リクードが議席を倍増
1月28日の総選挙で、シャロン首相が率いるリクードは予想を上回る大勝を果たした。議会クネセット(一院制、120議席、全国一区比例代表制)での議席をほぼ倍増することになった。今回選挙は、昨年秋、西岸・ガザの入植地に対する政府予算案に対し、労働党党首のベン・エリエゼル国防相が反対、連立から脱退したことから、シャロン首相が選挙に打って出たものだった。世論調査でリクードが強いとはいわれていたが、選挙が近づくにつれて、シャロン首相の献金疑惑が大きく問題にされるなど一時吹いた逆風を跳ね返した大勝利となった。
結果は、リクードが38(解散時の議席は19。以下同じ)、労働党19(25)、中道世俗政党のシヌイ15(6)、超正統派のシャス11(17)、民族統一7(7)、和平推進のメレツ6(10)、国家宗教党6(5)、超正統派のUTJ5(5)などとなった。リクードの圧勝、労働党の大敗、シヌイの躍進、シャス及びメレツの敗退の4点が今回選挙の結果である。
なぜリクードは勝ったか
イスラエルの政治は一面極めてデモクラティックである。人口600万余の比較的小さな国であるかもしれないし、また、政党選挙による比例代表制のためかもしれないが、その時々の状況を踏まえて、選挙民がある意味では見事に自らの意思を表明し、自分たちの政府を「選択」している。リクードが必要なときにはリクードを第一党に、労働党が必要なときには労働党を第一党に選んでいる。
一言でいえば、今回のリクードの大勝は、治安が国民の最大の問題であるという政治状況を反映して、選挙民は治安の問題、パレスチナに対して強硬な政策を維持する党を選好した結果であるといえる。それは、この難しい、国民一人一人が不安を感じている状況(かかる状況の責任はイスラエル側、パレスチナ側両方にあるのだが)で、選挙民は労働党よりもリクードを選択したという至極簡単な出来事だったと言える。パレスチナの自爆テロの継続という恐怖が最大の関心事であり、最終的には交渉によって和平を実現しなければならないと思うが、さりとて、トンネルの先に薄明かりさえ見えない状況では、自らの身を守っていくことが最も重要と考える国民の今のマインドの反映に他ならない。ここ数年和平プロセスが崩壊した後、国民の政治心理は右傾化している。責任論は別として、パレスチナの状況がこれを助長している。少なくとも、今はそうである。
今回選挙の特徴として、次の諸点を挙げることができる。第一は、イスラエルの今日の政治スペクトラム上のリクードの位置である。リクードは右派政党であり、その綱領は現在もなおパレスチナ国家を認めていない。他方、前回のリクード党首選挙では、シャロンがパレスチナ国家容認の立場を主張したのに対し、ネタニヤフが断固反対の立場を主張し、党首選ではシャロンが勝ったものの、クネセット候補者リストの上位の殆どをネタニヤフ支持派が占める結果となった。今回選挙にあたっても、リクードの綱領はそのままであるが、他方で、シャロン自身は、これまで政治信条として一貫して右寄り、強硬主義者であったにも拘わらず、パレスチナ国家樹立を含むブッシュ提案を基本的に支持し、これに至る条件は厳しいものがあるが、より現実的な路線を取ろうとしているように見える。シャロンは今や「右の左」なのである。
第二は、労働党の問題である。10年前のラビンが率いる労働党は、確固とした国家安全保障観を持ちつつ和平を進め、近年の労働党黄金時代を築いた。しかし、ペレスはラビンに匹敵し得べくもなく、また、もはや古い時代の人と見られ、党内は、ここ数ヶ月新しい党首選びでゴタゴタしていた。漸く11月にミツナ・ハイファ市長を選んでみたものの、党内ではミツナ、ペレス、ベン・エリエゼルの三人が並び立ち、競い合っていた。選挙前には、次の世代のリーダーの一人ヨシ・ベイリンがメレツに鞍替えした。党内結束を欠き、また、占領地から撤退をし、境界線に壁を建設することによりパレスチナとの分離を図るとの多くの国民が支持する政策も選挙での支持に結びつかず、大敗をきすことになった。建国以来のイスラエルの歴史の中で最も長く政権を担った労働党は、いま、最も深刻な危機にある。連立に入るどころではなく、党の再結集という大きな課題に直面している。
第三は、シヌイの躍進である。99年の前回選挙で6議席を得たこの党は、宗教右派が今日のイスラエル社会で持つに至った大きな影響力の削減、超正統派ユダヤ人への特別福祉支出の削減、宗教上の理由による兵役忌避の撤廃などユダヤ教超正統派の政治上の動きに反対している。今回選挙では、15と議席を倍以上にした。連立政権の中で不相応に大きなバーゲニングの力を持っている超正統派政党に対する国民の反感を反映したものと思われる。パレスチナとの交渉は支持し(但しアラファトとは交渉しない)、パレスチナ国家は認めるシヌイは、結果として労働党票、メレツ票を食ったのではないかと思われる。
なお、和平派のメレツが議席を約半減させた。党首サリードは以前環境大臣をし、わが国が中東和平多国間協議の環境作業部会議長として活躍している時代には会議に参加するなど大いに協力してくれた尊敬されるべき政治家の一人だが、和平推進は今の選挙民の耳には響かなかった。サリードはその後党首を辞任した。
連立政権と中東和平
リクードが勝ったといっても、過半数には程遠い。もともとイスラエルは建国以来、一党が過半数を取ったことはなく、小政党との連立、あるいはリクード・労働党に少数政党を加えた大連立政権のいずれかであった。選挙を踏まえて、シャロンとしては、右派政権を作ろうと思えばそのための数は確保できる。しかし、極右派に対する牽制、対米関係などを考えて、シャロンは、中道寄りに幅広い基礎を持つ連立政権を作ろうとしている。シャロンは時間をかけて駆け引きをするであろう。シナリオとしては、リクード・労働党中心連立、リクード・シヌイ中心連立、右派連立などがいわれている。シャロンは、労働党の参加を望んでいるが、ミツナを含め労働党の大半は参加反対であり、場合によっては党の一部分裂の事態も予想されている。もうひとつの鍵を握るのはシヌイであり、これは連立参加を明言しているが、同党はシャスなどの超正統派が連立に参加しないことを参加条件にしており、これらをシャロンがどう判断し他党がどう対応するか(シャスはすでに反発)にかかっている。結局、シヌイをとるかシャスなど超正統派2党をとるかの選択になるかもしれない。シャロンは必要があればまた総選挙をするとも述べている。いずれにせよ、一応大統領から組閣任務を付託されてから28日以内に組閣をする必要があるので、今後約一ヶ月、シャロンがどのような連立政権を作るのか、その中でどのような政策が打ち出されてくるのかを注目する必要がある。
中東和平については、これまでのシャロンの基本路線は変わらないであろう。テロが終わるまでは交渉をしない、テロには対抗していく、将来のパレスチナ国家樹立は認める、当面は米提案のロードマップ構想のラインを支持していくというものであろう。現下のイスラエルの状況、パレスチナの状況を考えれば、最低ここ1年位は、中東和平、なかんずく、パレスチナ問題は、残念ながら、動かないのではないかと考えられる。それが動くためには、イスラエルの内政、パレスチナの内政、イラク問題の展開を含む米の動きという三つのパラメーターのどれかが、あるいは全部が動くことが必要だ。和平が動き出すような状況になれば、労働党に振り子がまた戻るかもしれない。オスロ合意、対ジョルダン和平達成のように労働党の下で和平が動くのか、ベギンによる対エジプト和平達成のようにリクードの下で和平が動くのか。それとも大連立の下で和平が動くのだろうか。そして、それはいつなのだろうか。
(2003年2月5日記)
|