研究レポート

2024年欧州議会選挙とイタリア〜4つの争点〜

2024-07-08
伊藤武(東京大学教授)
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「伝統的安全保障リスク 」研究会 FY2024-2号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1.2024年欧州議会選挙とイタリア

2024年6月初めに行われた欧州議会選挙におけるイタリアの帰趨は、イタリア自身にとってのみならず、 EU全体にとって重要な意味を持つ選挙であった。イタリアのメディアにおいて、欧州議会選挙が注目の争点として扱われたと同時に、ヨーロッパのメディアでもイタリアの存在がとりわけ注目される国の1つとして扱われていたことに、重要な位置づけが現れている。

このような二重の重要性を、今回の欧州議会選挙とイタリアが持ったのはなぜだろうか。本レポートでは、 EU批判勢力の拡大、 急進右派勢力の拡大、EUレベルのキングメーカーとしてのメローニ首相の浮上、中道右派連合への国内的・国際的信任という4つの争点に注目して、この問題を考えていく。

2.選挙の争点

イタリアと欧州議会選挙の関係については、選挙前に注目されていた4つの争点から 考えるのが有益で ある(図1)。

図1 2024年欧州議会選挙の争点

第1の争点は、近年ヨーロッパ全体で勢いを増すEU批判勢力が拡大するかである。イタリアでは2010年代以降、左右双方において、5つ星運動や同盟を筆頭に、EUに批判的、あるいは留保的な姿勢を取る政党が大きな勢力を占めてきていた。今回の欧州議会選挙でその傾向が強化されるのかが問われた。

第2の争点は、ヨーロッパ全体で事前に予測された通り、右派勢力、特に急進右派勢力の拡大が起きるかどうかである。イタリアはメローニ首相のイタリアの同胞を筆頭に、サルヴィーニ率いる同盟など急進右派政党が2018年以降右派勢力の中で最も有力な勢力となっている。ヨーロッパ諸国では穏健な中道右派政党であるキリスト教主義系など欧州人民党(EPP)に属する政党が中心の座を占めてきたのと比べて、対照的である。ただし、近年他のヨーロッパでも急進右派の拡大と穏健中道右派政党の衰退が進んでおり、イタリアはこのトレンドを最も先取りした国の1つとして、とりわけ西欧でも早くから政権を握る国として注目されている。

第3の争点は、メローニ首相が欧州議会選挙後のEU指導部の選出において、キングメーカーとなりうるかどうかである。前述のように、欧州議会で穏健中道右派・穏健中道左派が衰退し、アイデンティティーと民主主義(ID)会派など急進右派の躍進が予想されていた。その中で安定したリーダーシップを構築する場合、保守主義の欧州保守改革グループの中心人物メローニ首相の賛同が、欧州レベルでの合意形成に必要と予測されていた。特にフォンデアライエン委員長の再任の鍵を握るとみなされていたため、欧州議会選挙前から、フォンデアライエン欧州委員会委員長は、 難民対策や様々な課題の処理においてメローニ首相との提携関係を強くアピールしていた。

第4の争点は、メローニ首相が率いる中道派連合政権の政治が信任されるかどうかということである。今回の欧州議会選挙は、2022年9月に発足したメローニ政権最初の全国規模での選挙となるため、いわば中間選挙として、中道右派連合政権の信任を検証する機会と理解されたのである。与野党とも、欧州レベルの代表を選ぶ戦いという意義だけでなく、国内政治上も同時に行われる地方選挙も含めて極めて重視してきたと言える。

事前情勢は、下記の表1の通りであり、得票率予測は概ね最近の世論調査の傾向と一致していた。

3.選挙結果

欧州議会選挙の投票は、イタリアでは6月8日・9日の2日間にわたって行われた。

投票率は48.3%と、1979年の第一回欧州議会選挙以来初めて50%を割り込むことになった。近年のイタリアでは、総選挙を含み投票率は低下傾向にある。欧州議会選挙の投票率は通常総選挙よりも低い。さらに、事前予測上も大きな変化は期待されていなかった。ただし、同日に基礎自治体であるコムーネレベルなど地方選挙が実施されたところでは、欧州議会選挙の投票率も上昇したとされる。

選挙結果は次の表1の通りである。表は、政党名、欧州議会の議会グループ、今回の投票率と議席数、比較のために2019年の欧州議会選挙と2022年の直近の総選挙の得票率、最後に直前6月の得票率予想値を示している。

表1:欧州議会選挙結果

[出典]イタリア内務省・欧州議会等のデータを元に筆者作成。得票率予測については、Termometro politicoのウェブサイトに掲載された各社世論調査の最小値と最大値を掲載。国内党派(選挙連合): 青:中道右派(与党) 赤:中道左派(野党) 黄色:中道(野党)

全体的な傾向として、勢力を拡大したのは、 イタリアの同胞、民主党、フォルツァ・イタリア、緑左翼である。急進右派・穏健左派・穏健右派・急進左派と党派も横断している。他方で勢力を減らしたのは、5つ星運動と同盟、さらに中道諸政党も4%の阻止条項を超えられず敗北を喫している。

イタリアの同胞は、総選挙後にも上昇してきた政党支持の高さを反映して、予測通りの勝利であると言える。他方で、穏健左派の民主党と穏健右派のフォルツァ・イタリア 、急進左派の緑左翼の事前予測を顕著に上回る結果は、驚きを以て迎えられた。他方、5つ星運動の大敗、欧州統合支持で知られる中道政党の議席獲得失敗、同盟の停滞は事前予測を超える規模であった。

4.選挙結果の意義

以上の選挙結果を、冒頭に挙げた4つの争点に対する回答として、その観点から見ていこう。

第1のEU批判勢力の拡大については、イタリアの同胞の拡大などから一見したところその通りに批判勢力が強化されたように捉える向きもある。しかし、実態はかなり異なっている。 2019年の前回欧州議会選挙と比較すると、同盟や5つ星運動など、強い批判や留保を示す政党は大きく後退して、民主党やフォルツァ・イタリアなどEU支持を打ち出す勢力の勢いが回復している。メローニ首相のイタリアの同胞は、EUについては中間的・現実主義的な姿勢を維持しており、正面からの批判勢力ではない。

第2に、急進右派勢力の拡大を柱とする右傾化については、イタリアの結果は確かに中道右派与党イタリアの同胞の拡大という点では、全体傾向と一致している。ただし2019年の同盟の躍進と比較すると、急進右派は減少し、前回からの穏健化が顕著である。この点は、右派内でフォルツァ・イタリアの増加にも示されているだろう。

第3に、メローニ首相がキングメーカーになり得るかという点については、EUレベルの勢力関係次第であり、見通しは不確実である。ただし、メローニ首相の影響力の源とされてきた、急進的ポピュリスト政党の会派(ID)ではなくそれよりは穏健な保守主義ECRの会派の指導者であるために欧州人民党など中道勢力も提携しやすいこと、ヨーロッパの大国の中でもほぼ唯一安定して政権を維持できる見通しを持っていることなどから、EUレベルの政治動向に大きな影響を与えうる指導者であることは変わりないだろう。

第4に、中道右派連合政権としての信任については、獲得できたといえそうである。2022年9月の政権成立から2年後、一般には政権与党に不利とされる中間選挙的な今回の欧州議会選挙において総選挙より勢力拡大を果たせたこと、中道右派連合内でイタリアの同胞の勢力を拡大できたことの意義は大きい。メローニ首相の国内的なリーダーシップはさらに確立したと言える。

5.イタリアからの示唆

以上、イタリアと欧州議会選との関係について考察してきた。近年の研究も示す通り、イタリアのみならず多くの国では、与野党を超えて欧州議会選挙を国政選挙につながる重要選挙と位置づけアピールしてきた。イタリアの場合も同時に地方選挙が実施されること、今後の重要課題である首相公選制導入や地方分権改革の成立がかかっていることなどから、欧州議会選挙は各党の指導者が立候補するなど、単に欧州レベルの選挙に留まらない重要性を有していた。

図2 選挙結果を通じたイタリアからの示唆

全体としてみれば、イタリアの選挙結果も、当初の懸念された状況と比べれば、急進右派や急進左派が大きく延びたとは言えない潮流の中にあると言えるだろう。しかし、イタリアにおいても政党の多元化が進んでいて、欧州レベルでも同様に内部で安定した合意形成を図ることは困難だろう。欧州レベルで穏健な2大勢力のS&DとEPPを核とした従来の運営は、今回の総選挙を通じてほぼ維持しがたくなったと言えるだろう。 EU批判は懸念したほど盛り上がらなかったか、移民対策や経済対策も含めて様々な形でEU批判勢力の要求を先取りした形で選挙戦が戦われてきた。急進勢力が一定の範囲に留まったのは、そのようなEU自体の「変質」のおかげかもしれない。