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EUの東方拡大


2004年5月1日、中東欧および地中海の10ヶ国、ポーランド、チェコ、ハンガリー、スロバキア、スロベニア、リトアニア、ラトビア、エストニア、マルタ、キプロスはEU(欧州連合)への加盟を果たし、EUは25ヶ国体制へと移行した。人口4億5,500万人を超える「大欧州」の誕生である。EUの拡大はECの時代を含めてこれで5度目であるが、今回の拡大は、新規加盟国の数において最大規模の拡大であるとともに、冷戦時代には共産圏に属した中東欧諸国(と旧ソ連邦の一部)が今回初めてEUに加盟するという点で画期的なことである。EU内の飛び地となるカリーニングラード州をめぐってロシアが懸念を示し、またキプロスでの住民投票の結果と加盟の関係が釈然としないなど、課題は残るものの、今回の拡大は欧州では概ね好意的に迎えられた。1989年の東欧革命から15年を経て、今回のEUの東方拡大は、欧州が第2次世界大戦後の分断を最終的に克服して名実ともに「再統一」を果たしたとの印象を与えるものであり、特に今回加盟を果たす中東欧諸国にとっては、まさに「欧州への復帰」を意味するものである。

その一方で、25ヶ国に増えたEUの今後の運営をめぐっては、様々な問題が予想される。さしあたり問題となるのが新旧加盟国間の経済格差である。今回の10ヶ国の新規加盟でEUの人口は約20%増えるが、GDPの増加は5%程度に留まる。また一人あたりGDPで見ても、新規加盟国10ヶ国の平均は拡大前のEU15ヶ国平均の約4割程度である。これまでEU内で各種補助金を受ける側であった国も、資金を拠出する側に回る可能性が高く、またEU予算の主要部分を占める農業予算の配分をめぐっても意見の衝突が生じる恐れがある。こうした新旧加盟国間の経済格差は中長期的には縮まっていくものと思われるが、労働力の移動の自由などを含む完全な統合を実現するまでには一定の移行期間を設けざるを得ず、EUに加盟すれば西欧並みの社会生活が実現すると考える東欧諸国の市民のなかには、早速EUに不満や失望を抱く人々が現れるということも懸念される。今回の新規加盟国はすべて将来のユーロ導入が見込まれているが、それを達成するまでには多くの課題を克服する必要があろう。

また、外交・安全保障政策においても、中東欧諸国が今回EU加盟を果たしたことは、特に対米関係をめぐって、いわゆる「古い欧州」と「新しい欧州」との意見の対立がより明確に EUの内部に持ち込まれることを意味する。イラク情勢をめぐる米欧の疎隔は、同時に欧州内部における意見の相違を浮き彫りにしたが、その一方でEUによる安全保障政策の枠組みは着実に進められており、2003年にはEUの緊急対応部隊がバルカン半島やアフリカで一定の成果を収めている。フランス・ドイツ・ベルギーなどは、こうしたEUによる安全保障の枠組みをよりアメリカから自立的な形に整備しようと試みてきたが、元来親米色の強い中東欧諸国は、EUがNATOの管掌領域を蚕食するかのような動きに対しては極めて否定的である。この問題は今後のEUにおける大きな争点のひとつである。

いずれにせよ25ヶ国の間で合意を取り付けながらEUの意思決定を行うのは容易なことではない。しかしEUの拡大プロセスは、今回で終了したわけではない。現在ルーマニアとブルガリアが加盟交渉を続けており、順調に行けば2007年には加盟を果たす。さらにクロアチアが加盟候補国に入る見通しであり、また交渉の目処は依然立っていないが、トルコも加盟候補国に含まれている。中東欧諸国の今回のEU新規加盟は、欧州とは一体どこまでを指すのかという根本的な問いにEU各国が改めて向き合わざるを得なくなったということを意味する。それは必然的に欧州のアイデンティティそのものに対する問い掛けであり、今後とりわけトルコの加盟問題が、欧州のアイデンティティを端的に問うことになるであろう。EUは新しい段階に差し掛かった。EUは現在、意思決定の枠組みや将来の展望を含む欧州統合の新たなビジョンを提示することを求められている。その意味でもEU憲法条約の帰趨は非常に重要である。EU憲法条約の調印そして批准の行方は、25ヶ国の拡大EUにとって最初の試金石となる。

(研究員  小窪千早

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