国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2024-05)
ドイツ内政と2024年EU議会選挙

2024-06-24
髙島亜紗子(日本国際問題研究所研究員)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

はじめに:ドイツ政治の背景

オラフ・ショルツ独首相率いる社会民主党(SPD)と緑の党、そして自由民主党(FDP)による「信号」連立政権に対する支持率は、悪化の一途を辿っている。5月には63%だった不支持率は、6月に71%まで上昇した1。こうした状況の中で6月6日から9日まで行われたEU議会選挙の投票率は64.8%となり、東西ドイツの統一以来最高値を記録した2。投票者に、今回の投票を決定づけた政策は「欧州レベル」であるか、「国内レベル」であるかを問うたところ、「欧州レベル」と答えた人が38%、「国内レベル」が55%となり、国内政治課題への関心の高さ、ひいては現政権の不人気が反映されているといえよう3

1. 選挙結果

現政権への厳しい中間評価となったEU議会選挙の選挙結果は以下のとおりである。

得票率 前回比 議席数 前回比
キリスト教民主同盟(CDU) 23.7% +1.1% 23 +0
キリスト教社会同盟(CSU) 6.3% +0% 6 +0
ドイツ社会民主党(SPD) 13.9% -1.9% 14 -2
自由民主党(FDP) 5.2% -0.2% 5 +0
緑の党(Bündnis 90/Die Grünen) 11.9% -8.6% 12 -9
左翼党(Die Linke) 2.7% -2.8% 3 -2
ドイツのための選択肢(AfD) 15.9% +4.9% 15 +4
ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW) 6.2% +6.2% 6 +6
諸派合計 14.2% +1.3% 12 +3

第一党を獲得したのはキリスト教民主同盟(CDU)/キリスト教社会同盟(CSU)で、合計で得票率30%を獲得した。選挙前にメルツCDU党首が掲げていた目標値が「30+α」だったため、辛くも目標達成した形になる。第二党は極右政党であるドイツのための選択肢(AfD)で、実に5ポイント近く得票率を増加させた。また、「台風の目」となったのがザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)であり、結党後初めての選挙で5%を超える得票率を記録したことは、政党別投票で得票率が5%未満の党は議席を与えられないという「5%条項」があるドイツの国内選挙においても議席獲得が現実的となったことを意味している4。一方、政権与党は軒並み得票率を減らした。とりわけ緑の党の凋落ぶりが目立ち、得票率はほぼ半減となった。国内レベルでの関心から投票した人が多いことを考慮に入れると、今回の選挙が現政権への「Nein」(ノー)を示すものであったと言えるだろう。

2. 分析

1. 「右派」の進展?

第一党がCDU/CSU、第二党がAfDであることより右派政党への支持が伸びたと考えられがちであるが、両者は分けて整理する必要があるだろう。まず、CDU/CSUへの支持は数字を見れば分かる通り飛躍的に伸びているわけではない。一方で、AfDの伸び率は全政党の中でも二番目に高く、注目に値する。各選挙区で最も得票した政党(Stärkste Kraft)を見ると、とりわけ旧東ドイツにおいてその強さが目立ち、多くの選挙区で第一党を獲得した。東西ドイツが統一後も経済格差や文化の違いを経験してきたことはこれまでも多く指摘されており、このことからAfDを「東ドイツの政党」と理解する向きもあるが、一方で、二番目に得票した政党(Zweitestärkste Kraft)を見ると分かる通り、伝統的にCDU/CSUの牙城であるとされる南部でも得票率を上げていることに注意する必要があり、AfDの影響力が拡大しつつあることが窺える5

Source: tageschau Europawahl 2024 INTERAKTIV ERGEBNISSE REGIONAL

https://www.tagesschau.de/wahl/archiv/2024-06-09-EP-DE/index.shtml

AfDについては選挙直前に様々なスキャンダルが発覚した。EU議会選挙の筆頭候補者であったマクシミリアン・クラーの秘書は、中国のスパイである疑いで警察に逮捕された6。これに対してAfDは政府が中国に過剰に反応していることを批判していたが、5月末にクラーがナチスの親衛隊(SS)について失言をすると、AfDの要職から解任され、EU議会選挙キャンペーンからも外された7。また、所属していた会派「アイデンティティと民主主義(ID)」からも除名される形となった8。会派に所属できない以上、AfDが今後EU議会で影響力を持つとは考えにくい中で、それでもこれだけの得票を重ねたことは注目に値する。支持者の属性を注視すると、女性よりも男性、若年層や老年層よりも中年層(35-44歳)に支持者が多いことが分かる。また、職種として労働者に支持層が多いこともわかっている9。「他党への不満ではなく、党是に共感して投票した」と答えた支持者は51%にのぼり、2019年選挙と比べて14ポイント増加している10

2. 「左派」政党の停滞と躍進

SPDは、前回から-1.9ポイントであることを考えると固定票を逃した可能性は薄いが、浮動票の獲得には失敗したと考えられる。年齢別支持者層を見ると、老年層に盤石な支持層があることがわかる11。これに対して緑の党は、元来老年層の支持率は高くない。2019年選挙では若年層(16-24歳)の圧倒的支持を獲得し、2014年と比べて9.8ポイント増加させたが、今回の選挙ではこうした若年層からの支持を軒並み失った。

2024年5月下旬、ドイツ南部では集中豪雨が続き、複数の市町村で洪水が観測された。こうした状況は2021年夏の記録的豪雨と洪水を思い起こさせる。180名以上の死者を出したこの豪雨は人々の環境問題への関心を一層強めさせ、2021年連邦議会選挙での緑の党の躍進に一役買ったと考えられている。今回の洪水は現在までのところ死者6名と2021年よりは被害は小さいものの、現在も避難生活を余儀なくされている人も多く、現在進行形で連日報道が続いている12。この意味で、2021年と似た状況でありながら緑の党は得票を一気に失ったことになるが、これは環境問題への関心の低下というより、緑の党が主導して行った「暖房法(Heizungsgesetz)」などに代表される、経済問題への関心の低さが離反要因であるように思われる13。2024年より新設される全ての暖房設備は再生利用エネルギーの使用を義務付けられ、現行の暖房が壊れた場合なども適応される。とりわけ旧東ドイツ時代に作られた建物では、一時的な退去を含めて様々な対応が必要になることが予測され、インフレが続く中で住居にかかるコスト増に批判が集まった14

政権与党を構成する左派政党が苦戦する一方で、躍進したのがBSWである。党首のザーラ・ヴァーゲンクネヒトは2019年まで左翼党会派の代表を務めたこともある実力者で、ウクライナ戦争の即時停戦を求めて党内からも批判が相次ぎ、2024年1月に新党BSWを設立した。現在連邦議会に10議席を持ち、今年の地方選挙でも出馬が予定されている。左翼党の前身である民主社会党(PDS)、さらにはその前身であるドイツ社会主義統一党(SED:東ドイツの指導政党)に強いシンパシーを持つヴァーゲンクネヒトが掲げる公約は、外交的にはウクライナへの武器供与に全面的に反対し、内政的には非常に厳しい移民政策を掲げる。BSWも明らかに東ドイツにおいて高い得票率を記録しており、9月以降に行われる州議会選挙(ザクセン州、チューリンゲン州、ブランデンブルク州)でも躍進が見込まれる。

3. 今後の見通し

1. ドイツ国内の政権交代の可能性

先述のように、今回の選挙は現政権への拒否感の高さを表すものとなった。このため、2025年選挙を待たずして政権交代が起こりうるのかが俄かに注目されている。この点、まず考慮すべきポイントは、ドイツにおける不信任決議のハードルの高さである。第二次世界大戦後建国したドイツ連邦共和国(西ドイツ)では、ヴァイマル期(1919年~1933年)の小党乱立の反省から、建設的不信任と呼ばれる制度が取られてきた15。この制度のもとで内閣不信任が成立したのは1982年の一度だけであり、その難しさを物語る。次期首相候補になりうるCDU党首のフリードリッヒ・メルツは支持率が低く、建設的不信任が成立するかは疑問の残るところである。世論調査においても51%が早期の解散を望む一方で、43%が反対していることから、国民も政権交代にそれほど期待していないことがわかる16

また、議席数と政党イデオロギーに鑑みても、CDU/CSUが政権与党になるためには大連立(SPDとの連立)、もしくは緑の党とFDPとの連立(ジャマイカ連立)しかないように思えるが、現在支持率が低下しているこれらの政党と連立を組むメリットがあるかは疑わしい。一方で、AfDとの連立については、メルツが連立の可能性(州政府レベルでも)に言及するたびに党内外から強い批判を浴び、最終的には連立を組まない宣言をした17。このため現政権は低支持率ながら、2025年まで政権を維持する可能性が高いと思われる。一方で、9月以降の州議会選挙では前述の通りAfDやBSWの躍進が予想され、連邦参議院の構成が変化する可能性がある。このねじれ状態の発生により、今後政権与党の支持率は益々低下することが予測される。長期的に観測しても、中道右派たるCDU/CSUと中道左派のSPDは年々得票率を逓減させており、政局の難しさは2025年以降も継続すると見ることができるだろう。

2. 欧州委員会委員長:フォン・デア・ライエン第二期政権

ドイツ国内ではひとまず目標値を達成したCDU/CSUが加盟している会派「欧州人民党グループ(EPP)」は現職委員長フォン・デア・ライエン(CDU所属)を次期委員長候補としている。EPPは欧州議会全体でも14議席増加させ、いわゆる親EU派が過半数を獲得した形となる。長らくフォン・デア・ライエン支持について明言を避けてきたショルツ首相も、選挙後に支持を示唆した18。フランスのマクロン大統領もすでにフォン・デア・ライエン支持を表明しており、EU主要国首脳の意見が一致を見た。一方で、それ以外のアクターからは支持を得られているわけではない。ミシェル欧州議会議長が反対しているとの報道もあれば、躍進を遂げた「欧州保守改革グループ(ECR)」所属のメローニ伊首相が主要ポストの人事に異議を申し立てているとの報道もある19

フォン・デア・ライエン第二期政権の成立については、その他の役職を含めた他会派との「綱引き」が鍵となってくる。この意味でECR、さらにはIDというポピュリスト/極右政党を含める会派が議席を伸ばしたことは、過半数を獲得したとはいえ、EPPが今後も極右政党と一定の協力を余儀なくされることを意味する。IDからAfDが除名された今、強固なEU懐疑主義者たちはもはや会派に所属していない。一方で、移民問題や性的少数者の保護などをめぐって、依然として極右政党と中道右派政党の溝は残る。フォン・デア・ライエン第二期政権成立が現実的なものとなっている今、焦点は今後EPPがECRやIDとどこまで協力するか(しないのか)という点にかかっている。そしてその姿は、ドイツ国内でも繰り返し議論されてきた中道右派と極右(・極左)との協力可能性というテーマとも重なる。EUと国内、双方で同様の課題がどのように処理されていくか、注視したい。




2 2019年も多くの加盟国で投票率の増加が指摘されたが(ドイツは61.4%)、当時と比較しても3ポイント程度の増加である。https://www.spiegel.de/politik/deutschland/europawahl-64-8-prozent-hoechste-wahlbeteiligung-in-deutschland-seit-der-einheit-a-81618f43-047e-472f-a16a-9087d57c1f63

4 小党が乱立したヴァイマル期の反省に基づき、ドイツ連邦共和国の国内選挙では、比例選挙において5%を超える得票がない政党は議席を獲得できない。

7 拙稿国問研戦略コメント「ドイツにおける中東紛争―ドイツとイスラエルの関係を中心に」に詳しい。https://www.jiia.or.jp/strategic_comment/2024-04.html

8 AfDは2016年にも「欧州保守改革グループ(ECR)」から離脱を要求されており、今回が2度目の会派離脱となった。

11 老年層の支持率が最も高いのは、CDU/CSUも同様である。https://www.tagesschau.de/wahl/archiv/2024-06-09-EP-DE/umfrage-spd.shtml

13 環境問題に熱心なVoltが3議席獲得したことからも、とりわけ若年層の環境問題への関心の高さは継続している。一方緑の党をどう思うかというアンケートで、6割以上の人が「緑の党は経済や労働に関心がない」と回答している。https://www.tagesschau.de/wahl/archiv/2024-06-09-EP-DE/umfrage-gruene.shtml

15 第一次世界大戦後建国されたヴァイマル共和国は社会的分断に悩まされ、政治的不安定性がナチス台頭を許す一助となった。このため、第二次世界大戦後のドイツ連邦共和国では政治の安定性が志向され、野党が不信任決議を提出する際には、必ず後継の首相候補を示す必要があり、新しい首相候補にも過半数以上の賛成を必要とする。