コラム

国連データから見た北朝鮮の食料事情② ~食料輸出~

2006-12-07
宮本悟(研究員)
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 2006年10月9日の北朝鮮の核実験を受けて、日本政府は10月11日に対北朝鮮措置を発表した。その内容には「北朝鮮からのすべての品目の輸入を禁止する」ことも含まれている。北朝鮮産の食料品も輸入禁止となったが、これが日本の食料事情に与える影響は極軽微である。一方、北朝鮮は食料を日本に輸出できなくなった。これが北朝鮮の食料事情に与える影響はどうか。実は、北朝鮮の食料事情は、食料輸出とも深い関係がある。



 以前のコラム「国連データから見た北朝鮮の食料事情① ~食料自給率~」で論じたように、北朝鮮の食料事情が悪化した一因として、もともと食料生産高が十分な水準ではないことに加え、不足時に食料を輸入する能力が不十分であることが挙げられる。ただし、北朝鮮の食料事情は、日本のように満足できる水準ではないが、コンゴ民主共和国ほど酷い有様でもない。それは、コンゴ(民)に比べると、北朝鮮は食料援助を受けたり、食料を輸入したりすることが可能だからでもある。故に、北朝鮮の食料自給率は、コンゴ(民)に比べると低くなる。



 食料自給率の話では食料輸入ばかり出てきたが、これは北朝鮮が食料を輸出していないことを意味するのではない。食料自給率は、「生産 / (生産 + 輸入 - 輸出) × 100」という計算式で求められる。つまり、食料を輸入しても、輸出が多ければ、それだけ食料自給率は高まることになる。食料自給率が低くなる要因は食料を輸入しているからであるが、正確には食料輸入が食料輸出を上回っているからである。ということは、食料自給率が100%に満たない北朝鮮の食料輸出入、すなわち食料貿易では輸入が輸出を上回っている状態にあるはずである。まず、国連食糧農業機関(FAO)のデータを使って、金額ベースによる1961年から2004年までの北朝鮮における食料貿易の推移をグラフ(図1)で見てみよう。データそのものは、表1としてコラムの最後に掲載している。ただし、FAOのデータが正確である保証はないので、データの数字は大まかな傾向を知るための参考程度と考えてもらいたい。










    出処:国連食糧農業機関(FAO)    http://faostat.fao.org/site/535/default.aspx



 図1で見た場合、1960年代から北朝鮮では食料輸入が輸出をほとんど上回っていたことが分かる。ただし、意外と輸出が多い時期もある。70年代中頃から80年代中頃までは、他の時期に比べて食料輸出が多い。冷戦後である94年から98年までの期間も、その前後の時期と比べて食料輸出が多い傾向にある。しかし、94年から98年までの期間は、まさに北朝鮮で餓死者が続出していた90年代中頃から後半にかけての期間と重なっている。つまり、北朝鮮は、国内で餓死者が出ていたときに、むしろ食料を多く輸出していたことになる。飢餓が蔓延していた時こそ食料輸出が多いというのは、奇異に感じざるを得ない。



 しかし、カロリーベースで北朝鮮の食料貿易を見ると、様相が異なることに気がつく。図2は、1990年から2004年までのカロリーベースによる北朝鮮の食料貿易量を示している(データである表2はコラムの最後に掲載)。それによると、食料輸出と輸入の差は歴然としている。北朝鮮はまるで食料を輸出していないかのようである。しかも、1995年以降の食料輸出は、それ以前に比べても非常に少ない。図2では、95年以降の総輸出量がもはや見えないほどである。











    出処:国連食糧農業機関(FAO)    http://faostat.fao.org/site/556/default.aspx



 なぜ、金額ベースとカロリーベースでは、こうも様相が異なるのか。その原因として、北朝鮮がカロリーの割には高額な食料を輸出し、低額な食料を輸入していることが考えられる。例えば、コメを輸出して得た外貨で、トウモロコシを輸入すれば、元のコメよりも多くのカロリーを得られる。なぜなら、同じカロリー分の量ならば、一般的に国際価格ではトウモロコシがコメよりも格段に安いからである。北朝鮮から数多く日本に輸入されることで有名な松茸は、さらに分かりやすい例であろう。松茸は非常に低カロリーである。しかし、高額で日本に売れる。松茸を輸出して得た外貨によって安価な穀物を輸入すれば、国内で松茸を消費する場合に比べて遙かに多くのカロリーを摂取することができる。



 つまり、北朝鮮の食料輸出とは、より安価で多くのカロリーを摂取できる食料を輸入するための外貨稼ぎの一面があるといえよう。それゆえ、飢餓が蔓延していた時こそ、金額ベースでは食料輸出が多くなることがあり得るのである。それは、比較的カロリーが低く高額な食料を輸出することで、より多くのカロリーがあって安価な食料を輸入するためである。ただし、金額ベースで見ると、常態的に食料輸入は食料輸出を上回っているので、食料を輸出して得た外貨だけでは、食料輸入には不十分である。工業製品を輸出して得た外貨や海外からの援助等も、食料輸入に使われていると考えられよう。それでも以前のコラムで論じたように、やはり北朝鮮では十分に食料を輸入できていないのが現状なのである。



 日本の輸入禁止措置は、北朝鮮に外貨獲得の機会を喪失させる。故に北朝鮮の食料事情をさらに悪化させるはずである。ただし、それは北朝鮮の貿易相手国が日本のみと仮定すれば、である。実際には、そんな事はありえない。北朝鮮は、輸出先を変更して被害を軽微にすることが可能なはずである。中国や韓国、ロシアなどは輸入禁止措置をとっていないからである。従って、今回の日本の輸入禁止措置によって、北朝鮮の食料事情が大きく悪化することは考えにくい。北朝鮮の食料事情は、中韓ロなどがこれからどのような措置をとるのかによって、大きく影響されることになろう。



[参考資料]






































表1  北朝鮮における食料貿易額 (単位:1,000ドル)











































年 度 1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970
輸入総額 13,074 14,472 13,700 9,810 19,214 22,730 27,400 24,464 32,524 34,210
輸出総額 40,511 14,917 16,323 13,565 26,395 42,382 57,570 39,125 55,710 65,697












































年 度 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980
輸入総額 27,360 28,910 41,810 88,920 149,360 73,560 129,805 189,160 133,925 125,292
輸出総額 77,805 86,440 193,220 248,800 199,240 172,870 161,650 149,600 222,120 243,910












































年 度 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990
輸入総額 147,065 116,900 63,660 61,305 66,850 73,410 96,560 82,700 60,640 47,605
輸出総額 276,015 215,335 176,025 157,275 146,060 181,265 256,800 343,170 254,070 246,845












































年 度 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000
輸入総額 38,345 50,549 50,624 132,648 93,357 60,402 98,248 91,368 20,509 30,014
輸出総額 399,675 376,840 374,744 174,095 376,028 389,480 457,837 395,634 341,256 418,780


























年 度 2001 2002 2003 2004
輸入総額 16,832 21,643 18,958 19,983
輸出総額 392,143 329,107 292,064 440,830

    出処:国連食糧農業機関(FAO)    http://faostat.fao.org/site/535/default.aspx

    全ての品目を合算した数値である。
















表2  北朝鮮における食料貿易量 (単位:Billion cal [10億カロリー])











































年 度 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999
総輸出量 166.62 51.14 18.83 138.99 83.23 3.76 11.11 10.69 3.55 5.16
総輸入量 2502.22 5309.35 4241.02 5467.76 2395.82 4210.25 4078.17 5158.19 5209.93 4224.65





























年 度 2000 2001 2002 2003 2004
総輸出量 3.81 14.43 5.69 13.02 12.84
総輸入量 8129.71 7128.22 6808.09 6608.88 7593.44

    出処:国連食糧農業機関(FAO)    http://faostat.fao.org/site/556/default.aspx

    残念ながら、1989年以前のデータは掲載されていない。