JIIAコラム/Op-Ed

  NATOの第2次東方拡大と大西洋同盟の今後 

2004年4月2日、中東欧の7ヶ国、ルーマニア、ブルガリア、スロバキア、スロベニア、エストニア、ラトビア、リトアニアは、正式にNATO(北大西洋条約機構)への加盟を果たし、ブリュッセルのNATO本部で記念式典が行われた。これら7ヶ国の加盟招請自体は既に2002年11月のNATOプラハ理事会(首脳会議)で決定されていたことであったが、今回の調印により、NATOはいよいよ正式に26ヶ国体制へと移行する。今回新規加盟を果たした7ヶ国は、前回拡大の際の3ヶ国(ポーランド・ハンガリー・チェコ)と同様、かつては東側陣営に属する国家(またはその一部)であり、それら各国にとってNATOへの加盟は自国の独立と民主主義の保障につながるものであるとして、多くの国民の念願であった。

今回の新規加盟は、NATOの軍事力の総体としてはさほど大きな変化をもたらすものではないが、地政学的観点から見ると一定の変化がある。最大の変化は、NATO軍の主力を為す在欧米軍(USAREUR)の再編計画である。これまで在欧米軍は主にドイツを中心に展開していたが、冷戦終結以後、より機動的な小規模の部隊に再編成し、バルカン半島や中東での作戦に用いようと再配置を計画している。今回のNATO拡大はその好機で、在欧米軍の東方への再配置の計画が進行中である。例えばポーランドにはNATOの訓練センターが置かれることになっており、今回加盟を果たすルーマニアは、ミハイル・コガルニチャヌ(Mihail Kogalniceaunu)空軍基地やコンスタンツァ港の米軍使用について積極的に誘致を進めている。その意味でヨーロッパ大陸からイラクに隣接するトルコまで地続きの軍事同盟圏ができたことの意義は小さくない。特にルーマニア、ブルガリアの新規加盟の地理的重要性は大きく、NATO(あるいはアメリカ軍)が中東や中央アジアへの作戦を展開する際の戦力展開拠点(power projection hub)としての役割が期待されている。

その一方で、NATOは現在変革の最中にある。当初は冷戦下のソ連陣営の侵攻に対する集団防衛の機構として発足したNATOは、冷戦終結以降、その性格を大きく変化させている。かつてNATO事務総長を務めたイスメイ卿は、NATOの役割について「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑える(keep the American in, the Russian out and the German down)」という有名な言葉で表現したが、あれから国際情勢の変化に伴いNATOは大きく変容し、その役割もまた当時ほど明快ではない。かつて仮想敵国としていた旧ソ連邦構成国や旧東側の諸国とは、PFP(平和のためのパートナーシップ)、EAPC(欧州大西洋パートナーシップ理事会)などの地域協力の枠組みを備え、ロシアとの間にも昨年6月に常設のNATO・ロシア理事会が初めてローマで開かれた。ロシアは以前からNATOの拡大については一貫して警戒感を表明しているが、その一方でプーチン政権は実務的なレベルではNATOとの協力体制を堅実に進めており、4月にはオスロでNATOとロシアの会合が持たれ、イワノフ露国防相は国際テロ対策を目的とする部隊の相互駐留を認める協定を今年中に締結する方針を示した。

NATOを取り巻く環境は大きく変化している。現在、軍事同盟としてのNATOにとって欧州加盟各国に対する直接の軍事的脅威というものはもはや想定しづらく、NATOが現在抱えている任務は、「非5条任務」と呼ばれる、紛争解決やテロ対策などを目的とする域外への展開である。ボスニア、コソボへの介入はその例であり、NATOは欧州地域における安全保障機構として、その存在意義を見出そうとしている。また最近では欧州地域に留まらず、NATOはアフガニスタンの治安維持活動(ISAF)を引き継ぎ、現地での警察活動にあたっている。これはNATOが欧州地域の外に展開する最初の例となる。

そうした任務の変化に応じて、NATOに必要とされる能力もまた変化している。これまではソ連の侵攻に備えるため、比較的高強度の戦争に耐える通常兵器の装備を中心としてきたが、現在のNATOにとっての主たる脅威は地域紛争やテロ活動等の低強度のものが中心である。したがって、より小規模の部隊を単位とする機動的で専門性の高い軍事力の必要性が高まっている。今回の7ヶ国の加盟招請を決めた2002年11月のNATOプラハ理事会では、展開地域を限定しない、予防展開や初期介入を主任務としたNATO即応部隊(NRF; NATO Response Force)の創設が決定された。

現在のNATOにとって喫緊の課題は、米欧間の軍事力の格差を如何に縮小するかということである。コソボ介入の際には欧州諸国の無力感が浮き彫りになる結果となった。そこでNATOプラハ理事会では、「プラハ軍事能力コミットメント(Prague Capabilities Commitment)」が策定されており、各国それぞれ数値目標を定めて軍事能力の拡充が図られることになった。英仏などを含む西欧諸国との格差でさえ問題とされている現状では、ましてや新規加盟の東欧諸国との格差はさらに大きく、軍事力の向上のために多大な努力が必要となる。今回の7ヶ国に先んじて1999年に加盟したポーランド、ハンガリー、チェコの3ヶ国は、能力の改善に着手し、従来の国土防衛に加えてNATOの域外作戦に対応しうる作戦展開部隊を新たに編成するなど、防衛政策の改革に取り組んでいる。また、他の加盟国との相互運用性(interoperability)の向上のため、軍の装備や運用の改革、細かいところでは軍隊における英語の習得などを一生懸命行っている。今回の新規加盟国もそうした努力が求められることになるだろう。

NATOにとってのもうひとつの課題は、加盟国間での安全保障に関する見解の相違である。イラク情勢をめぐって米欧、特に米仏の対立が注目される現在、NATO各国間の政治的連帯は、磐石と言うには程遠い。ラムズフェルド米国防長官が「古い欧州」と批判したフランス・ドイツ・ベルギー・ルクセンブルクなどの諸国は、現在様々な機会を捉えてEU(欧州連合)による安全保障の枠組みを拡充させようとしている。この試みは必ずしもNATOの枠組みと矛盾するものではないが、アメリカやイギリスなどは、こうした動きに対して、大西洋同盟の基盤を掘り崩す(undermine)ものとして否定的もしくは慎重である。

また、肝心のアメリカにとってのNATOへの関心が薄れていることも否めない。ケーガン(Robert Kagan)がその著作"Of Paradise and Power"で、アメリカとヨーロッパが同じ価値観を有しているとの幻想にもはや固執すべきではないと主張し、論壇を賑わしたことは記憶に新しい。西欧地域の集団的自衛を想定したNATO条約の第5条が、冷戦期間中一度も適用されることがなく、最初に適用された例が2001年9月11日の米国同時多発テロの時であったというのは皮肉な話である。しかしながらNATOが第5条を発動して集団的自衛権の行使を決定したにも関わらず、アフガン戦争の際にアメリカはNATOとしての共同軍事行動を求めなかった。アメリカにとってのNATOは、いまや政治的要請に応えるものではあっても、軍事戦略上の必要性をあまり持たなくなりつつある。アメリカがNATOの存在意義自体を否定することはないであろうが、実際の軍事作戦を展開する段になると、アメリカは単独でやってしまうか、「有志連合」を通じてより柔軟な連携によって多国籍軍を展開するのが現状である。NATOは有志連合を募るための政治的なアリーナとしての役割に留まってしまうのであろうか。その中で、新規加盟の「新しい欧州」諸国はどのような参画を行うのであろうか。

これからのNATOが今後も十分な役割を果たし続けるかどうかは、以上に述べた2つの課題をいかに克服するかという点に集約されるといってよいだろう。第一に、NATO加盟各国が共同して任務を遂行できるように、相互運用性を高め、能力の格差を少しでも改善することである。これは特に新規加盟の東欧諸国にとっては容易なことではないが、NATO全体の協力によって着実に進めていく必要がある。そして第二に、NATOの存在意義について加盟各国がその理念や目的を共有し、緊密な対話を通じてNATO各国の政治的紐帯を確保することである。長期的にはむしろこちらの方がNATOの本質に根ざした難しい課題なのかもしれない。今日のNATOは、東側からの軍事的脅威に共同して対処するという目的を加盟各国がしっかりと共有していた往時のNATOとは大きく異なる。今回の東欧7ヶ国の新規加盟が、未だ融和の兆しが見えない米欧対立の緩和に、少しでも寄与するものとなることを期待したい。米欧が同盟の紐帯をしっかりと保ち続けることは、世界全体の安全保障にとっても極めて重要なことである。

(2004年4月27日記)



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