コラム

北朝鮮の最新財政事情(2)―内訳の変化:財政赤字と経済発展

2006-05-24
宮本悟(研究員)
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前回のコラムで論じたように、北朝鮮では2002年7月に経済改革を行い、公定価格と闇市場価格の格差を是正しようと試みた。北朝鮮の公定価格が急激な物価上昇を引き起こしたのは、紙幣増刷や需要過多によって上昇してきた闇市場価格との格差があまりにも広がっており、それを急いで是正した結果であると考えられよう。



経済改革は、闇市場を国家経済に取り込み、財政赤字を軽減する目的もあった。闇市場の規模が大きくなれば、その分、財政収入が減少するからである。しかし、財政額が判明した2004年度の財政収支は赤字であり、2005年度も同様に赤字であったことが伺える。これだけ見ると、経済改革による財政赤字軽減は失敗したように見受けられる。



実は、詳細に見れば、北朝鮮の財政赤字は一度解消されていたことが分かる。経済改革の後、2002年度と2003年度は財政黒字であったと推定されるからである。2002年度と2003年度の財政額は公表されていないが、前年比は公表されているので、物価上昇分を除いた財政額を推算できる。それによると、表1のようになる。つまり、経済改革後の2年間は再び黒字になったが、2004年度からまた赤字に転落したことになる。なぜ、北朝鮮は再び財政赤字に陥ったのか。









表1 北朝鮮の財政規模推移  (単位:千ウォン[北朝鮮])






























































年度 歳入 前年比 歳出 前年比 収支
2000 20,903,430 105.6% 20,955,030 104.7% -51,600
2001 21,639,941 103.5% 21,678,654 103.5% -38,713
2002 22,284,659 103.0% 21,774,662 100.4% 509,998
2003 25,543,211 114.6% 24,461,830 112.3% 1,081,382
2004 337,546,000 99.9% 348,807,000 107.8% -11,261,000
2005 391,890,906 116.1% 405,668,122 116.3% -13,777,216










  出典:朝鮮中央年鑑各年度版、労働新聞

※青字は、前年度額に前年比を乗算した推定値(物価上昇分は含まない)

※緑字は、物価上昇率と財政額から推算した前年比



2004年度については、経済成長が停滞して財政収入が減少したことが赤字の原因と考えられる。表1で示されるように、2004年度の財政収入の前年度比を推算してみると、確かに前年度に比べてマイナス成長であった。もともと2004年度の予算計画では、赤字にならない範囲で、財政収入よりも財政支出を増大させることになっていた。ただ、財政収入が計画よりも下回ったために赤字になったのである。



しかし、2005年度は事情が異なる。2005年度の財政収入は前年度に比べて16.1%も伸びている。もともとの予算計画では15.1%増を見込んでいたため、実績は計画よりも多かった。ただし、財政支出は、予算計画が11.4%増であったのに対し、実績が16.3%増であり、明らかに予算オーバーである。これが赤字の原因となった。2004年度以降の北朝鮮では、財政収入に比べて、財政支出の増加が多いことが赤字の原因といえよう。なぜ北朝鮮の財政支出は急増しているのか。



北朝鮮の財政内訳編成の変化からその理由の一端を明らかにできよう。現在、北朝鮮で公表される国家財政の内訳は、国防費、人民経済費、人民的施策費である。国防費は軍事分野に投入される資金であり、人民経済費は工場建設など経済分野に投入される資金であり、人民的施策費は社会福祉分野などに投入される資金である。その他については公表されていない。その変化を示した表2を見れば、財政収支が黒字であった2002年度と2003年度は、他の年度に比べると内訳が大きく異なっていることに気がつく。









表2 北朝鮮の財政内訳比率推移 (対歳出比率)
















































年度 国防費 人民経済費 人民的施策費
2000 14.3% 40.1% 38.2%
2001 14.4% 42.3% 38.1%
2002 14.9% 22.7% 未公表
2003 15.7% 23.3% 40.5%
2004 15.6% 41.3% 40.8%
2005 15.9% 41.3% 未公表









出典:朝鮮中央年鑑各年度版、労働新聞


財政内訳で国防費と人民的施策費は、未公表の年度もあるが、2000年度からそれほど大きな変化がない。しかし、2002年度と2003年度の人民経済費は、他の年度に比べると約半分しかない。人民経済費の支出が抑えられたことによって、財政支出そのものも抑えられた可能性があろう。それが財政黒字になった原因の一つであると推察される。



人民経済費を減額させたことは、この頃には物資生産に余裕が出てきたのかも知れない。しかし、2004年度に再び人民経済費が増額され、再び財政赤字に陥り、現在に至っている。ということは、2004年度には物資を急いで増産する必要が生まれたと考えられよう。ここで問題になるのは、財政赤字を甘受してまで、北朝鮮は何を増産しようとしたのかである。



2004年度の予算計画で、北朝鮮が増産に最も力を注いだことが分かるのは、電力や石炭、金属工業である。さらに、鉄道運輸や都市建設、科学技術分野に投入する資金も増額が計画されていた。特に、科学技術分野については、資金を1.6倍にすることが報告されていた(科学技術分野とは、具体的にはインターネットやコンピューター関連事業と考えられる。北朝鮮では、インターネット環境が整えられ、ソフトウェア開発に力が注がれていることが韓国で報道されている。ソフトウェア開発技術は意外に高いそうである)。全体的に見れば、北朝鮮は産業基盤を充実させるためにインフラ整備に力を注いだので、人民経済費を増額しているという印象を受ける。この傾向は現在でも続いており、2006年度予算計画でも同様に、電力や石炭、金属工業、鉄道運輸や都市建設、科学技術分野に投入する資金の増額が報告されている。



2005年度の財政赤字は予算オーバーが原因であるが、その原因がインフラ整備とは限らない。2005年度の予算計画では、農業分野に力を入れることが報告された。農業分野に投入される資金も人民経済費の一部である。その資金は、計画では29.1%増が見込まれていたが、実績は32.5%増であった。2005年度に予算オーバーした原因の一つが農業分野への投資と考えられよう。2005年といえば、北朝鮮が国連世界食糧計画(WFP)の食糧支援を拒否した年である。つまり、食糧生産に自信を持ち始めた北朝鮮が、支援に頼らず、食糧を自給自足できる体制を整えるために農業分野への投資を増額させたと考えられる。ただ、計画されたものよりも費用がかかったので、予算オーバーしたのであろう。



2006年度の予算計画では、農業分野への投資は12.2%の伸び率が見込まれている。予算全体の伸び率が3.5%と見込まれているので、かなりの伸び率である。北朝鮮がいかに本格的に食料の自給自足体制を整えようとしているかが分かる。これからの推移を見守られなければ分からないが、北朝鮮がすでに飢餓状態を脱していることは国際機関によっても確認されており、近く食糧支援の必要がなくなることもあり得ないわけではない。食糧事情が改善されつつあり、さらに産業基盤も充実させようとしている北朝鮮の経済状態は、イメージとは異なり、意外に経済発展しつつある状態なのかも知れない。