JIIA国際フォーラム
「イラクをどうするかPart4−ポスト・サダムの問題と日本の対応−」

5月22日、当研究所大会議室において、標記パネル・ディスカッションが行なわれた。パネリストは森本敏・拓殖大学教授、酒井啓子・JETROアジア経済研究所主任研究員、畑中美樹・国際開発センター・エネルギー環境室長、奥田紀宏・外務省中東アフリカ局審議官、モデレーターは当研究所の重家俊範主任研究員が務めた。パネリストの発言およびその後の参加者を交えた議論を、以下にまとめて紹介する。

1、イラク戦争は、イラク側の戦闘指導がなかったため、当初の目的を短期間で達成できた。特に、カタルの総司令部から戦車一両一両に、全体の戦況や細かな指示がその都度連絡されるなど、作戦と運用の柔軟性に飛躍的な向上が見られ、まったく無駄のない作戦が遂行された。

米国の突出した軍事力を証明したこの戦争は、今後の米国防戦略に同盟関係の見直しと前方展開戦略の見直しという、2つの変化をもたらすだろう。圧倒的な空爆と陸上兵力の迅速な輸送という航空戦略の重視は、米軍の在外駐留という必要性を減退させる。莫大な費用がかかり、独や韓国での反米運動やサウジアラビアでのテロの対象といったリスクを伴う前方展開には、再考の余地が増す。このような航空優勢の状況では、防勢だけでは国防が成り立たないということになる 。

2、イラク暫定行政機構(IIA)の設立は、6月いっぱいまでずれ込む模様。これが順調に推移しない理由は、民族宗派対立にあると言われるが、以下の2つの状況の方が重要である。IIAの構成メンバーは、亡命グループであるINC、INA、SCIRI、KDP、PUKに在地のダアワ党とナシール・チャドリッチ(スンナ派グループ)が加わるかたちだが、その主体を占める亡命グループと国内地場勢力が乖離した状況が続いている。ダアワ党などをIIAに抱き込んだものの、それ以外にもサドル・グループなどの諸勢力があり、その扱いに見通しが立っていない。次に、民族・宗派といったエスニック集団別に権力のシェアリングをするのか、そういうことをしないで、いわばグローバルな規準で民主主義の原則に則って政権作りをするのかという、基本的な問題が解決されていない状況がある。

第2の状況に関しては、IIAの亡命グループ5団体間の権力闘争に重なっている。KDP、PUK、SCIRIは、自派が中央政権の中でどれだけ権力を得られるかに関心があり、エスニック別の権力構造を求めている。これに対し、いわば欧米育成型のINC、INAはエスニック別の権力分配を乗り越えた、宗派や民族を横断する民主社会を希求している。この対立はさらに、前者を支持する米国防省と、後者を支持する米国務省の対立にも重なっている。IIAからはずされているアドナン・パチャーチも、国務省が推すアラブ・ナショナリストで後者に属する。

現在、イラクはIIAの主体を占める亡命グループ、各地方のコミュニティーでリーダーを形成している地場勢力、両者の中間に位置する従前の省庁やその出先機関の3者が、まったく別々に活動し、重なり合わない混乱状態にある。省庁や出先機関はバース党員とかぶる存在だが、日常的な行政では使わざるを得ない。しかし、バース党幹部であった保健次官を保健省の責任者に任命した際、一般民衆から強い反発があったことなどから、ブレマー行政官はバース党員の上位3万人を使わないと発言した。これが実行されると、行政の中堅層に行き場がなくなり、行政能力が落ちるとともに、新たな反米勢力として復活する可能性もある。これは、軍に関しても同様な問題であり、バース党や軍は取り込もうにも取り込めない、今後の扱いが未だ不明な状況にある。

人口の6割を占めるシーア派住民については、その主流はまだ出てきていない。イスラム国家を主張するという懸念はあるが、大多数の者は宗教勢力に取り込まれておらず、そのような政治的主張に同調していない。シーア派の宗教勢力は、伝統的な政治不介入の立場と、ムクタダー・サドル師を指導者とするサドル・グループ、ハキーム師のSCIRIの3つに分かれる。サドル・グループはイスラム国家を主張している模様だが、その詳細は明らかではなく、また指導者の父の威名に頼る面が大きい。SCIRIもイスラム国家を主張していると言われるが、ハキーム師は上記の権力分配や連邦制の下で自治区を手に入れることに傾倒している。ダアワ党に関しては、その指導部が分裂している。IIAに入ったのはロンドンに拠点を置く非ウラマーの勢力で、ウラマー層の勢力はイランのコムに拠点を置いている。

3、イラク石油産業の復旧はその民営化、すなわち米英などが株主となるような外資への開放につながる。その経営権や開発に関わる契約内容は、サウジアラビアなどに大きく影響しよう。現在の産油量は30万B/Dで、戦争後の略奪による被害が大きく、国内需要の45万B/Dを下回っている。現在の見通しでは、6月中に100万B/D、今年末にイラク戦争前の250万B/D、来年末に湾岸戦争前の350万B/Dに復活する。今後の開発状況に左右されるが、2010〜13年には600万B/Dに達すると見られている。OPEC、特にサウジアラビアとの生産調整は困難が予想され、OPECの弱体化につながる可能性もある。米国務省の「イラクの将来」プロジェクトに属する石油作業部会は、すでに国際的石油企業が主導する復興、外資のためのビジネス環境整備、生産枠なしでのOPEC残留、民営化や外資開放を決定しており、これからイラク石油省にシェルやBPの元役員などの国際オイルマンが集まり、これらを実行していく模様。

イラクの対外債務は推定3900億ドルと言われ、これは現在のイラクGDPの15年分に相当する。その内訳は、債務が元金800億ドルと利子500億ドル、湾岸戦争の賠償金2000億ドル、未払いの契約金600億ドルとなっているが、未払いの契約金およびクウェートなどが持つ債権や賠償金は大幅な削減が予想され、600億ドル程度に圧縮される可能性がある。その場合、イラクの年間輸入額を130億ドル、債務の年間返済額を60億ドル、復興資金を100億ドルと仮定すると、産油量が450万B/D、石油価格が20ドル程度であれば、10年で債務を返済できる(産油量が340万B/Dであれば15年)。

ただし、債務の総額や詳細は未だ明らかではなく、また産油国・中所得国であるイラクに、どこまで支援を行なうのかという基本的な問題や状況がクリアではない。人道支援はともなく、復興支援は世銀やIMF、国連のニーズに応えるかたちとなろうが、治安や紙幣などの問題が残っているし、IIAが立ち上がらないと支援国会合も開けない。また、戦争被害に対する復興なのか、フセイン体制支配による被害に対する復興なのかという議論も、未だなされていない。債務削減や貿易保険、円借款の問題は、イラク側の要請もなく、債務総額も不明のままで、かつ債務返済の延滞に関わる問題をモラトリウムとできるかどうか不明な状態であるため、見通しは立っていない。

4、イラクへの人道・復興支援はやらなければならない状況だが、治安やイラクを代表する機関(IIA)、債権問題という三つの問題がある。戦争および略奪により被害を受けた、生活基盤の復旧が急務であり、日本は、1億ドルを上限とする人道支援のうち、すでに支出した3000万ドルに加え、5000万ドルをイラク人を雇用する復旧作業やユネスコを通した学校などの教育施設の再建に支出する。復興支援については、国際協調の構築が必要であり、国際会議の開催を提案し、国連などの発言を求めている。また、官民共同の調査団派遣を準備中だが、これも治安などの理由で時期は未定となっている。さらに、日本の対イラク支援が周辺アラブ諸国に積極的に受け入れられるよう、ヨルダンの慈善団体を通したイラクに対する援助などといった方式を、採用・実施していく。

 戦後イラクに関する国連安保理決議案は、米英の役割を占領軍としての特別の権利と承認する一方、国連の役割として人道・復興支援に加え、国家・地方の統治機関の回復・樹立を盛り込んだ。また、これまでの国連調整官は、国連事務総長特別代表に格上げされる。イラクの石油収入は、イラク中央銀行内に設けられるイラク開発基金に国連が入金することになっている。

以上  
(松本弘)