JIIA国際フォーラム
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「トルコの苦悩−イラク問題への対応−」

4月1日、当研究所大会議室において標記懇談会が開催された。講師には、中東のトルコ、シリアに加え、ヨーロッパにおけるイスラム社会にも詳しい内藤正典・一橋大学大学院教授を迎え、トルコの特質や現状に関して、参加者と活発で密度の濃い議論がなされた。以下に、内藤教授の報告とその後の質疑応答をまとめて紹介する。

1、  現在のトルコは、孤立感を深めている。2002年12月に、トルコのEU加盟問題が2005年まで先送りされ、トルコは大きな失望感を味わった。そして、現在のイラク戦争では、米軍基地使用の拒否により米国と亀裂を生じ、イラク北部への派兵問題ではEU、特にドイツの強い反発を買っている。それゆえ、「西洋すべてが、トルコを敵視している」というメディアの論調や世論が強い。もともと、トルコは大国主義・盟主意識と被害妄想とが混在する国であるが、従来の米国とEUを天秤に掛けるような方策は取れない状況となって孤立感が強まり、だからと言ってアラブ世界や中央アジア諸国と組むような選択は、民族的な相違もあって出てこない。現在、パウエル国務長官がトルコを訪問しているが、その進退は窮まっており、対米協調を打ち出すような状況にはない。

2、  反戦世論と造反議員により挫折した米軍の基地使用に関しては、米側の読み間違いが大きい。米国はエルドアン首相との交渉に頼り、軍部を軽視した。政策決定者としての軍部は、これまで政府や政治家よりも理性的で先見性のある存在であり、その軍部と北イラク進駐問題で合意できないまま、米国はトルコ政府に基地使用を要請した。それが、軍部から政府への対米協調支持に悪影響を与えたのではないか。北イラクにクルド独立国家が誕生すれば、それはトルコにとって、領土不可侵が脅かされる安全保障上の危機である。その北イラクのクルド人勢力と米国が直接交渉し、トルコには代理人で済ませていることに、トルコは強い不快感を示している。また、米軍がトルコから展開できなかったことが、現在の苦戦の原因であるとする米国の報道には、トルコの危機的状況がわかっていないと反発を強め、メディアではエジェビット前政権退陣に関わる米陰謀説まで出ている。さらに、北イラクにクルド独立国家ができれば、それは自力では国家の体裁を保てないであろうから、実質的に米英の委任統治のような国家となり、「ムスリム(イスラム教徒)のイスラエル」になると、トルコ人は考えている。

3、  トルコにとってのクルド人問題は、複雑である。クルド労働党(PKK)メンバーを除く、トルコにおけるクルド人の大半は独立を考えていない。彼らの居住する南東部は貧しく、多くの者がイスタンブルなどの都市に流入しており、独立によるメリットはない。しかし、貧しいままに放置されていることには不満が大きく、戦争が長引けば、イラクとの国境貿易による収入も途絶え、都市部への流入がさらに増える。それは、都市の貧困層を最大の支持基盤とするイスラム勢力の拡大につながる。さらに、北イラクでのクルド独立国家は、クルド、トルコ双方のナショナリズムの高揚につながる。それゆえ、米軍の指揮下に入らない自律的な軍の北イラク進駐が、トルコの安全保障上必要だとしているが、これは米国やEUには受け入れられない。特に、ドイツには推定200万のトルコ人がおり、そのうち40〜50万人がクルド人と見られる。トルコ軍が進駐すれば、ドイツ国内で彼らが衝突する可能性もあり、内政問題として、ドイツは進駐に猛反発している。

4、  トルコはアラブ世界と異なり、列強との戦いを経て、軍が国を作ったことから、国家・国民意識が強い。国民の軍に対する信頼は厚く、また軍も国民の離反を恐れている。軍が対米協調に積極的でなかったことには、国民の反戦世論が大きく影響している。それゆえ、トルコという国家が非難されると激しく反応し、そのためにまた強い孤立感を味わっている。外交的孤立のみならず、イラク戦争によるさらなる経済の悪化も深刻な問題である。安全保障上の戦略要地であるトルコを苦境に立たせることは得策ではない。しかし、米やEUとの関係修復は、イラク戦争に関係付けるならば、条件付きででも進駐を認めるほかないが、これは困難であるので、修復はイラク戦争とは異なる場で模索され、長い時間がかかる。今、日本が苦境に陥ったトルコを支援すれば、それは金額以上の絶大な効果を発揮する。

(松本弘)