はじめに
北朝鮮は朝鮮労働党創立80周年(10月10日)にあたり、また国防・経済分野での5カ年計画の期限となる2025年を「総括の年」「歴史の分水嶺にすべき」年と位置付けている。この1年はあらゆる分野で「奇跡的成果を獲得」(金正恩総書記)1したうえで、第9回党大会の開催を準備することが求められている。
外交面では米国のトランプ大統領が第2期政権をスタートさせ、金総書記との再接触に意欲を示している。この間、北朝鮮はロ朝包括パートナーシップ条約を締結し、ロシア派兵に踏み切るなどロシアとの連携を強化してきた。ロシアという後ろ盾を得た北朝鮮がトランプ氏の復活した米国に対しどのようなアプローチを取るのかも注目される。
1.北朝鮮の対米戦略
▼手の内を隠す「最強硬対米対応戦略」
トランプ氏の再選を受けて北朝鮮は、「最強硬対米対応戦略」を打ち出した。
朝鮮労働党中央委員会は2024年12月23日から27日まで第8期第11回全員会議拡大会議(拡大総会)を開催した2。年末の総会は1年間の党の活動・政策を総括し来年度の方針を決定するもので、2019年以降、第8期党大会を控えた2020年末を除いて定期的に開催されている。
この中で金総書記は米国について「反共を変わらない国是とする最も反動的な国家的実体」とし、米国への敵意を露わにした。さらに、「米日韓同盟が侵略的な核軍事ブロックとして膨張し、大韓民国が米国の徹底した反共前哨基地に転落したという現実」があると指摘するとともに、日米韓を「核軍事ブロック」、韓国を「反共前哨基地」と断定した。この現状認識を踏まえて示されたのが「(北朝鮮の)展望的な国益と安全保障のため強力に実施していく最強硬対米対応戦略」であった。ただ、「最強硬対米対応」の具体的内容は明らかにされず、トランプ氏に対する言及もなかった。
この発言からは金総書記がバイデン政権からトランプ第2期政権へと政権が交代しても、米国の対北朝鮮政策は当面変わらないと認識していることが見て取れる。ただ、2023年末の総会に比べると、対米・対日米韓に対する言及は抑制的で挑発的な表現も控え目だった。
2023年末の発言では「強対強、正面勝負の対米・対敵闘争原則を一貫して堅持し、高圧的かつ攻勢的な超強硬政策を実施すべきだ」「米国と追随勢力のヒステリックな核戦争威嚇騒動に対処して、核には核で、正面対決には正面対決で応える」など、有事の際の「核」使用の可能性を繰り返していた3。また、国防部門の成果として①大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星砲-17」型と「火星砲-18」型②戦術弾道ミサイルと巡航ミサイル③無人偵察機と多目的無人機④新しく建造した潜水艦⑤偵察衛星――など具体的な兵器名を挙げてその開発状況にも言及していた。
今回の北朝鮮側の姿勢は、この時とは大きく異なっている。
このことからも北朝鮮の「最強硬対米対応」は「対話」の選択肢も含め、トランプ政権の出方に応じてその強度を調節する余地を残していると言えよう。同時に米国との「対話」を有利に進め、今年が期限となる国防5カ年計画(国防科学発展及び武器体系開発5カ年計画)の完成度を高めるために北朝鮮が軍事強硬手段を取る可能性もある。
▼米朝首脳会談のトラウマ
トランプ大統領は1月20日の就任初日に北朝鮮を「核保有国(Nuclear Power)」と呼び、「金正恩氏と良好な関係だった」と改めて金総書記との個人的関係を強調した4。米FOXニュースのインタビューでも、金正恩氏と「再び接触するつもりだ」「(金正恩氏は)賢い男だ」などと述べ、再接触に意欲を示している5。
しかし、金総書記にとってトランプ氏との関係はそれほど単純なものではないだろう。2019年2月にハノイで実施された米朝首脳会談が決裂に終わったことは、北朝鮮側に大きな衝撃を与えた。ベトナム訪問の記録映画でタイトルから「朝米首脳会談」の文字が消え、会談の模様がわずか11分に短縮されたことは、北朝鮮の失望感を物語っている6。金総書記は2020年8月にトランプ氏に送った親書で「私はあなたとの信頼関係を維持するために、責任をもって、できるかぎりのことをしました。しかし、それに対し閣下は何をされましたか?私とあなたが会ってから何が変わったと我が人民に説明すればいいのでしょうか?」と米国の対応に不満を表明していた7。また、米韓合同軍事演習が再開されたことは「きわめて不愉快」だとも伝えた。米国への不信感、不快感は根強く、払拭は容易ではないと言わざるを得ない。
2024年11月21日の「国防発展-2024」開幕式で挨拶した金総書記は、米国との交渉について「行き着くところまで行った」と振り返った8。
「われわれはすでに米国とともに交渉コースの行き着く所まで行ってみたし、結果的に確信したことは、超大国の共存意志ではなく徹底した力の立場と、いつになっても変わらぬ侵略的で敵対的な対朝鮮政策であった」
北朝鮮としては再び米国と交渉しても、「侵略的・敵対的な対北朝鮮政策」を覆すに至らなければ意味がない。金総書記は前回の失敗を踏まえ、米朝関係が変わったと人民に説明できるだけの成果を手にする必要に迫られている。一方でトランプ氏の復活に伴う利点もある。トランプ氏と金総書記は3回の対面と27通の親書のやり取りを通じて、「親密な関係」を構築した。この関係を利用して今後もトランプ氏の自尊心や功名心に訴えかけ、外交的な実利を得ようと試みる可能性がある。
一方のトランプ政権は「北朝鮮非核化」の方針に変化はないとしているが、実際には核凍結や軍備管理交渉が現実的との見方が広がっている。北朝鮮側は見返りとして、在韓米軍の縮小・撤退や米戦略資産の韓国展開中止などを求めてくることが予想される。トランプ氏は北朝鮮の核・ミサイル挑発には拡大抑止による圧力強化を図る一方で、「ディール」重視の姿勢をアピールするだろう。自分の手柄になる「ディール」であれば大胆な譲歩もしかねず、危うさもはらむ。1期目とは異なり政権内にトランプ氏を止められる人物はおらず、韓国は尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の弾劾をめぐって政治的混乱が続く。日本や韓国の頭越しに米朝交渉が進められる事態が起きないよう米国への働きかけを不断に続ける必要があろう。
2.ロ朝関係とウクライナ停戦の行方
▼北朝鮮兵1万2000人がウクライナ戦線へ...「軍事同盟」の既成事実化
北朝鮮とロシアは2024年6月、有事の際の相互軍事支援を明記した「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結した9。ウクライナでの戦闘長期化に伴い、北朝鮮は砲弾や短距離弾道ミサイルなどの兵器をロシアに提供してきたが、10月に入って1万2000人規模の北朝鮮兵士がロシアに送られたことが明らかになった。北朝鮮軍は極東地域で訓練を受けた後、ロシア西部クルスク州に移動し、ウクライナ軍との戦闘の最前線に投入された。公式レベルでの言及こそなされていないものの、北朝鮮が兵器などの物資に加え人員を送り込んだことで条約上の相互支援が既成事実化され、ロ朝の軍事的連携はより高度な段階に突入したといえる。
北朝鮮にとっては兵士1人当たり月2000ドルの外貨収入や実戦を通じた戦闘能力の向上、ロシアからの軍事技術供与などが期待できる。一方で、現代戦に不慣れでロシア語も不自由な北朝鮮兵士は、ドローン攻撃の標的となり死傷者が増え続けている。BBCは米国当局者の話としてこれまでの戦闘で北朝鮮側に4000人を超える死傷者が出たと報じた10。ウクライナ軍の捕虜となった2人の北朝鮮兵士は、「実戦のような訓練」と言われ、闘う相手が誰なのかも知らないまま現地に送られたと証言した11。北朝鮮に残る家族もロシア派兵については知らされていないという。北朝鮮内部では兵士の家族を隔離するなどロシア派兵の事実は伏せられているとされるが、犠牲者が増えれば社会的な動揺だけでなく、軍内部の不満も拡大すると見られている。
ロシアのウクライナ侵攻3年を前に停戦にむけた米ロの協議が始まった。トランプ氏はロシア寄りの姿勢を鮮明にしており、ロシアに有利な形で停戦交渉が進む懸念が広がっている。北朝鮮はこれまでも、ロシアがウクライナにおいて核の影響力をいかに行使するのかに関心を持ち、その影響を受けてきた。停戦交渉においても米ロがどのようなディールをするのか、非核保有国であるウクライナの処遇はどうなるのか――その行方を注視していると考えられる。米ロがウクライナの頭越しに協議を進め、ロシアが占領地の割譲を認められるなどの結果となれば、国際秩序は大きく揺らぐことになる。これまでウクライナを支援してきた欧米と日本の間に亀裂が生じロシアに免罪符が与えられれば、北朝鮮は当然この状況を利用しようとするだろう。制裁監視の綻びをついて違反行為を公然化するだけでなく、核保有の正当性を国際社会に認めさせるためアフリカや中東諸国など第3国への働きかけを強化しようとする懸念がある。
3.終わりに
2019年2月に米朝首脳会談が決裂して以降、北朝鮮をめぐる国際情勢は大きく変化した。北朝鮮は射程1万5000キロを超える固体燃料型の長距離弾道ミサイル「火星砲-19」型の発射に成功し、ロシアと事実上の軍事条約を結ぶことで有事における支援の約束を取り付けた。ウクライナ戦争が停戦・講和に進めば、北朝鮮に対するロシアの軍事的ニーズは減少するとの見方もある。ロシアが朝鮮半島有事にどの程度関与するかは現時点では見通せないが、北朝鮮を長期的な「カード」として保持する選択肢は残されている。一方で世界の超大国としての米国の影響力は弱体化しつつある。こうした変化を踏まえ、トランプ氏と金総書記の再交渉は新たな局面に足を踏み入れることになる。
岸田文雄氏は首相在任時から繰り返し「今日のウクライナは明日の日本かも知れない」と述べ、また石破茂現首相も所信表明演説(2024年10月)で同様の見解を示している。その言葉通り、ウクライナ停戦交渉の行方は、朝鮮半島の非核化交渉にも大きな影響を及ぼす。自由で開かれた国際秩序を維持し、公正な和平の実現をめざして国際社会が結束するよう日本が働きかけを強化することが求められている。
(2025年3月17日校了)