コラム/研究レポート

〔研究レポート〕中国における「政治安全」と国内安全保障法制

2021-05-06
松田康博(東京大学教授)
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「中国」研究会 第11号 

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。 なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

「総体国家安全観」における「政治安全」

2014年4月15日、国家安全委員会が設立された際に習近平が発表した講話の抄録によると、「総体国家安全観」は、政治、国土、軍事、経済、文化、社会、科学技術、情報、生態系、資源、核等多種多様な11領域における安全保障を全て包括している1。ここで、習近平政権における「安全」概念の中で、「政治安全」が最重要であることが示唆された。

「政治安全」とは聞き慣れない用語である。当初明確な定義が公表されていなかったが、たとえば、習近平は、2016年1月12日に党の中央紀律検査委員会での講話で党員の派閥活動、政治的野心、地方主義、腐敗などを「党と国家の政治安全にかかわる大問題」であると指摘している2。2019年1月15日に中央政法会議で習近平が行った講話では、「政治安全、社会の安定、人民の安寧」が強調され、「政治安全」が最重要の位置にあることが示唆された3。言い換えるなら、習近平政権は、政治面の強い不安全感に突き動かされている政権であると言える。

習近平は、2020年12月12日に行われた中央政治局の学習会で、「総体国家安全」を貫徹するために10項目の要求を提起した。そこには「政治安全を最も重要な位置に置き、政権の安全と体制の安全を維持・擁護し、積極的・主動的に各方面の工作をしっかりと行うこと」4と記されていた。

中国の警戒感は、欧米由来の民主化が中国で起きる可能性に向けられている。欧米においては資本主義体制の下「三権分立」をとる自由民主主義体制がベストな体制であり、社会主義体制は非民主主義的で遅れているという観点から、常に「民主化」を求める圧力が加えられる。「政権の安全」と「体制の安全」とは、そうした圧力に対して、社会主義体制の「比類なき優越性」を強調し、社会主義体制を良き物として積極的に防衛することを意味する5

つまり、習近平政権にとって、中国共産党政権と社会主義体制の安全を守ることが、最高の目標であり、そのために党中央(習近平指導部)の絶対的な指揮・命令に従うことが共産党の各級幹部や一般党員に求められているのである。

国内安全法制整備

中国は、こうしたイデオロギーを法律・法規のレベルにまで落とし込んだ。中国は法制化によるガバナンス強化を進めており、何事も法律・法規で明文規定を作る傾向がある。安全保障領域も同様であり、2010年以降、中国は国内安全法制を強化し、表にあるように、その大部分が習近平政権時期に整備された。習近平は、対外行動の強硬化を指摘される政権であるが6、国内の安全保障強化こそ強く志向する政治家だと言える。

そもそも中国の憲法には、「中華人民共和国公民は祖国の安全、栄誉および利益を維持し、守る義務を負う」(第54条)と書かれている。中国で人民は絶対に自国を裏切ってはならず、むしろ積極的に協力しなければならない。2010年に修正通過した「保守国家秘密法」によると、「一切の国家機関、武装力、政党、社会団体、企業事業単位および公民は、みな国家の秘密を守る義務」(第3条)がある。言い換えるなら、国家の秘密を漏洩すれば公務員であるかどうかにかかわらず厳罰となるし、国家の秘密を集めたり漏洩したりする人を見かけたら、自国民であろうが外国人であろうが、積極的に当局に密告しなければならない。

表 中国が近年整備した国内安全保障に関する憲法・法律・法規

番号 時期 名称 主な内容
2010.4.29 修正通過 保守国家秘密法 一切の国家機関、武装力、政党、社会団体、企業事業単位および公民は、みな国家の秘密を守る義務がある。国家秘密の安全に危害を加えるいかなる行為も、みな法律の追及を受けなければならない。(第3条)
2014.11.1 通過 反スパイ法 スパイ行為を実施しても、自首するあるいは功績を上げる者は、処罰を軽減するあるいは免除することができ、重大な功績を上げた者は、表彰・奨励する。(第27条)
2015.7.1 通過 国家安全法 中国共産党の国家安全工作に対する領導を堅持し、集中され統一された高効率の国家安全領導体制をうち立てる。(第4条)
2015.12.27 通過 反テロリズム法 境外にある中華人民共和国の機構、人員、重要施設が深刻なテロ攻撃を受けた後、国家反テロ工作領導機構は、関係国と相談し、同意を得た後に、外交、公安、国家安全等の部門を組織し、要員を境外に派遣して処置工作を展開することができる。(第59条)
2016.4.28 通過 境外非政府組織境内活動管理法 境外の非政府組織が中国内で展開する活動は中国の法律を遵守しなければならず、中国の国家統一、安全および民族の団結に危害を加えてはならず、中国の国益、社会公共利益、法人およびその他組織の合法的権益に損害を与えてはならない。(第5条)
2016.11.7 通過 ネット安全法 いかなる個人および組織もネットを利用する際、憲法、法律を守り、公共秩序を遵守し、社会の公徳を尊敬し、ネット安全に危害を加えてはならず、ネットを利用して国家の安全、栄誉および利益に危害を加えたり、国家・政権の転覆を煽動したり、社会主義制度を転覆させたり、国家の分裂を煽動したり、国家の統一を破壊したり、テロリズムや過激主義を宣揚したり、民族の怨恨や民族差別を宣揚したり、暴力的、卑猥な情報を伝播させたり、虚偽の情報を編集・伝播させて経済秩序と社会秩序を混乱させたり、他人の名誉、プライバシー、知的財産権およびその他の合法的権益等を侵害したりする活動をしてはならない。(第12条)
2017.6.27 通過 国家情報法 いかなる組織と公民もみな法律に基づき、国家の情報工作に協力し、知悉した国家情報工作の秘密を守らなければならない。(第7条)
2017.11.22 公布 反スパイ法実施細則 国家安全機関が法に基づき反スパイ工作の任務を執行する時、公民と組織は法に基づき、便宜を図ったり、あるいはその他の協力をしたりする義務があり、便宜を図ること、または協力することを拒絶し、国家の安全機関が法に基づき反スパイ工作の任務を執行することを故意に阻害する場合、『反スパイ法』第30条の規定に基づき処罰する。(第22条)
2018.3.11 修正通過 憲法 中華人民共和国公民は祖国の安全、栄誉および利益を維持し、守る義務があり、祖国の安全、栄誉および利益に危害を加える行為をしてはならない。(第54条)
2020.6.30 通過 香港特別行政区国家安全維持法 いかなる人も、以下の国家を分裂させたり、国家統一を破壊したりする行為の一つにつき組織、計画、参与、あるいは実施した場合、武力または武力の威嚇を使用するかにかかわらず、犯罪となる。(第20条) 外国または境外機構、組織、人員のために、国家安全にかかわる国家の秘密あるいは情報を不法に提供する者、外国または境外機構、組織、人員に以下の行為の一つを請求する者、外国または境外機構、組織、人員とともに以下の行為の一つを実施する者、あるいは直接的または間接的に外国または境外機構、組織、人員の教唆、統制、資金援助およびその他の形式の支援を受けて、以下の行為の一つを実施する者は、犯罪となる。(第29条)

(出所)各法律・法規の条文を「法律法規数拠庫」(http://search.chinalaw.gov.cn/search2.html)で、確認して、訳出した。

(注)名称から「中華人民共和国」を省略している。また、境内、境外は、国内、国外とは異なる概念である。それは、台湾などが国内(だが境外)であると見なされているためである。なお、1993年に通過した旧「国家安全法」は、大幅に修正の上②「反スパイ法」に変更されたため、③「国家安全法」とは別の法律である。

対外防諜工作は中国だけではなく、どの国もやっている。ところが、中国では、国家安全部門の権限が際限なく強まっていることが問題であるといえる。外国の政府関係者、新聞記者、NGOの大部分は、中国の国家を転覆しようとか、国家の分裂を企図しようとしている人たちではない。しかし、中国が彼らの活動を禁止事項の一部であると解釈したら、上記の全ての外国人が監視や取り締まりの対象になる。国家安全部門は、彼らを監視したり、追跡したりするために莫大な資源を投入している。改革開放政策をとってから、大量の外国人が入国して観光、留学、経済活動をしているため、中国には当然大量の監視対象がいる。

実際に多くの外国人や台湾出身者が、スパイ容疑で拘束されたり、判決を受けたりしている。中国系外国人の場合は、そもそもどれだけ捕まっているか統計もなく、また外国人でも被拘束者の安全を考えて、本国政府はほとんど情報を出さない。日本人の場合は、2015年以降これまで15名がスパイ容疑等で、中国において拘束されている7

中国は、インターネット空間を危険視し、規制を強めてきた。2010年代に、中国はインターネット時代を迎えたが、2010年から13年にかけて中国版ツイッターと言われるウェイボー(微博)上の言論が取り締まられた。特に「薛蛮子」という多数のフォロワーがいる有名ブロガーが2013年に買春容疑で逮捕されたのを皮切りに、影響力のある「公共知識人」と呼ばれる人々の発言が徹底的に弾圧された8。2016年に通過した「ネット安全法」は、インターネットを通じて発信される情報や言論に対するこれまでの規制の実践が明文化され、強化されたことを意味している。「ネット安全法」第12条を見ればわかるように、中国政府は、インターネット空間における完全な言論統制を目指している。

際限なく拡大する「国家安全」

かつては、こうした過剰とも考えられる国内安全法制の適用範囲や執行は、中国本土に限られていた。ところが、2020年6月30日、香港の立法会ではなく、全国人民代表大会常務委員会が「香港国家安全維持法」を可決し、翌7月1日にはそれを香港で施行した。同法は、「国家の分裂、国家政権の転覆」、「テロ活動」、「外国または境外勢力と結託して国家安全に危害を与える」などの行為の定義を曖昧にしたまま、「武力または武力の威嚇を使用するかにかかわらず」(第20条)犯罪を構成すると定めている9

この法律に基づき、中国政府は、香港における民主派、すなわち反対派の弾圧を行っている。これは、習近平政権が、香港が「カラー革命」の根拠地となることを恐れたためであると解釈されている。香港に一定の自由や民主的メカニズムが存在し、外国勢力と結びついた場合、そのことが中国の国家安全を脅かすという判断が下されたのである10

国内の不満分子が「外国勢力(および境外勢力)と結託」すれば、中国の「政治安全」が直接的に脅かされる。したがって、中国では、国内外の中国人と外国人(および台湾同胞等)を監視し、統制することが非常に重要になっていると認識されている。

こうして、かつて受け身であった中国の「政治安全」は、法制化を進めて積極的に防御する対象となった。習近平政権は、これからも「政権の安全」と「体制の安全」を守るためならいかなるコストも支払うし、決して妥協することはないという姿勢を貫くものと考えられる。




1 習近平「堅持総体国家安全観、走中国特色国家安全道路」、前掲書、201頁。

2習近平「堅定不移推進党風廉政建設和反腐敗闘争」習近平『習近平談治国理政 第二巻』北京、外文出版社、2017年、161-162頁。

3 習近平「維護政治安全、社会安定、人民安寧」習近平『習近平談治国理政 第三巻』北京、外文出版社、2019年、352頁。

4 「習近平在中央政治局第二十六集体学習時強調 堅持系統思維構建大安全格局 為建設社会主義現代化国家提供堅強保障」、新華網、2020年12月12日、http://www.xinhuanet.com/politics/leaders/2020-12/12/c_1126852702.htm

5 尚偉『総体国家安全観』北京、人民日報出版社、2019年、46-50頁。

6 松田康博「第1章 中国の対外行動「強硬化」の分析―四つの仮説―」加茂具樹編『中国対外行動の源泉』慶應義塾大学出版会、2017年、参照。

7 「中国"スパイ行為"で拘束 日本人男性2人 上訴棄却で判決確定」、NHKオンライン、2021年1月13日、https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210113/k10012811161000.html

8 古畑康雄「第5章 弾圧を進める中国当局と抵抗するネット社会」、美根慶樹編著『習近平政権の言論統制』蒼蒼社、2014年、182-193頁。

9 田中実「『香港国家安全維持法』の何が問題なのか?」、WEDGE Infinity、2020年8月6日、https://wedge.ismedia.jp/articles/-/20414

10 「社評:香港版顔色革命、想要推倒的是什麽?」、環球網、2019年8月13年、https://opinion.huanqiu.com/article/9CaKrnKmaJK