コラム

国連データから見た北朝鮮の食料事情① ~食料自給率~

2006-09-06
宮本悟(研究員
  • twitter
  • Facebook


 今年も北朝鮮では洪水によって農耕地の被害が出ている。朝鮮総聯の機関紙である『朝鮮新報』の8月10日付記事では、7月14日から16日にかけて降った豪雨によって、2万3947ヘクタールの耕地が被害を受けたと報道した(7月17日時点での集計結果)。8月8日に国連食料農業機関(FAO)のアジア地域責任者は、北朝鮮の全耕地面積の2%が被害を受けたと語った(ただ、彼は、秋の米の収穫に大きな影響はないだろうと推定している)。北朝鮮における農耕地の被害は、毎年のように話題に上がる。それは、北朝鮮の食料不足の原因の一つとして、洪水などの天災による農耕地の被害が考えられているからであろう。



 北朝鮮で食料が不足していると言われ始めて久しい。1995年の大水害以来、北朝鮮の食料事情が悪化していることが知られ始めた。1990年代中頃から後半にかけては、餓死者が続出していたことも分かっている。現在、かなり状況は改善されたとのことであるが、実際に北朝鮮の食料事情がどうなっているのかは、あまり知られていないのが現状である。



 そこで、北朝鮮の食料事情について多少なりとも知見を得るために、国連食糧農業機関(FAO)のデータから北朝鮮の食料自給率を算出したい。食料自給率とは、その国で消費される食料がどのくらい国内で生産されているかを示す指標である(1)。食料生産量が高まるか、国民平均の摂取カロリーが低くなれば、それだけ食料自給率は高くなる。食料自給率が分かれば、北朝鮮でどれだけ食料を生産し、消費しているのか、そして食料不足の原因の一端について知り得るであろう。



 ただし、FAOのデータが正しいという保証がないので、正確な数値を得るのは難しい。FAOの統計担当者によると、北朝鮮から直接データを得られないため、北朝鮮と経済関係がある国々から得た情報を基にデータを作成しているという。このデータは、大まかな傾向を知るための参考程度と考えるべきであろう。そのため、北朝鮮だけではなく、飽食といわれる日本、そして飢餓状態にあるコンゴ民主共和国(注:コンゴ共和国とは異なる)のデータと比較してみたい。極端に食料事情が異なる日本やコンゴ(民)と比べることによって、北朝鮮の食料事情について大体の傾向を知ることができよう。三ヶ国のデータの一覧は表1の通りである。








 図1のようにグラフに表すと、三ヶ国の共通点と差異点が分かる。この三ヶ国は、いずれも食料自給率が100%を超えていないので、自国内の食料生産だけで満足な食料を得ることはできない。ただ、最も食料自給率が低いのは日本である(2)。これは、コンゴ(民)や北朝鮮に比べて、日本が消費食料の多くを輸入に頼っていることを意味する。一方、北朝鮮の食料自給率は、日本よりも高く、コンゴ(民)よりも低い。北朝鮮は、コンゴ(民)に比べると食料を輸入や支援に依存しているが、日本ほどには依存していないのである。ただし、コンゴ(民)や北朝鮮の食料自給率が高いといっても、その国民の摂取カロリーが高いわけではない。








 図2のように、国民一人当たりの一日平均摂取カロリーとなると、日本が最も高く、北朝鮮、コンゴ(民)の順番に低くなる。つまり、日本は、自国内で生産する食料で国民の胃を満たすことはできないが、不足分を海外から輸入できるのである。しかし、北朝鮮やコンゴ(民)は不足分を補うだけの食料を輸入できないため、摂取カロリーは日本に比べれば低い。それでも北朝鮮の摂取カロリーは、コンゴ(民)に比べれば遥かに高い。それは、北朝鮮における食料輸入能力や食料支援状況がコンゴ(民)に比べてかなり恵まれているからでもある。もちろん、食料輸入や支援を受けている分、北朝鮮の食料自給率はコンゴ(民)に比べて低くなる。








 食料自給率が低くても、日本のように足りない食料を輸入できれば食料不足にはならない。北朝鮮やコンゴ(民)の場合は、足りない食料を輸入できないため問題なのである。北朝鮮の食料不足は、洪水の被害でさらに悪化したかも知れないが、もともと食料生産高が十分な水準ではないことに加え、不足時に食料を輸入する能力がないことも原因の一つといえよう。



 ただし、北朝鮮はコンゴ(民)に比べれば非常に恵まれている。それもそのはずである。長年続いたコンゴ(民)の内戦は政府機能を麻痺させ、現在も治安の悪さは想像を絶する。まともな経済活動ができるような状況ではない。まさに、コンゴ(民)は地獄といっても過言ではない。それに比べると、ミサイルや核兵器を開発できるだけ北朝鮮の政府は機能しているし、治安もそれほど悪いとは思えないし、経済活動もある程度機能している。加えて、北朝鮮はかなりの食料支援を受けることができる。7月20日付け『ウォールストリート・ジャーナル』によると、2005年の国際社会による食料支援では、北朝鮮はエチオピアに次ぐ世界2位の支援対象国であった。北朝鮮の人口はコンゴ(民)の半分にも満たないにもかかわらず、である。それに、北朝鮮における国民平均の摂取カロリーも餓死者が出るような水準とは思えない。コンゴ(民)から見れば、北朝鮮はまさに「地上の楽園」といえよう。



(1) 食料自給率について詳しくは農林水産省のサイトを参照。食料自給率にはカロリーベースと生産額ベースがあるが、ここではカロリーベースを使う。http://www.maff.go.jp/jikyuuritsu/index.html



(2) この計算では、2004年度の日本の食料自給率は30%になった。これは農林水産省の公表値である40%よりも低い。これは、計算方法や使用データが異なるためであって、どちらかが間違っているというものではない。