研究レポート

対露経済制裁のロシア企業への影響と政府企業間関係

2024-07-17
安達祐子(上智大学教授)
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「ロシア関連」研究会 FY-2024-1号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに

2022年2月24日にロシアによるウクライナへの「特別軍事作戦」が開始され、個人、国家機関、ビジネス、銀行などを対象に多岐にわたる経済制裁がロシアに発動されている。2014年のクリミア併合からロシアは経済制裁に直面しているが、2022年2月以降の制裁は、「前例なき制裁」と形容されるように広範囲にわたる。特に貿易に関わるものが多く、ロシア企業にとって厳しいものとなっている。

制裁を受けたロシア経済は、長期的には「逆工業化」、ないし「経済の原始化」が進むとみられ、先行きは明るいとはいえない。しかし短期的には、2022〜2023年にかけて、当初の予測より悪化しなかった。ロシア経済が現時点で「持ちこたえている」とみなされている要因はどこにあるのだろか。

その背景には、ロシア政府・中央銀行の危機対応策がある。中央銀行による金融システム安定化策、政府による年金支給額や最低賃金の引き上げなどの支援策は、金融機関のみならず、家計や企業への衝撃を和らげるのに効果があった。また、政府が並行輸入制度を認めることで、物資の供給が整うようになった。  

さらに、「持ちこたえている」背景には、ロシア企業の対応がある1。ロシア経済はこの30年間、91年のソ連解体、98年のロシア金融危機、2008年の世界金融危機(リーマンショック)、2014年のクリミア併合後の制裁、2019年の〜20年の新型コロナショックなどを経験してきた。現在のロシア企業はこれらの経済危機に対応するための経験値と適応力が備わっているのかもしれない。本稿ではその経験値と適応力の様子について検討を加える。特に1990年代の混乱期は、国内企業は深刻な逆境に陥り、現金や物資が不足しバーター取引を中心とする非貨幣経済が蔓延したほか、資金調達問題に直面し、内部留保に頼るなど企業は自衛的に行動せざるを得ない状況が続いた。

本稿では、ロシア企業が危機下においてどのような対応をしているのか、対露経済制裁のロシア企業への影響と、危機下におけるロシア企業と政府との関係について考察する。

企業による適応

ロシア国立研究大学高等経済学院が2022年8月から11月に実施した企業調査(製造業1860社対象)では、制裁で生じた供給網と価値連鎖の混乱に対するロシア企業の「適応力」が明らかになっている2

調査結果から、外資系企業、イノベーション志向の企業、輸出品・輸入品を利用する企業において、2022年の制裁の影響が見られやすいことがわかる。グローバル経済に組み込まれている度合いが高く、競争力のある企業のほうが、今回の制裁の影響を受けやすいというわけだ。

この調査を実施した高等経済学院の研究班は、継続的に企業アンケート調査を行っており、今回の調査結果から、2022年の制裁の影響と、2022年以前の制裁期間(2014~2021年)との比較を把握することができる。2022年以降の制裁は、企業の輸出入活動に大きく影響を与えている。輸入に関して、企業の依存度が最も高いのは機械設備の輸入である。さらに、企業が使用する輸入品にロシアでの実質的な同等品が存在しない割合が増加している。

さらに、危機に対するロシア企業の対応策を新型コロナ危機の2020~2021年時と2022年以降の時期と比較したところ、原材料資材部品の海外調達先を新規開拓した企業の割合が大きく伸びていることから、2022年の制裁を受けて、ロシア企業は調達先の新規開拓をする必要に迫られたことがわかる。新型コロナ危機の際、企業の危機対応策で主だったものはコスト削減であった。新型コロナショックの時期と2022年との比較で特徴的なのは、サプライヤーの切り替えである。

「友好国」との貿易

また、2023年に入り、ガイダール経済政策研究所が制裁対象となった輸入品の代替方法についての調査を実施した。ロシアの工業企業の経営者を対象とし、約1000の企業が調査に参加した。調査結果からは、ロシア企業の中国メーカー製品への切り替えが顕著であることが確認された。また、ユーラシア経済連合(EAEU)に加盟する旧ソ連諸国からの輸入が重要なファクターとなっていることがわかる。さらに、部品産業では国内生産者が健闘している。また、制裁対象の輸入品を継続して購入している企業の割合が少なくないこと、特に部品については、並行輸入の仕組みが機能している3

制裁後に、経済制裁に加わっていない「友好国」との貿易が拡大したことは広く知られている。並行輸入品の取り扱いも注目を集めている。

重要な点は、並行輸入の効果のひとつに、「戦争中で制裁が発動されていても、生活に大きな変化がなく、これまで通りの暮らしができる」という感覚をロシア政府が国民に与えていることがある。

危機下の政府企業間関係

ソ連解体後、ロシア経済は幾度かの経済ショックを経験してきた。ロシアのビジネスは恒常的なストレスにさらされており、あらゆる種類のショックに備えなければならないという認識が強い。高等経済学院の調査代表者の表現を借りれば、ロシア企業は、いつ「レンガ」が頭上に落ちてくるかわからないため、常に「ヘルメット」をかぶって事業を行っているような状態にある。2022年には、経済制裁という新たな「レンガ」が投げつけられ、企業の一部はヘルメットがへこみながらも壊れずに持ちこたえている。ただし、ヘルメットを被り続けることは高いコストがかかり、通常の経済活動が非効率的であるため、ロシア企業は経済発展よりもサバイバルを優先している状況だ4

危機下では、企業との対話を通じて、政府が講じた対策が効果を発揮することがある。新型コロナ危機では、ロシア政府が中小企業に対して広範な支援策を行い、その経験が2022年の制裁においても生かされたといわれる。さらに新型コロナ危機では地方知事に多くの責任と権限が移譲され、地方の状況に適合させた対策が講じられた。これは、中央政府が責任を回避する動きであるとされつつも、企業との相互関係を保ちながら、地方が柔軟に対応できた例とされている5

企業の納付と政府の財源確保

危機下の政府企業間関係をみる上で示唆に富む例として、大企業による連邦財政への貢献がある。最近の事例として、まず、ガスプロムが2022年11月に行った単発的な支払いが注目を集めた。ガスプロムは4160億ルーブルの地下資源採掘税の臨時増税を支払い、約6000億ルーブルの配当を政府に支払った。この支払いは、制裁下のロシアの石油ガス収入の減少を補った6

もう一つの例は、2023年の超過利潤税の導入である。2023年2月に当時のベロウソフ副首相(現国防大臣)が、政府が大手企業に一時金納付を求める提案をし、その後、2022年の企業所得から大企業に対して一時金を徴収する方針が固まった7。上述の「ヘルメット」の例えを借りれば、「レンガ」は危機の最中に自国政府からも降ってくるというわけである。この一時金について、企業は自発的に支払うか、政府が税法典を改正して課税するかといった議論がなされ、最終的には超過利潤税として法的にルール化された。

この税金導入には批判もあり、シルアノフ財務大臣は超過利潤税の導入が恒久的には不適切であるとの立場を示した。一方で、ササノフ財務副大臣は、必要であれば将来的に再度超過利潤税を導入する可能性があると述べ、政府の財源確保が必要な場合には再度この税制が活用される可能性があると指摘している8。政府の突然の納付要請は、不確実性を増す懸念材料となっているといえる。

2023年2月の大企業から納付金を募るという提案は、5年前の出来事を想起させる。2018年8月、当時経済担当の大統領補佐官であったベロウソフ現国防相が、ロシアを代表する鉄鋼・鉱業・化学工業などの大手企業14社に対して、5000億ルーブルを超える額の追加課税を提案した。これは「ベロウソフのリスト」として物議をかもした。目的は、政府の財源確保で、2018年にプーチン大統領が発表した「国家プロジェクト」が念頭にあるとみられた。ベロウソフいわく、これら大企業には、前年2017年にルーブル安や資源価格の上昇の恩恵をうけて得た「棚ぼた収入」がある。また、石油・ガス大企業と比較すると低いとされる徴税を大企業間で「均衡化」するためにも、外的環境要因から生じた「余剰収入」を新たに課税対象とする案だった。その時は、対象大企業の経営者たちはベロウソフ案に反対表明をした。ベロウソフは会見を行い、ロシア産業家企業家同盟(RSPP)のショーヒン会長とシルアノフ財務大臣が同席した。現行税制は変更せず、新規課税もないことが強調された。結局、企業が「自発的」に、国家プロジェクトへの投資にまわす、ということで合意がみられたようだ9

おわりに

制裁下のロシア企業は、不確実性の高い環境と予測不能な変化に適応するため、厳しい舵取りが必要となっている。ロシア企業は従来も様々な経済ショックに直面し、その都度、意外性のある対応を見せてきた。90年代の市場経済化の混乱期には、バーター取引をベースとした非貨幣経済や担ぎ屋貿易が台頭した。これらの経験に加え、ロシア企業は、インフォーマルネットワーク、資産のオフショア移転、物資の迂回スキームなど、公式・非公式な方式を組み合わせながら、適応策を講じてきた。

しかしながら、これまでの経験値がどの程度役に立つかは不透明である。2022年から2023・24年にかけて企業は持ちこたえているが、戦争状態では、経済の安定を維持することは困難だ。ロシア企業にとって、未来は予測不能であり、新たな困難が降りかかる可能性があるという状況がしばらく続きそうである。




1 安達祐子(2023)「制裁下におけるロシア企業をめぐる動き」『ロシアNIS調査月報』2023年11月号pp.2-15.

2 HSE (ロシア国立研究大学高等経済学院) Report (2023), Adaptatsiia rossiiskikh promyshlennykh kompanaii k sanktsiiam: pervye shagi i ozhidaniia, Simachev, Iu. et al. Doklad NIU VShE, Izdatel'skih dom Vyshei shkoly ekonomiki, Moscow.

3 IEP(ガイダール研究所)(2023) Tsukhlo, S. "Rossiiskie kompanii zaminili importnye zapchasti i oborudovanie iz nedruzhestvennykh stran na kitaiskie." https://www.iep.ru/ru/kommentarii/sergey-tsukhlo-rossiyskie-kompanii-zamenili-importnye-zapchasti-i-oborudovanie-iz-nedruzhestvennykh-stran-na-kitayskie.html.

4 Yakovlev, A. (2022) "Rossiiskaia ekonomicheskaia anomaliia: Adaptivnost', rynok I administrativnyi torg", in Rogov, K (ed) Khuzhe, chem krizis: Kak ustroena i kuda vedet Rossiiakaia economicheskaia anomaliia-2022, pp. 28-32.

5 Ibid.

6 BOFIT (2022) "One-off payments boost Russian federal budget revenues in November, spending continues to grow" BOFIT Weekly Review, 2022/51, December 23.

7 Kommersant (2023) "Putin podpisal zakon o naloge na sverkhpribyl' dlia krupnykh companii," Kommersant, August 4; Kriuchkova, E. and Visloguzov, V. (2023) "Sverkhusilie dlia sverkhnaloga," Kommersant, June 29.

8 Ria novosti (2023) "Zamministra finansov ne iskliuchil vozvrat v buduwhchem k nalogu na sverkhpribyl'" June 28. https://ria.ru/20230628/sverkhpribyl-1880812255.html.

9 安達祐子(2018)「濡れ手に粟で儲けた大企業に大増税を計画?プーチン大統領の補佐官が鉄鋼・鉱業、化学などの大手14社に8000億円追加課税案」 JBプレス, 9月3日, https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53920.