研究レポート

2024年欧州議会選挙:東欧諸国の動向

2024-07-17
仙石学(北海道大学教授)
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「伝統的安全保障リスク 」研究会 FY2024-3号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1. 総論

今回の東欧諸国における欧州議会選挙の結果に関しては、端的にいえば「明確な勝者が存在しない」という一言に尽きるであろう。一方ではいわゆる「ポピュリスト系」の政党が一定の支持を獲得しつつ、他方では欧州指向の強い政党、あるいは逆に反欧州を掲げる政党もそれぞれの国においてある程度の票を集めていて、いずれのグループも主導権を取れるほどの支持を集めてはいない。一部では今回の選挙の結果に関して「極右」の台頭、といった言説も存在するものの、それは今回の選挙ではじめて表面化したものではなく、すでに各国において一定の支持を集めていた反欧州ないしナショナリズムを強調する政党が、今回の選挙において欧州議会でも議席を獲得したという事例がほとんどであり、改めて強調するまでのこともないと考えられる。ただハンガリーにおいて、新興政党のティサ(TISZA - Tisztelet és Szabadság Párt:敬意と自由の党)が一定の支持を集めて、与党のフィデス(FIDESZ)に対抗する可能性を示したことに関しては、今後の動向を含めて引き続き見ていく必要があろう。

ここでは以下EUに加盟している東欧諸国の中でチェコ、エストニア、ハンガリー、ポーランド、スロヴァキアの5カ国に焦点を当てて、2019年の選挙の結果とも比較しながら簡単に検討することを試みたい1

2. ポーランド

今回の選挙で議席を獲得したのは、与党の市民プラットフォーム(PO)を中心とするリベラル系の政党が形成した「市民連合(PO)」、保守ナショナリスト系の政党である法と正義(PiS)を軸とする「統一右派(ZP)」、反欧州でナショナリズムを強調する一方で経済自由主義を追求する自由独立連盟(KWiN)、保守系の農民党(PSL)と親欧州のリベラル保守「ヨーロッパ2050」が提携して形成した「第3の道(TD)」、および民主左派同盟(SLD)と新左派系の政党が共闘した「左派(Lewica)」の5グループである。この5つのグループは2023年に実施された議会選挙で下院において議席を獲得した政党であり、また近年のポーランドの選挙での得票もほぼこの5政党で占められていることから、現時点のポーランドではおおむね左右軸に依拠した政党システムが形成されていると見ることができる。

前回選挙との比較では、前回は当時野党であった市民プラットフォーム、農民党、および民主左派同盟が合同で統一リスト「ヨーロッパ連合(KE)」を形成して選挙に臨んだものの与党の法と正義の議席を上回ることはできなかったが、今回はそれぞれが独自のリストで選挙に参加しながらも、市民連合が1位となったのみならず第3の道、左派もいずれも議席を獲得し、3党の合計議席で全体の過半数を確保するに至った。近年の世論調査でも同様の傾向が表れているが、基本的には法と正義に対する支持が一時期に比べて弱くなる一方で、現在のリベラル系の与党が支持を集めるようになっていることがみてとれる2。ただ若年層の一部、特に現状に不満を有する男性の支持は自由独立連盟に流れており、これが自由独立連盟の基盤となっていることにも注目する必要がある。

なおポーランドにおける今回の選挙の投票率は40.65%であったが、これは初期の欧州議会選挙と比べると高いものの、前回2019年の選挙の際の投票率45.68%には及んでいない(なお初回の2004年の投票率は20.87%、以後第2回(2009年)が24.53%、第3回(2014年)が23.83%であった)。

表1 ポーランドの選挙結果(議席数53、投票率40.65%)

政党名

所属会派*

得票率

議席数

増減

KO

EPP

37.06%

21

+21**

ZP

ECR

36.16%

20

-7

KWiN

無所属

12.08%

6

+6

TD

EPP

6.91%

3

+3**

Lewica

S&D

6.30%

3

+3**

*欧州議会における所属会派。

**形式的に今回の各党は新たに議席を得たものとしているが、2019年のKEの獲得議席数(22議席)とこの3党の今回の獲得議席数の差を比較すると、全体では獲得議席の差は+5となる。

[出典]ポーランド共和国選挙管理委員会ホームページ(https://wybory.gov.pl/pe2024/)

3. ハンガリー

ハンガリーにおいて今回の欧州議会選挙で議席を獲得したのは与党フィデス・キリスト教民主人民党のグループ(FIDESZ-KNDP)の他、先に挙げた新興政党のティサ、中道左派系の政党連合(民主連合<DK>、社会党<MSZP>、および対話=緑の党<Párbeszéd-ZÖLDEK>)、および極右系の「我が祖国運動(MHM)」である。前回の2019年の選挙では民主連合が4議席、社会党が1議席を獲得していたが、今回はこの両党に緑を加えた連合で2議席しか獲得できなかった一方で、実質的に今回が最初の選挙参加となるティサが7議席を獲得したことが、今回の選挙のポイントとなる。

ティサは当初は2022年の議会選挙への参加を目指して形成された中道保守政党であるが、その存在が注目されるようになったのは2024年に入り、マジャル(P. Magyar)が党の実権を握ってからのことである。もともとはフィデスに属していたマジャルは、今年初めのフィデス政権の恩赦をめぐるスキャンダルを批判する中で次第に注目を集めるようになったが、その立ち位置は基本的に保守で、それゆえにフィデスには批判的な保守層の支持を取り込むことに成功したという側面がある3。2022年の国会選挙で6議席を獲得した我が祖国運動が今回初めて議席を獲得したことも含めて、ハンガリーの政党政治においては中道リベラル系の政党の影響力は引き続き限定的で、保守層の中でフィデスを支持する層とフィデスを好ましくは思わない層との間での対向関係が徐々に形成されつつある、ということになるであろうか。

なおハンガリーにおける今回の選挙の投票率は58.47%であるが、これは過去5回の選挙では最高の投票率となっている(2004年の第1回は38.5%、以後36.31%、28.97%、43.58%であった)。これはおそらく、ティサの出現が有権者の選挙への関心を強めたことと関係している可能性が高い。

表2 ハンガリーの選挙結果(議席数21、投票率58.47%)

政党名

所属会派

得票率

議席数

増減

FIDESZ-KNDP

PfE*

44.79%

11

-2

TISZA

EPP

29.60%

7

+7

DK-MSZP-Párbeszéd-Zöldek

S&D

8.08%

2

-3*

MHM

無所属

6.74%

1

+1

*FIDESZの所属に関しては、ANOとあわせて最後で言及する。

**前回のMSZPとDKの合計議席からの変動。

[出典]ハンガリー選挙管理委員会(https://vtr.valasztas.hu/ep2024)

4. チェコ

チェコの欧州議会選挙は議席数が必ずしも多くないにもかかわらず、東欧諸国の中では比較的多数の政党が議席を獲得することが多いが、今回も7政党が議席を獲得している。ただ現在の連立政権の与党でもあるSPOLU(「一緒に」の意、市民民主党(ODS)とキリスト教民主党・チェコスロヴァキア人民党(KDU-ČSL)、およびトップ09(Top 09)の保守リベラル政党連合)は、それぞれが別のリストで選挙に参加した2019年の合計議席と比較して議席数を減らし、また同じ連立与党の海賊党(Piráti)も議席を減らした一方で、2021年の選挙以前に与党であったアノ2011(ANO 2011)は、SPOLUとは1議席差とはいえ第1党の座を維持した。また今回の選挙では、腐敗撲滅を主張する政党と反欧州、特に欧州の環境規制に反対する2政党が連合した「誓いとモトリスト(PRISAHA a MOTORISTE)」、共産党(KSČM)を軸とする左派政党連合STAČILO!(「十分」の意)、リベラル系の「ヨーロッパのための市長と個人(Starostové a osobnosti pro Evropu)」が新たに議席を獲得している4

チェコに関しては、以前は市民民主党と社会民主党(ČSSD、現在はSOCDEM)の二大政党を軸とする経済的な政策の相違にそった政党システムが機能していたが、2010年の国政選挙以降は社会民主党の影響力が失われるとともに「既存の政治・政党に反対する」さまざまな立場の新興政党が選挙のたびに形ないし組み合わせを変えて現れるという状況が続いているが、今回の選挙においてもそのような傾向が続いていることが確認できる。

なおチェコの投票率36.45%は決して高いものではないが、過去4回がいずれも30%未満であったことで(最低は2014年の第3回の18.20%)、今回の投票率はチェコにおける欧州議会選挙としては過去最高の投票率となっている。

表3 チェコの選挙結果(議席数21、投票率36.45%)

政党名

所属会派

得票率

議席数

増減

ANO 2011

PfE

26.14%

7

+1

SPOLU

ECR/EPP

22.27%

6

-3*

PRISAHA a MOTORISTE

ECR(加盟申請中?)

10.26%

2

+2

STAČILO!

無所属

9.56%

2

+1**

Starostové a osobnosti pro Evropu

EPP

8.70%

2

+2

Ceska piratska strana

Greens-EFA

6.20%

1

-2

SPD a Trikolora

無所属

5.73%

1

-1

*前回選挙のODS、KDU-CSL、およびTOP09-STANの合計との差

**前回選挙のKSČMとの差

[出典]チェコ統計局(https://www.volby.cz/pls/ep2024/ep?xjazyk=EN)

5. スロヴァキア

スロヴァキアに関しては、2023年の議会選挙で勝利して政権に復帰した方向・社会民主主義(SMER-SD)が一定の支持を集めたものの、第1党となったのは最大野党のリベラル系政党「進歩的スロヴァキア(PS)」であった。また今回の選挙では不法移民対策の強化や反LGBTを主張する「共和国(Republika)」、および元首相でこの6月に大統領に就任したペレグリニ(P. Pellegrini)が方向を離れて形成した連立与党の「声・社会民主主義(HLAS-SD)」が、それぞれ新たに議席を獲得している。このうち「共和国」は国会での議席を有しておらず、今回が初めての選挙での議席獲得となる。他方で連立政権に参加している民族主義系の国民党(SNS)は得票率1.9%にとどまり、議席を獲得することはできなかった。

選挙前にはフィツォ首相に対する銃撃事件も生じたが、今回の選挙においてはこの事件そのものが大きな影響を与えることはなかった。ただ近年の世論調査でもPSに対する支持率は上昇しつつあり、SMERの強権的な政治に対する批判も広がりつつあることは確認できる。なおスロヴァキアもチェコ同様これまでの欧州議会選挙では投票率が30%に達したことがなかったが、今回初めて30%を超える投票があった。

表4 スロヴァキアの選挙結果(議席数15、投票率34.38%)

政党名

所属会派

得票率

議席数

増減

PS

Renew

27.81%

6

+2

SMER-SD

無所属*

24.76%

5

+2

Republika

無所属

12.53%

2

+2

HLAS-SD

無所属*

7.18%

1

+1

KDH

EPP

7.14%

1

-1

*両党はS&Dの母体となる欧州政党「ヨーロッパ社会主義党」に属しているが、ロシアに対する対応や移民問題、LGBTQ問題などで党の方針に反しているとして、2023年の10月から加盟資格を留保されている。

[出典]スロヴァキア統計局(https://volbysr.sk/en/vysledky_hlasovania_strany.html)

6. エストニア

エストニアでは若干の議席の移動はあったものの、基本的に前回と同様国会に議席を有する保守系の祖国(I)、社会民主党(SDE)、リベラル系の改革党(RE)、中道左派でロシア語系住民の支持も集める中央党(EK)、および近年は政権にも参加し政党システムにおいて一定の立場を確立しつつある欧州懐疑派の保守人民党(EKRE)の5政党が議席を獲得した。前回の選挙では、反欧州を主張する保守人民党が議席を獲得したことに関して議論があったものの、同党に対する支持はその後大きく広まることもなく、今回も前回同様の1議席獲得にとどまっている。また現在改革党、社会民主党と共に連立政権を形成している、親欧州指向でエストニア系住民とロシア語系住民の協働を掲げる政党「エストニア200(Eesti 200)」は2019年の欧州議会選挙の際よりも得票率を減らし(前回3.2%→今回2.6%)、議席の獲得には至らなかった。

エストニアでは近年、現在の改革党中心の政権に対して不満を有する保守層が祖国を支持する傾向が強くなり、世論調査でもトップの支持率を集めることが多くなっているが、今回の選挙でもその傾向が現れていることが確認できる。なおエストニアの欧州議会選挙の投票率は37.6%で、前回(37.6%)とほぼ同じレベルであった。

表5 エストニアの選挙結果(議席数7、投票率37.6%)

政党名

所属会派

得票率

議席数

増減

I

EPP

26.2%

2

+1

SDE

S&D

19.3%

2

0

RE

Renew

17.9%

1

-1

EKRE

ECR

14.8%

1

0

EK

Renew

12.4%

1

0

[出典]エストニア選挙管理委員会(https://www.valimised.ee/en)

このように各国の事例を比較しつつみていくと、国により政党間の対立軸に相違はあり、それが政党システムで表に出る政党に影響を与えているものの、ここで取り上げた以外の国も含めて東欧全体としては、「反欧州」はそれほど強い潮流とはなっていない。ただその中でEUからの「価値」の押し付けへの反対と自国優先を求める潮流はどの国においても一定の支持があり、それが現在の各国の政党の対抗関係に影響を与えているとみることができる。ただしここで取り上げた諸国に関しては当面は国内での大きな選挙は行われないことから(解散などがなければ、次に選挙が行われるのは2025年秋のチェコ)、今後ハンガリーのティサのような新たな動きが現れるとしたらそれは各国での選挙が近づいてきてから、ということになるであろうか。

最後に選挙後の大きな潮流として、6月30日にフィデスとアノ、およびオーストリア自由党(FPÖ)が合同で、新たな欧州議会会派「ヨーロッパのための愛国者(Patriots for Europe: PfE)」を設立することが表明された。これにはその後欧州各国の主要ないわゆる極右系政党が参加を表明し、最終的に12加盟国の13政党、84名の議員により7月8日に新たな政党グループを形成することが公表された5。これは欧州議会の中ではEPP(188議席)およびS&D(136議席)に次ぐ第3の勢力となるが6、他の政党グループとの連携が難しいことから、その欧州議会内での影響力は限定的なものにとどまると考えられる。

[参考]主要な欧州議会会派

・欧州人民党グループ(European People's Party Group: EPP)

・社会主義と民主主義の進歩的同盟(Progressive Alliance of Socialists and Democrats: S&D)

・欧州刷新(Renew Europe: Renew)

・緑・欧州自由同盟(Greens-Europe Free alliance: Greens-EFA)

・欧州保守改革派(European Conservatives and Reformists: ECR)

・欧州議会左派(The Left in the European Parliament: The Left)

[付記]本稿は科学研究費補助金・基盤研究A「政党政治の変動と社会政策の変容の連関:新興民主主義国の比較」(課題番号20H00058)の成果の一部である。




1 ここでこの5カ国をとりあげるのは、著者による「『Europe Report』Vol. 6、2019年欧州議会選リポート6:2019年欧州議会選挙―東欧諸国の動向―」(https://www.jiia.or.jp/column/column-355.html)において事例とした5カ国と比較するということがある。なお各国の欧州議会選挙の選挙制度に関してはこの時点から大きな変更はないため、基本的にこちらを参照のこと(なおこちらの説明ではエストニアの選挙制度について選好投票が可能であることが落ちているため、この点のみ付記しておく)。

2 世論調査のデータに関しては、ポーランドに関しては世論調査機関CBOSのデータを利用しているが(https://www.cbos.pl/PL/home/home.php)、それ以外の国に関してはEurope Electsのホームページのデータを参照している(https://europeelects.eu)。

3 ティサおよびマジャルに関して、簡単な概説として石川雄介「『マジャル現象』は保守をもって保守を制するか:オルバーン政権のスキャンダルと保守新党台頭の行方」Foresight、2024年6月6日記事を参照(https://www.fsight.jp/articles/-/50635)。

4 こちらは新党ではなく、従来から存在したリベラル系の政党「市民と無所属(Starostové a nezávislí: STAN)」が欧州議会選挙に参戦する際にこの名称で届け出たもの。

6 2024年7月11日時点の情報。欧州議会のホームページより(https://results.elections.europa.eu/en/european-results/2024-2029/)。