研究レポート

欧州議会選挙と動揺するフランス政治

2024-09-03
上原良子(フェリス女学院大学教授)
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「伝統的安全保障リスク 」研究会 FY2024-4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに-2024年欧州議会選挙が問うているもの

欧州議会選挙は、従来投票率も低く、国内政治への影響も軽微とされ、注目を集めることが少ない選挙であった。しかし2024年選挙はこうした傾向を覆した。欧州各国でポピュリスム政党が勝利を収め、「極右」の台頭が欧州政治に危機をもたらすのではないかと衝撃を与えた。その筆頭がフランスである。「極右」国民戦線の系譜を受け継ぐ国民連合(Rassemblement National)の支持が30%を越えたのである。果たしてこの「極右」の台頭はいていかなる影響をもたらすのであろうか。そしてその勢力伸長は何を意味しているのであろうか。

1. フランスにおける選挙結果の概要:マクロンの敗北と国民連合の躍進

2024年欧州議会選挙では、欧州の多くの国でポピュリスト政党が躍進したが、フランスも例外ではなかった。6月9日に実施された投票(投票率51.49%)では、国民連合1が得票率31.37%を獲得し、81議席中30議席を得た(2019年選挙では同23.31%、23議席)。以下、二位マクロン派14.60%(13議席)、三位社会党13.83%(13議席)、四位LFI(La France insoumise不屈のフランス、「極左」/トロツキスト系)9.89%(9議席)、五位共和党7.25%(6議席)の他、エコロジスト5.50%(5議席)、ルコンケット(Reconquête!再征服、「極右」)5.47%(5議席)と続いた。この中で与党であるマクロン派は支持が低迷したのみならず、従来欧州議会選挙で人気があった環境保護政党も振るわず、大統領を輩出してきた共和党すら7.25%(5議席)と支持を失った。

図①2024年欧州議会選挙の政党別結果(内務省資料より筆者が作成)2

2. 欧州議会選挙とフランス政治の共鳴

1. 「離脱」はもはや過去に?:EUの価値・制度の再確認

「極右」台頭をめぐるパニックの陰で見落とされがちであるが、今回の選挙ではBrexitのようなEUからの離脱はもはや争点とならず、EUの枠組みが共有された点は確認しておかねばならない。その理由としては、やはりBrexitによる英国の混乱が挙げられよう。従来、国民戦線、ついで国民連合を率いてきたマリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)も、Brexitにならい「Frexit(フランスのEU離脱)」とユーロ離脱を主張していた時期もあったが、今や言及することは少なくなった(欧州全体で確信的なEU離脱派は約13%とも指摘される)。加えてウクライナにおける安全保障上の危機や、地中海における大量の移民問題に直面し、一国での対応では限界があり、EUの枠組みの有効性が改めて認識されたとも言えよう3

とはいえ、積極的なヨーロッパ統合推進派に転じた訳ではなく、今後はEUの政策のあり方がいままで以上に問われよう。例えば、農民の示威行動で明らかになったEUの高度な環境規制に対する反発や、移民問題、貿易問題等、次期欧州委員会における政策の方向性をめぐる対立等論争となっている。その意味でEUの政策の行方を左右するのは、欧州議会において影響力ある会派が形成されるか否かが焦点となるであろう。

2. 反マクロン旋風

フランスにおける投票を最も左右したのは、ヨーロッパではなくフランスの内政、つまりマクロン政治への反発であった。図②の世論調査にあるように、4月を境として、マクロンへの支持低迷と反比例して国民連合の勢力拡大が鮮明となった。マクロン派の支持者がそのまま国民連合へと転じたというわけではないが、マクロン政治への反発が国民連合支持の気運を高めたと考えられる4

図②選挙戦期間中における党派別支持の推移(出典:Les Echos紙2024年6月7日号より5)

マクロンへの反感は、年金/退職改革等に見られるように、福祉国家の既得権の削減を伴う改革を背景としている。既得権に敏感なフランスにおいては、こうした改革が成功すればするほど選挙において支持が低迷する、というパラドックスに陥らざるをえない(財政赤字の中、バラマキも困難である)。しかしとりわけ反感を招いているのは、マクロンの強引な政治手法にある。従来、第五共和制の各政権は、デモ等の街頭の政治を尊重し、動員多数の場合には、法案を撤回してきた。しかしマクロン大統領はデモやストに対する反応も鈍い。とりわけ再選以降は議会において過半数を押さえていないことから、憲法49条3項を度々発動してきた。これは特定の案件について議会の採決無しに法案を成立させる措置であり、執行権優位のフランスにおいさえ、特例中の特例ともいえる対応である。ボルヌ(Elisabeth Borne)首相(2022年5月-2024年1月)のもとではその発動が23回におよんでおり(第五共和制における総数は112回)、際立って多い6。改革への強い信念を有するマクロン大統領であるが、政策の是非よりも、その強引な政治手法に国民はいらだちを見せているのである。

こうしたマクロン政治への反発の高まりは、4月下旬ごろより国民連合支持に結びついた。その背後には新党首バルデラ(Jordan Bardella)人気も影響している。

3. 国民連合とバルデラ人気:脱悪魔化から信頼される政党へ?

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国民戦線およびその後継となる国民連合は、支持をいかに拡大しようとも、「極右」政党として、政権を担いうる主要政党からは排除されてきた。しかし21世紀に入り、マリーヌ・ルペンが新たなリーダーとなるころから、欧州各国の同傾向の政党とともに、ポピュリスト政党と呼ばれるようになり、容認される傾向が強まった。マリーヌ・ルペン自身も、「脱悪魔化」戦略を採り、あからさまな差別や過激な主張は抑制し、普通の政党を目指した8

加えて2022年に就任したバルデラ新党首のもとで採用された新たな選挙戦術も無視できない。新しい支持層を開拓すべく、取り上げる論点も見直し、さらに信頼度を高めるため、発言、プレゼンテーション、立ち居振る舞いに至るまで刷新された。国民連合が際立っている点は、既成政党の対応が不十分な庶民の声に徹底的に耳を傾ける姿勢であろう。日常生活の問題点に取り組み、そこから改革のイメージを作りあげた。とりわけ既成政党の視野からこぼれることが多い庶民、旧中間層、失業者、農民の支持に加え、従来手薄であった新中間層への支持拡大を狙った9。訴える政策もこれまでの移民や治安問題に加え、教育、購買力、雇用政策等に力点を置いたとされる10。その結果、退職前の50代や、上級管理職等のエリートに加え女性の支持も獲得し、躍進の原動力となったのである11

また無視できないのがパレスチナ問題である。国民戦線の創始者・党首であったジャン=マリ・ルペンJean-Marie Le Penは反移民と同時に反ユダヤ主義を唱えていた。しかしマリーヌ・ルペンは、こうした父と決別し、イスラエル-ガザ戦争においてはユダヤ人差別の高まりに対抗する集会に参加し、親イスラエルの姿勢を示したことは注目を集め、その評価が変化するきっかけとなった12

4. 社会党の復活

今回の選挙において見落とすことができないのは左派の復活である。フランスの左翼には社会党、共産党の他トロツキスト等の極左の政党が存在している。2017年大統領選以来社会党は支持が低迷し、共産党も議席を大幅に減少させる一方で、「極左」トロツキスト系のLEIが勢力を拡大していた。しかし選挙戦の中で社会党が支持を盛り返し、最終的に14.60%に及んだ(図①および図②参照)。この数字は三位に過ぎないとはいえ、低迷する一方であった社会党の党勢が底を打ち、回復傾向に転じた点は今後の政局を考える上で見落とすことはできない。

3. 見通し

1. EUにおけるポピュリスト政党:主要政党の一角であるが影響は限定的

フランスに限らず、2024年欧州議会選挙は、各国の国内政治と連動して、ヨーロッパの政治構造が大きく変容したことを明示した選挙となった。とりわけポピュリストの勢力伸長は著しく、これを危険視するメディアでは再び「極右」と呼ぶ傾向がある。しかし民主主義体制の転覆や革命を志向しているわけではなく、戦前の極右とは異なる。多くの有権者の間には根強い反発がある一方で、一部の人々の間ではこれらの勢力への抵抗感がさらに薄れ、与党の政策に修正を加える右派の改革勢力として期待されていることも事実であろう。

「極右」にせよ「極左」にせよ、その台頭は政権や現状への反発の現れであり、ヨーロッパ社会が抱える解決困難な課題を背景としていることは見落とすことはできない。今日、フランスのみならず多くの国が高い失業率、グローバル化の中での雇用の不安定化、これに伴う格差と社会の亀裂や財政赤字等に直面している。高レベルの再分配を実現し、国民の間では既得権の維持に極めて強いこだわりのあるフランスにおいては、財政赤字削減のためとはいえ、既得権の削減に国民の支持を得ることは最も難しい政治課題でもある。加えて、EUの高いレベルの環境規制は、エシカルな価値観を共有する層に支持される一方、ウクライナ危機の中でのエネルギー価格の急騰と相まって、経済や生活において重い負担となり反発を招いている。また移民・難民の受け入れについても人口や就労問題における合理性よりも、社会的・文化的な反発が優越する傾向にある。これらの反発が政府批判となり、「極右」「極左」への支持を生み出しているとも言えよう。

しかしながら、こうした支持拡大が、欧州議会においてどこまで影響力を持ち得るであろうか。ポピュリスト勢力の支持が拡大しているとはいえ、過半数には達していない。さらに影響力を持ち得るレベルの会派の結成についても疑問視されている。そこではイタリアのメローニ(Giorgia Meloni)首相とマリーヌ・ルペンとの連携が不可欠であるが、実際にはメローニ首相は首相就任後現実主義路線をとり、「極右」との差異化を図っているため、マリーヌ・ルペンと同列に扱われることに極めて強い反発を示している。そのため、「極右」は分裂傾向にあり、影響力ある会派の結成は困難であろう13

2. フランス政治の不安定化

今回の選挙は内政と連動するのみでなく、フランス政治そのものに衝撃を与えた。マクロン大統領は、欧州議会選挙の開票後、即座に国民議会の解散・総選挙を宣言したのである。これは「危険な賭け」「ヨーロッパ・ショック」と評され、フランス政治の不安定化がヨーロッパにリスクをもたらすことが不安視された。

6月30日および7月7日に実施された国民議会選挙では、国民連合の勝利を阻止するために、左派が統一戦線(新人民戦線)を結成し、加えてこれに中道与党のマクロン派が協力した。

その結果、国民連合を上回り、左派が第一勢力となった14。詳細については別稿で改めて論じるが、第五共和制では未経験の連合政権、政党間の様々な連携の可能性があり、マクロン大統領の目指す改革の実現やリーダーシップは困難な状況となりつつある。2027年の大統領戦までレーム・ダック状態になる可能性もあり、フランス政治の行方次第では今後EUおよびヨーロッパ政治の動向にも陰を落とすことが危惧される。




1 選挙登録においては、選挙用の一時的なグループ名を使用するが、ここでは母体となる政党名を用いる。また与党であるマクロン(Emmanuel Macron)大統領の政党は、度々名称が変更されるため、ここではマクロン派とする。
4 欧州議会選挙の選挙運動中に国民連合の新規支持者層の思想傾向の認識は、急進的な右翼に位置づける傾向が強いと指摘されている。 〈https://static.lefigaro.fr/infographies//WEB_202419_CL_perrineau_rn_europeennes-2/WEB_202419_CL_perrineau_rn_europeennes-2.html
8 国民戦線および国民連合については以下を参照のこと。畑山敏夫『現代フランスの新しい右翼、ルペンの見果てぬ夢』法律文化社、2007年。国末憲人『ポピュリズムと欧州動乱、フランスEU崩壊の引き金を引くのか』講談社α新書、2017年。