コラム

陳総統と国家統一綱領「廃止」

2006-03-16
五十川倫義(元特別研究員)
  • twitter
  • Facebook


台湾の陳水扁総統は2月末、「国家統一綱領」と「国家統一委員会」の運用を終了することを表明した。国家統一綱領は中国との統一の道筋を定めたものであり、陳政権がそれを事実上廃止したことで、中国は強い反発を示している。中台間の緊張を避けたい米国政府も陳氏に警告を与えた。地方選で惨敗した陳総統はこれを足がかりに支持者の呼び戻しを図る。

国家統一委員会は対中政策に関する総統の諮問機関。国民党の李登輝政権下の1990年に設けられた。統一綱領はこの委員会が翌年に制定したもので、「一つの中国」の原則を認め、短期、中期、長期の3段階に分けて統一への道筋を示している。最終段階では中国の民主化、均質な豊かさを掲げており、実際には現状維持が長期間続くことを前提にしたものといえる。統一委員会も統一綱領もすでに形骸化しているとはいえ、形だけでも統一に関する組織と綱領が存在していることで、陳政権は統一の選択肢を残していると、中国などから見られていた。

ところが、今年の春節(旧正月)の1月29日、陳総統は故郷の台南県で演説し、統一綱領と統一委員会の廃止を検討すると表明した。中国政府は批判を続け、米国政府も思いとどまるよう説得した。しかし、2月27日、陳総統は国家安全会議で「運用の終了」を発表。「台湾人民2300万人の自由選択の権利を守るため」などと説明した。台湾の将来は人民の選択に託するべきであり、「統一」が前提にあるのは適切でない、という考えだ。米国との関係も考慮して、陳総統は「現状の変更ではない」と強調した。

陳総統の主なねらいは求心力の回復にある。陳総統は2004年3月、総統再選に成功したが、同年12月の立法院選挙では、民進党、台湾団結連盟の与党連合は僅差ながら国民党、親民党の野党連合に破れ、少数与党からの脱出に失敗した。住民投票による新憲法の制定をめざすなど自立化を加速する陳政権に有権者がブレーキをかけたとみられた。このため、翌2005年1月の春節時期には中国との協力で中台間に初めての直通チャーター便を飛ばすなど、中国との協調姿勢も見せた。ところが、中国側が3月、武力統一を認める「反国家分裂法」を制定したことで陳政権は硬化し、一方、中国側は連戦・国民党主席と宋楚瑜・親民党主席を相次いで北京に招いた。胡錦涛主席と連、宋両主席は台湾独立に反対することで一致。これらによって、中国と両野党が接近し、民進党の対中政策は行き詰まった。

さらに、民進党は高雄市の地下鉄建設をめぐる汚職事件などでクリーン政党のイメージを落とし、一方の国民党は7月、若手で庶民人気のある馬英九・台北市長を新主席に選出し、党の支持拡大のチャンスを得た。そうしたなか12月に行われた23県市の統一地方選挙(台北、高雄市を除く)では、国民党が保有ポストを8から14へ大幅に増やし、民進党は10から6に減らした。馬氏はこの大勝利でポスト陳水扁の地歩を固めた。逆に陳総統は来年の立法院選、2008年の総統選を控えて、政権の立て直しに迫られた。

陳総統はまず、元日演説で、中国との経済交流を「積極管理、有効開放」(積極的に管理し、効果的に開放する)の方針で行うことを表明し、以前の「積極開放、有効管理」から転換させた。また、年内にも新憲法の民間草案を得て、2007年に住民投票にかけたいとの意向を示した。そして、春節演説で統一綱領、統一委員会の廃止検討を打ち出した。「台湾」名で国連加盟を求めることを検討する考えも示した。

だが、民進党の急速な支持回復は難しいとの見方が多い。人々の台湾人意識は年々高まってきたが、一方で経済の大陸依存も進み、中国との緊張関係を避けたい空気も強い。約100万人の台湾ビジネスマンやその家族が長江デルタなど中国沿海部に住んでいる。陳総統が自立化のアクセルを踏むと、自立化志向の強い層からの支持は戻ってきても、安定を望む広い中間層はなお一定の距離を置く可能性が高い。
また、憲法改正には立法委員の4分の3以上の賛成が必要であり、与党が過半数にも届かない現状では困難だ。統一綱領や統一委員会の廃止は総統の裁量でできるが、新憲法の壁は分厚い。中国が軍を脅しに使うなど強硬な態度で応じてくれば、台湾での反中感情が高まり、陳政権への支持が回復することもありうるが、胡錦涛政権は慎重な姿勢を崩さず、簡単には挑発に乗りそうにない。

陳総統としては、国民党との対抗軸として「台湾人意識」「民主」を明確に掲げることで支持の回復をはかり、立法院選、総統選をめざして新たな好機を作り出していく戦略に見える。

米国政府は静観の構えを見せる。報道では、米側はワイルダー国家安全保障会議アジア上級部長代行を大統領特使として台湾に派遣し、陳総統に統一綱領廃止の翻意を求めた。長時間のやりとりの結果、「CEASE」という表現を使うことで妥協した。台湾側は統一綱領の「運用終了」、米国側は「凍結」とそれぞれ解釈している。米国務省のエアリー副報道官は「(台湾海峡の)現状を一方的に変更することには反対する」との原則的立場を改めて示しつつ柔軟な姿勢を見せ、「展開を注意深く見守っていく」と、陳総統にくぎを差すにとどめた。米側は、陳総統が米側に知らせず独走することを警戒しているが、今回のことで陳総統の自立化政策が勢いづくとは見ていないようだ。

中国も陳総統を批判しつつ慎重な態度をとっている。統一綱領の「運用終止」が決定された翌日、共産党中央台湾工作弁公室と国務院(政府)台湾事務弁公室は声明を発表し、「いかなる名目、いかなる方法であれ、『台湾独立』分裂勢力による祖国からの台湾分割は断じて許さない」などと陳総統を攻撃した。だが、一方で「我々は両岸間の人的往来と経済・文化交流をさらに促進し、両岸の直接の『三通(通信・通航・通商)』を促進していく」などと述べ、今後も交流を着実に広げていく方針を示した。中国側には、陳総統が2000年の総統就任時に示した「四不一没有」(4つのノーと1つのナッシング)、つまり「独立を宣言しない、国名を変えない、『二国論』を憲法に盛り込まない、統一か独立かといった現状変更に関わる住民投票は行わない、国家統一綱領や国家統一委員会を廃止しない」の一角が崩れたとの不安もある。しかし、馬主席のもとで国民党が2年後に政権を奪回する可能性があることや、強圧的だった江沢民前国家主席とは一線を画するソフト路線が機能していること、また、米国が台湾の独立を支持しない態度を明確にしていることなど、中国側に有利な条件もいくつかある。これらのため、じっくりと見守る方が得策と判断したものと見られる。今後も中国側は陳総統を警戒しながらも、台湾の有権者の感情を逆撫でしかねない対抗措置はなるべく控え、国民党の政権奪回に期待をつないでいく構えのようだ。