研究レポート

多国間枠組による安保理制裁の補完―必要性とその課題

2025-03-12
竹内舞子(経済産業研究所コンサルティングフェロー)
  • twitter
  • Facebook

「朝鮮半島情勢とリスク」研究会 「北朝鮮核・ミサイルリスク」部会 FY2024-2号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1.はじめに

北朝鮮の核開発に対抗する最も強力な手段の一つとして2006年から利用されてきた安保理による北朝鮮制裁は、北朝鮮とロシアとの軍事協力の深化とそれに伴うあからさまな制裁違反により、その実効性や権威が揺らいでいる。また、米国のトランプ大統領が就任早々に北朝鮮との対話の意欲を示唆したが、今後、米朝間で、北朝鮮の核・弾道ミサイル開発に関するディールが行われ、その際に、北朝鮮制裁の緩和が取引材料とされる可能性がある。さらに、現在の状況下では、北朝鮮が核実験を行った場合ですら、安保理常任理事国が一致して制裁措置を決議できない可能性すら予想される。仮に、このような事態になれば、北朝鮮の核問題に留まらず、国際的な核不拡散に対する努力に極めて重大な悪影響を及ぼすこととなろう。

日本政府はこの問題に関し、米韓の動きを待つことなく、有志国間でのイニシアティブを発揮し、制裁の実効性確保と核不拡散に関する国際的協調を図る必要がある。本稿では、安保理による北朝鮮制裁の弱体化のリスクと、それが核不拡散体制に与える影響とを分析したうえで、日本がとるべき多国間の枠組みを利用した施策を提案する。

2.揺らぐ安保理の北朝鮮制裁体制

北朝鮮制裁に関する安保理の活動は、2018年以降大幅に減少した。2018年以降は、新たに制裁違反が確認された個人、団体、そして船舶に対する制裁指定が行われていない。また、2022年には、北朝鮮による大陸間弾道ミサイル発射を受けて米国が提案した安保理決議案が、中国とロシアの反対により否決された。この決議案否決は安保理による北朝鮮制裁に2つの問題を残した。まず、北朝鮮による明白な決議違反に対する採決で、安保理常任理事国が一致した行動を取れなかったのは、安保理による北朝鮮制裁の枠組みが創設された2006年以来初めてであった。そして、2017年には2度とも追加決議の対象となっていた大陸間弾道ミサイル発射に対しても決議が採択されなかったことで、決議採択の引き金になる行動の基準が曖昧となったのである。

2024年に安保理制裁をめぐる最も深刻な影響を与えたのが、制裁違反の監視とその報告、各国の制裁履行支援などを行ってきた制裁委員会専門家パネルの任期延長決議否決である。このパネルは、2009年に採択された安保理決議1874号に基づき任期を1年として設立され、それ以降、毎年、任期延長のための決議が採択されてきた。しかし、2024年3月、任期延長決議がロシアの反対票により初めて否決されたことにより、2024年4月末にその任期は期限を迎えることとなった1

3.核不拡散体制への影響

このような状況で懸念されるのは、安保理による北朝鮮制裁を根幹から揺るがす事態の発生である。そのような事態として、まず、新たな核実験に対して、安保理が制裁強化に踏み切れない場合が挙げられる。過去6回の核実験では、北朝鮮は常に出力を高め、安保理もその度に制裁を強化する決議を採択してきた。北朝鮮は今年が最終年とされる国防五か年計画を踏まえ、核の小型化、軽量化、戦術核兵器化に符合するような、低出力の核実験を行う可能性がある。現在の安保理の状況やロシアの行動をみると、核実験に対しては決議を採択するという前例が覆される懸念がある。

仮に、次の核実験に対して制裁決議を採択できなかった場合、その意味は北朝鮮一国の核開発に対して安保理が対抗策を取れなかったということにとどまらない。核兵器国を米、露、英、仏、中に限定し、それ以外の国への核兵器の拡散の防止を定めた核兵器不拡散条約(NPT)体制を揺るがす問題となる。NPT加盟国であった北朝鮮が、脱退を宣言し核兵器開発を進めたことに対し、安保理が有効に対抗できなかったという前例を作ることになる。これは、潜在的な核保有国に対して、核開発の道筋を示すことになる。また、北朝鮮が、核・ミサイル関連技術の提供を通じて、外貨を獲得する可能性もある。さらに、決議が採択できた場合でも、ロシアが「拒否権」行使をちらつかせて、効果の薄い決議にとどめさせたり、制裁の一部緩和につながる条項や、制裁の見直し基準に関する条項を盛り込んだりする可能性もある。

ロシアはウクライナ戦争の継続のため、北朝鮮との軍事協力を必要としている。この状況が続く限り、北朝鮮はロシアに対して制裁強化に反対するよう強く働きかけると考えられる。また、既にロシアは、専門家パネルの任期延長決議での拒否権行使を受けた2024年4月の国連総会における討論で、パネルの任期更新とともに、北朝鮮制裁体制の見直し基準を定めた決議案を提出する準備があることを表明した2。さらに、プーチン・ロシア大統領は、2024年6月の訪朝時の記者会見において、「アメリカやその同盟国が推進してきた、安保理による北朝鮮に対する無期限の制限は見直すべきである」との発言を行っている3。ロシアが、このような立場から、決議案に反対したり、決議に制裁の見直しや期限に関する条項を盛り込むよう主張したりする可能性がある。

次に、米朝間での外交交渉の一環として、制裁の緩和が合意される可能性がある。現在、米国の外交政策の中心はウクライナと中東、そして近隣国との関係である。しかし、これらの問題で成果を上げられなかった場合などに、トランプ政権の外交的成果を残すために北朝鮮との交渉に乗り出すことが考えられる。この際に、制裁の緩和が、核・弾道ミサイル開発の検証や停止の条件として利用される可能性がある。安保理による制裁が、北朝鮮の核問題の外交的解決のためのツールの一つであることを考えれば、制裁の緩和を交渉材料とすることは否定されないが、北朝鮮が核開発を断念する見通しや非核化のための検証を受け入れる見通しがない状態で制裁の緩和を行うことは、安保理による北朝鮮制裁の弱体化につながるリスクがある。

4.多国間の枠組みを活かした日本の対応

2025年2月現在、韓国と米国における北朝鮮政策の方向性は見通すことが難しい。しかし、北朝鮮の核開発を認めないという国際世論と、安保理による北朝鮮制裁の意義と実効性を維持することは日本の安全保障上極めて重要である。そのため、日本は、この両国の出方を待つことなく、北朝鮮政策に関する有志国の活動をリードすることが求められる。具体的な取組として、ここでは多国間の枠組みの活用を提案する。

専門家パネルの活動終了を受け、2024年10月、ソウルにおいて、制裁違反に対する調査と報告のため、11か国からなる多国間制裁監視チーム(MSMT)の設立が発表された4。MSMTの特徴は、11か国に日米韓に加え、安保理常任理事国である英国、フランス、また、地理的に離れた、豪州、カナダ、ドイツ、イタリア、オランダ、ニュージーランドが含まれている点である。これらの各国は、既に北朝鮮船舶による瀬取り(船舶間での物資移転)の監視のために艦艇や哨戒機を派遣している国々でもある5。東アジア以外の主要国が、北朝鮮制裁の履行確保のための多国間の枠組みに参加していることは、国際的な連帯を示す意義がある。

2025年2月現在、MSMTの活動状況や成果は公表されていないが、この11か国の持つ情報収集能力を活かせば、北朝鮮の制裁違反に関する網羅的な調査を行うことができる。また、北朝鮮制裁を支持する有志国で構成されているので、中国やロシアの専門家が常に含まれ、関係国間の対立が活動の妨げになってきた専門家パネルに比べれば、より効率的に調査を行い、調査に基づき独自の制裁を行うこともできる。安保理決議に基づかない組織であるからこそ、このMSMTの枠組みを活用できれば、専門家パネルとは違うアプローチで、北朝鮮をめぐる国連の取組に貢献することも可能である。日本政府が、MSMTの活動において主導的な役割を果たし、そのポテンシャルを十分に生かすよう活動することが期待される。

まず、MSMTの調査の意義を高めるためには、それが効果を上げる必要がある。そのための取組として、公表に加えて、有志国での共同制裁指定を行うことが考えられる。これは、安保理における追加制裁ができない状況を補うために必要な措置である。また、日本を含む複数の国において、北朝鮮以外の第三国の組織などを対象とした制裁については、その第三国との関係を考えて慎重になる姿勢がみられる。しかし、燃料の海上輸送、暗号資産の窃取やIT技術者の就労といったサイバー空間上の活動のような北朝鮮の経済活動にとって重要性が高い活動を止めるためには、北朝鮮の組織・個人の制裁では十分でなく、第三国の協力者や企業に対する制裁が必要である。そこで、MSMTとしての調査報告書で情報を公開したうえで、制裁違反に関与する組織や個人を構成国全体で共同制裁の対象として指定することで、各国の単独制裁に比べて外交的な影響を抑えながら、調査を有効的に活用ことができる。逆に、MSMTが制裁違反を公表しても、MSMTの構成国すらそれに基づく措置を講じなければ、MSMTの活動が安保理制裁の履行を促す効果は限定的になるだろう。

また、MSMTは、安保理決議の内容のみに縛られることなく、多角的な調査を行うことができる。その一つの例として、「(決議で輸出が禁止された)石炭の採掘現場の劣悪な労働環境」や「(決議で派遣が禁止された)北朝鮮の海外派遣労働者に対する人権侵害」といった、安保理決議違反と人権侵害が重なりあう分野に関し、決議が禁止する内容だけでなく人権上の問題についても調査を行うことができる。そして、その結果を、(国連安保理ではなく国連総会の下部組織である)国連人権委員会の北朝鮮人権状況特別報告者に提供し、国連による北朝鮮の人権状況改善のための活動に貢献することが考えられる。

しかし、MSMTだけで、専門家パネルが行ってきた制裁履行の活動がすべて網羅できるわけではない。専門家パネルの役割は、制裁の履行監視・報告だけではなく、各国に対する助言や各国が主催するセミナーへの参加などを通じた、制裁の履行支援や、他の専門家パネルとの調査協力も行ってきた6。また、履行監視を行うにあたっては、専門家パネルは、安保理決議に基づき、各国や国際機関などに情報提供を求める権限があった7

これを踏まえると、日本がすべきこととして忘れてはならないのが、国連における専門家パネル再設置と、各国の履行支援である。MSMTの調査は、安保理決議に基づくものではない。そのため、他国や国際機関に対して情報を要請しても、専門家パネルが得たような情報を得られない可能性がある。また、調査対象とされた国が強く反発し、MSMT構成国との外交問題となるリスクもある。さらに、国連外の組織であるMSMTには、他の安保理制裁委員会におかれた専門家パネルとの調査協力は難しいであろう。このような活動には、専門家パネルが必要である。現在の安保理の状況では、専門家パネルの任期を再設定する安保理決議が提案される可能性は低く、専門家パネル再設置は時機を見て行う必要があるが、日本には、MSMTの実効性確保と共に、この目標を常に関係国間にリマインドすることが求められる。

また、各国に対する履行支援については、MSMTが任務を調査と報告に限定する場合は、その活動範囲外となる。MSMTが、調査や報告に基づく派生的活動として各国の履行支援を行うか、あるいは、有志国が、別途、履行支援を継続する必要がある。国内で北朝鮮の協力者が制裁違反となる取引を行ったり、北朝鮮労働者が就労したりしている場合に、それを捕捉する能力や体制が十分でない国も少なくない。こうした国が北朝鮮による活動のターゲットとならないよう、日本が中心となり、継続的に、北朝鮮制裁の内容や、捜査方法などについてのトレーニングを行い、各国の制裁履行能力を高めておく体制を整備する必要がある。

5.おわりに

露朝間でのあからさまな制裁違反が続き、安保理による北朝鮮制裁の実効性が低下するなかで、今後も、安保理による北朝鮮制裁体制を揺るがすような事態が起こるリスクがある。例えば、安保理が次の核実験に対して決議を採択できなければ、潜在的核兵器国に核兵器開発に向けた道筋を示すものとなるだけでなく、NPT体制下での核不拡散体制にも大きな影響を与える。また、北朝鮮による核計画の放棄や検証受け入れの見通しが立たない段階で、外交交渉の条件として安保理による制裁が緩和される場合にも、北朝鮮制裁の意義が大きく損なわれることとなる。

そのため、安保理における北朝鮮制裁体制を維持し、その実効性を保つことは日本の安全保障環境にとり極めて大きな影響を与える。専門家パネルの不在に対応するために有志国により新たに設置されたMSMTも、実効性ある措置を取れなければ、その意義は徐々に失われてしまう。日本は米国や韓国の動きを待つことなく、有志国の連携枠組みにおいて自らイニシアティブを発揮し、制裁違反の調査とそれに基づく共同制裁や、各国の制裁履行支援といった措置を取り、制裁の実効性を支える必要がある。

(2025年3月11日校了)




1 United Nations, "Security Council Fails to Extend Mandate for Expert Panel Assisting Sanctions Committee on Democratic People's Republic of Korea," UN Doc. SC/15648, March 28, 2024, https://press.un.org/en/2024/sc15648.doc.htm.
2 "General Assembly Seventy-eighth session 68th plenary meeting Thursday, 11 April 2024, 10 a.m., New York," UN Doc. A/78.PV. 68, p.4.
3 "UN Security Council sanctions against North Korea need to be reviewed -- Putin," TASS, June 19, 2024,https://tass.com/politics/1805373.
4 外務省「多国間制裁監視チーム(MSMT)の設立に関する共同声明」2024年10月16日、https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_01273.html.
5 外務省「『瀬取り』を含む違法な海上活動に対する英国による警戒監視活動」2025年2月25日、https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/nsp/page4_003679.html.
6 例えば、北朝鮮制裁委員会専門家パネルは、2020年に、ソマリアのイスラム過激派アル・シャバーブによる北朝鮮製の兵器の使用に関してソマリア制裁委員会の専門家パネルとの調査協力を行った。
7 例えば、専門家パネル設立を定めた決議1874号や、専門家パネルの任期延長決議である決議2680号(2023年採択)は、加盟国、国連機関、その他の組織に対し、専門家パネルに対する制裁の履行に関する情報提供などを通じた協力を強く求め(Urge)ている。