コラム

北朝鮮の2007年「共同社説」解題 ~北朝鮮指導層の情勢認識や今年の施政方針~

2007-02-07
宮本悟(研究員)
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北朝鮮では、毎年元旦に金日成が、「新年辞」を発表することが慣わしになっていた。これは、前年に対する総括と新年に向けての目標や施政方針を金日成が自ら語ったものであり、北朝鮮指導部の情勢認識や施政方針を知る手がかりの一つとして研究者の間で活用されてきた。

しかし、1994年に金日成が死去すると、「新年辞」は発表されなくなり、代わりに元旦には北朝鮮の『労働新聞』(労働党中央委機関紙)、『朝鮮人民軍』(人民軍隊機関紙)、『青年前衛』(青年同盟機関紙)による「共同社説」が発表されるようになった(98年のみ『青年前衛』が抜けた)。「共同社説」では金正日が自ら語るという形式になっていないが、基本的な枠組みそのものは「新年辞」とそれほど変わることないので、「新年辞」と同様に北朝鮮指導部の情勢認識や施政方針を知る手がかりの一つとして活用されている。

2007年1月1日にも「共同社説」が発表された。ここでは、その内容から現在における北朝鮮指導層の情勢認識や施政方針を解説することを試みたい。「共同社説」の内容は多岐にわたるが、重要な関心事である国防問題と経済問題、統一問題に的を絞りたい。ただし、「共同社説」の内容はかなり曖昧である。「共同社説」だけで北朝鮮の施政方針を理解できると考えるのは危うい。また、情勢の変化によって方針が変わることも十分にあり得ることを念頭において頂きたい。

■国防問題

今年の「共同社説」で目を引くのは、核兵器に関する言及があることである。北朝鮮では、今までも幾度となく核兵器について言及してきたが、「共同社説」に盛り込んだのは今年が最初である。そして、「今日、我々が整えた戦争抑止力」と核兵器をすでに完成したものとして位置付けていることは、北朝鮮の核兵器が何らかの形で使用に耐えうる水準であると指導層が国内外に知らしめようとしていると考えられよう(1)。

それと共に今年の「共同社説」で特徴的なのが、軍隊よりも経済についての言及が先ということである。ほとんどの「共同社説」では、経済よりも軍隊について先に言及するのが通例である。経済改革である「経済管理改善措置」を打ち出した翌年の03年「共同社説」では例外的に経済と軍隊の順序が逆であった。今年、再び逆になったのは、国防体制にある程度自信ができたので、これからは経済により力を注いでいくという方針を指導層が示したいためと思われる。それを裏付けるように、今年の「共同社説」では、核実験を実施した06年を「偉大な勝利の年」として総括し、国防体制に対して安堵感を持っていることを国内外に知らしめようとしている。

軍隊についての言及では、「正規軍」になるための要求が多くなったことが目を引く。「正規軍」とは、「中央集権的な軍事組織体系と統一的な軍事規範によって組織された厳格な軍事規律を持った常備的な軍隊」という意味である(『朝鮮語大辞典』1992年)。一方、「共同社説」では「革命軍」になることも要求されてきた。「革命軍」とは、「労働階級の党の領導の下に人民の自由と解放のために闘争し、革命の戦利品を守る軍隊」という意味であり、「自覚的な軍事規律」が求められる(同上)。軍事規律に関しては、「正規軍」の方が制度化され、厳格なものが求められると考えられる。「革命軍」の要求は毎年のように「共同社説」で言及されてきたが、「正規軍」の要求が見られるようになったのは最近である。04年の「共同社説」で見られたが、05年ではなくなり、再び06年と07年に現れた。今年は、昨年にも増して「正規軍」に関する項目が多く、指揮管理の改善や軍紀の徹底した確立、鋼鉄のような軍事規律が要求されている。今年は、これまで以上に軍隊統制を強化しようという指導層の意気込みが感じられる。

■経済問題

経済問題について言及で目立つのは、「自力更生」を大きく掲げていることである。北朝鮮の施政方針としての「自力更生」そのものは目新しいものではないが、今年の「共同社説」では例年になく紙幅が割かれている。「自力更生」によって「帝国主義者の卑劣な制裁・封鎖策動を粉砕せねばならない」と論じているように、国連決議による経済制裁の影響をできる限り回避するために、可能な限りの自給自足体制を構築することが目的と考えられる。

経済の各部門の方針についてであるが、05年の「共同社説」から経済問題に関する言及に紙幅が多く割かれ、各部門についてより詳しい政策目標が明らかにされるようになった。05年から今年まで、経済各部門はまず農業から言及されてきたため、農業に最も力が入れられていると考えられよう。しかし、05年以来、徐々にその言及は少なくなってきている。今年は、去年の半分程度しかない。ただし、これは、経済分野における農業の比重が落ちたわけではなく、前年と施政方針に大した違いがないためかも知れない。

今年、紙幅の幅と重要度を増したのは、軽工業である。05年と06年では農業の次には、四大先行部門と呼ばれ始めた電力・石炭・金属工業・鉄道運輸について論じられ、軽工業はその後であった。しかし、今年は、農業の次が軽工業であり、四大先行部門はその後である。しかも、今まで簡単な言及しかなかった軽工業であるが、今年は具体的に食品工業の整備を目標に掲げるようになった。今年は、食品工業にかなり力を注ぐ方針であると推定されよう。電力・石炭・金属工業・鉄道運輸については、昨年と特に大きな変化は見受けられない。電力不足が続いていることも相変わらず明言されている。

今年の経済問題で興味深いのは、資源開発に関する言及があることである。さらに、資源開発を進めると同時に資源節約と保護を方針に掲げている。これも、自給自足体制を構築することと関係があると思われる。経済制裁によって海外からの資源調達が困難なので、国内資源開発を推し進めるが、節約と保護によって自給自足体制を長期にわたって維持したい狙いがあるものと考えられる。

■統一問題

統一問題では、米韓関係修復を目標に掲げた韓国の政治勢力に対して強い批判が行われた。前回に韓国の大統領選挙が行われた2002年の「共同社説」でも、統一を邪魔する存在として、南北関係よりも米韓関係を重く考える韓国の政治勢力を批判していたが、03年「共同社説」からその批判はかなり弱まった。しかし、06年「共同社説」から再び韓国の政治勢力に対する批判が強まった。今年はさらに批判が強まり、その政治勢力として韓国の第一野党であるハンナラ党を名指ししている。特に今年は、韓国で大統領選挙が実施される年であるため、ハンナラ党の勝利如何について北朝鮮指導層がかなり神経を尖らせていることが伺える。それは、ハンナラ党が勝利すれば、南北交流が進展しなくなることが想定されるからだと考えられる。

米国に対する批判は、多くの場合、統一問題に絡んで言及される。その論調は毎年ほとんど同じであり、米国が朝鮮半島の南半分を占領しており、統一を妨害し、さらに全朝鮮を支配しようと企んでいるという内容である。今年も例に漏れない。指導層の対外認識は今年も変化がないことが分かる。ちなみに「共同社説」では約10年間にわたって対日関係についてほとんど言及がなく、今年もなかった。「日朝平壌宣言」が発表された翌年の03年「共同社説」でも言及されなかった。北朝鮮指導層の視野に入っているのは、いつも米国で、日本ではないようである。

(1)当研究所の軍縮・不拡散促進センター客員研究員である小山謹二が発表したように、北朝鮮の核実験が失敗したとする主張を裏付ける根拠は見当たらない。
詳しくは、http://www.iijnet.or.jp/JIIA-CPDNP/pdf/DPRKnuke_test1031.pdfを参照