コラム

法による権力政治の展開:海洋とその上空への中国の進出

2010-06-07
毛利亜樹(同志社大学法学部助教、海洋政策研究財団特別研究員)
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*** 日本国際問題研究所「中国外交の問題領域別分析研究会」 ***

四方を海に囲まれた日本の国境線は海と空であり、日本は輸出入を海上輸送に依存している。ところが、日本が安全保障と経済活動を依存している海洋とその上空では、その利用に関する詳細な法規則は未だ形成途上である。この流動的な法秩序に中国は敏感に反応し、海洋とその上空における権益追求の姿勢を明確にしてきた。その態様は、関連する国際法の積極的な運用と国内法の整備、争いのある海域での資源開発や法執行体制の充実、軍艦や軍用機の航行などの形態をとる。こうした海洋とその上空への中国の進出には、法を用いた権力政治という特徴が目立ってきている。

これらの中国の活動は、東シナ海、南シナ海、そしてインド洋と、西太平洋全体に広がりを見せている。本来はこのような空間的広がりを念頭に置きつつ、中国の海洋進出が日本と地域安全保障にもたらす意義を検討すべきである。しかし、今回は紙幅に限りがあるため、本稿は東シナ海に焦点を当て、1)国際法による海洋管理体制の不確実性、2)海洋とその上空における中国の法執行態勢の強化と現場海域の緊張の高まりについて紹介していく。

流動的な海洋とその上空の管理体制
海洋の利害をめぐる諸国の激しい衝突の末、「海洋法に関する国際連合条約」(以下、国連海洋法条約)が1982年に採択された。国連海洋法条約は、「領海」「排他的経済水域(EEZ)」「大陸棚」などの空間の概念を規定し、そこでの国家の権利と義務を定めている。同条約の採択を契機に、「法」が体現する規範は、それでまでの海洋の自由な利用(「海洋自由の原則」)から海洋を管理する方向へ大きく変化してきた。

しかし、条約の深海底開発に関する内容に不満をもつ先進諸国には、条約体制への参加を差し控える国が多かった。アメリカもそうした先進国の1つである。ただし、アメリカは海洋とその上空の利用に際し、国連海洋法条約の関連規定を遵守している。このように、海の憲法とも呼ばれる国連海洋法条約であるが、共通の制度、特に紛争解決の枠組みとして十分に確立しているというよりも、実際の運用においては未だ発展途上にあることに留意する必要がある。

東シナ海(中国名:東海):不明確な境界画定の法理
国連海洋法条約には、排他的経済水域及び大陸棚の境界画定に関する法理が明確には規定されなかった。そのため、境界画定の法理は、国際司法裁判所等での判例の積み重ねを通じて発展してきた。すなわち、境界画定に関する当事者間の合意ができない場合、向かい合う関係の沿岸国の間では、①両国の基点から等距離のところに中間線を引き、②これを元に関連事情を考慮して調整するという二段階方式が取られてきたのである。

東シナ海において、日本と中国は向かい合う関係にある沿岸国である。日本は、両国の起点から等距離のところにひく中間線を原則としており、この立場はこれまでの判例とそれに基づく国家実行の主流である。日本は尖閣諸島(中国名:釣魚島、台湾名:釣魚台)を自国の領土としており、日中間の海域の境界画定に際し、これらを含んだ島嶼を基点として、中国側の基点から等距離のところに境界線を設けるべきと考える。

これに対し中国は、大陸棚の自然延長という考え方をとっている。この立場では、大陸棚は陸地の自然の延長であり、沿岸国の権利が海底の形状のとおりに発生すると考える(自然延長)。中国は1992年2月から施行されている「中華人民共和国領海および接続水域法」(以下、「領海法」とよぶ)において、尖閣諸島を中国の領土と規定している。これらを考え合わせると、中国の海域は尖閣諸島を基点にさらに沖縄方向に伸びてくる。尖閣諸島を日本の領土とする場合と比べ、境界線ははるかに沖縄列島寄りに位置することになる。

先述したように、境界画定をめぐる判例の動向からみると、自然延長論は、向かい合う国の間の境界画定に適当な法的基礎とはされていない。そのような国際法の動向にもかかわらず、自然延長論の考え方をとると有利になる沿岸国はこの立場をとる。東シナ海の境界画定に関する中国がそうである。

さらに、国境問題の処理に際し、中国が国際法を矛盾なく適用・展開しているとはいえない。中国は日本との海洋境界画定では大陸棚の自然延長論を展開し、これに対してベトナムとの海洋境界画定では等面積となる境界線を画定しているように、異なる主張を展開しているからである。このような法理の使い分けは、中国が国際法を権益追求の道具として運用していることを明確に示している。

こうした現実を考えると、国際法上の議論のみに依拠して、中国との間で東シナ海をめぐる境界画定問題を解決することは困難といわざるを得ない。ここに、海洋とその上空における権益争いを国際法で規制することの難しさが表れている。

中国の法執行体制の強化と東シナ海の緊張の高まり
国際法の規範に依拠した境界画定が困難なとき、自国の権益を守るためには、争いのある海域とその上空を実際に利用する必要がある。ここに東シナ海の境界画定問題の深刻さがある。境界画定をめぐる国際法上の議論が平行線をたどる間にも、実際の利用をめぐって日中間の緊張が高まり続けているのである。

防衛白書の各年版によると、東シナ海での中国の活動は、海洋調査船や軍艦といった艦船だけでなく、軍用機をも含むものに拡大しているようである。2004年11月、中国の原子力潜水艦が日本の領海内で国際法違反となる潜行航行を行った。2005年9月、東シナ海のガス田付近を中国のソブレメンヌイ級駆逐艦1隻を含む計5隻の艦艇が航行した。2007年9月には複数のH-6中距離爆撃機が東シナ海上空において日本の防空識別圏に入り、日中中間線付近まで進出した。2008年12月8日、尖閣諸島付近の日本の領海において、中国の国家海洋局所属の海洋調査船2隻が9時間にわたり徘徊・漂泊した。統合幕僚監部の発表によると、2010年3月に東シナ海の上空に中国の早期警戒機1機が飛来し、日本側は戦闘機を緊急発進させたという。

これらの中国側の行動は、中国の国内法によって担保されているようである。例えば、1992年の「領海法」では、台湾や尖閣諸島、南シナ海のパラセル諸島(中国名:西沙諸島)そしてスプラトリー諸島(中国名:南沙諸島)など、他国と領有権の争いのある島嶼を中国の領土と規定している。それを前提に、この法律は、中国が権利を持つと主張する接続水域において、中国の法律に違反する外国船舶に対し、他国の領海に入るまで追尾する継続追跡権を軍艦、軍用機、政府の授権を受けた船舶および航空機に与えている。そもそも接続水域は、沿岸国が領海の外側に接続して、関税・財政・移民・衛生上の自国の規則の違反を防止・処罰するために設ける水域である。中国の「領海法」は、これらに加えて「安全保障上の違反」も含めて規定しているところに特徴がある。

具体的なケースで考えてみよう。東シナ海のガス田群や尖閣諸島付近など、日本が管轄権を主張している海域および上空において、海上保安庁や海上自衛隊が警戒・監視活動を行う場合である。日本側の活動が「安全保障上の違反」と判断される場合、軍艦や戦闘機も含む、中国政府から付託された機関の船舶と航空機が緊急出動して対応できることが、中国の国内法で定められているのである。現場海域における警戒・監視活動は、強い緊張を伴うことが十分に推測されよう。

そのほか中国には「中華人民共和国排他的経済水域と大陸棚法」(1998年6月施行)、「海島保護法」(2010年3月施行)などがある。これらの国内法により、中国は他国と争いのあるEEZ、大陸棚、そして島において、中国の権利と他国の義務を定めている。この一連の法律・法規、そして国家海洋局の指令に基づいて、2006年に法執行部隊・海監総隊が東シナ海で定期パトロールを開始した。

このように、中国は争いのある海域とその上空において中国の国内法を整備し、その執行体制を強化することで、他国による利益の侵害を拒否、罰する用意があることを強調している。その結果、東シナ海とその上空の緊張がますます高まっているのである。

海上連絡メカニズムの重要性と中国側の消極的反応
このような東シナ海とその上空の緊張を緩和するためには、日中両政府の政治的意思とその誠実な履行が不可欠である。2008年4月北京において、東シナ海での不測の事態を回避するために、日中の防衛当局間で「海上連絡メカニズム」を設立するための共同作業グループ協議が開催された。さらに、2009年11月末に梁光烈国防部長が訪日した際、第2回の共同作業グループ協議を早期に東京で開催することが確認された。この「海上連絡メカニズム」に関する交渉の詳細は明らかにされていないが、現場海域の緊張に鑑みて、日中間の海上事故防止の取り決めが急務である。

海上事故防止の取り決め、ひいては東シナ海の境界画定交渉を進展させるためには、日中双方で強固な政治的基礎が必要である。ところが現時点では、中国では海洋権益の追求が重視され、東シナ海の境界画定に向けた日本との交渉への意思は弱く、中国側で十分に調整されていないようにみえる。

2010年3月7日、第11回全国人民代表大会第3回大会の記者会見において、楊潔篪外交部長は、「東シナ海をめぐる問題につき、日本では中国が条約化を通じた協議の進行を遅らせているとの認識がある」という日本人記者の質問に対し、「中国側の態度は積極的で、消極的ではない」と答えた。さらに楊外交部長は、「双方は中日の東シナ海に関する共同認識の精神を順守し、良好な条件を作り出し、東シナ海を“平和・友好・協力の海”としなければならない」と強調したのである。

ところが、その後の中国海軍の行動は、東シナ海についての楊外交部長の発言と全く異なる印象を与えるものであった。2010年4月、東海艦隊の大規模な演習が東シナ海から西太平洋にかけての海域で行われ、その際に中国艦艇から発艦したとおもわれる艦載ヘリコプターが、警戒監視中の海上自衛隊護衛艦に2度にわたり接近した。さらに、米海軍大学の研究者によると、警戒監視中の海上自衛隊のP-3Cに向け、中国の艦艇が速射砲の照準を合わせたという。

このような楊外交部長の言説と中国海軍の行動からは、海洋権益の追求と日中関係の重要性のバランスにつき、中国側で十分な意思統一が行われていないことが伺える。さらに、今回のような模擬攻撃は、ソ連(ロシア)を中心に各国間で結ばれている海上事故防止協定においては禁止事項である。今次の中国海軍の行動は、冷戦期の経験を踏まえた国際的規範を無視し、海上での衝突回避を回避するための努力を怠っている。この点は国際的に強く批判されるべきである。

むすび
今回は紙幅の関係上十分に取り扱うことができなかったが、南シナ海における米中の摩擦も顕著になっている。2009年3月には海南島沖で中国の船舶が米海軍の調査船インペッカブルの進路を妨害するなど、中国が沿岸国としての権利を主張し、偵察などのアメリカの軍事活動を制限しようとする事象が相次いでいる。こうした事象は、南シナ海におけるアメリカ軍の存在を中国の利益、平和そして安全を保障する枠組みとして認めないという、中国の意思として解釈することもできよう。

これはアジア太平洋の安全保障の枠組み全体にかかわる問題である。アジアで何らかの有事が発生した場合、アメリカ軍が駆け付けることができるという信頼性が、アジア太平洋のパワー・バランスを支えている。仮に中国が沿岸国として権利を行使しアメリカの軍事活動を制限できる場合、アメリカのアジア関与をめぐる信頼性は大きく低下する。その結果、アメリカの拡大抑止の信頼性が削がれ、現在のアジア太平洋の安全保障枠組みは変更を迫られる可能性がある。いうまでもなく、これはアメリカの拡大抑止によって守られている日本の安全保障にとって重大な事態である。

このように、中国の活動は東アジアを超え、西太平洋とその上空という広範な空間において、日本の安全保障に直接・間接に影響していることを忘れてはならない。


(主要参考文献)
(1) 栗林忠男・秋山昌廣編著『海の国際秩序と海洋政策』(東信堂、2006年)
(2) 高健軍『中国与国際海洋法』(海洋出版社、2004年)
(3) 林司宣「排他的経済水域の他国による利用と沿岸国の安全保障」国際安全保障学会編『国際安全保障』(第35巻第1号、2007年)、57-80頁。
(4) James Kraska , “China Set for Naval Hegemony”, The Diplomat, May 06, 2010,
関連するエッセイ:
(1) 「中国と東アジアの多国間安全保障の制度化:上海協力機構への関与を中心として」
  /高木誠一郎(日本国際問題研究所研究員、青山学院大学)

(2) 「中国の対外イメージ戦略」 /中居良文(学習院大学)
(3) 「国際経済システムと中国」 /大橋英夫(専修大学)
(4) 「中国の核軍縮・軍備管理政策」 /浅野 亮(同志社大学法学部教授)
(5) 「法による権力政治の展開:海洋とその上空への中国の進出」
  /毛利亜樹(同志社大学法学部助教、海洋政策研究財団特別研究員)
(6) 「中国の対外援助外交」
  /渡辺紫乃(埼玉大学教養学部准教授、日本国際問題研究所元研究員)