コラム/研究レポート

〔研究レポート〕中国は中東で大国外交を実践できるか

2021-06-16
八塚正晃(防衛省防衛研究所研究員)
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「中東・アフリカ」研究会 FY2021-1号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

揺れる中国の中東関与

中東地域において中国のプレゼンスが顕著に高まっていることについて異論はないであろう。それでは中国は今後もこの地域に関与を深め、米国に代わって秩序形成を担っていくのだろうか。言い換えれば、中国は中東地域において大国外交を実践するのだろうか。この問いについては中国内外の研究者の間でも見解が分かれる1。その議論をごく簡単に二つに分けるとすれば、一方では、中東情勢の混乱に巻き込まれるリスクを警戒し、これまで中東地域で維持していた政治的な中立性を守ったうえで中国が有する経済利益の擁護に徹するべき(だろう)とする慎重関与論が存在する。もう一方においては、中国が中東地域に有する利益を守るために、関与を深め、大国の責任において中東地域の問題解決に主体的に参与して、中国のアイデアを積極的に提起していくべき(だろう)とする積極関与論がある。

前者の主張を支える理念的根拠には、中国が掲げてきた「平和共存5原則」(①領土・主権尊重、②相互不可侵、③内政不干渉、④平等互恵、⑤平和共存)がある。とりわけ領土・主権尊重や内政不干渉の原則は、宗派対立や民族問題で国家対立や体制の危機を抱える中東地域への積極的な関与を躊躇わせる。中国の見方によれば、2011年に起きた「アラブの春」の混乱は、西側諸国の介入主義によって引き起こされたものであり、中国はこうした西側諸国のようなやり方でこの地域に干渉すべきでない、ということになる。他方で、緩やかな相互支持を前提とするパートナーシップ関係の中で可能な分野で協力を拡大させ、「一帯一路」構想と同地域の経済発展構想の連結を図ることでwin-winの共同発展の道を開拓することを目指すのである。

後者の主張を後押しする要素には、大国としての自信の表れだけでなく、既存の国際秩序を維持しようとする先進諸国と対立を深める中で、中東地域において「核心的利益」をめぐる論点で中国への支持を調達する必要があるという事情もある。チベット、ウイグル、香港、台湾などの、中国が「内政」とする問題がこれに当たる。中国指導者は、中東諸国の指導者との会談の度に、こうした問題について中国への支持を発言させている。すなわち、核心的利益を守るためにも「中国は中東問題に対する影響力と話語権を増強させるべき」なのである2

既得権益が招く関与の広がり

自国の経済発展に必要な利害を中東地域に持ちつつある中国にとって、中東地域の混乱はもはや他人事ではない。中国は国内で消費する石油の約7割を輸入に頼り、その約半分を中東地域に依存している3。また、この石油関連事業やインフラ事業、各種経済活動のために中東地域でビジネスに従事する中国企業・華僑は、この20年で急激に増加し、既に中国の「海外利益」の一部をなしている。2011年のリビア内戦や2015年のイエメン内戦はこうした中東における中国の海外利益が危機に晒された事件であった。中国指導部は人民解放軍を緊急展開させて大規模な華僑の護送作戦を実施したが、これは中東地域の混乱が自国の利害に及ぼす影響の重大さを中国指導部に痛感させる警鐘となった。

かくして、中国は、自国の「海外利益」を守るために、経済分野に留まらず、政治・軍事の側面でも関与を広める必要性も認識しつつある。「一帯一路」構想に紐づける形で中東諸国との治安協力を進めている他、ジブチにおいて初の海外基地となる海軍保障基地を2017年に開設した。また、2008年末から続けている中国海軍のアデン湾・ソマリア海域のシーレーン護衛航行も、基地建設を受けて一層その活動の幅を広げている。最近ではエジプトやイランなどの地域大国と軍事交流や共同軍事演習も実施している。

中東地域への関与を促すのは利益だけに留まらない。習近平政権は「世界はまさに大きな発展、変革、調整の時期」にあり、さらに「コロナ禍が100年に一度の変革のプロセスを加速させている」と国際秩序が変動期にあるとの認識を示している4。この認識の下で中国指導部は、新型国際関係を進め、人類運命共同体を構築するための「新時代の中国の特色ある大国外交」を展開することを掲げている5。こうした習近平政権が掲げる大国外交という理念は、利益の擁護とは異なる文脈で中東への関与を深める方向へ作用するだろう。

中東で大国外交を実践する難しさ

コロナ禍に見舞われたこの一年間でも、中国の積極的な中東外交がみられた。2020年11月には中国とGCC諸国との間で外相級テレビ会合を実施して2016年のGCC諸国内での対立によって暗礁に乗り上げていた自由貿易協定について協議した6。また、2021年3月下旬には、王毅外交部長がサウジ、トルコ、イラン、UAE、バーレーン、オマーンの6か国を訪問し、この訪問中に受けたプレスインタビューで中国の中東に対する考え方を改めて体系的に披露した7

中東地域においては、いわゆる「ワクチン外交」も積極的に展開している。例えば、コロナワクチン接種が比較的早く進むアラブ首長国連邦(UAE)とは中国の製薬会社「シノファーム」が開発したワクチンを製造する合弁会社を設立し、UAE内でのワクチン製造を進めることを合意した8。これは、中国メディアによれば、中国の製造するワクチンの初の海外生産であり、「中東のワクチンセンター」にもなると言われる9。この他にも2021年5月にはエジプトと現地生産の合意をしたと報じられている10。中国は、国内ではコロナ蔓延防止に成功したことで自身のガバナンス能力に自信を深めている一方で、新型コロナウイルスを拡散してしまったことで悪化した中国の国際的なイメージを改善させる必要がある。このための方法の一つがワクチン外交であり、大国として果たし得る役割であるとも考えている。このような反発を招きにくい経済・民生分野においては、今後も中国のプレゼンスが増大していくことは間違いないだろう。

他方で、中国指導部が求める大国外交が、中東情勢を根底の部分で規定する政治・安全保障の諸問題に対して「中国の知恵」や「中国のアイデア」を提案し、積極的に秩序形成を担っていくものであるとするなら、その実践は簡単なことではないだろう。

その場合に問題になるのは、いかに米国と政治協力を進めることができるか、という点であろう。米中両国には、中東地域秩序の安定、治安能力の強化、テロ対策支援などでは協力を進める余地がある。また、中国の研究者では、中東地域における中国の関与は、米国のプレゼンスを所与とする中東秩序と共存可能であるとの楽観的な見方もある11

他方で、米中の間では、あるべき中東秩序をめぐって認識ギャップが存在するのも事実であろう。また、中国が大国外交と称して中東地域の複雑な国際関係で指導力を発揮しようとすれば、同地域における中国の影響力の増大を嫌う米国からの大きな反発を招く局面も増えていくだろう。例えば、2021年5月上旬に激化したイスラエル・パレスチナ間のガザ地区における戦闘をめぐる米中間の意見対立がそれにあたる。中国は安全保障理事会議長国の立場から緊急会合を開いて停戦を促す声明を発出することに奔走した。だが、米国の反対を前に安保理で声明を出すことはできず、王毅外相は「米国がとった立場は国際正義に反するものである」と米国を批判した12。結局、ガザ地区の戦闘については5月21日にエジプトの仲介で停戦が実現したものの、中国が国際的な指導力を発揮することはできなかった。

この他にもイラン核問題、シリア問題、アフガニスタン問題、宗派をめぐる地域大国間対立など、多かれ少なかれ米中間で立場の異なる諸問題が中東地域には横たわっている。当然ながら、中国がこうした複雑な政治問題で仲介役を引き受け、国際的な指導力を発揮していく可能性は否定できない。また、米国が中東地域からプレゼンスを後退させていくことは、中国の存在感を相対的に際立たせることになるだろう。しかし、中東諸国の利害が複雑に交錯する問題で指導力を発揮すること自体が、中国がこれまで中東で維持してきた中立性が問われることも意味するし、相応の政治的コストを費やす必要にも迫られるだろう。また、中国外交における優先順位に照らして、中国の国家統合や領土問題に関係する核心的利益に費やす政治資源を割いてまで中東地域で中国が指導力を発揮すべきかという論点は、中国国内でも意見が分かれる。

少なくとも指摘できることは、中国が中東地域で今後も経済的なプレゼンスを高めていくことは確実であろうが、中東地域秩序を形成する大国外交を実践することは容易いことではない。




1 八塚正晃「中東地域への中国の軍事的関与」『中東研究』(2019年度、Vol. III)、20-33頁。

2 劉勝湘・高瀚「中東劇変背景下中国中東大国外交論析」『西亜非洲』2020年第5期。

3 「2019年我国原油対外依存度70.8%」中国石油新聞中心、2020年3月31日、http://news.cnpc.com.cn/system/2020/03/31/001769303.shtml

4 「習近平:決勝全面建成小康社会 奪取新時代中国特色社会主義偉大勝利----在中国共産党第十九次全国代表大会上的報告」中華人民共和国人民政府HP、2017年10月27日、http://www.gov.cn/zhuanti/2017-10/27/content_5234876.htm、及び「王毅国務委員兼外長就2020年国際形勢和外交工作」中華人民共和国外交部HP、2021年1月2日、https://www.fmprc.gov.cn/web/wjbzhd/t1844078.shtml

5 王毅「迎難爾上為国担当奮力開啓中国特色大国外交新征程」中華人民共和国中央人民政府、2021年1月16日。http://www.gov.cn/guowuyuan/2021-01/16/content_5580399.htm

6 「王毅出席中国-海合会部長級視頻会議」中華人民共和国HP、2020年11月19日、https://www.fmprc.gov.cn/web/wjbzhd/t1830696.shtml

7 「王毅国務委員兼外長在結束訪問中東六国後接受媒体采訪」新華社、2021年3月31日、http://www.gov.cn/guowuyuan/2021-03/31/content_5596904.htm

8 「中国阿聯合作 打造中東疫苗生産中心」中央通訊社、2021年3月29日、https://www.cna.com.tw/news/aopl/202103290141.aspx

9 「借力中国、阿聯酋打造"中東疫苗中心"」環球時報、2021年1月27日、https://world.huanqiu.com/article/41gMCbEqWMy

10 「中埃签署新冠疫苗在埃及本土化生産合作協議」中阿合作論壇、2021年5月11日。

11 孫徳剛「論新時期中国的中東的柔性軍事存在」『世界経済与政治』(2014年第8期)4-29頁。

12 「王毅就当前以衝突闌明中方立場」外交部HP、2021年5月15日、https://www.fmprc.gov.cn/web/wjbzhd/t1876046.shtml