コラム

米中首脳会談 具体的合意得られず、引き続き不確実性孕む

2006-04-24
濱本良一(特別研究員)
  • twitter
  • Facebook


胡錦濤・国家主席(党総書記)とブッシュ大統領との間で行われた米中首脳会談(4月20日、ワシントン)は、両国の建設的な協力関係が確認されたものの、貿易・金融問題やイランや北朝鮮の核問題など焦眉の二国間問題や国際・地域問題で、具体的な合意が得られないまま終了した。経済分野で対米協調を目指す中国だが、再度の人民元切り上げはしない立場を確認し、米議会や産業界に強い不満を残した。一党独裁体制を堅持し、胡氏を総書記とする集団指導体制で臨む中国と、イラク、イラン問題への対応に忙しいブッシュ政権との間で、一種の妥協的な大枠合意が確認されただけで、米中関係は今後も不確実性を孕みつつ推移して行く可能性が強いと見るべきだ。

ブッシュ大統領はじめ米政権当局者が語る米中関係の定義が、「同盟でも敵対でもない複雑な関係」というもの。それを実感させる展開になったのが、ホワイトハウス南庭での歓迎式典だった。胡氏が国家主席に就任した2003年春以来、ブッシュ大統領との首脳会談は今回で7回目だが、胡主席がワシントンを訪れたのは初めて。それだけに中国側は公式訪問に強く固執した経緯があるだけに、大統領に背広の左ひじを引っ張られた胡主席の写真が世界に配信されたことは想定外だったろう。香港の中立系紙「明報」(21日付)が<失礼な儀式で胡総書記を迎える>の大見出しで伝えたほか、邦字紙でも同写真が使用された。ほんの一瞬の光景が、会談全体への評価を決定づけかねないほど、イメージがパワーをもつ外交の恐ろしさを象徴する出来事だった。

問題の写真が撮影された遠因として指摘されるのが、中国政府が弾圧・取り締まりの対象としている気功集団「法輪功」の女性メンバーが歓迎式典に紛れ込み、胡演説をやじる妨害行為に出たことだった。演説が始まって間もなく、演壇から12メートル離れたカメラマン席に陣取っていた王文怡記者(47)が、英語で「ブッシュ大統領! 法輪功の迫害を止めさせろ!」と叫び、さらに中国語で「法輪功を迫害し続けると、お前に残された日々は長くないぞ!」と罵ったのだ。一瞬たじろいだ胡主席だが、脇に立つブッシュ大統領が「大丈夫」とアドバイスし、演説は続行された。しかし、抜群の記憶力で演説をそらんじていた胡主席が、中断後は原稿に目を落として読み上げ、動揺が尾を引いたのか、最後には演壇を降りる際に方向を間違え、袖を引かれる光景になったのだ。

米側の手落ちは、国歌吹奏の場内案内の際にも生じた。米担当者が<ピープルズ・リパブリック・オブ・チャイナ(中華人民共和国)>と言うべきところを、<リパブリック・オブ・チャイナ(中華民国=台湾)>と言い間違えてしまったのだ。

ブッシュ大統領は式典後の首脳会談の中で、胡主席に対し、「不運な出来事で、申し訳ない」と異例の謝罪をした。一方、ワシントンの中国大使館は翌21日、米ホワイトハウスに事態の詳細な説明を求めたが、数ヶ月にわたって周到に準備を進めた中国大使館の怒りは想像するに難くない。

王記者はその場でシークレット・サービスに取り押さえられ、翌日には中国の国家指導者を侮辱したとして裁判所に召還された。今後、最大で禁固6ヶ月、あるいは5千ドルの罰金を科せられる可能性があるという。法廷で終始、無言で通した王記者は、釈放後、「あれは個人の良心の問題だ」と語った。彼女は在米の法輪功集団が発行する新聞「エポック・タイムズ(大紀元)」の記者として事前の取材申請を済ませていたが、北京の出身で、ニューヨーク市内で医師をしている、と伝えられており、記者なのかどうかは疑問が残る。ちなみに同新聞は米国内では、スーパーの入り口などに無料紙として置かれて誰でも読めるようになっており、それなりの影響力は持っている。

ブッシュ大統領の歓迎演説は厳しい内容だった。外交辞令というよりも様々な要求を中国側に提示していた。
「米国は平和で繁栄した中国の台頭を歓迎する。それは国際的システムを支える。国際的な制度における利害共有者(ステークホルダー)として、両国は多くの戦略的利益を共有している。胡国家主席と私はこうした利益をどのように発展させ、共通の挑戦に立ち向かい、他の国々とどのように責任ある態度で協力できるかを話し合うつもりだ」
「両国には、互いの国民の繁栄を増進させた、自由で公平な貿易の拡大という共通の利益がある。いまや両国の貿易量は年間2850億ドルに達した。昨年だけで米国の対中輸出は21%にも上った。中国企業が米国内で自由に競争できるのと同じように、米企業も中国内で自由に競争できるような政策を中国政府が採用すれば、われわれの貿易関係は一段と強固なものになろう。」
「われわれは内需を拡大するという中国の誓約を歓迎する。年金制度を改革し、米国の商品とサービスの市場参入を拡大させ、知的財産権の施行を改善し、柔軟で市場に見合った通貨為替レートに移行するという中国の誓約を歓迎する」

さらに最後は台湾問題を取り上げ、「われわれは、中台いずれであれ、台湾海峡の現状を一方的に変更することに反対する。われわれは関係者すべてに敵対的、挑発的な行為をしないよう求める。われわれは台湾の将来が平和的に解決されると信じている」
台湾問題は過去の例からすれば、会談で中国側が持ち出し、それに米側が答えるのが慣例だった。歓迎スピーチで突如、持ち出した大統領の意気込みは、「ブッシュの先制攻撃」(台湾『中國時報』)と皮肉られるほどだった。それほど米国としては台湾海峡で面倒を引き起こしてくれるな、という切実な思いが強いのだろう。

 これに対して、胡主席は米中両国がいかに多くの戦略的利益を共有しているかを強調して見せた。
 「中国と米国はいずれも世界で重要な影響力を持った国家である。双方は経済・貿易、安全保障、公共衛生、エネルギー、環境保護など多くの領域と重大な国際・地域問題で重要な共通の戦略的利益を有している。とくに互いに利益を得て双方が勝利できる米中経済・貿易の協力は、両国人民が幸せになれるだけでなく、アジア太平洋地域ひいては世界の経済成長を促進し、同時に両国関係の重要な基礎になるものである」

 「米中が交流協力を強化することは、両国人民にとって有利であり、世界の平和と発展にとっても有利である。われわれは現実に立脚し、長期的な見通しから、戦略的高みと長期的な視点に立って、米中関係を念入りに見つめて処理して行く態度を堅持し、米中間の三つのコミュニケの原則の基礎に立ち、相互尊重、平等対等な立場で往来を強化し、協力を深め、米中間で建設的な協力関係をたえず新たに発展させ、さらに両国人民及び世界人民の幸福を増進して行かねばならない」

歴史に遡って米中の紐帯を回顧して見せたくだりでは、「60余年前、米中両国人民は手を携えてファシストの侵略に抗戦した。数千人に及ぶ米国の役人や兵士が中国の戦場で血を流したのであり、中国人民は今も深く彼らのことを思っている」と語りかけ、1945年8月までの3年8ヶ月余りの太平洋戦争時代の“米中同盟”に改めて言及した。参加した米国人に改めて日本を想起させようという狙いが込められていたことは間違いない。

胡主席は歓迎昼食会の席上でも、「ファシストの攻撃に対する戦いにおいて、米国の政府と人民から寄せられた貴重な暖かい支援をわれわれは決して忘れない」と重ねて言及する念の入れようだった。97年秋、江沢民国家主席が訪米した際に、途中でハワイに立ち寄り、アリゾナ記念艦を慰霊したのと同じ発想だった。ただ、あの時代に米国と共闘したのは蒋介石総統の中華民国・国民政府であり、延安を根拠地としていた毛沢東率いる共産党は、まだ政権を執っていなかった歴史は改めて指摘するまでもない。
 
歓迎式典の後、オーバル・オフィスで行われた会談は約3時間に及び、米中貿易の不均衡、人民元の切り上げ、知的財産権の保護、市場開放、スーダン、人権、台湾などの問題のほか、イランの核問題、北朝鮮の核を巡る6ヶ国協議の再開、の問題など様々な課題が話し合われた。

 会談後の代表記者だけによる記者会見で、胡主席は冒頭、「戦略」を3度も繰り返し、米中が戦略的な視点に立って協調して行くべきと強調、「私は(ブッシュ)大統領に、中国は平和と繁栄で調和した世界を創造するために、米国やその他の国々と一緒に協力してやって行く意思があることを確約した」と説明した。

 人民元の切り上げに関し、ブッシュ大統領は「中国は昨年7月に重大な決断を下し、若干通貨を切り上げたが、米国はさらなる切り上げを願っている」と語ったのに対し、胡主席は「われわれはすでに人民元の為替制度の改革を始めているが、引き続き改善の努力をして行きたい」と語るにとどまり、再度の切り上げを行う意思がないことを明確にした。

 イラン核問題ではブッシュ大統領が、「胡主席には、国連憲章第7章(平和に対する脅威、平和の破壊及ぶ侵略行為に関する行動)を行使してイランの(核保有の)野望に対して、米国、中国、欧州連合(EU)の3者が極めて強く憂慮しているという共通のメッセージをイラン国民に送る戦術を説明した。中国は国際問題で重要な発言力を持っている。イランに核兵器を持たせず、手段も持たせず、技術も持たせないというわれわれの共通目標を達成するために胡主席と一緒にやって行く」と国連制裁への立場を明快に語った。

しかし、胡主席はイラン制裁問題には全く触れず、北朝鮮6ヶ国協議について「目下、困難な情況に陥っている。関係各国がさらに柔軟性を示して、ともに行動し、早期再開につながる条件を出すように希望している」と、偽米ドル札問題が障害となっている点に関して米国も譲歩するよう暗に求めた。

約30分の短い記者会見を眺めるだけで、両首脳の間には「大きな意識のすれ違いがあった」(米「ワシントン・ポスト」紙)と言わざるを得ない。胡主席は最初の訪問先、ワシントン州シアトルで、今回の訪米の任務として、<加強対話、拡大共識、増進互信、深化合作>の16文字を挙げた。対話を強化し、コンセンサスを拡大し、相互信頼を増進し、協力を深化させようというものだ。年平均7・5%の安定成長を維持するためにも、米国の市場と資本・技術は不可欠であり、一方では台湾問題が存在する現実を前に、当面は世界最強の米国と協調姿勢を貫くことで、中国の国益を実現させるのが対米戦略である。

同時に、米国の一極支配の世界から、多極化へと流れを作り、自らも一極を担うという世界戦略を目指す中国の大国意識が、社会体制の違いもあって、米国との違いとして浮上することは避けられない。今回、米側が胡訪問を「公式訪問ではない」と突っぱね、首脳会談開催当日の夜に公式晩餐会を開かなかった事実は、案外重い意味を持っているのである。

一方、米国は中国の急速な台頭の前に警戒心を高めている。とりわけ台湾海峡問題など安全保障領域では一種の封じ込め策を放棄していないのは明白だ。しかし、経済分野を中心とした世界システムにおいて、中国を<責任あるステークホルダー>として関与させようとしている。その意味では、2001年のブッシュ政権発足当初の<戦略的な競争相手>から、同時テロ発生に伴う変則的な蜜月を経て、今ようやく米国の対中姿勢は関与を基調とした協調時代に入ったと言えるのかも知れない。

訪米の成果に関連して、「胡主席はブッシュ大統領から社会制度の異なった大国の台頭を認めるという成果を勝ち取った。ブッシュ大統領のこうした認識は、第二次クリントン政権時代の対中認識の変更である。同工異曲ではあるが、米中関係の将来は、実務的かつ協力的な雰囲気の下で発展し、重要な意義を持つ」(香港『明報』)との分析が出ている。ただ、今後の米中関係は、イラン核問題はじめ、北朝鮮の動向、台湾情勢の進展如何によって、急速に変化することも避けられず、予断は許されないのが現実だろう。