研究レポート

北朝鮮ミサイル開発の新段階

2021-02-05
倉田 秀也(防衛大学校教授・グローバルセキュリティセンター長/ 日本国際問題研究所客員研究員)
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「『大国間競争の時代』の朝鮮半島と秩序の行方」研究会 第6号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1. 北朝鮮の戦争想定――「戦争抑止戦略」と「戦争遂行戦略」

2013年3月末、金正恩が朝鮮労働党中央委委員会総会演説で「戦争抑止戦略」と「戦争遂行戦略」の二つの「戦略」に触れたように、北朝鮮は朝鮮半島で起こりうる戦争を二つ想定している。「戦争抑止戦略」が想定する戦争とは、米国よる直接の核攻撃によるものであり、それを抑止する核抑止態勢は、インドなどの核抑止態勢と同様、核先制不使用(NFU)という宣言的措置と第1撃後も生き残る第2撃能力で構成される。第2撃能力は、米本土の大都市を破壊する可能性を示すことで米国に第1撃を躊躇わせる「最小限」の「対価値攻撃能力」でよい。このような核抑止態勢は一般に「最小限抑止」と呼ばれ、対価値攻撃能力も弾道ミサイルの命中精度よりは破壊力に比重を置く。

他方、「戦争遂行戦略」が想定するのは、前線での小規模の武力衝突が在韓米軍、半島外の米軍の介入にエスカレートする戦争であろう。米軍が介入する戦争を戦い抜けないと北朝鮮が判断しているのなら、北朝鮮は武力衝突がエスカレートする段階で、在韓米軍基地、在日米軍基地、グアムのアンダーセン米空軍基地を確実に攻撃できる能力を示して米軍の介入を阻止することを考えなければならない。北朝鮮が小規模な武力衝突のエスカレーションを阻止するため在韓米軍に核を先制使用すれば米国の核報復を招きかねず、通常弾頭による威嚇にとどめるであろう。このような対兵力攻撃能力は――対価値攻撃能力とは対照的に――破壊力よりも命中精度に比重を置く。ただし、標的が1000キロ以上離れた在日米軍、約3400キロ以上離れたアンダーセン米空軍基地を攻撃するには、弾頭を軽量化しなければならない。通常弾頭の場合、その破壊力は重量と比例するため、これら遠方の標的に対する軽量の通常弾頭による攻撃能力は威嚇にはなりにくい。弾頭が軽量化されても破壊力を維持するにはやはり核弾頭でなければならない。2016年から17年にかけ、北朝鮮が「スカッドER」、「火星10」など、在日米軍とアンダーセン米空軍基地への対兵力攻撃能力を誇示したとき、NFUとは相容れない「核先制打撃」に加え、「精密核打撃」に言及したのはそのためである。金正恩のいう「戦争遂行戦略」とは、「エスカレーション阻止」と同義と考えてよい。

2. 対南兵力攻撃能力――「命中精度と脆弱性の逆説」

2018年6月の第1回米朝首脳会談を前にして金正恩は核実験とICBMと「中長距離ミサイル」発射の停止を公言したが、2019年2月の第2回米朝首脳会談が合意文書なく終わってから北朝鮮が誇示したのは、在韓米軍、韓国軍への短距離ミサイルなどの対兵力攻撃能力であった。そこではソウルよりも南方の標的に対する命中精度が誇示された。なぜなら、ブッシュ政権以来の在韓米軍の再配置計画の下、司令部を含む在韓米軍基地がソウルから南方約80キロの平澤などに移転し、北朝鮮の対兵力攻撃能力はより長い射程が必要とされたからである。ブッシュ政権期、在韓米軍の再配置計画が明らかになった後、朝鮮人民軍板門店代表部がが2003年7月、「南朝鮮の地に朝鮮人民軍の打撃を避け、米軍が隠れるところはどこにもない」との声明を発表し、それ以来、KN-02「トクサ」をはじめ短距離弾道ミサイルは射程を延ばしてきた。KN-02は2008年の配備当初、その射程は100キロ前後とみられていたが、2014年8月の発射実験では約220キロに延びたとされ、新規コードネームKN-10で呼ばれている。

しかし、対兵力攻撃能力の命中精度が高まれば、新たな課題を生む。北朝鮮の対兵力攻撃能力がその命中精度を高めることは、基地などの固定された軍事対象を標的とする場合、そこに配備されたミサイル防衛によって迎撃される可能性を相対的に高めるからである。現在、在韓米軍基地と韓国軍基地には終末防衛として迎撃最高高度約15キロのPAC-3(CRI)が配備されている上、南東部の星州には迎撃高度約40から150キロの高高度迎撃ミサイル(THAAD)が配備済である。さらに、韓国の「韓国型ミサイル防衛(KAMD)」の一環として、PAC-3(CRI)とほぼ同じ迎撃高度をもつM-SAM「天弓」に加え、約60 キロのL-SAM「天弓2」が最近配備された。北朝鮮の対兵力装備は、低空を飛翔してTHAADの迎撃高度をかいくぐった上に終末防衛のPAC-3、「天弓」による迎撃を回避しなければならない。

北朝鮮が「命中精度と脆弱性の逆説」から逃れる手段の一つは、ミサイルを弾道計算が困難な不規則な軌道に変えることである。2019年4月に最初に発射実験を行ったKN-23(北朝鮮版「イスカンデル-M」)は、それをよく示していた。KN-23はミッドコース後半から通常の弾道とは異なる跳躍型の軌道をとる。北朝鮮が米韓側のミサイル防衛を攪乱しようとする意図は明らかである。

いま一つの手段は、あえて命中精度が劣るロケット砲による飽和攻撃である。例えば、北朝鮮は2016年3月に射程を約200キロに延ばした300 ミリ多連装ロケット砲「主体100」(KN-09)の大規模演習を行ったが、多連装ロケット砲とはそもそも、誘導装置をもたないロケット砲の低い命中精度を飽和攻撃で相殺するための装備である。確かに、KN-09を含む北朝鮮の多連装ロケット砲のいくつかはGPSレシーバーが装着されると観測されているが、初歩的な誘導は可能とはいえミサイルよりは命中精度は落ちる。北朝鮮はそれを飽和攻撃で相殺しつつ、爆発力を増すことで打撃力を高めている。2019年夏に発射された「大口径操縦放射砲」はKN-09改良型とみられる他、同時期に発射された「超大型放射砲」(KN-25)はKN-09の倍の600 ミリ口径の発射管をもつ。このような飽和攻撃は移動式の標的――韓国軍の弾道ミサイル「玄武」シリーズなど――には有効と考えられているであろう。

3. 「戦争抑止力」の概念と多弾頭化の方向性――朝鮮労働党創建75周年慶祝大会

(1)金正恩演説――抑止力の包括的概念

上の文脈から、金正恩が朝鮮労働党創建75周年慶祝閲兵式(2020年10月10日)で行った演説を吟味すると興味深い。金正恩はこの演説で、「戦争抑止力は(中略)決して濫用されたり、絶対に先制して使われたりすることはない」と述べる一方で、「いかなる勢力であれ、わが国家の安全を脅かすのなら(中略)最も強力な攻撃的な力を先制して総動員して膺懲するでしょう」と述べていた。ここでいう「戦争抑止力」が「最も強力な攻撃的な力」である核戦力を含むとすれば、ここで金正恩はNFUと「核先制打撃」という相容れない核使用の指針に同時に言及したことになる。とはいえ、金正恩がすでに2013年3月の朝鮮労働党中央委員会総会演説で「戦争抑止戦略」と「戦争遂行戦略」を提示して二つの戦争想定を示唆し、その後、核使用についてもNFUと「核先制打撃」という相容れない指針を下していたことを振り返ってみると、この演説はむしろ、「戦争抑止戦略」と「戦争遂行戦略」は依然有効であることを示していたとみるべきであろう。金正恩のいう「戦争抑止力」は、これら二つの戦略を包括する概念と位置づけられる。

ただし、金正恩は「戦争抑止力」に言及したとき、「戦争遂行戦略」をより念頭に置いたであろう。「戦争遂行戦略」が「エスカレーション阻止」と同義であることは上述の通りであるが、金正恩は「戦争抑止力」について、「敵対勢力」による「核の脅威を含むあらゆる危険な企図と威嚇的行動」を「抑止し、統制、管理する自衛的正当防衛手段」と説明していた。ここで金正恩が「抑止」に加えて「統制」と「管理」に触れたのは、「命中精度と脆弱性の逆説」を回避しうるKN-23をはじめ2019年から在韓米軍基地への対兵力攻撃能力に裏づけられた初期エスカレーション・ラダー、そして2016年から17年にかけて誇示した在日米軍とグアムのアンダーセン米空軍基地に対する「精密核打撃」で、半島外の米軍が介入するエスカレーションを阻止するラダーを想定していたからであろう。

(2)「火星-16」――ICBM開発の現段階

これらの「エスカレーション阻止」に失敗したとき、北朝鮮は米本土への対価値攻撃を考えざるをえない。そうだとすれば、米本土への核攻撃は、米国の直接の核攻撃に対する「戦争抑止戦略」に加え、「戦争遂行戦略」の最後のエスカレーション・ラダーに想定されていることになる。ここで挙げるべきは、閲兵式の軍事パレードに登場した「火星-16」とみられるICBMであろう。これは2017年に発射実験した「火星-14」(KN-20)「火星-15」(KN-22)に続くICBMとみられるが、「火星-15」のペイロードが約1000キロと推測されたのに対して、2000キロから3500キロのペイロードに耐えうるとみられている。さらに「火星-16」の先端部分は「火星-15」のそれと比べても長く、4つまでの弾頭を格納できるとみられている。「火星-16」は、多弾頭化(MiRV化)の想定下に設計されていると考えてよい。

上述の通り、北朝鮮は対南兵力攻撃において、南方に再配置した在韓米軍基地に到達し、なお命中させる能力をもった後、2019年からは「命中精度と脆弱性の逆説」から逃れて在韓米軍と韓国軍のミサイル防衛を攪乱しようとする段階に達している。これと同様、北朝鮮は米本土に対する対価値攻撃において、2017年に「火星-14」と「火星-15」の発射実験でICBMが米本土に到達しうる能力を誇示した後、「火星-16」では米国のミサイル防衛を攪乱しようとしている。多弾頭化により個々の弾頭の破壊力は低下するが、米国のミサイル防衛を突破して核弾頭が着弾する可能性は相対的に高まる。現段階で「火星-16」が多弾頭化を完了しているとは考えにくいが、その開発の過程で、デコイ(囮弾頭)を格納することで、米国のミサイル防衛を攪乱しようとすることは考えておいてよい。

(1月5日記)

<主要参考文献>

『労働新聞』/『民主朝鮮』/『朝鮮民主主義人民共和国月刊論調』

Ankit Panda, Kim Jong Un and the Bomb: Survival and Deterrence in North Korea, New York: Oxford University Press, 2020

Adam Mount, Conventional Deterrence of North Korea, Washington, DC: The Federation of American Scientists, 2019

Gabriel Dominguez, "Increased Deterrence," Janes Defence Weekly, Volume 57, Issue 43 (21 October 2020)

Micheal Elleman, "Does Size Matter? North Korea's Newest ICBM" 38 North, October 21, 2020. https://www.38north.org/2020/10/melleman102120/

倉田秀也「金正恩『核ドクトリン』の生成と展開――比較のなかの北朝鮮『最小限抑止』の現段階」『北朝鮮をめぐる将来の安全保障環境』、防衛研究所、2017年

___ 「北朝鮮の核態勢における対南関係――『エスカレーション・ドミナンス』」の陥穽」平成28年度外務省外交・安全保障調査研究事業『安全保障政策のリアリティ・チェック: 新安保法制・ガイドラインと朝鮮半島・中東情勢――朝鮮半島情勢の総合分析と日本の安全保障』、日本国際問題研究所、2017年

___「北朝鮮の核態勢と対価値・対兵力攻撃能力――弾道ミサイル開発の二系列」平成29年度外務省外交・安全保障調査研究事業『「不確実性の時代」の朝鮮半島と日本の外交・安全保障』、日本国際問題研究所、2018年

Hideya Kurata, "North Korea's Nuclear Weapon Capabilities: Emerging Escalation Ladder," CSCAP Regional Security Outlook, Canberra: Council for Security Cooperation in the Asia Pacific, 2017

____, "Kim Jong-un's Nuclear Posture under Transformation: The Source of North Korea's Counterforce Compulsion," Hideya Kurata and Jerker Hellström (eds.), North Korea's Security Threats Reexamined, Yokosuka: National Defense Academy, 2019

____, "Escaping from the 'Accuracy-Vulnerability Paradox': The DPRK's Initial Escalation Ladders in War Strategy," Hideya Kurata and Jerker Hellström (eds.), Nuclear Threshold Lowered? Yokosuka: National Defense Academy, 2021 (forthcoming), etc.