研究レポート

朝鮮半島と「適正な」米中関係――対中関与の外交空間

2021-03-02
倉田秀也 (防衛大学校教授・グローバルセキュリティセンター長/日本国際問題研究所客員研究員)
  • twitter
  • Facebook

「『新時代』中国の動勢と国際秩序の変容」研究会 第4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

Ⅰ.「大国間の競争」のなかの「アド・ホックな米中協調」

トランプ政権は2017年末の『国家安全保障戦略』で中国を「米国の力、影響力、利益に挑戦し、米国の安全と繁栄を損なう」勢力と位置づけ、通商問題などで対中関係が対立を深めていても、朝鮮半島をあえて特殊に扱っていた。ペンス副大統領は2018年10月に行った演説で、台湾、南シナ海等の地域問題だけではなく、通商、人権に及ぶ包括的な対中批判を展開しながら、朝鮮半島との関連では中国への批判を避けていた。なお、ペンス演説の直後、ポンペオ国務長官は平壌での金正恩との会談の後に北京を訪問したが、王毅外交部長はポンペオに対して、ペンス演説を批判する一方で、朝鮮半島非核化については共同の努力を払う用意を示していた。朝鮮半島に関する「アド・ホックな米中協調」はトランプ政権に固有なものではなく、それはクリントン民主党政権下で4者会談、ブッシュ共和党政権下で6者会談という多国間協議というかたちをとった。「アド・ホックな米中協調」は、米政権の党派性を超えたある種の普遍性をもっていたといってよい。

2019年から20年にかけて、朝鮮半島に関する「アド・ホックな米中協調」は挑戦を受けていた。香港の「逃亡犯条例改正案」への抗議運動によって米中関係では人権問題に加え、20年8月にアザー厚生長官が訪台し再選された蔡英文総統と会談を持つなど、台湾海峡での緊張も高潮していたからである。それにもかかわらず、「アド・ホックな米中協調」は大きく変わることはなかった。ビーガン北朝鮮政策特別代表は、ハノイでの第2回米朝首脳会談を1ヶ月後に控えた19年1月末、スタンフォード大学での演説で、中国側が他領域の米中対立とは分離して北朝鮮問題を「個別に扱う(compartmentalize)」意思を伝えてきたことを明らかにしていた。ビーガン自身はこれまでの中国の行動はそれを十分に裏づけており、それに反する行動を中国がとるまで伝えてきたままその意思を受け入れると述べていた。またペンスは同年10月、再び対中政策に関して演説を行うが、米中両国はともに「北朝鮮の完全で最終的で検証可能な非核化を確保するため関与の精神の下に共同で努力し続ける」と述べていた。

2020年6月の香港への「国家安全維持法」の施行を受け、オブライエン大統領国家安全保障担当補佐官が6月24日にこれを批判する演説を行って以降、レイFBI長官、バー司法長官、7月23日のニクソン図書館でのポンペオの演説に至る1ヶ月の間、米高官による中国批判の演説が集中的に行われた。しかし、米国の対中批判のなかでも、朝鮮半島については「アド・ホックな米中協調」が確認されていた。同年6月、ホノルルでポンペオと楊潔篪中国共産党中央政治局委員の会談がもたれたが、そこに参加したビーガン国務副長官は「米中が協調して解決できる分野」として「北朝鮮問題」を挙げ、スティルウェル国務次官補も、「北朝鮮問題は当然米中協調が可能な領域」と述べていたのである。

II.北朝鮮――「和平演変論」の演出

米国が香港での「逃亡犯条例改正案」への抗議運動の鎮圧を人権問題として提起したことに対して、中国が展開したのは単なる内政干渉批判ではなかった。2019年7月、林鄭月娥行政長官が「逃亡犯条例改正案」について「完全なる失敗」と発言したにもかかわらず、抗議運動がむしろ高まりをみせると、『人民日報(海外版)』は、米国は世界中で「カラー革命」を起こそうとする一環として香港に混乱を起こし、中国を封じ込めようとしている批判し、香港での最近の「暴力事件」にはそれを背後で「操縦」している「外部勢力」があるとする論評を掲載した。米国が加担することで社会主義体制を転覆するという懸念は、1989年の「天安門事件」で中国が主張した「和平演変論」を想起させるが、やがて『労働新聞』もこの主張に同調し、「香港の事態は中国の発展を拒み、ひいては中国を分裂、瓦解させようとする米国をはじめとする西側と香港分裂勢力が共謀、結託した陰謀の産物である」とする署名入りの論評を掲げた。その後、「天安門事件」後の中朝関係と同様、中国と北朝鮮は党機関紙で「和平演変論」を共有して対米批判を展開していった。

「逃亡犯条例改正案」は2019年10月に廃案となったが、香港への「国家安全維持法」の適用が議論されると、米国はさらなる対中批判を展開し、中朝両国もさらに「和平演変論」を共有していった。20年5月、第13期全人大常務委員会がその審議を完了したのをうけ、ポンペオがこれを含む包括的な対中批判を展開すると、朝鮮労働党国際部代弁人が談話を通じて「中国が看過できないのは、社会主義を導く中国共産党の指導に悪辣に言い掛かりをつけたことである」とした上で、「中国共産党の指導がない米国と西側の世界をつくると言い散らしたのは(中略)朝鮮労働党が導くわれわれの社会主義もあえてどうにかしようとする喇叭である」と批判したのである。

北朝鮮はその後、上の「4高官演説」に逐一反論したわけではないが、2020年6月末に中国が香港に「国家安全維持法」を施行すると、『労働新聞』は全幅の支持を表明した上で、これを批判する米国について「中国人民を分裂瓦解させ『思想革命』を起こすこと目的がある」とする署名入りの論評を掲げた。これと同日、池在竜駐中大使も、『環球時報』との会見で「米国は(中略)香港問題、両岸関係をはじめ内政に干渉する方法で中国に『ジャスミン革命』を煽り、社会主義中国を分裂、瓦解させようとしている」と語った。

振り返ってみれば、2016年から17年にかけ、核実験と弾道ミサイル発射を繰り返した北朝鮮に対して、中国が米国と協調するかたちで民生部門に及ぶ国連安保理制裁を強めたとき、『労働新聞』と『人民日報』の間で論争が展開されたが、香港での一連の事態によって両機関紙間では「和平演変論」が共鳴するに至っている。とはいえ、これで朝鮮半島の平和体制樹立、北朝鮮の核開発問題解決の枠組みと経路について中朝間の齟齬が解消されたわけではない。「和平演変論」が最初に掲げられた「天安門事件」当時とは異なり、今日米朝間には2回の首脳会談がもたれている。北朝鮮は中国の「和平演変論」に同調することで、人権問題での米中対立を米朝対立に読み換えて対米協議上の位置を高めようとしていると考えてよい。朝鮮問題について米中間で確認された「アド・ホックな米中協調」は北朝鮮には「大国間の共同管理」に近く、それが確認されるほどに、北朝鮮は他領域の米中対立を朝鮮問題に持ち込み、その解決の枠組みを米朝2国間関係に転換させようとするであろう。

Ⅲ.韓国――人権問題波及の遮断

他方、香港の事態に関する韓国の対応は――北朝鮮とは対照的に――「アド・ホックな米中協調」を維持させることで一貫していた。全人代が2020年5月、「国家安全維持法」を採択すると、金仁澈外交部報道官は香港の自治に及ぼす悪影響に懸念を示す一方で、「諸般の事情を考慮して」中国を批判することは避けた。また、6月30日の第44回国連人権理事会で日本をはじめ27カ国が中国に香港への「国家安全維持法」施行中止を求める共同提案を行ったときも韓国は加わることはなかった。これについて康京和外交部長官は、「香港が一国二制度の下で高度な自治を享有し、安定と発展を続けていくのが重要」と述べるにとどまった。

かつての4者会談、6者会談がそうであったように、韓国は朝鮮半島での平和体制樹立、北朝鮮の核開発問題で「アド・ホックな米中協調」の上に発言力をもつことを考えていた。そのために韓国は、他の領域の米中対立が朝鮮半島に波及することは避けなければならなかった。その後8月に楊潔篪が訪韓し、釜山で徐薰国家安保室長と会談をもったが、そこでは習近平国家主席の訪韓、朝鮮半島での平和プロセスなどが議論の大半を占め、香港問題が議論された記録はなかった。そもそも、韓国は「天安門事件」の3年後に中国と国交を樹立したが、その過程はもとより、その後韓中間で人権問題、台湾問題など米中固有の問題が外交的争点になったことはない。韓国が米中対立の前線に立ち、朝鮮半島固有の問題で米中両国の協力を得られないという状況こそ、韓国は避けなければならなかった。

この姿勢は、「日米豪印戦略対話(Quadrilateral Security Dialogue クアッド)」構想に対しても貫かれた。ポンペオがニクソン図書館での演説で「中国の挑戦には(中略)とりわけインド太平洋地域の努力とエネルギーを必要とする」と述べ、「価値観の似た国同士で新たな集団を形成し、民主主義国家による新たな同盟を築く時かもしれない」と述べたとき、その念頭にあったのはこの構想であったろう。しかも、「クアッド」はその参加国を予め日米豪印4カ国に限定する排他的な構想ではなかった。ビーガンは20年8月末のインド訪問の際、「クアッド・プラス」を構成しうる国として韓国、ヴェトナム、ニュージーランドを挙げていた。ポンペオの発言に対して王毅は、「米国の一部の反中国勢力が(中略)他国にいずれかの側に立つか選ばせ、私欲のために中国と対抗するよう迫るが、良識と独立した精神をもつ国は米国の仲間になろうとはしない」と述べたが、王毅の念頭には韓国もあったであろう。すなわち、韓国は「クアッド・プラス」を構成できる立場でありながら、中国からそれを牽制される立場でもあったことになる。

康京和は2020年9月、「クアッド」構想について「自動的に他者を排除し、その利益と排他的となるものは何であれ、よいアイデアではない」とした上で、「それが同盟を構成するのならわれわれの安全保障に裨益するかを真剣に考えなければならない」と述べて、中国を牽制する構想として批判的に論じた。さらに康京和は10月初旬の国会で、ビーガンが韓国を「クアッド・プラス」を構成しうる国に挙げたにもかかわらず、「米国が『クアッド・プラス』という用語を使用したことはなく、韓国に要請をしたこともない」と述べたのである。

Ⅳ.米中「対立」と「協調」のスペクトラム――南北間の懸隔

米中関係の「対立」と「協調」のスペクトラムで、北朝鮮と韓国との間で「適正」とみる認識は対極にある。もとより、北朝鮮と韓国はともに、米中間の「対立」が極度に達して武力衝突を招くことも、米中間の「協調」が当事者の利害を無視するかたちで「共同管理」に発展することも、避けなければならない。しかし――その両極端はともかく――北朝鮮は米中関係が「対立」局面にあれば、米朝関係で自らの戦略的地位は相対的に高まり、対米協議の余地はより拡がると想定している。そこで北朝鮮が対米批判を中国と共有すれば、中国が対米協議に臨む北朝鮮を牽制することは困難となる。これに対して韓国は、米中関係が「協調」局面であることこそが「適正」であり、朝鮮半島での「アド・ホックな米中協調」の上に多国間協議をもち、そこで韓国が対北関係を主軸として現軍事停戦体制に替わる体制を形成することを試みている。そのために韓国は、中国に敵対行動ととられかねない行動をとることで、朝鮮半島での「アド・ホックな米中協調」を自ら揺るがすことがあってはならないと考えている。そうだとすれば、韓国がとりわけ朝鮮半島の平和体制樹立の固有の問題について中国の協力を必要とする限り、他領域での米中対立にかかわらず中国とのさらなる関係強化の余地は残っていることになる。




<主要参考文献>

『労働新聞』/『民主朝鮮』

『東亜日報』/『朝鮮日報』/『中央日報』

『文在寅大統領演説文集(第3巻)上・下』ソウル、大統領秘書室、2020年

『大韓民国国会速記録』ソウル、大韓民国国会事務處、2020年

青瓦台ホームページ <http://www.president.go.kr/>

韓国外交部ホームページ <www.mofa.go.kr>

『人民日報』/『人民日報(海外版)』/『環球時報』

U.S. Department of State Homepage <https://www.state.gov/>

"Asia Society: Video Gallery, Republic of Korea: Minister of Foreign Affairs Kang Kyung-wha, September 24, 2020" <https://asiasociety.org/video/republic-korea-minister-foreign-affairs-kang-kyung-wha>

Johnathan D. Pollack, "Testing the Possibilities of Renewed Cooperation with China on North Korea," Brookings Institutions, 2020 <https://www.brookings.edu/wp-content/uploads/2020/11/Jonathan-D-Pollack.pdf>

倉田秀也「朝鮮半島平和体制樹立と中国――多国間協議なき対中関与の南北間格差」令和元年度外務省外交・安全保障調査研究事業『中国の対外政策と諸外国の対中政策』、日本国際問題研究所、2020年

_______「北朝鮮『非核化』と中国の地域的関与の模索――集団安保と平和体制の間」『国際安全保障』第42巻第3号(2018年9月)

Hideya Kurata, "Korean Peace Building and Sino-US Relations: An 'Ad-Hoc' Concert of Interests?" The Journal of Contemporary East Asia Studies, Volume 8 Issue1 (July 2019), etc.