コラム

中国の核軍縮・軍備管理政策

2010-04-05
浅野 亮(同志社大学法学部教授)
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*** 日本国際問題研究所「中国外交の問題領域別分析研究会」 ***

日本では、核軍縮・軍備管理は、国際社会が実現すべき崇高な理想や規範として理解されてきた。確かに核軍縮・軍備管理にこのような性格があることは否定できない。しかし、中国の核軍縮・軍備管理政策を理解するには、政策手段としての現実的な側面を知らなければならない。

一般に、核軍縮・軍備管理の研究は、規範的アプローチと分析的アプローチの二つに分けることができる。過度の単純化を恐れずにいえば、規範的アプローチは、たとえば核廃絶という長期的な目標を強く意識し、国際社会や日本はそれを実現するため行動すべきであるとする。もう一方の分析的アプローチは、どうすべきかの前に、まず何が起こっているのかを明らかにしようとする。

この二つはお互いに排除しあうものではないが、これまで日本では規範的アプローチが相対的に強く、この性格を持たない研究は少ないと言っても言い過ぎではないであろう。また、NGOや市民運動の役割を積極的に評価し重視する傾向も強い。

一方、安全保障論からの中国の核軍縮・軍備管理に関する研究は、現状の理解を重視し、分析的アプローチとしての性格が目立つ。各国が実現すべき目標という枠組みからではなく、中国は何のために軍縮・軍備管理政策を進めるのか、中国の対外政策や安全保障政策の中でどのような位置づけであるのか、である。関心の主な対象は、政府と政府が進める政策である。ただ、これはあくまで2010年ごろのことで、安全保障からのアプローチが常に分析的であるということではない。

また、安全保障論からの中国の核軍縮・軍備管理に関する研究は、軍縮と軍備管理という機能的テーマよりも、中国研究の立場から、中国の取り組みを扱うことが多い。これは、英語に翻訳されたものもあるが、重要な資料の大半が中国語であるからでもあろう。

残念なことに、中国の核軍縮・軍備管理についての実態研究は数少ない。この背景には、日本の安全保障・中国研究の抱えてきたさまざまな問題が凝縮されている。中国の場合に限らず、核軍縮や軍備管理の研究では、建設中の核戦力や核戦略を知っておかなければならない。MD(ミサイル防衛)に関する知見も必要であろう。

しかし、肝心の核戦力や核戦略の研究は、安全保障研究が疎まれ軽視された時代が長かったこともあり、国際関係論や中国研究者の共通知識とはなっていない。また、この分野は、科学技術政策、宇宙政策や国防経済政策とも連動していて、中国の動きを考える上での重要性がますます増している状況にあり、分析の難度は高まっている。

さらに、日本人は自分の国を東アジアの地域大国と考え、同じように隣国の中国も東アジアの枠内で見がちで、中国の思考・行動様式をグローバルな観点から理解する人が多くなったのはごく最近のことである。加えて、核軍縮・軍備管理研究を進めるもう一つの重要なカテゴリーである平和研究との交流も少なく、この分野の貢献を活かすことができていない。

手がかりとなる資料として、中国が発行してきた白書がある。中国は、1995年『中国の軍備管理と軍縮』、2003年12月の『中国の不拡散政策と措置』、2005年9月に発表された『軍備管理、軍縮及び不拡散に関する中国の努力』という白書によって、基本的な立場を説明している。おおむね、これらの文書は、核軍縮・軍備管理の窮極的な目的として核廃絶を唱えてきた。これらは江沢民や胡錦濤政権の新味を出すためや、NPTやCTBTなどをめぐる重要な国際交渉をにらんで作成されたと考えられている。

より長期に見れば、中国の核軍縮・軍備管理政策には、次のような現実的な背景があると考えられる。
第1に、米中関係の安定である。つまり、中国の核軍縮・軍備管理政策は、米中関係の維持と安定という対外政策上の現実的な目的のために進められてきた。
ただ、中国の安全保障に関する代表的な研究者の一人である阿部純一によれば、中国は対米政策のために核軍縮と軍備管理を進めたという単純な構図ではなく、アメリカの圧力によって進めたという逆の論理もあり、ダイナミックスは双方向である(阿部純一、2007)。

第2は、国際的責任の分担の一つとして、中国が進めるべき政策の一つであるという位置づけである。これは、王逸舟(北京大学国際関係学院副院長、前社会科学院世界経済と政治研究所副所長)など、中国の代表的リベラル派として知られる論客が主張してきたことでもある(王逸舟(著)、天児慧・青山瑠妙(訳)、2007)。また、中国の国防白書である『中国の国防』(ほぼ1年おきに発表)も、中国が進める核軍縮と軍備管理を国際貢献の重要な項目としてあげてきた。

第3は、国際社会における中国イメージの改善で、「イメージ外交」やパブリック・ディプロマシーと密接に関連している。したがって、「ソフト・パワー」の強化にもつながっている。中国は、「中国脅威論」ともいわれる諸外国の中国に対する不信や懸念を和らげようとしてきた。PKOなどとともに、核軍縮と軍備管理はその努力の重要な一部である。中国は、軍縮・軍備管理を国際公共財としてとらえ、中国の大国としての責任負担という面を強調していくであろう。

これら3つの要因は、お互いに入り交じり、中国の核軍縮・軍備管理政策を進める役割を果たしてきた。中国は窮極的な目標として核廃絶を掲げ、行動面では、既存のレジーム維持を指向してきたようである。中国の核軍縮と軍備管理政策は、引き続き対外政策と安全保障政策の全体の枠組みの中で注意深く論じていかなければならない、挑戦的な分野であり続けるであろう。


(参考文献リスト)
・阿部純一. 2007.「米中関係における大量破壊兵器拡散問題」、高木誠一郎(編)『米中関係:冷戦後の構造と展開』日本国際問題研究所、pp.45-68.
・浅野亮. 2007. 「中国のWMD不拡散政策と米中関係」、『国際問題』 3月号、pp.23-33.
・小川伸一. 2008.「中国と核軍縮」、浅田正彦・戸崎洋史(編)『核軍縮と不拡散の法と政治:黒澤満先生退職記念』信山社、pp.163-184.
・王逸舟(著)、天児慧・青山瑠妙(訳). 2007. 『中国外交の新思考』東京大学出版会。
・鈴木祐二. 2004.「中国」、浅田正彦(編)『兵器の拡散防止と輸出管理:制度と実践』有信堂、pp.227-244.
関連するエッセイ:
(1) 「中国と東アジアの多国間安全保障の制度化:上海協力機構への関与を中心として」
  /高木誠一郎(日本国際問題研究所研究員、青山学院大学)

(2) 「中国の対外イメージ戦略」 /中居良文(学習院大学)
(3) 「国際経済システムと中国」 /大橋英夫(専修大学)
(4) 「中国の核軍縮・軍備管理政策」 /浅野 亮(同志社大学法学部教授)
(5) 「法による権力政治の展開:海洋とその上空への中国の進出」
  /毛利亜樹(同志社大学法学部助教、海洋政策研究財団特別研究員)

(6) 「中国の対外援助外交」
  /渡辺紫乃(埼玉大学教養学部准教授、日本国際問題研究所元研究員)