コラム

中国の対外イメージ戦略

2010-03-09
中居良文(学習院大学)
  • twitter
  • Facebook


*** 日本国際問題研究所「中国外交の問題領域別分析研究会」 ***

中国流パブリック・ディプロマシー
中国は対外イメージを向上させようと色々な試みをしている。最近力を入れているのはなんと言ってもネットメディアである。つい先日、中国の胡錦涛国家主席が『人民日報』のウェブ(人民網 wap.people.com)でミニブログを立ち上げたという情報が入った。早速アクセスしてみた。ブログページ(博客)の「我有問題問委員長(委員長に直接聞こう)」あたりがどうもそれっぽいが、アクセスはできなかった。そもそも、ブログへのアクセスには登録が必要なのである。

国家主席へのアクセスは無理としても、人民網の充実ぶりはなかなかのものである。赤を基調とした色使いは社会主義を表看板としている国としては致し方のないところであろう。しかし、先入観なしでホームページを見れば、これが中国共産党機関紙『人民日報』の宣伝ページとは解らない。何よりも、新聞を購読していなくても、『人民日報』の主要ニュースの殆どをオンタイムで読むことができるのは魅力である。中国語ができなくても心配ない。ホームページは英、日、仏、西、露等の言語で提供されている。

サービスはそれだけではない。ネットが普及するまで、共産党幹部の動向はなかなか正確な情報が入手しにくいものの一つであった。現在でも、幹部の家族構成とか、資産は公開されていない。しかし、現在では高級幹部の動きはかなり特定できるようになった。人民網のおかげである。「高層動態(高級幹部動向)」というメニューをクリックすると、そこには胡錦涛国家主席を先頭に、中央政治局員の写真がずらりと並んでいる。写真をクリックすると、各政治局員がどこを訪問し、どういうスピーチをしたかが一目瞭然である。ちなみに、2月24日午後9時時点での胡錦涛国家主席関連のトップ記事は、2010年2月23日の北朝鮮労働党中央国際部長・金永日との会見である。

ネットで見る限り、現代中国の指導者たちは競って「積極的に海外の指導者たちと交流する」というイメージ作りに励んでいるようにみえる。2009年12月に訪日し、天皇陛下とも会見した習近平・政治局常務委員の例をみてみよう。人民網上のにこやかな写真をクリックすると、多数の公式活動の写真が現れる。12月の写真は総数42枚である。海外の要人との会見写真が多数を占めている。中でも訪日時の写真は14枚と圧倒的である。韓国訪問時の写真は9枚、ミャンマーでの写真は3枚、カンボジアの写真は6枚である。訪日中の習近平・政治局常務委員は2007年に訪日した温家宝・総理のように、ユニフォームを着て日本の大学生と野球をしたりはしなかった。また、2008年に訪日した胡錦涛国家主席のように、中国で活躍する福原愛選手と卓球をしたりはしなかった。しかし、派手なパフォーマンスはなくても、次世代のリーダーとして、日本の幅広い層の指導者に会い、友好的関係を維持する用意があるというメッセージはしっかり伝わっている。

何故今対外イメージ戦略か?
では、何故今中国はかくも多彩なパブリック・ディプロマシーを繰り広げているのか?対外イメージを作り、発信する側、すなわち中国側の理由と、イメージを受け取る側、すなわち世界の側の理由に分けて考えてみたい。先ず、発信する側、中国側の理由である。

「対抗するな、目立たずに力を養え、自分の足で立ち、すべきことをせよ」これが、いわゆる鄧小平の「十六字方針」といわれるものである。ここでは、この方針の成り立ちとか、数ある別バージョン間の違い(翻訳も含めて)には立ち入らない。現在でも中国指導部の多数派は、中国がこの方針に従って行動してきたからこそ今日の経済的繁栄がもたらされたと考えている点が重要である。鄧小平の「十六字方針」は誤解を恐れず言えば、中国の対外戦略の「金科玉条」である。

鄧小平の後を継いだ二人の指導者、前国家主席の江沢民と現国家主席の胡錦涛は、この方針を守り、その成功を味わってきた。江沢民国家主席(当時)はいわゆる中国脅威論が渦巻く中、1997年には訪米を果たし、米中は「戦略的パートナーシップの構築に向けて」努力することに合意した。2001年9月11日、いわゆる米中枢同時テロが発生すると、江沢民国家主席(当時)はブッシュ大統領と電話会談し、アメリカのアフガン攻撃に理解を表明した。この電話会談の10日後、上海で開催されたAPEC首脳会談にブッシュ大統領が日帰り参加。主催者の江沢民はまさに喜色満面で、中国服を着たブッシュ大統領と記念写真に納まった。同年12月、中国はWTOに加盟した。中国は以後相手国からの一方的な制裁に曝される心配なしに、心ゆくまで輸出攻勢をかけることができるようになった。

2002年11月の第16回党大会で江沢民の後を継いだ胡錦涛は、鄧小平が1992年に中央政治局常務委員会に抜擢した人物である。胡錦涛国家主席には中国の対外戦略の「金科玉条」を変える様子はみられない。むしろ、胡錦涛国家主席は中国の対外イメージ戦略の対象を欧米から全世界に広げようとしているかのようである。胡錦涛国家主席は、1942年生まれであり、戦争も革命も経験していない。世界の対中イメージを決定的に悪化させた、1989年6月の天安門事件にも直接関係していない。そうした若く、新しいリーダー像は、「開放的で明るい中国」というイメージを海外に訴えるにはうってつけである。2002年11月、中国の新指導部は全員背広にネクタイ姿で海外の記者団の前に登場し、その様子はテレビでライブ中継された。彼らの略歴も公開された。指導部の海外訪問は活発化し、胡錦涛国家主席はアメリカだけでなく、欧州、アフリカ、ラテンアメリカを定期的に訪問している。APEC首脳会談やG20等のいわゆるマルチの場への出席を含め、中国の対外イメージ戦略は「全方位化」し「グローバル化」しているといってよいだろう。胡錦涛国家主席にとって、対外イメージ戦略の最大のイベントは2008年8月の北京オリンピックであった。膨大な出費や、過度と思われる愛国主義の発露にも拘わらず、中国の指導部は明らかにオリンピックを大成功と考えている。

次に、世界の側の事情をみてみよう。1990年代の中盤に登場したいわゆる「中国脅威論」は、2000年代になると徐々に姿を消した。アフガン戦争からイラク戦争に突入したアメリカにとって、中国は「悪の枢軸」どころか、「戦略的パートナー」として大切に扱わなければならない存在となったのである。イラク戦争の泥沼化がはっきりしだした2005年には、中国を形容する新たなキーワードが登場した。当時のゼーリック米国務副長官が中国に対して使った「責任ある利害関係者(responsible stakeholder)」という言葉がそれである。これは遂に覇権国アメリカが、中国を脅威ではなく、利害を共有する仲間と見なし始めたことを意味する。2007年には、欧米の学者を中心に、これからの世界は米中二国が差配することになるといういわゆる「G2論」が登場した。

しかし、世界が中国を仲間として全面的に受け入れたわけではない。中国は世界が抱きしめるにはあまりにも巨大すぎ、多様すぎるのである。中国経済の目覚ましい発展は、周辺の中小国家に、羨望をはるかに越えた、恐怖心を巻き起こしている。安価に大量に生産される中国製品は、発展途上国の国内産業を破滅に追い込みかねないからである。資源輸入大国となった中国が世界中の資源を買い占めてしまうのではないかという声も上がり始めた。中国人民大学の金燦栄教授は、欧州や日本は中国に対する優越感を失うという「苦しい心理調整」を経験しているとみる。世界は「中国台頭」という事実に直面し、困惑しているといってよい。

ここに中国の対外イメージ戦略の新たな目標が存在する。大国となった中国は、世界の誤解、嫉妬、猜疑心を解くために、世界と協調する姿勢をより強く、より効果的に打ち出さなければならない、というわけである。

中国の対外イメージ戦略の限界
最後に中国の対外イメージ戦略の限界、中国風に言うと「内的矛盾」、に触れておこう。

先ず、この戦略の継続性に疑問がある。中国をパブリック・ディプロマシーに突き動かしているのは、指導層が持つ危機意識である。鄧小平の「十六字方針」は、天安門事件とソ連邦の崩壊という危機的状況の産物である。危機意識が薄らげば、対外イメージ戦略の矛先は鈍くなることが予想される。不安な兆候は既にある。2009年3月には、中国は既に大国であり、アメリカの意向など気にせず、堂々と振る舞うべきだと論ずる『中国不高興(中国は喜んでいない)』がベストセラーになった。中国指導部の中にも、鄧小平の「十六字方針」など時代遅れだと主張する人々がいても不思議ではない。2009年10月、北京で大々的に繰り広げられた軍事パレードは、その1年前のオリンピック精神とは矛盾する。

次に、中国の対外イメージそのものに問題がある。中国はオリンピックや宇宙開発技術では先進国の仲間として振る舞う一方、国際協調となると途端に開発途上国になるからである。中国は開発途上国としての特別待遇を求め、同じ待遇を求めるインドと共に、WTO・ウルグアイラウンドの自由化要求を拒否した。最近、地球温暖化を阻止するためのいわゆるCOP15において、同じパターンが繰り返されたことは記憶に新しい。

最後に、当然のことながらイメージと現実は違う。この問題は中国だけでなく、すべての国が抱えている。しかし、公平に見て中国はこのギャップがかなり大きい国の部類に入るであろう。そうしたギャップは存在する現実の苛酷さに由来するが、それだけではない。苛酷な現実を美しいイメージで隠蔽しようとする意図がある場合、ギャップはより鮮明なものにならざるを得ない。ハイチで起きた地震は悲惨以外の何者でもない。しかし、そこから中国が中国の政治体制の優越性を引き出すとしたら、その比較はお門違いの誹りを免れない。イメージと現実を近づけるためには、国内の問題から眼をそむけない勇気と決断が必要である。


関連するエッセイ:
(1) 「中国と東アジアの多国間安全保障の制度化:上海協力機構への関与を中心として」
  /高木誠一郎(日本国際問題研究所研究員、青山学院大学)

(2) 「中国の対外イメージ戦略」 /中居良文(学習院大学)
(3) 「国際経済システムと中国」 /大橋英夫(専修大学)
(4) 「中国の核軍縮・軍備管理政策」 /浅野 亮(同志社大学法学部教授)
(5) 「法による権力政治の展開:海洋とその上空への中国の進出」
  /毛利亜樹(同志社大学法学部助教、海洋政策研究財団特別研究員)

(6) 「中国の対外援助外交」
  /渡辺紫乃(埼玉大学教養学部准教授、日本国際問題研究所元研究員)