アメリカのブッシュ政権は現在、渋る韓国政府を押し切る形で在韓米軍3万7千人の再編、配置転換の方針を進めつつある。米韓同盟政策構想協議(Future of the Alliance Policy Initiative)と銘打った両国政府のこの問題に関する交渉は、4月8日と9日に第一ラウンドが、6月4日と5日には第二ラウンドが、いずれもソウルで、7月23日と24日には第三ラウンドがホノルルで行なわれた。
これまでのところ両者は、(1) 在韓米軍の役割を朝鮮半島に限定せず北東アジア全域の安全保障に役立つよう変えること、(2) 非武装地帯に近接配置されている米第二歩兵師団およびソウル市内龍山にある在韓米軍司令部を2006年までに後方(おそらく烏山)に移転すること、(3) 従来米軍が受け持ってきた前線での防衛責務を韓国軍が肩代わりすること、などの基本方針で合意に達した。しかし、有事のさいの米韓合同軍司令部(CFC)の指揮権の帰属やソウルに置かれている米軍司令部や非武装地帯沿いに展開する第二歩兵師団の移転先の選定など、具体的な面で重要な問題がかなり未解決のまま残っていて、その影響が米韓関係の将来におよぶ可能性もある。
韓国側が在韓米軍の後方移転に後ろ向きの姿勢を示してきたのには、二つの理由があった。第一は、在韓米軍の主要部分、非武装地帯沿いの第二歩兵師団と、ここからわずか48kmの首都ソウル市内の龍山におかれている在韓米軍司令部は、北朝鮮が攻撃を仕掛ければアメリカの総力を挙げての反撃を誘発する「トリップワイア」(罠の仕掛け線)だと考えてきたことである。米軍が後方に下がれば、北が南を攻撃した場合に「トリップワイア」が作動しない可能性が出てきて、北が南侵攻の決断を下しやすくなると韓国側は懸念した。
第二は、非武装地帯の近くに米軍がいること自体に、アメリカの北への軍事行動を思いとどまらせる効用があるという認識である。すなわち、アメリカが北朝鮮に軍事攻撃を仕掛けた場合、非武装地帯付近に集結している北朝鮮軍の大規模なミサイル、長距離砲による反撃で、非武装地帯の南側にいる米第二歩兵師団やソウルの在韓米軍司令部が、韓国軍、ソウル市民とともに甚大な被害を受けることは必至で、それがアメリカによる北への軍事行動を抑制するブレーキになっているという論理である。北への「太陽政策」を引き継いでいる盧武鉉政権は、こうした考えから、米軍の後方への移転に消極的だった。これら二つに加えて、韓国軍の役割増大や米軍基地の後方移転にともなう財政負担にも不安が見え隠れしている。
しかし、一方で韓国社会に日本よりはかなり強い反米意識がひそんでいることも、在韓米軍の問題を複雑化させる要素として無視できない。もともと対米自主姿勢を強調する盧武鉉氏が昨年の大統領選挙で当選した理由の一つに、米軍兵士が韓国人少女を轢死させた事件で国民の反米感情が噴出したことも挙がっていた。また、首都ソウルに在韓米軍の司令部のあることが、韓国民の民族主義意識を刺激していた。他方、アメリカ側にも韓国内の反米意識の高まりを見て反発の声が出ていた。第二歩兵師団を最前線から後方に移し、前線での防衛責任を韓国軍に肩代わりさせるという方針も、こうしたアメリカ国内の心理状況とまったく無関係かといえばそうは言い切れないだろう。
ソウルもワシントンも、公式にはこの在韓米軍再編を「米韓同盟のさらなる強化」に役立てるという方針で意見が一致している。しかし、北朝鮮の核開発をめぐって朝鮮半島の情勢が緊迫している折から、北側も細心の注意を払ってこの問題の成り行きを見守っているにちがいない。北は前線の防衛の責任が米軍から韓国軍の手に移ることをどう受けとめるのか、米軍の後方移転の軍事的、政治的意味をどうのように解釈するのか。そして米韓の間に感情的なみぞができたら、それをどのように利用するのだろうか。
米韓双方は、在韓米軍再編・配置転換の作業を進めるにあたって、韓国社会の感情的要素に十分に配慮し、北側につけ入るすきを与えないよう気をつける必要がある。
(2003年7月26日 記)
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