【 大量破壊兵器 】

 イラクが保有するとされる大量破壊兵器は、イラクへの武力行使に関わる議論そのものであり、その武装解除が武力行使の目的であり、現在想定されている最も深刻な事態はイラク軍によるその使用である。

 イラク国内の化学兵器関連施設は、いずれもバグダッド周辺に存在したが、湾岸戦争後の査察で4つの施設は破壊され、軍用と判断されず査察対象となった1施設のみ(Fallujah III、バグダッド北西約80km)が残っている。生物兵器関連施設も同様にバグダッド周辺に集中し、5つの施設が査察により破壊され、3施設(上記Fallujah IIIと、バグダッド西方約70kmのMohammediyatおよび南方約40kmのDaura)が査察対象として残った。核関連施設は、バグダッド周辺から西部、北部にかけて計10箇所存在したが、8つの施設が査察で破壊され、2施設(バグダッド南西約50kmのQa Qaaおよび南東約65kmのTuwaitha)が査察対象として残った。ミサイル・サイトは、長距離ミサイルのものは査察により破壊され、安保理決議により制限された射程150km以内のものとして、バグダッド周辺に8箇所、北部に1箇所が存在する(査察対象。98年イラク攻撃の目標となったが、再建されている模様)。ただし、生物化学兵器自体は、西部の砂漠に隠匿されており、また生物兵器を製造する移動式の施設(車両や鉄道貨車)が存在するとされる。ミサイルも、移動式の発射台を保有している。それゆえ、上記の施設は確保および攻撃の優先目標であろうが、これらの無力化が大量破壊兵器使用の完全阻止につながるわけではない。

 イラクが保有するとされる大量破壊兵器の疑いのなかで、もっとも深刻なものは化学兵器である。イラクは、イラン・イラク戦争(1980〜88)や国内のクルド人に対する弾圧(1988)で、マスタード爆弾を使用した。マスタードは「びらん剤」と呼ばれるもののひとつで、皮膚や粘膜に重度のただれを起こし、それが肺の中で生じると呼吸困難にいたる。イラン兵約3万人が死傷し、数千人のクルド人が死亡したとされる。また、VXガスも保有していた。これは「神経剤」と呼ばれるもののひとつで、神経の伝達を阻害し、筋肉痙攣や呼吸障害を生じさせる。湾岸戦争後の査察で、多くの化学兵器の廃棄が査察団に確認されたものの、化学兵器の砲弾約6500発およびVXガスについては、イラク側の廃棄申告に証拠がなく、その所在については未だ明らかではない。生物兵器については、炭疽菌の保有が確認されており、イラク政府によるその廃棄申告に明確な証拠はない。炭疽菌は、9.11事件後の米国内で続発した事件で使用された細菌と同じものであり、肺に入ると毒性を発揮して呼吸困難を起こす。核兵器については、開発段階の疑惑であり、核兵器を保有しているとは考えられていない。ミサイルは、アッサムード・ミサイルが上記制限の射程150kmを超えるものと査察団に判断され、その一部が廃棄されたが、まだ100発以上が残っている模様。

(3月21日、松本 弘)

―開戦後―
3月20日以降
 イラクはクウェート領内にミサイルを発射。少なくともその一部は、射程600km(安保理決議違反)のスカッド・ミサイルであったと報道。イラクは否定。
3月23日
 ナジャフ近郊で化学兵器工場発見と報道(真偽は不明)。
3月26日
 ナジャフの工場は、98年以降化学兵器を製造した兆候なしと報道。
4月7日
 米軍は、カルバラー東方ヒンディーヤ近くの農場で、化学兵器の可能性のある液体が入ったドラム缶14本を発見。また、バグダッド近郊でも、化学兵器を搭載したミサイル約20基を発見。(報道)
4月12日
 キルクークの空軍基地で発見された弾頭に化学兵器の反応(報道)。
4月15日
 米軍は、カルバラー近郊で地中に埋められていた生物化学兵器の移動式実験室11両および大量の資料を発見。生物化学兵器はなし(その後、生物化学兵器と関係なしと報道)。