナヴァロ(P. Navarro)大統領補佐官によるものである。ナヴァロ大統領補佐官は「必須医薬品の製造能力とサプライチェーンを国内回帰させ、同時に米国の海外依存を低減し、その公衆衛生産業基盤を強化し、市民、経済、国家安全保障を守ることがトランプ政権にとって重要である」という6。実際、トランプ大統領は3月に新型コロナウイルスへの対応に必要な物資の生産を優先するために国防生産法(DPA)を活用する大統領令を発出し、同法に基づいてゼネラルモーターズ(GM)に呼吸器の納入を要請するなどした7。米国のように、医療用品等の国内生産を推進する国は少なくない。
 また、国内製造能力の保護を目的とする措置に乗り出した国もある。代表的な措置が対内直接投資規制の厳格化である。すでに米国政府は「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」の改正等を通して対内直接投資規制の厳格化に着手していたが、新型コロナウイルス危機を受けて、同じような動きが他の国にも広がっている。例えば豪州では、あらゆる対内投資案件が外国投資審査委員会(FIRB)の審査対象になるなど、投資規制審査枠組の変更を通じた外資規制の厳格化が行われた8。こうした取組みの背景には、企業合併・買収(M&A)等を通して重要産業セクターの製造基盤や技術基盤が海外流出することに対する懸念がある。新型コロナウイルス危機による株価の下落はこうした懸念を一層後押しした。このように、製造次元でのサプライチェーンの脆弱性を克服するために、様々な国で製造能力の国内回帰や国内維持のための措置が実施された。米国が半導体受託製造で世界大手の「台湾積体電路製造(TSMC)」の国内誘致を進めているのもその一環として理解できる。
 他方で、サプライチェーンを分散化・多様化することで、サプライチェーンのレジリエンスを高めることも模索されている。国家があらゆる製造能力を短期に構築することは難しいうえに、途上国や輸送国の賃金が低いことを考えれば、全ての重要産業分野を国内回帰させることは現実的でない。米国が中国国内の生産拠点を他国に移すなど、サプライチェーンの再構築を進めるための動きを加速化していることは、こうした文脈で理解される。タイやベトナムなどの東南アジア諸国やメキシコなど南米諸国への生産拠点の分散化が追求されている。そこでの主眼は、特定国に対する過度な依存状況を改善し、製品や部品のボトルネックを解消することにある。
 さらに、サプライチェーンの輸送次元にまつわる脆弱性の緩和も模索されている。例えば、短期納入を前提とするジャストインタイムの生産方式の欠点が指摘され、経済に冗長性を確保することの重要性などが議論されている9。しかし、サプライチェーンの中で冗長性を十分に確保することは企業活動にとって容易なことではない。現在のサプライチェーンは極度に合理化されているうえに、製品のライフサイクルが短い業界では在庫を抱えることが企業にとって重い負担になるからである。
 そうしたなか、民間セクターでは幾つか注目に値する動きがあった。例えば、日産自動車はテネシー州やミシシッピ州の工場、ミシガン州の研究開発拠点で医療用のフェイスシールドの生産を開始した。3Dプリンターを活用し、週に数千個を生産できるという。また、ゲーム機器のレイザー(Razer)は自社の製造ラインを用いて、サージカルマスクを製造し、世界中の医療専門家に100万着のマスクを寄付する計画を発表している。更に伊企業イシンノーバ(Isinnova)は、人工呼吸器のバルブをリバースエンジニアリングし、3Dプリントして病院に提供したという。このように、一部の民間企業は自社の設備や技術リソースなどのアセットを転用して、異業種のサプライチェーンの隙間を埋めている。それらは、先端技術等を活用して既存のサプライチェーンを補完するものであり、サプライチェーン全体の強靭化に資するものである。

おわりに

 新型コロナウイルス危機により、国際的なサプライチェーン・ネットワークに潜むリスクが改めて浮き彫りになった。そのため各国では、サプライチェーンの脆弱性の克服が追求された。本稿で見てきたのは、製造能力や技術基盤の国内回帰・維持、サプライチェーンの多角化・分散化、そして先端技術を活用したサプライチェーンの補完などである。
 そうした取組みは、日本でも見られる。日本政府は、重要な製品・部素材等について、企業等による国内生産拠点整備等を支援等するために、2020年度の補正予算額として2,200億円を計上した。また、外為法の改正を行い事前届出の対象を見直す等の対内投資規制の厳格化を行っている(5月8日施行)。新型コロナウイルスの危機を受けて、医療関連機器等も規制対象に追加される。これらは重要産業分野の製造基盤・技術基盤の国内回帰や維持を目的とした措置である。更に、日本はサプライチェーンの多角化をより一層促進するために、ASEAN諸国等との連携も追求している。日本政府は、企業等がASEAN諸国等で製造拠点を多元化すること等を支援するために2020年度補正予算額として235億円を計上した。4月11日には日・ASEAN間で「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大に対応するための経済強靱性イニシアティブに関する日ASEAN経済大臣共同宣言」が表明された。民間企業の取組みも見逃せない。報道によれば、リコーは4月に飛沫感染を防ぐフェイスシールドの生産を開始したことを発表した。3Dプリンターを用いて生産し、全国の感染症指定医療機関施設に提供する10
 ポストコロナがいかなる世界になるか、現段階で見通しは必ずしも明らかではない。しかし、本稿で見てきたようなサプライチェーン・ネットワークの見直しや再構築は、今後も模索されるだろう。先端技術や産業面での対中デカップリング論は、新型コロナウイルス危機以前にも存在したが、現在の議論は、国内に引きこもるか、対中関与を強めるかという二者択一に留まるものではない。むしろ議論の焦点は、どのようなアクターとどのような分野でどの程度のサプライチェーン・ネットワークを構築するかというところにある。その際には、本稿で見たような既存サプライチェーンを補完するための技術ソリューションの共有等も検討課題になろう。そのためサプライチェーン・ネットワークの見直し・再構築には、現在の国際政治情勢がより色濃く反映されることになろう。




1World Trade Organization, "Export Prohibitions and Restrictions," Information Note, Apr. 23, 2020. https://www.wto.org/english/tratop_e/covid19_e/export_prohibitions_report_e.pdf
2 Thomas J. Wright, All Measures Short of War: The Contest for the 21st Century & the Future of American Power (Yale Univ. Press, 2017), Ch. 5.
3 田所昌幸「武器としての経済力とその限界―経済と地政学―」北岡伸一・細谷雄一(共編)『新しい地政学』(東洋経済新報社、2020年)第2章。
4 Kurt M. Campbell and Rush Doshi, "The Coronavirus Could Reshape Global Order: China Is Maneuvering for International Leadership as the United States Falters," Foreign Affairs, Mar. 18, 2020. https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2020-03-18/coronavirus-could-reshape-global-order.
5 David O. Shullman, "How China Is Exploiting the Pandemic to Export Authoritarianism," War on the Rocks, Mar. 31, 2020. https://warontherocks.com/2020/03/how-china-is-exploiting-the-pandemic-to-export-authoritarianism/
6 James Politi and Aime Williams, "US Official Hits Out at Hoarding of Coronavirus Medical Supplies," The Financial Times, Mar. 6, 2020. https://www.ft.com/content/f6bc4950-5efe-11ea-b0ab-339c2307bcd4
7 Executive Order 13909: Prioritizing and Allocating Health and Medical Resources to Respond to the Spread of COVID-19, Mar. 18, 2020; and Presidential Memoranda: Memorandum on Order Under the Defense Production Act Regarding General Motors Company, Mar. 27, 2020.
8 Foreign Acquisitions and Takeovers Amendment (Threshold Test) Regulations 2020.
9 Lizzie O' Leary, "The Modern Supply Chain Is Snapping," The Atlantic, Mar. 19, 2020 https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2020/03/supply-chains-and-coronavirus/608329/ ; and Shannon K. O'Neil, "How to Pandemic-Proof Globalization: Redundancy, Not Reshoring, Is the Key to Supply Chain Security," Foreign Affairs, Apr. 1, 2020. https://www.foreignaffairs.com/articles/2020-04-01/how-pandemic-proof-globalization
10 「リコー、防護マスク生産開始」『日本経済新聞』(2020年4月21日)15頁。