2月21日、ドイツ次期首相候補フリードリヒ・メルツは、トランプ政権のNATOへのコミットメントについて懐疑的な声があがる中、まさに「Zeitenwende(時代の転換点、英語訳はWatershed)」と言える発言をした。「私たちは、ヨーロッパの核保有国であるイギリスとフランスの両国と話し合い、核共有、少なくともイギリスとフランスからの核安全保障が私たちにも適用できるかどうかについて議論する必要がある。」1
アメリカ以外の核抑止力拡大に関する議論の呼びかけを受けて、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は一連のインタビューを通じて、フランスの核抑止力の、欧州的な次元に関する議論を再開した。これらの声明によって生じた機運は、かつてないほどにフランスの核抑止力を前面に押し出すこととなった。これはフランス国内および欧州内において、依然として議論、誤解、そして論争を呼ぶテーマであるため、欧州的な次元に関して、ある程度の明確化が求められている。
マクロン大統領の発言に見られる継続性と変化
マクロン大統領は2月28日のインタビューの中で、「フランスは、自国の死活的利益には欧州という次元があることを、あいまいなまま認めてきました...もし(欧州の)仲間がより強い自律と抑止力を求めるのであれば、私たちは、この非常に戦略的な議論を始める必要があります。」2
3月2日には、同盟国が望むのであれば、フランス軍が実施する核抑止力演習に参加し、「欧州間の真の戦略文化の発展に貢献する」3ことができると付け加えた。このメッセージは、2020年2月の防衛と抑止に関する演説4で提案された内容をくりかえしたもので、その後、イタリアは2022年のフランスの核演習「ポーカー」に参加した。
そして3月5日、大統領はフランス国民に向けて公式にテレビ演説を行った、これは、国防および安全保障問題に関して言えば、極めて異例のことだ。「我が国の核抑止力は、私たちを守ってくれます。包括的で主権的で、徹底したフランス独自のものです。1964年以来、それは常に明確に、ヨーロッパの平和と安全を維持する役割を果たしてきました。しかし、将来のドイツ首相の歴史的な呼びかけに応える形で、私は、ヨーロッパ大陸の同盟国を我々の抑止力によって守るという戦略的議論を開始することを決定しました。今後、どのようなことが起ころうとも、その決定は常に、そして今後も、軍の最高司令官である共和国大統領の手に委ねられることになります。」5
フランスの死活的な利益に関わる欧州的な次元、つまりフランスの核抑止力については、程度の差はあれ歴代フランス大統領が認めてきた6。今回がこれまでと違うのは、公式声明が短期間で次々と発表された点だ。なぜなら、核抑止に関するフランスの伝統的な考え方は、「この問題については口外しないほうが良い」に集約されるためだ。
大統領が用いた語彙もまた意味深長だ。NATOともEUとも言わず、「ヨーロッパ大陸」について言及した。この言葉遣いは、2022年2月以来のフランスと欧州の安全保障に関するマクロン大統領の考え方の進化を反映している。彼は、一貫して主張してきた欧州の「戦略的自律」と安全保障の追求は、当初はロシアとの欧州安全保障体制の協議において軽視していた東欧の同盟国から始めなければならないと認識するに至った。7
したがって、「ヨーロッパ大陸」という表現が意味する地理的範囲には、EU拡大とフランスの死活的利益との間にますます明確な関連性が見られることから、バルト三国とポーランドもこれらの議論に含まれることが意図されていると推測できる。欧州の連帯が強まるにつれ、フランスの死活的利益が危険にさらされることなく、EU加盟国の死活的利益が脅かされる状況を想像することは、より難しくなってくる。しかしながらこの表現は、明確な保証はないため、あいまいなままだ。さらには、ヨーロッパ大陸におけるロシアの侵略と脅威の主たる標的となっているウクライナとモルドバも、最終的には対象に含めることを目的としているのかという疑問も生じる。
しかし、現在の議論の焦点は、核共有でも核抑止力の拡大でもない。フランスの核戦略は1960年代以来、そうした取り決めの信頼性と有効性を疑問視してきた。フランスは、核兵器はもちろん、意志決定権限を共有するつもりは毛頭ない。核共有の協定のもとで米国の核兵器が欧州に配備されている限り、フランスがその代替として名乗りを上げることはない。むしろ、これらの声明の目的は、補完的な保証の形態として、フランスの核抑止力が欧州の安全保障において果たし得る役割について、より深い議論を促すことにある。このテーマについては、同盟国間のコミュニケーションと対話の不足により、誤解と不確実性が依然として残っている。
欧州におけるフランス核抑止の拡大議論に関するフランス国内と欧州内の課題
この議論では、抑止力の信憑性に関する2つの主要な側面、すなわち政治的信憑性(宣言政策および再保証)と技術的信憑性(能力)を明確に扱う必要がある。
フランスが議論再開を提起したことは、ポーランドやバルト三国など、複数の欧州諸国から歓迎されている。8マクロン大統領が2020年に初めて議論を呼びかけた際に寄せられた、相対的な無関心とは対照的に、NATOの強力な支持者たちからのこうした反応は、欧州の同盟国が経験している衝撃の大きさを示している。トランプ政権が、欧州をめぐってロシアと核戦争のリスクを冒すことはないということが、ますます明らかになっているからだ。
これらの国々は、ほかの欧州諸国よりもロシアの脅威をより直接的に感じているため、これは特に重要な意味を持つ。つまり東欧諸国からの反応は、「欧州的な次元」という表現を取り巻く最も根本的な問題、すなわち地理を浮き彫りにしている。
フランスの核戦略の現実とは、欧州の一部の地域はすでに暗黙のうちに、フランスの「核の傘」の下にあると見なすことができるということだ。これらの国々との間でチェッカーズ宣言9に相当する公式な合意はないが、フランスの死活的利益を危険にさらすことなく、ドイツ、ベルギー、オランダの死活的な利益が脅かされる状況を想像するのは困難だ。この点において、地理は重要であり、それ故に東欧諸国政府からの肯定的な反応は、今後の議論において、フランスがより明確な姿勢を示すことを求めるものだ。
実際、フランスの核抑止力の根幹をなす原則のひとつは、その曖昧性だ。フランスの死活的利益の定義と、それがどの程度脅威にさらされる可能性があるかを決定するのは、大統領のみだ。このような不透明性は敵対者の計算を複雑にして抑止力を強化することを意図したものだが、欧州の同盟国から消極的な反応や不安を引き起こすことは避けられない。したがって、フランスの死活的利益における欧州的な次元の意味と、核戦略の基礎を明確にするために、同盟国間でより具体的な議論を行う必要がある。
さらに、フランスの核抑止力に関する議論の提案は好意的に受け止められているが、議論を行う適切なフォーラムは依然として欠如している。フランスは、同盟国間で核抑止力に関する問題を議論する伝統的なプラットフォームであるNATOの核計画グループ(NPG)に一度も参加したことがない。一部の著名なフランスの研究者は、フランスがオブザーバーとしてNPGに参加することを提案している。10このような動きは、NATOの核計画から距離を置きつつ、抑止力について議論するフランスの意欲に、より信憑性を与えるだろう。また、フランスが米国を排除する、もしくは米国に代わる代替枠組みの構築を模索しているという印象を避けることにもつながる。しかしながら、フランスが本当にロシアのウクライナ侵攻を実存的脅威とみなしているのなら、ウクライナやモルドバなどのNATO非加盟国を、核抑止に関する議論に巻き込む方法を考え出す必要がある。
技術的な信憑性の観点では、フランスの専門家たちの間で、現在のフランスの核戦力がロシアに対する欧州大陸への拡大抑止として十分であるか否かについて、現在も議論が続いている。フランスの核抑止力は、敵対国に「受け入れがたい損害」を与えるのに十分な、最小限の核兵器を保有するというものだ。米国のモデルとは異なり、それほど多くの核弾頭を必要としないのは、地理的要因が、欧州大陸を守る役割に高い信憑性を与えるということもある。しかし、フランスを守るために「受け入れがたい損害」を与える能力と、欧州大陸を守るために同様の能力を発揮することは、同じではない。そのような状況では、現在のフランス核兵器の備蓄が量的にも質的にも、同盟国を安心させ、敵対国を阻止するのに十分であるかという疑問が生じる。
また、フランスが近い将来、核戦力の「欧州化」に成功する可能性は極めて低いだろう。まず、空中発射型の空対地巡行ミサイル(ASMPA-R)を、ラファール戦闘機以外の航空機に適応させる必要がある。次に、フランスがより多くの弾頭を開発するためには、「厳格な充足」11という方針を越えた行動を取らなければならない。さらに、同盟国に専用の軍事基地を設置するには、極めて高いコストが伴う。
しかし、この重要な議論も、現在の問題の核心ではない。現在進行中の議論は、技術開発に関わるものというよりは、フランスがどうすれば欧州の安全保障により貢献できるのかに関する、同盟国間の政治的対話だ。現時点で欧州の能力に関する議論として必要なのは、核兵器というよりも通常兵器に関するものだ。
ロシアによるウクライナへの全面侵攻は3年以上も続いているが、特に長距離精密射撃能力の面で多くのギャップが残っている。フランスの核抑止力の欧州的な次元に関する議論が活発化する中、欧州長距離攻撃構想(ELSA)のようなイニシアチブを強化しなければならない。核兵器だけではあらゆる脅威や敵対行為を抑止することはできないため、通常兵器による抑止力を強化するために、フランスの長距離巡航ミサイル「スカルプ(SCALP)」、英国の長距離ミサイル「ストームシャドー」、ドイツの長距離巡航ミサイル「タウルス」といった能力の役割を、全体として定義する必要がある。核戦争レベル以下の侵略を抑止し、エスカレーション・ラダーにおいてより多くの選択肢を確保するためには、フランスによる拡大抑止という遠い将来の見通しよりも、強固な欧州の通常戦力の開発のほうが、優先順位が高い。
最後に、核抑止力の欧州的な次元について議論を再開するというフランスの姿勢は、国内の政治情勢により不透明になってきており、それが長期的に持続可能かどうかは不明だ。財政面から見るとフランスは深刻な財政状況にあり、軍事予算は比較的影響を受けず、増加傾向にあるものの、大胆かつ広範囲にわたる政策の実現可能性に常に影を落としている。
政治的な観点からみると、2027年の大統領選挙は、この議論にとって大きな課題となるだろう。マクロン大統領が再選を目指さないため、有力な候補者として考えられているのは、極右政党の党首マリーヌ・ル・ペン氏と、極左政党の党首ジャン=リュック・メランション氏だ。両者とも、欧州の防衛強化という考えに強く反対しており、一貫して核抑止力は共有できないと主張しているほか、NATOに対してたびたび敵対的な姿勢を示している。さらに、ル・ペン氏とその政党は、ロシア政府との強いイデオロギー的つながりと近さで知られており、メランション氏はこれまでに何度か、NATO拡大が戦争の原因の1つであるというロシア側の主張に同調している。現フランス大統領が欧州の同盟国との対話に意欲的で、その決意があるからといって、将来の指導者たちによってこの勢いが維持されることを保証するものではない。したがって、フランス提案の長期的な実現可能性は、依然として非常に不透明だ。
結論として、フランスが欧州の同盟国やパートナーと核抑止力について議論する意思を示したのは、ロシアによるウクライナと欧州への攻撃や、NATOに対するトランプ政権のコミットメントへの疑念を踏まえ、欧州の安全保障の進化に対する現政権の理解を、明確に示すものだ。これが欧州安全保障の歴史における転換点となるかどうかは、その後の具体的な政治的・技術的なイニシアチブにかかっている。フランスの政治情勢の予測不能性と、この議論に対するフランスの主要政治勢力の反対を踏まえ、同盟国は、残りの抑止力のギャップを埋めるための、通常戦力の着実かつ包括的な発展を優先しながら、これらの議論に迅速に取り組む機会を捉える必要がある。
1 Chris Lunday, "Europe Should Brace for Trump to End NATO Protection, Germany's Merz Warns", Politico, February 21, 2025, https://www.politico.eu/article/europe-brace-us-trump-end-nato-germany-friedrich-merz-election/
3 Louis Hausalter, "Ukraine, dissuasion nucléaire, dépenses militaires... Les pistes d'Emmanuel Macron pour pousser le « réveil » européen", Le Figaro, March 5, 2025, https://www.lefigaro.fr/international/ ukraine-dissuasion-nucleaire-depenses-militaires-les-pistes-d-emmanuel-macron-pour-pousser-le-reveil-europeen-20250302?msockid=0f2a8046f9cf670b14fa95d0f8c066eb
4 Office of the French Presidency, "Speech of the President of the Republic on the Defense and Deterrence Strategy", February 7, 2020, https://www.elysee.fr/en/emmanuel-macron/2020/02/07/speech-of-the-president-of-the-republic-on-the-defense-and-deterrence-strategy
5 Office of the French Presidency, "Adresse aux Français", March 5, 2025, https://www.elysee.fr/ emmanuel-macron/2025/03/05/adresse-aux-francais-6
6 Dominique Mongin, "Histoire de la dimension européenne de la doctrine de dissuasion nucléaire française", L'Europe en Formation, no.395(2), 2022, 143-157.
7 Dimitri Minic, "La politique russe d'Emmanuel Macron: étapes et racines d'une nouvelle approche, 2017-2024", Russie.Eurasie.Visions, no.133, IFRI, April 2024.
8 Sylvie Corbet, "Poland and Baltic Nations Welcome Macron's Nuclear Deterrent Proposal", AP News, March 7, 2025, https://apnews.com/article/france-nuclear-deterrent-umbrella-russia-55e91ab65d13559 dfc55dfe376ba5268?mkt_tok=ODEzLVhZVS00MjIAAAGZDFabdarAlh6gYSkKBj99WFHSSdKzFaJ62bBO0Hq6PCwH_YO47ci3r_mtbt6u8gQFGvDijYKw3iiUNo_Lqimmh0Z3iw4z8XQUrNZ_IAWJYUH8