研究レポート

北朝鮮「戦術核兵器化」の現段階 ――KN-23の効用と多様化

2021-11-12
倉田秀也(防衛大学校教授・グローバルセキュリティセンター長/日本国際問題研究所客員研究員)
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「『大国間競争の時代』の朝鮮半島と秩序の行方」研究会 FY2021-4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1.はじめに――「命中率と脆弱性の逆説」

2016年から17年、「第3次北朝鮮核危機」の際、北朝鮮が発射した弾道ミサイルの多くは、大都市を標的とし、広範囲に被害を与え多くの人命を奪う対価値攻撃を目的とし、それは17年11月、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の完成に帰結した。これに対して、19年2月の第2回米朝首脳会談以降、北朝鮮が発射実験をしたミサイルの多くは、その飛翔距離からいっても、在韓米軍司令部などの狭小な標的に正確に命中させる対兵力攻撃を念頭に置いている。これらは、朝鮮半島内部での武力衝突が在韓米軍の介入にエスカレートしようとした場合、在韓米軍の介入を阻止するための対兵力攻撃のための兵器である。

確かに、北朝鮮は冷戦期から短距離ミサイルを実戦配備していたが、これらは北朝鮮で「スカッド-B」が「火星-5」、「スカッド-C」が「火星-6」と呼ばれ、発射即応性を欠く液体燃料で開発された「火星」系列に属していた。しかもその間、在韓米軍基地の多くは、ブッシュ政権から再配置計画により南方に移転していた。朝鮮半島内部での武力衝突の際、「スカッド」系列は南方に移転した在韓米軍基地を即座に攻撃できるとは考えられなかった。わけても、「スカッド」系列は、ソウルから南方80キロの平澤に移転した在韓米軍司令部などの狭小な標的に正確に命中させる即応能力を欠いていた。 

これに対して北朝鮮は、「スカッド」系列の後継の短距離ミサイルとして、固体燃料化されたKN-02(「トクサ」)を開発し、平澤に移転した在韓米軍司令部を射程に収めるべくその射程を延ばし、すでに実戦配備を済ませた。しかし、KN-02が射程を延ばし、その命中率を高めることは、在韓米軍からみれば、ミサイルの軌道はより明らかとなり、迎撃が相対的に容易になる。命中率を高めれば高めるほど、弾道ミサイルは迎撃され易くなる――北朝鮮はこの逆説からどう逃れようとしているのか。

その一つの手段が、ミサイルの軌道を単純な弾道から変則的な軌道に変えることである。北朝鮮が過去2年間連射したミサイルには固体燃料化されたKN-23改良型が含まれるが、これはロシアの「イスカンデル-M」をモデルとしている。KN-23は弾道ミサイルとはいえ、最高度に達した後、下降するとき跳躍する変則的な軌道をとる。これにより北朝鮮は、ミサイルの命中精度を高めたまま、弾道計算を攪乱することで迎撃を避けようとしている。

2.「戦術核兵器化」の二義性――金正恩党第8大会報告

KN-23は2021年1月の朝鮮労働党第8回大会の軍事パレードで、「イスカンデル-M」の4軸8輪の移動式発射台(TEL)を大型化した5軸10輪のTELに搭載されて登場したが、初めて発射実験されたのは、19年5月初頭の「火力打撃訓練」であった。KN-23は同年7月25日にも発射されているが、朝鮮中央通信はこの実験を「新型戦術誘導兵器」発射実験と呼び、KN-23が「低高度滑空跳躍型飛行軌道」の特性をもつことを明らかにしていた。もとより、そのモデルとなるロシアの「イスカンデル-M」は核弾頭と通常弾頭の双方が搭載可能とはいえ、KN-23が核弾頭の搭載を想定していたとは考えにくい。17年3月の「火星-9」(「スカッド-ER」、あるいは「スカッド-D」)が発射されたとき、KN-02はすでに実戦配備を済ませていたにもかかわらず、『労働新聞』は「最初に放射能の雲に包まれるのは日本」とする論評を発表していた。KN-23の発射に際しても朝鮮中央通信は、一貫して「火力打撃」「火力対応」の実験であると報じ、朝鮮通信は「火力」を「砲撃」と邦訳していた。

とはいえ、北朝鮮は当初から戦術核の開発を念頭に置いていたと考えなければならない。振り返ってみれば、2013年4月の最高人民会議法令「自衛的核保有の地位を一層強化することについて」を採択して「核ドクトリン」の輪郭を明かにした後、『労働新聞』(2013年5月21日)は、「戦略核」と「戦術核」のそれぞれの効用を指摘した論評を掲げていた。この論評は、「戦略核兵器」について「相手側の大都市の産業中心地、指揮中枢と核兵器集団など戦略的対象物を打撃するための核爆弾とその運搬手段で成り立つ武器」として対価値攻撃を強調していたのに対して、「戦術核兵器」について、「前線や作戦戦術的中心地帯にある有人力量と火力機材、戦車、艦船、指揮所などを打撃するための核爆弾とその運搬手段で成り立つ武器」と定義して、対兵力攻撃としての「命中率」を強調していた。金正恩は21年1月の朝鮮労働党第8回大会での報告でも、16年5月の第7回党大会以降の「総括期間に収められた成果」として、「核兵器を小型軽量化、規格化、戦術兵器化し、超大型水爆の開発が完成した」と述べ、戦術核がすでに完成したように述べていた。

しかしながら、金正恩がここで「核兵器の小型軽量化」、「超大型水爆の開発」と同じ文脈で言及したことは注視してよい。いうまでもなく、核兵器を弾頭化するには、射程距離を問わず小型化、軽量化しなければならない。16年9月の第5回核実験に際しても、核実験研究所は声明で、「核弾頭が標準化、規格化されることで(中略)小型化、軽量化、多重化されさらに打撃力が高い各種核弾頭を思い通りに必要に応じて生産できるようになった」と述べていた。金正恩はここで「戦術核兵器化」を核兵器の「小型化」「軽量化」と同様の文脈で述べたのであって、北朝鮮が爆発力を制御した核弾頭をKN-02、KN-23に搭載して対兵力攻撃能力を完成したとは考えにくい。

実際、金正恩はこの報告で、「国防工業を飛躍的に強化、発展させるための中核的な構想と重要な戦略的課題」(以下「戦略的課題」)を述べる箇所でも「戦術核兵器化」に言及し、「核兵器の小型軽量化、戦術兵器化を一層発展させ、現代戦で作戦任務の目的と打撃対象に応じて様々な手段に適用できる戦術核兵器を開発しなければ(中略)なりません」と述べていた。党第8回大会で金正恩が述べた「戦術核兵器化」は、やはりこれからの課題として位置づけられていたと考えるべきであろう。

3. 過渡的兵器としてのKN-23――二つの方向性

(1)「新型戦術誘導弾」発射――李炳哲発言

2021年3月25日、国防科学院は咸鏡南道咸州付近から「新しく開発した新型戦術誘導弾」と呼ぶKN-23とみられる弾道ミサイルを2発発射した。これまで北朝鮮はKN-23の発射実験で飛翔距離を公表したことはなかったが、この発射されたKN-23に限っては朝鮮中央通信が日本海上の「600キロ水域に設定された目標を正確に打撃した」と発表していた。これまで発射されたKN-23の多くが――19年7月25日に発射されたうち約690キロ飛翔したと観測された2発目を除いて――450キロ以下と観測されていたことを考えると、このときのKN-23は大型化されていたと考えてよい。朝鮮中央通信が配信した画像によると、このときのTELは「イスカンデル-M」の4軸8輪のTELを大型化した――党第8回大会での軍事パレードに登場したKN-23を搭載したTELと同一の――5軸10輪とみられる。

このとき発射されたKN-23は「弾頭の重量を2.5トンに改良した兵器システム」というが、2.5トンの搭載弾頭重量(ペイロード)は、約700キロから1トン200キロと推定される中距離核ミサイル「火星-7」(「ノドン」)のペイロードの2倍以上にあたり、核弾頭搭載を想定していたとは考えにくい。この直後、金正恩の実妹、金与正(党中央委員会宣伝扇動部副部長)は、鄭景斗韓国国防部長官が2020年7月末に新たに開発した弾道ミサイル「玄武-4」について「射程距離800キロ、搭載弾頭重量2トン」と発表したことに触れ、「十分な射程と世界最大級の弾頭を備えたミサイルを開発したと大見得を切った」と述べていた。北朝鮮は通常弾頭の搭載を想定する以上、韓国の「玄武-4」を上回るペイロードを誇示しようとしたのであろう。

ここで指摘すべきは、この発射実験について、党中央委員会政治局常務委員会委員(当時)の李炳哲が、党第8回大会が示した国防科学政策を貫徹する上で重要な工程」となると述べたことである。ここでいう国防科学政策とは金正恩が党第8回大会で挙げた「戦略的課題」を指すが、このとき発射されたKN-23がその「工程」という以上、完成体ではなかったということになる。

(2)「鉄道機動ミサイル体系」――「火星-9」代替

この文脈から、2021年9月15日に「鉄道機動ミサイル体系」から発射されたミサイルには検証が必要であろう。これもKN-23の改良型とみられるが、鉄道の一車両にローンチ・パッドを装填して2発発射された。鉄道車両からの発射は、発射秘匿性とともに同時多発できるが、より強調すべきはその飛翔距離であろう。朝鮮中央通信によれば、このときのKN-23は日本海上の「800キロ水域に設定した標的を正確に打撃」したという。そうだとすれば、「鉄道機動ミサイル体系」から発射されたKN-23は、約600キロ飛翔したという3月25日に発射されたKN-23よりもさらに大型化したと考えられる。

このミサイルが約800キロの射程をもつとすれば、朝鮮戦争で国連軍の発進基地となった佐世保米海軍基地、岩国米海兵隊航空基地を収めうる。上述の「火星-9」は、射程約1000キロと観測され、北朝鮮も在日米軍基地を標的にしたことを隠さなかったが、「火星」系列の弾道ミサイルは液体燃料で開発されており、「火星-9」も液体燃料を推進剤としていた。これに対して3月25日に発射されたKN-23と同様、「鉄道機動ミサイル体系」から発射されたKN-23も完成体ではなく過渡的な兵器なら、その多くが在韓米軍を標的とする戦術ミサイルとして配備されるにせよ、そのいくつかは射程を延ばして在日米軍基地を射程に収めることになる。KN-23が固体燃料を推進力とすることを考えるとき、これに核弾頭が搭載されれば、発射即応性をもち在日米軍基地を標的とする新たな中距離核ミサイルとなる。

4. おわりに――北朝鮮核態勢の「パキスタン化」

  ハノイでの第2回米朝首脳会談が文書不採択に終わってから、北朝鮮が行った一連の発射実験は、軍事境界線での武力衝突が在韓米軍の介入につながる事態を阻止し、それに失敗した場合、在日米軍が介入することを阻止する「エスカレーション阻止」でほぼ一貫している。2021年9月15日に発射実験された巡航ミサイル、同月29日に発射実験された「火星-8」と呼ばれる極超音速滑空ミサイルも、「エスカレーション阻止」のための兵器と考えてよい。党第8回大会で、金正恩が強調した「核脅威がやむなく伴われる朝鮮半島地域での各種の軍事的脅威に対して主動性を維持しながら徹底的に抑止し、統制、管理できるようにすべき」とは、米韓連合軍に対して通常兵力で劣位に立つ北朝鮮が、核先制使用の可能性を示しつつ、「エスカレーション」の段階ごとで米軍の介入を抑止する態勢を整備することを指している。

このような核態勢は、パキスタンの核態勢とも共通する。パキスタンの核態勢は「非対称エスカレーション」(V・ナラン)とも呼ばれるが、それは通常兵力において劣位に立つ非対称な状況で、パキスタン側が核先制使用の意志とともに、紛争をエスカレートする用意を示して、優位に立つインドの通常兵力を抑止しようとする態勢を指す。対するインドは、核先制不使用(NFU)を掲げつつ、いかなる核攻撃にも対価値大量報復を行う「信頼できる最小限抑止」でパキスタンの核使用を抑止しようとするが、パキスタンはすでに爆発力を制御した戦術核ミサイルを配備している。インドはパキスタンが戦術核を使用した場合にも、「信頼できる最小限抑止」に忠実であろうとすれば、パキスタンに対価値攻撃を行わなければならない。その際、パキスタンはインドに対価値攻撃を加えるであろう。インドはパキスタンによる爆発力を制御した戦術核使用に対しても、対価値核攻撃を応酬するリスクを負わなければならないのか――パキスタンの戦術核にインドは応分の核使用の用意を示して抑止すべきではないか。インドでは既存の核態勢の再検討が行われているというが、それはパキスタンの戦術核によるところが大きい。

北朝鮮はこれまで核の早期使用によるエスカレーション阻止を示唆してきたが、北朝鮮が戦術核を保有すれば、その核態勢はいよいよ「パキスタン化」することになる。しかも、それらは米韓連合軍側のミサイル防衛を攪乱する不規則な軌道をとる。それは米国にミサイル防衛だけではなく、米韓抑止態勢の検討を迫るかもしれない。もとより、米国はインドのような「最小限抑止」態勢をとっているわけではない。しかし、在韓米軍から戦術核が撤去されて久しく、在日米軍にも核はない。地理的に最も近い核は、グアムのアンダーセン米空軍基地にある戦略爆撃機に搭載される核兵器である。北朝鮮が戦術核を保有したとき、その早期使用を抑止できるかどうかが問われなければならない。




主要参考文献

『労働新聞』/朝鮮中央通信/Pyongyang Times/『朝鮮民主主義人民共和国月刊論調』/『朝鮮新報』

Vipin Narang, Nuclear Strategy in the Modern Era: Regional Powers and International Conflict, Princeton: Princeton University Press, 2014

Diana Wueger, "Pakistan's Nuclear Future: Continued Dependence on Asymmetric Escalation,"Nonproliferation Review Volume 26, Issue 5-6 (2019)

倉田秀也「金正恩『核ドクトリン』の生成と展開――比較のなかの北朝鮮『最小限抑止』の現段階」『北朝鮮をめぐる将来の安全保障環境』、防衛研究所、2017年

____「北朝鮮の核態勢における対南関係――『エスカレーション・ドミナンス』」の陥穽」平成28年度外務省外交・安全保障調査研究事業『朝鮮半島情勢の総合分析と日本の安全保障』、日本国際問題研究所、2017年

____「北朝鮮の核態勢と対価値・対兵力攻撃能力――弾道ミサイル開発の二系列」平成29年度外務省外交・安全保障調査研究事業『「不確実性の時代」の朝鮮半島と日本の外交・安全保障』、日本国際問題研究所、2018年

____「北朝鮮の『戦争抑止戦略』と『戦争遂行戦略』の現段階――核使用の宣言的措置と弾道ミサイル系列生産」令和2年度外務省外交・安全保障調査研究事業『「大国間競争の時代」の朝鮮半島と秩序の行方』、日本国際問題研究所、2021年

____「北朝鮮ミサイル発射――米軍介入の抑止態勢整備」『長崎新聞』2021年9月25日(共同通信配信)

Hideya Kurata, "North Korea's Nuclear Weapon Capabilities: Emerging Escalation Ladder," CSCAP Regional Security Outlook, Canberra: Council for Security Cooperation in the Asia Pacific, 2017

_____, "Kim Jong-un's Nuclear Posture under Transformation: The Source of North Korea's Counterforce Compulsion," Hideya Kurata and Jerker Hellström (eds.), North Korea's Security Threats Reexamined, Yokosuka: National Defense Academy, 2019

_____, "Escaping from the 'Accuracy-Vulnerability Paradox': The DPRK's Initial Escalation Ladders in War Strategy," Hideya Kurata and Jerker Hellström (eds.), Nuclear Threshold Lowered? Yokosuka: National Defense Academy, 2021, etc.,

(11月10日校了)