0
0
0 0   北朝鮮外交に何が起こっているのか?
−「核開発」発言の三つの解釈−
神保 謙 (アジア太平洋研究センター研究員[安全保障])

0 0
0 0

米国務省は10月16日に声明を発表し、10月6日に行われた米朝高官協議の席上で、北朝鮮が高濃縮ウラン製造施設建設を含む核兵器開発を進めていると米側に認めていたことを明らかにした。米国務省の声明、及び各種報道資料を総合すると、下記のような事実関係が浮かび上がってきている。

1、10月6日の米朝協議の席上、ケリー米国務次官補(東アジア・太平洋担当)が北朝鮮の核関連施設の衛星写真及び核関連技術取得に関する資料(兵器級ウランを分離するための遠心分離機の購入請求書等)を北朝鮮側に示したところ、姜北朝鮮第一外務次官は当初この事実関係を拒否したものの、交渉の終盤になって「一転して突然認めた」("of course we have a nuclear program!"と言った)。このときの北朝鮮側の態度は「かなり高圧的」(同席した米政府関係者)であったと伝えられている。2、北朝鮮は同時に、1994年の「枠組み合意」がすでに無効(nullified)であるとの認識を明らかにした。これは当初の報道で見られたような「北朝鮮が枠組合意の破棄を通告した」というものとは異なり、北朝鮮がかねてより「米側が枠組合意を履行していない」といってきた主張の延長線上にあるとみられる。3、そして、米国政府はこの米朝協議から10日たった16日になって声明を発表し、この北朝鮮の態度表明は深刻な違反であり、「米政府が考えていた大胆なアプローチ(注:米朝交渉)が追求できなくなった」としている。

北朝鮮は先の日朝首脳会談(9月17日)で交わされた「日朝平壌宣言」のなかで、核問題を包括的に解決するため、「関連するすべての国際的合意を遵守」することを確認していた。しかしそのわずか20日後の米朝協議では、過去の核開発はおろか、「枠組合意」締結以降にも核開発を継続していたことを認めたことを意味する。これは、「枠組合意」違反であるばかりか、核拡散防止条約(NPT)、IAEA保障措置協定、南北非核化共同宣言に、ことごとく違反する深刻な事態であるといえる。なぜ、突如として北朝鮮は自らの核開発継続を認めるという態度に出たのだろうか。これについては、現在多くの専門家が頭を悩ませている。

近年、北朝鮮は自らの経済的苦境の打開と、ブッシュ政権の強硬姿勢下の事態打開という二つの課題に直面していた。そのために北朝鮮が採用してきたのは、1、中国・ロシアとの積極的な外交の展開、2、イタリア・オーストラリア等との外交樹立にみられる新規外交関係の開拓、3、韓国、日本との関係改善の模索(米国との同盟関係離間の模索)という三つを軸とする、「多角外交」・「協調外交」であった。先の日朝首脳会談で北朝鮮が自らの拉致問題を認定し、謝罪した上で、核兵器をめぐる問題でも「国際的合意を遵守」することを約束したことも、北朝鮮が多角・協調外交を真剣に追及せざるを得ない状況にあるものとみられてきた。

多くの専門家は、ブッシュ政権の強硬姿勢の下で、北朝鮮が従来みられたような「瀬戸際外交」を選択することは、むしろ自殺行為になってしまう可能性があるため、多角・協調外交によって体制維持の活路を見出さざるを得ない、と指摘してきた。そして、重要なことは、北朝鮮が自らの体制保証のためには、対米関係が最も重要であるとみなされてきており、多角・協調外交も、最終的には対米関係を整えるための実績づくりと解釈されてきたことである。したがって、この状況下で、北朝鮮が自ら核開発継続を宣言することは、北朝鮮にとっていかなる合理性があるのか、という点はきわめて謎に包まれている。

北朝鮮がなぜ、このタイミングで核開発を容認する姿勢を打ち出したのかについては、これまで専門家の間でも様々な解釈が提示されているが、それは大きく分けて下記の三つに分類できるであろう。

第一の解釈は、北朝鮮が再び核問題を「外交カード」として利用しているという見方である。1994年の枠組合意では、北朝鮮の核開発凍結の見返りに供与される軽水炉の建設がほぼ完了した後、原子炉が搬入される前にIAEAとの査察協定を履行し、IAEAが必要とする全ての査察を北朝鮮は受け入れなければならないことになっている。もっとも、この査察の条件はあくまで軽水炉の主要なプロジェクトが完了することが前提となっており、そこにたどり着くまでには相当程度の時間を必要としている(当初の2003年の予定が大幅に遅れている)。米国としてはこの過去の核疑惑の解明と査察を重視し、実施時期を早める努力が続けられてきた。そして、北朝鮮の「ウラン濃縮技術取得」が本当だとすれば、査察を受け入れた場合、いずれにせよ1994年以降の核開発疑惑は明確になってしまうことになる。北朝鮮の立場からすれば、いずれ明らかになるのであれば、今の段階で開発を認めるほうが、比較的誠意ある対応といえないことはない(この対応パターンは拉致問題の認定・謝罪と同種のものである)。実際、日朝首脳会談の席上、北朝鮮はIAEAの核査察を受け入れることを表明したばかりである。今回の態度表明は、査察を受け入れたときの利益をより高めるための外交戦術であるとの解釈が成り立つ。

仮にこの解釈が正しいとすれば、北朝鮮は今後数週間の内に、核開発の全面放棄、IAEAの保障措置の全面受入れを含む、大胆な妥協を行う可能性が高い。そうでなければ、自ら宣言した合理性がなくなってしまうからである。その場合、10月29〜30日にマレーシア・クアラルンプールで開催される日朝国交正常化交渉の席上で、北朝鮮が核問題について大胆な妥協を行い、日朝及び米朝関係の根本的な打開を図る、という外交戦術をとる可能性が考えられよう。このシナリオに則れば、北朝鮮は自らが「イラクの次」とターゲットされることを極力回避することを狙った行動と推測できる。それを、米国内でイラク問題がもっとも先鋭化し、米政府の関心がイラク問題に集中しているときに、この問題を提示することが北朝鮮にとってもっとも落ち着いた交渉を行える時期だと判断した可能性が指摘できよう。

第二の解釈は、北朝鮮は核問題で一切妥協するつもりはなく、むしろ米国との対決姿勢をより強硬化し、「対米抑止力の強化」を図っているという見方である。北朝鮮はかねてよりブッシュ政権の対北朝鮮政策を「対立を鼓舞するもの」として厳しく批判してきた。10月6日の米朝協議終了後にも、北朝鮮「労働新聞」はケリー国務次官補の交渉態度が「きわめて傲慢」であったことを非難した。そして日朝首脳会談の席上では、金正日委員長は「(米国と北朝鮮と)どちらが強いかは戦争をやってみないとわからない」と述べたとされる。この真意はともあれ、北朝鮮が多角外交の展開の中でも、現段階で米国に対してはなんら妥協をせず、対立姿勢を基本的に維持したことは事実である。

仮にこの説が有力であるとすれば、今回の北朝鮮の発言は、むしろ北朝鮮の核開発が相当な段階まで進んでいることを含意することによって、対米抑止力を強化することに狙いがあるとみられる。北朝鮮軍部が米国の対イラク攻撃をめぐる議論を相当真剣に受け止め、「イラク攻撃が現実味を帯びるのは、イラク自身が米国に対する有効な抑止力を保持していないからだ」という結論に達したのであれば、北朝鮮がすでに核開発が相当程度進展していると宣言することにより、米国の本格的な軍事介入を思いとどまらせる効果をもつと考えた可能性も否定できない。事実、米朝協議の席上、北朝鮮側はウラン濃縮技術に加え、「より強力な兵器」(more powerful weapon)を保有していることをほのめかしたという。この真偽についても確固とした情報はないが、これが生物・化学兵器の保有を意味しているのかもしれない。

この説の下では、北朝鮮は今後の交渉について核問題で妥協する可能性はきわめて少なくなる。しかしこの説の妥当性があまり高くないように思えるのは、小泉総理が17日の記者会見で今回の事態の展開を受け、「核開発中止が国交正常化の条件」と述べているように、核問題再燃はこれまで北朝鮮が進めてきた多角外交を全面的に破壊させる効果を持っているからである。北朝鮮外交に一貫性がみられるとすれば、現在の体制維持のために、国内経済環境を好転させるためには、これまで数年間積み上げてきた多角外交を崩壊させることは、おおよそ非合理的であるようにも思える。仮に第二の解釈が有力であるとすれば、北朝鮮における保守強硬路線がきわめて大きな影響力を持ってきたことを意味するであろう。

第三の解釈は、「外交混乱」である。つまり、北朝鮮外交が十分に統制・機能されていないという見方である。この見方については、あまり多くの専門家が指摘しているわけではないが、真剣に検討されなければならないと私は考えている。今回特徴的なのは、2日間の米朝協議の中で、北朝鮮側は第1日目については核兵器開発継続については一切認めておらず、第2日目に突如激昂し、開発を認めたという経緯があったようである。そして、この突如の発言に、席上の米国側はおろか、北朝鮮側にも動揺がみられたとの情報も伝えられている。これらの経緯が本当だとすれば、北朝鮮が十分な準備を行って核開発容認を行ったようには思えない節がある。この発言を行った姜第一外務次官が、1、感情が激昂し越権行為としての発言を行った可能性、2、あるいは「ウラン濃縮技術の取得」そのものは「枠組合意」の違反とはとらえておらず、それほど問題化するとは考えていなかった可能性、等が推測として成り立ちうる。

米国がこの問題を発表するまでに10日間を要したことを考えても、北朝鮮の態度表明がいかに唐突であったかを物語っている。そして、この10日間のブランクは米政府内では対北朝鮮政策をめぐる深刻な路線の対立が生じた可能性をも示唆している。しかし、結果的に10月16日の米国務省の声明によれば「枠組合意への深刻な違反」と定義付けており、このような無謀な外交行動、単なるブラフという考え方を米政府は採用していない。仮に「外交崩壊」説を織り込みながら、米国がこの声明をだしたとすれば、米国が北朝鮮の容認発言をもって、北朝鮮強硬政策をさらに正当化し、推進していく素地として、米保守派に活用されていったというのが真相である可能性もある。

これまでのところ、米政府は「平和的解決」の推進を強調し、ブッシュ大統領自身もイラクと北朝鮮は異なるという認識を示し、外交的な解決を模索することを示唆している。しかし、同時に米国内では米朝枠組合意を米側から破棄し、イラクと同じ強硬路線を採用すべきであるとの議論も高まりつつある。北朝鮮が早期に大幅な妥協を行わない限り、「平和的解決」派も次第に強硬派に吸収されていかざるを得ず、北朝鮮の「外交カード論」「対米抑止力の強化論」「外交崩壊論」いずれもが、北朝鮮にとって不利に作用することになりかねない。さらに、イラク問題では国連の査察の有効性が否定されているところに問題の立脚点があるように、北朝鮮がIAEAの保障措置を全面的に受け入れたとしても、問題は解決しない可能性さえ否定できない。これら全ての意味で、北朝鮮の今回の態度表明は、北朝鮮の運命を大きく左右する外交的な冒険主義(あるいは失敗)なのである。

日本政府は10月29〜30日に開催される日朝国交正常化交渉の中で、拉致問題に加え、この核問題を二つの最優先課題とすることを表明している。その意味で、二つの困難な問題がより具体化した形でアジェンダとなったことにより、国交正常化に向けたハードルはいっそう高まったとみて間違いないだろう。

ここでの問題は、日本政府がこれら三つのシナリオにどのような態度をとるべきかと言うことである。日本政府は、第一の説に基づき「北朝鮮が全面的に核査察受入れを表明した場合」、第二の説に基づき「対米抑止力の強化に努めている場合」、第三の説に基づき「シラを切る場合」のそれぞれに、十分な準備を持って交渉に当たることは肝要であろう。

そして重要なことは、日米韓三国がこの問題について十分に情報共有し、対北朝鮮政策についての調整を行うことである。核問題、ミサイル問題、通常兵器の問題、人道に関わる問題、そして日本の拉致問題それぞれについて、日本政府は米国・韓国の安全保障上の利益を考慮しながら交渉を行うことが重要である。むしろ、北朝鮮が経済苦境の打開のために日本の経済協力を真に必要としているならば、米国及び韓国の安全保障上の利益を、日本政府が交渉の中で一切妥協せずに交渉する姿勢が求められる。これらの問題はそれぞれが深刻な問題であるばかりでなく、「包括的問題」としてとらえることが、北朝鮮との交渉に必要な基本的な態度であろう。

(2002年10月18日記)


追記10月21日付のワシントン・ポストによれば、米朝高官協議の中で、北朝鮮は米側に対し、米国が1,北朝鮮に対する先制攻撃を止め、2,米朝平和協定を締結し、3,現体制を容認するならば、核開発を断念するとの条件を提示したようである。この報道が事実であれば、第三の解釈による「外交混乱」説は必ずしも該当しないといえよう。これは、北朝鮮が先に開催された南北閣僚級協議の席で、「枠組合意」は維持するべきと主張しはじめたように、枠組合意の範囲の中での駆け引きにでているとの見方が有力である。もっとも、米側はこのような駆け引きに応じる可能性は現時点では考えにくい。いずれにせよ、今月末の日朝国交正常化交渉でこの問題にどのような対応をとるかが注目される。


line