新しい政府開発援助大綱への問題提起

堀内  伸介(客員研究員)

政府開発援助大綱という重要な政策ペーパーを限られた紙面でコメントするのは、適切とは思わないが、あえて、原則とODAの実施面において幾つかの問題提起を試みる。

援助の原則として、国家の利益、アジア地域重視、良い統治、人間の安全保障、政策対話・国別研究、援助の評価を従来の自助努力への援助に加えて明確に提起していることは、国民の政府開発援助への理解を深める意味で重要であると考える。重点分野について、特に貧困の削減と格差の減少、平和の構築が上げられている事について深い共感を覚える。

「ODAの目的は国際社会の平和と発展に貢献し、これを通じて我が国の安全と繁栄の確保に資する」と大綱にあるが、わが国の総合安全保障という枠組みのなかで、ODAの位地付けが示されていない。わが国は軍事費をGDPの1%に抑えているが、他国は2‐3%であり、その上にODAを支出している。ODAも国家の安全保障の一環と捉えた時に、全体の中での位置付けが明示されるべきではなかろうか。

ODAのわが国の利益への言及は、ODAへの批判、アンタイ援助への批判等を踏まえてものとおもわれる。アメリカとフランスのODA政策が国家の利益に言及しているが、他国はしていない。国民の税金を使っている政府援助は国家の利益であると明示しなければならないほど、ODAは理解されていないのであろうか。ODAは国家の利益をもたらすものであるとの言及はよいとして、これが矮小化して、わが国企業への契約であるとか、紐付き援助の口実ならない事を願うものである。

わが国がアジアに位置し、政治的にも経済的にも重要な役割を担っているし、期待されている事から、アジア地域重視の方針は理解できないでもない。しかし、長くアフリカと関わってきた者の視点から一言コメントしたい。確かにアフリカはわが国との関係も薄く、わが国の存続を左右する問題を抱えている大陸ではないが、わが国が国際社会の一員として繁栄するためには、大切な54ヶ国の大陸である事を認識してもらいたい。また、アフリカの直面している貧困、紛争、平和の構築が重点分野して挙げられている以上、アフリカへの支援を地理的な理由のみで軽視するべきではない。

良い統治への支援は重要かつ多様な援助を意味しており、従来ハードの援助に重きを置いてきたわが国としては、ソフト面が強調される「統治」への援助が強調されることは、特記すべきである。しかし、他の援助国はこの分野では先を行っている。途上国政府の能力の向上、民主化の重要性が増す中でわが国の短期間での近代化の成功は、ハードの技術面に限られていない。制度作りのわが国の経験こそ多くの途上国に伝えるべきことではなかろうか。この分野での援助にわが国は、貴重な経験を持っているにもかかわらず、腰が引けてはいないか。

人間の安全保障もわが国外交の新しい概念、視点である。わが国のイニシャティブが国際的なファーラムと概念を作り上げた。現在のところ人間の安全保障の下での援助は、貧困対策、母子保健、HIV/AIDS等感染症・公衆衛生、難民・国内避難民、職業訓練等に限られている様であるが、国境が全く人為的に引かれた国家の集合であるアフリカ大陸の視点からは、人間の安全保障は国境を超えたサブ地域、地域の問題が浮かび上がってくる。国境と言うタブーに触れるわけにはゆかないが、地域を対象とした人々の安全保障を考える時、現在の援助のシステムでは対応できない点が多々出てくる。人間の安全保障を基本方針と明示した政府は、援助システムの改革、地域ベースへの援助まで踏み込む事を考えているのであろうか。

アフリカにおいては、残念ながら援助国の努力にも関わらず、貧困人口と所得の格差は広がるばかりである。アフリカは未だに一次産品の輸出に依存しており、その交易条件の悪化が、一義的には貧困の増加と持続的な経済成長の壁となっている。アフリカを一次産品輸出大陸に留めておく先進国経済のシステムの変革かなければ、アフリカの経済成長は非常に限られるものとなろう。アフリカへの支援は単にODAのみでなく、先進国市場の開放等を含めた包括的な施策、支援が必要なのである。WTO交渉における途上国の要求への大幅な譲歩も必要である。貧困対策としてPRSP、構造調整政策のみで問題が解決しないことは過去の経験で明らかである。財政のバランス、自由化などの手段が目的化してしまった貧困対策は再検討の必要があろう。

わが国の援助は自助努力への支援を原則としているが、実際には各種の調査団が派遣され、「不足している物、サービス」などが確定され、途上国からの要請の型を採って援助が決定されてはいないであろうか。自助努力とは途上国が自己の計画と資源で始めたプロジェクトやプログラムを指すものであり、単に途上国が計画したプロジェクト、プログラムをさすものではないと理解している。被援助国が援助の主役であり、オーナーシップの表現が広く用いられているが、援助の現場を見ると援助国主導の援助が幅を利かしている。真に被援助国のオーナーシップを尊重した援助を慎重な国別の調査に基づいて実施される事を期待する。

「わが国の経験と知見の活用」が強調されているが、アフリカにおいても人材が育ってきており、有効に活用できないのは、資金等の不足である。わが国の人材とわが国が「出来る」と思われることのみを支援することで良いのであろうか。現地の人材の利用を計画に組込む事で、わが国の援助の幅と効果が広がる事に留意してもらいたい。

「政府全体として一体性と一貫性のある政策を立案し、実施する」ことが強調されているが、従来各省庁の縦割り行政が援助の分野においても競合し、一貫性に欠けているとの印象は否めない。国家の安全保障は「オール日本」で保障されなければならない。大綱に示される様な一体性と一貫性のある政策と実施を強く求めたい。そのためには関連省庁連絡協議会より強い権限を持つ機関が必要ではなかろうか。

(2003年12月1日記)



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