コラム

日中韓FTAの早期締結でアジア地域協力の拡大を

2010-06-21
畑佐伸英(日本国際問題研究所研究員)
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日本は2002年にシンガポールとのEPAを成立させて以来、主にASEAN諸国を中心としてEPA締結に積極的に動いてきた。韓国は、アメリカやEUなどの大国とのFTA締結に関心があり、FTAハブとしての地位を確立しようと、戦略的な取り組みに重点を置いている。中国はASEAN、香港、台湾、マカオ、パキスタンなど近隣諸国・地域とのFTA締結に乗り出しており、2001年のWTO加盟を契機として、今後も貿易投資の自由化に向けた動きを活発化させるものと思われる。東アジア域内では、ASEAN共同体に向けた動きが進行しているように、ASEANという枠組みでの経済的結びつきが、最も強固となっている。そして、日中韓3国はそれぞれ個別にASEANとFTAを締結しており、ASEANをハブとして日中韓が結ばれている状態である。日中韓3国間に至っては、日中、中韓、韓日、いずれのFTAも未だ締結されておらず、北東アジア3国間はまさにFTAの空白地帯であるといってもよい。

そもそも日本が最初に行ったFTAに関する共同研究は、対韓国とである。その後、2003年に日韓EPA交渉が開始されたものの、わずか1年足らずで交渉は中断された。何度か交渉のテーブルに着く下地を整えようと努力しているが、未だ再開の目途はたっていないのが現状である。中韓FTAは2007年に産官学の公式勉強会がスタートし、今後、政府間交渉へと進むか否かの判断が待たれるところである。日中間のFTAについては、民間による共同研究すら始まる気配はなく、まったくの手付かずの状態といってよいだろう。

一方で、日中韓3国FTAに関する民間研究が始まったのは、2003年である。3国による民間研究が始まるきっかけとなったのは、1999年の11月のASEAN+3会合の渦中に実現した、日中韓首脳会談である。当時の小渕首相の呼びかけに、中国の朱鎔基首相と韓国の金大中大統領が応える形で、和やかな雰囲気のもとで朝食会が開催された。これが日中韓の首脳が3国のみで会談を持った、初めての機会となった。この会談の中で、中国側からWTO加盟後の中国経済への影響が問題提起され、韓国が共同研究という形で協力したい旨の提案がなされ、日本もそれに同意するという形で、2001年から各国を代表する研究機関が集って共同研究を開始することになった。最初の2年間は中国のWTO加盟による経済的な影響についての研究が行われたが、2003年からは日中韓FTAというテーマのもとで共同研究が継続され、2010年からは、単なる民間研究から産官学の勉強会という形式に格上げされた。その日中韓FTA産官学共同研究の第1回会合は、5月の初旬に韓国で開催された。

これまで、日中韓3国間でFTAが締結されてこなかった背景には、各国間でそれなりに重要な案件事項が存在してきたからである。日韓間で立ちはだかる問題としては、韓国の対日貿易赤字拡大に対する懸念、並びに、製造業を中心とした韓国中小企業への打撃、総じて、日韓FTAが韓国のマクロ経済に与えるプラスの効果が、日本が受けるであろう利益よりも小さいことにある。日本・韓国と中国との間での課題は、やはり、日韓の農業・漁業分野における衰退である。さらに、中国の知的財産権に対する対応や、政治制度、経済システムに対する相違も懸念事項である。

日本にとっては、日韓と日中の2つの2国間FTAを締結するよりも、この日中韓3国FTAを一度にまとめるほうが、より現実的かもしれない。日韓FTAで韓国が最も懸念している経済的な影響については、3国FTAによりそのネガティブな側面は払拭される。一般均衡分析による日中韓3国FTAの経済効果の分析によると、ほとんどのケースにおいて3国間で最も経済的なメリットが大きいのは韓国である。中国という巨大市場へのアクセスがより確保されることで、日本企業との競争激化は軽減され、日本経済に対する警戒感一辺倒も緩和されるに違いない。

農業や知的財産権等については、引き続き日韓と中国の間での大きな争点となるが、日本の立場からすればこれらの点で距離の近い韓国と共に交渉できることで、対中国との問題解決の方途としてはやりやすい面があるだろう。2年間に亘って日中韓FTAの民間研究に携わってきた経験からすると、対立事項の多い日中ではあるが、韓国がこの日本と中国の仲裁に入ることで、問題がスムーズに解決することが多い。韓国は敵対しやすい日中という大国の狭間で右に左にと機敏な動きで、上手にリーダーシップを発揮してくれる。韓国はそれが自分達の使命であるかのような感覚で、小国であるがゆえに存在感をアピールする機会をうまく捉え、自らの活躍の場として演じることを望んでもいる。このような適格な仲裁役が存在する中で、難題を抱えた日中韓3国FTAの議論をしていくことの意義は大きいといえる。

1999年からASEAN+3会合の折に開催されていた日中韓首脳会談も、2008年からは日中韓サミットとして単独での開催が行われるようになった。昨年は日中韓協力から10年の節目を迎え、第2回の日中韓サミットが北京で開催された。今年の5月末には韓国で3回目の日中韓サミットが開催され、そこでは日中韓FTA産官学共同研究を歓迎し、2012年を目途にまとめ上げることに合意した。また、韓国に三者間協力事務局が設置されることになったのも、大きな前進である。このように発展し続けている日中韓の関係を、FTAという形で結実させていくことは十分に可能である。日中韓は、さらに広域なFTAの実現に向けた試金石ともなる重要な枠組みでもある。経済的規模や政治的インパクトからしても、この日中韓が軸となって、さらなるアジア地域協力の深化と拡大へと続いていくことが望ましい。