コラム

北朝鮮における最高人民会議第11期第5次会議の報告 - 決算と予算、人事 -

2007-06-15
宮本悟(研究員)
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2007年4月11日に北朝鮮で、日本の国会に該当する最高人民会議(第11期第5次)が開催された。北朝鮮の国家財政は、最高人民会議で毎年発表されている(ただし、発表されなかった年も幾度かあった)。昨年欠席した金正日労働党総書記が2年ぶりに出席した今年の最高人民会議でも、昨年度の決算と今年度の予算が報告された。


GNIやGDPなどが発表されない現在の北朝鮮では、最高人民会議で発表される財政状況が経済情勢を知る重要な手かがりになる。すべての分野の財政状況が発表されるわけではないが、研究者にとって北朝鮮の経済情勢を知るための基礎知識の一つである。ここで発表される数字に信憑性がないという向きもあるかも知れない。数字を発表しないことは北朝鮮でも何度かあった。それは後に判明した状況からやはり数字が悪化したと考えられる場合が多い。だが、虚偽報告をしているという根拠はない。開発途上国にありがちな計算ミスなどはあるかも知れないが、この数字に信憑性がないと一蹴することは賢明ではなかろう。



昨年度の決算では、歳入が計画を下回ったことが明らかにされた。昨年に発表された予算では歳入は7.1%増を見込まれていたが、実績では4.4%増であった。計画の97.5%しか達成できなかったことになる。歳出は3.5%増を見込まれていたが、実績は99.9%の達成率であった。こちらは、ほぼ計画通りであったといえる。歳入は計画を達成できなかったとはいえ、もともと歳出を少なく見込んでいたため、歳入の伸び率(4.4%)が歳出の伸び率(3.5%)を上回ったことになる。歳入の伸び率が歳出の伸び率を上回ったのは、2003年度の決算以来である。



ただし、2004年度以来の財政赤字は続いていることになる。計算方法によって金額は若干異なってくるが、いずれにせよ赤字である。しかし、2005年度に比べて、赤字額が減ったことには間違いない。今年度の予算であるが、歳入は5.9%増、歳出は3.3%増が見込まれており、計画通りだと黒字になると予想される。この計画がどれほど達成されるかで、北朝鮮の財政が4年ぶりに黒字になるかも知れない。しかし、来年の4月頃に発表される予定の決算まで、それは分からない。



表 北朝鮮の財政規模推移 (単位:千ウォン[北朝鮮])
年 度 歳 入 前年比 歳 出 前年比 収 支
2005 391,890,906 116.1% 405,668,122 116.3% -13,777,216
2006 405,668,122 104.4% 415,667,841 103.5% -9,999,719
2007(予算) 429,602,541 105.9% 429,384,880 103.3% 217,661
出典:労働新聞 ※青字は、前年度額に前年比を乗算した推定値(物価上昇分は含まない)

歳入実績額は公表された前年度比を乗算して計算しているが、歳出実績額は前年度比が発表されないので、前年度に発表された歳出の増加率見込みに決算の達成率を乗算して計算した。


北朝鮮政府は経済のどの部門に力を入れようとしているのか。最も注目されるのは、科学技術部門で支出が60.3%増を見込んでいることである。この伸び率は発表された予算内訳の中では最も高い。科学技術部門は、2004年度予算でも60%増を見込まれており、北朝鮮政府がかなり力を入れている分野であることは容易に想像できる。しかし、05年度予算では14.7%増、06年度予算では3.1%増が見込まれており、年々伸び率が減少する傾向にあった。本年度に再び60%台の増加が予算として計上されたことは、北朝鮮政府が科学技術部門の発展をいかに重要と考えているかを示している。科学技術部門でも、北朝鮮政府が最も力を注ごうとしていると考えられるのがソフトウェア産業である。今年の最高人民会議で報告された「政府活動報告」では、「ソフトウェア産業の発展に相応の力を入れ」ることが発表されたからである。



その次に支出の伸び率が目を引くのは、軽工業である。今年1月1日に発表された「共同社説」でも軽工業に関する記述が増していたのが注目されたが、それを裏付けるかのように、軽工業部門に対する支出は16.8%増が見込まれた。軽工業部門の支出伸び率見込みが報告されたのは、2003年度予算報告以来であり、その時には12.4%増が見込まれていた。今年は、それを上回る伸び率見込みである。さらに、四大先行部門と呼ばれる電力・石炭・金属工業・鉄道運輸部門の伸び率は11.9%であり、昨年度予算で見込まれていた9.6%を若干上回っている。反対に、農業部門は2006年度予算では12.2%増(実績は14.5%増)が見込まれていたが、今年度は8.5%増が見込まれており、予算内における比率を低めた。農業部門は徐々に安定してきているのかも知れない。



最高人民会議では、人事も発表される。今年の最高人民会議の人事では、朴奉珠首相の解任が発表され、新たに陸・海運相である金英逸が首相に選出された。また、国防委員会委員である金永春が国防委員会副委員長に選ばれた。金永春は人民軍総参謀長でもあったが、総参謀長には新たに金格植が就任したことが4月21日に判明した。ただし、総参謀長など人民軍の人事は国防委員会の権限であって、最高人民会議で選ばれるものではない。また、今回の最高人民会議で選ばれなかったポストもあった。白南淳の死去によって空席となっているはずの外務相は最高人民会議では選ばれなかった。ただし、約1ヶ月後の5月18日に最高人民会議常任委員会が外務相に朴義春(前駐ロシア大使)を任命した。さらに、財政相の動静は約1年半にわたって知られていない。最高人民会議で決算と予算を報告するのは2年前には財政相である文一峰の役割であったが、今年も去年に引き続いて盧斗哲副首相が報告した。しかし、今年の最高人民会議でも財政相は選ばれていないので、文一峰が解任されたとは限らない状態である。



最後に、最高人民会議について若干説明を加えておきたい。最高人民会議は毎年4月11日に開催されているが、これは2005年からのことであって、建国以来その開催月日が一定であった訳ではない。建国を宣言した最初の最高人民会議(第1期第1次)は、1948年9月2日から10日まで開催された。次の最高人民会議(第1期第2次)は1949年1月28日から2月1日、その次の最高人民会議(第1期第3次)は1949年4月19日から4月23日というように、建国当初は頻繁に、しかも何日間にわたって開催されていた。今のように1年に1回、1日間の開催になったのは、1998年に開催された最高人民会議(第10期第1次)からである(若干の例外はあった)。そして、1999年から3月末から4月上旬ぐらいに開催されるようになり、2005年からは4月11日に開催されてきた(選挙直後の第1次会議だけは9月である)。来年も4月に開催されるであろうが、4月11日とは限らない。



また、最高人民会議は、開催された会議ごとに第何期第何次と区分されている。今回の第11期第5次とは、11回目の選挙で選ばれた代議員による5回目の会議という意味である。つまり、最高人民会議代議員選挙は現在まで11回行われてきたことになる。現行憲法では代議員の任期は5年であり、5年ごとに選挙を実施して代議員を選ぶことになる。前の選挙が2003年8月3日に行われ、第11期第1次会議は2003年9月3日に行われた。従って、次の選挙は2008年8月に行われ、第12期第1次会議は2008年9月に行われることになると予想される。第11期の代議員による最高人民会議は、来年4月に開催されることになる第6次が最後の予定である。