国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2024-06)
グローバル・バリューチェーン(GVC)分析による中国産EV等に対する追加関税の影響

2024-09-10
柳田健介(日本国際問題研究所研究員)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

1.米国・EU・カナダ・トルコによる中国産EVに対する追加関税

米国

2024年5月14日、米国のバイデン政権は1974年通商法301条に基づき、中国の強制技術移転などの不公正な貿易慣行が十分に是正されておらず、さらにこれらが中国の重要物資のサプライチェーンの支配および過剰生産に寄与しているとして、中国産の電気自動車(EV)に対しての制裁関税を8月1日(後に意見収集に時間を要するとの理由で実施を9月上旬以降に延期)から現行の25%から100%に引き上げることを発表した1。なお、現時点での米国における中国からのEVの輸入は限定的である。EV以外の対象品目には、鉄鋼・アルミニウム(25%)、半導体(50%)、バッテリー(25%)、太陽電池(50%)等も含まれており、180億ドル分の輸入を対象として2024年から2026年にかけて引き上げが実施される。また、中国のBYDがメキシコにEVの生産拠点を建設する計画があることから、バイデン政権はメキシコで生産される中国メーカーのEVの流入があった場合に関税以外の罰則を科すことを示唆している。さらにEVの安全保障上の脅威に関する認識も高まっている。米商務省は「Connected Car」の国家安全保障上のリスクの調査を開始した2。EVバッテリーに関しても、車載用バッテリーの世界一のシェアを有する中国CATLの技術供与を受けての国内投資について、米国のフォード・モーターが対中強硬派の共和党議員から批判を浴びた。大統領候補のトランプ氏もメキシコからの中国メーカーのEVに100-200%の関税を課すと主張している。一方で中国メーカーの国内投資を容認するような発言もしている3

EU

6月12日、EUの欧州委員会は前年10月より実施した中国産のバッテリー電気自動車(BEV)についての反補助金調査の調査結果から、中国におけるBEVに対する様々な形態の補助金、国有銀行による優遇、税制優遇等が欧州メーカーに損害を与えていると結論づけ、中国からのBEVの輸入に対して7月5日から暫定的な相殺関税を課すことを発表した。税率はメーカーごとに設定されており、上海汽車集団(SAIC)が38.1%(後に計算見直しで36.3%に修正)、吉利グループ(Geely Holding Group)が20%(後に19.3%)、BYDグループが17.4%(後に17.0%)、その他の調査に協力したメーカーは21.0%(後に21.3%)、それ以外は最高税率(36.3%)が適用される。暫定措置は最長4カ月継続され、その間にEU内で最終決定に向けての手続きが行われる。最終案が採択されると5年間効力(延長あり)が継続する4。EUのEV市場での中国メーカーのシェアは2020年以降、急拡大しており、2019年には1%に満たなかったのに、2023年には8%を超えた5。また、中国のBYDはハンガリーに工場を建設する計画を進めているが、EUの中国産EVに対しての追加関税措置が中長期的に域内や周辺国への生産シフトを加速化させる可能性があることが指摘されている6

カナダ

6月24日、カナダ政府は中国におけるEVに対しての政府の優遇措置および労働・環境のスタンダードの欠如が不公平な競争につながっているとし、7月2日からの30日間で追加関税、購入補助の資格、対内投資、サイバーセキュリティの分野での対抗措置の検討を開始した7。8月26日、中国産EVに100%、鉄鋼・アルミニウムに25%の追加関税を課すことを発表した。さらに、バッテリー、バッテリー部品、半導体、ソーラー製品、重要鉱物についても検討を開始するとしている。また、EV等の購入に対しての優遇措置を自由貿易協定(FTA)を締結した国で製造されたものに限るとしている。

トルコ

6月8日、トルコ貿易省は国内メーカーの保護を理由に中国産自動車の輸入に対して7月7日から40%の追加関税を課すことを発表した。前年3月には中国産のEVに対して40%の追加関税を課すことを決定していた。トルコでは中国メーカーの自動車の進出が急拡大している8。一方、国内に工場を設けている自動車メーカーは適用外で追加関税が免除されるとの発表がされた9。中国のBYDは欧州向けの輸出を見据えてトルコに約10億ドルを投資してEVの新工場を設立することを発表している。

2.GVCからみる中国自動車産業のサプライチェーン

中国は世界最大の自動車生産能力を有しており、2023年の生産数は3000万台を超えた。そのうち、新エネルギー車(NEV)に区分されるEV、プラグインハイブリッド(PEV)、燃料電池車(FCV)が32%を占めている10。EV市場では中国メーカーの台頭が目覚ましく、世界のEV販売シェアでは首位の米テスラ(19.3%)に続いて、二位にBYD(16%)、トップ10に中国勢が4社ランクインしている11。さらに、EVの主要部品である車載用バッテリーは中国メーカーが世界シェアの半分以上を占めている。輸出は2020年以降、急速に拡大しており、2023年の輸出台数は491万台となり日本を上回り世界一となった。NEVの輸出は2022年が67.9万台で全体の21.8%、2023年が120.3万台で全体の25%を占めた12。NEVの主な輸出先は欧州、英国、タイ、フィリピン、豪州、インドなどである。また、海外投資の計画も急速に進んでおり、上述のBYDは欧州の新興国の他にもタイやインドネシアなどの東南アジアの新興国に積極的に進出している。他方、中国国内では新興メーカーが乱立し過当競争に陥っており、行き過ぎた競争を是正する対応に迫られている13

グローバル・バリューチェーン(GVC)の観点から中国の自動車産業を見ていきたい。図1は主要な生産国の自動車輸出に占める国内付加価値の割合を比較したものである。OECDが作成する付加価値貿易(TiVA)データベースでは、国際産業連関表を用いた分析により付加価値がどこで生み出されたかを把握することができる。国内での付加価値が高ければ、製造・組立てだけでなく、開発・設計、ソフトウェア、ブランド、部素材調達、流通、マーケティング、保守サービスなどの産業のバリューチェンを国内に本格的に有していると捉えることができる。中国の国内付加価値率は85%と先進国との比較の中でも最も高い。中国国内において裾野産業が広いことで知られる自動車産業のエコシステムが確立していることを裏付けている。

図1 自動車の総輸出における国内付加価値の割合(%)

出所:OECD「Trade in value-added」

また、中国の自動車産業は、部品・素材等の中間財の取引を通じて海外の生産ネットワークとも広く繋がっている。図2はOECDの国際産業連関表の分析に基づき、中国での自動車生産(完成車)に対する他国・地域からの中間財投入(輸入)を通じた生産ネットワークの繋がりの大きさを表している。日本からの中間財の供給が最も大きく、次いでドイツ、米国、韓国からの供給が大きいことが示されている。産業別の内訳をみると、日本は自動車製造、サービス(販売・金融・保険含む)、第一次金属(鉄・アルミ含む)を多く供給していることがわかる。ドイツは自動車製造、サービス、米国はサービス、部素材、韓国はサービス、電子製品(半導体含む)、部素材の供給が大きいことが示されている。

図2 中国の自動車産業からの他国・地域への中間財を通じた波及

注:単位はレオンチェフ逆行列の国別・産業別の列和。

出所:OECD「Inter-Country Input-Output (ICIO) Tables (2023 edition)」

3.GVC分析による追加関税の波及効果

中国産のEV等に対する追加関税が課されると国内販売価格が上昇し、各国における輸入が落ち込むことになる。GVC分析(国際産業連関表を用いた産業連関分析)を用いて、米国、EU、カナダ、トルコのEV等の対中輸入(最終需要)が減少した場合に、生産ネットワークを通じた国内および海外に対しての付加価値ベースの波及効果を推計する。追加関税の影響で中国からのEV等の輸出がどのくらい減少するかの情報は現時点では限られているため、おおよそのシナリオに基づいた分析を行う14。なお、データ上の最も細かい産業分類が中分類の「自動車、トレーラ及びセミトレーラ製造業」(ISIC:国際標準産業分類)で自動車製造業一般となっておりエンジン車とEVは区別されていない。OECDの国際産業連関表(2023年版)の最新年である2020年のデータによると、中国からの自動車輸出は328億ドルであり、そのうち米国、EU、カナダ、トルコ向けの輸出が147億ドルで全体の45%を占めている。中国の自動車輸出台数のうちNEVが占める割合は2022年が21.8%、2023年が25%であったことを考慮し、147億ドルの輸出のうち25%(36億ドル)が減少すると仮定した。

推計の結果は、中国から米国、EU、カナダ、トルコ向けのEVを含む自動車輸出が減少することで、中国国内経済に対して付加価値ベースで▲29億ドル(対GDP比で▲0.02%)の波及効果を及ぼす。輸出減少額に対しておよそ1.8倍の負の経済効果を生じさせる。これは製造工程が多く裾野産業が広いこと、中国国内の付加価値率が高いことが反映されている。産業別にみると、自動車製造への影響が▲10億ドルで最も大きく、続いて、サービス(▲9.4億ドル)、部素材(その他)(▲6.1億ドル)、第一次金属製造(▲1.6億ドル)、機械器具(▲0.62億ドル)、電子製品(▲0.42億ドル)、電機機器(▲0.37億ドル)となる(図3)。自動車製造において車体、エンジン/モーター、バッテリー、タイヤなど材料・部品が多くを占めるが、EVと相性が良いといわれるコネクティッド(Connected)、自動化(Autonomous/Automated)、シェアリング(Shared)、電動化(Electric)のCASEが進むにつれて半導体等の電子機器、ソフトウェアやデジタルコンテンツなどのサービスが占める割合が多くなり、そうした産業への波及がさらに増加することが考えられる。

図3 中国経済への産業別の波及効果(付加価値ベース:百万ドル)

出所:OECD「Inter-Country Input-Output (ICIO) Tables (2023 edition)」

次に、生産ネットワークを通じた海外への付加価値ベースでの波及効果の推計結果をみていきたい(図4)。日本に対して▲6,150万ドルの波及効果があり、金額ベースで最も大きい影響を受けることが示されている。但し、対GDP比でみると▲0.001%となり規模は大きくない。産業別には、主にサービス、自動車製造、部素材(その他)、第一次金属製造などへの影響が大きい。次に影響が大きいのは、ドイツ(▲4,670万ドル)、米国(▲4,520万ドル)、韓国(▲3,080万ドル)である。対GDP比でみるとドイツ、韓国はそれぞれ▲0.001%と▲0.002%と日本と同程度であり、米国は▲0.0002%と経済全体からみれば影響は僅かである。産業別の結果は前節でみた中間財の供給構造に付加価値率の要素が加わっている。日本はサービス、自動車製造、部素材、ドイツはサービス、自動車製造、米国はサービス、部素材、韓国はサービス、電子製品、部素材の産業への波及効果が比較的大きい。

図4 他国・地域への産業別の波及効果(付加価値ベース:百万ドル)

出所:OECD「Inter-Country Input-Output (ICIO) Tables (2023 edition)」

4.おわりに

中国は2020年頃からわずか数年間で世界一の自動車輸出国へと成長し、中国メーカーの台頭も伴いEVの輸出を急拡大させている。中国メーカー車の国内市場への急激な流入は各国に警戒心を与え、中国の産業補助金、技術強制移転等の措置が競争の公平性を損ない、そうした不公正な貿易慣行が過剰生産の一助になっており国内メーカーへの損害や雇用に悪影響を及ぼすとの批判が高まっている。そうした懸念から、EU、米国をはじめ中国産EV等に対して追加関税の導入が相次いでいる。また、EVが搭載する技術は経済安全保障と密接に関連する分野であり、バッテリー原材料等の重要鉱物の特定国への依存、自動車のデジタル化に伴うデータの流失やサイバーセキュリティの問題等については各国およびG7等での取組みが進んでいる。経済競争と経済安全保障の両方が相まって、中国産EVまたは自動車を巡る対中関税が今後さらに拡大していく可能性もある。一方、中国も対抗措置としてEUには乳製品の反補助金調査を開始した。また近年では、黒鉛等の重要鉱物の輸出規制や特定の国に対する経済的威圧といった動きも目立ってきており、報復措置の応酬や地政学リスクの高まりが懸念される。本稿のGVC分析が示すとおり、中国産EV等に対する関税は自動車産業のみならず国内関連産業へも広く波及するため中国経済への影響は大きい。また、影響は比較的小さいが、中国産EV等に対する関税措置はGVCを通じて日本やドイツを含む他国・地域へ負の波及効果を及ぼす15。今後対中関税の規模や範囲が拡大していけばグローバル経済に深刻な影響を及ぼしかねず、事実上サプライチェーンの切り離し(デカップリング)へと進む怖れもあり、そうしたことは望ましくない。また、GVC分析には含まれないが、追加関税により米国やEUへの中国産EVの輸出価格が上がれば代替効果で第3国への輸出が増加する可能性もある。実際に、中国産EVが欧米市場へのアクセスがブロックされれば、過剰生産のEVが不当廉売で新興国に流入することが懸念されている16。今後取るべき対応として、中国側は産業補助金、技術強制移転、過剰生産の問題等への対処を進めて公平な競争環境を構築すべきである。こうした貿易の課題については二国間のアプローチと併せて、WTOの機能やルールが充分に対応していない部分についての改革を進めるなどの多国間のアプローチも強化していくことが重要だ。経済安全保障については、重要物資、先端技術、インフラ等の防御はしつつ、市場機能や自由貿易の過度な抑制につながらないようバランスのとれた慎重な運用を進めていくことが肝要である。




1 The White House, "Fact Sheet: President Biden Takes Action to Protect American Workers and Businesses from China's Unfair Trade Practices," May 14, 2024, https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2024/05/14/fact-sheet-president-biden-takes-action-to-protect-american-workers-and-businesses-from-chinas-unfair-trade-practices/.
2 "U.S. Department of Commerce Begins Regulatory Process to Consider National Security Risks Posed by ICTS Integral to Connected Vehicles." U.S. Department of Commerce, February 29, 2024. https://www.commerce.gov/news/press-releases/2024/02/citing-national-security-concerns-biden-harris-administration-announces.
3 "Trump Says Specter of Conflict Hangs Over All of Asia." Nikkei Asia, August 23, 2024. https://asia.nikkei.com/Politics/U.S.-elections-2024/Trump-says-specter-of-conflict-hangs-over-all-of-Asia.
4 European Commission, "Commission imposes provisional countervailing duties on imports of battery electric vehicles from China while discussions with China continue," July 4, 2024, https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_24_3630.
5 「EU、中国EVに追加関税 実は6割が欧米メーカー製」『日経新聞』2024年6月12日、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR11EG80R10C24A6000000/
6 "EV Tariffs Expected to Slow but Not Halt China's Drive into European Market." Nikkei Asia, August 23, 2024. https://asia.nikkei.com/Business/Automobiles/EV-tariffs-expected-to-slow-but-not-halt-China-s-drive-into-European-market.
7 Government of Canada, "Consultations on Potential Policy Responses to Unfair Chinese Trade Practices in Electric Vehicles," July 12, 2024, https://www.canada.ca/en/department-finance/programs/consultations/2024/consultations-on-potential-policy-responses-to-unfair-chinese-trade-practices-in-electric-vehicles.html.
8 「トルコ、中国からの輸入自動車に40%の追加関税」『ビジネス短信』日本貿易振興機構(JETRO)、2024年6月11日、https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/06/c30cf0b8fdb1379d.html.
9 「トルコ輸出の中国車、追加関税免除が可能に」『NNA.ASIA』2024年7月23日、https://www.nna.jp/news/2684426.
10 中国汽車工業協会(CAAM)
11 「世界EVシェア、失速は米・韓・日仏の3陣営 Tesla・BYD上昇」『NIKKEI Mobility』2024年2月16日、https://www.nikkei.com/prime/mobility/article/DGXZQOFD07DFI0X00C24A2000000.
12 中国汽車工業協会(CAAM)
13 "Xi's Supply-Side Reforms Won't Help with China's Overcapacity." Bloomberg Opinion, August 20, 2024. https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2024-08-20/xi-s-supply-side-reforms-won-t-help-with-china-s-overcapacity.
14 例えば、鎌田(2024)ではEU、米国の中国産EVの輸入が関税額分減少すると仮定して2023年の両国のEV輸入額の約30%の44.7億ドルが減少すると試算している。鎌田晃輔「輸出ドライブが支える中国経済:早期に解消することはないが、次第に減衰する予想」『みずほインサイト』2024年7月11日、https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/report/2024/pdf/insight-as240711.pdf.
15 ドイツ自動車業界は、中国への輸出量が大きい国内産業にダメージを与えるとして、EU欧州委員会に対して追加関税を取り下げるように要請している。部品サプライヤーによる対中の輸出額は輸入額の4倍であった。「中国製EVへの関税取り下げを、ドイツ自動車工業会がEUに要請」『ロイター』2024年7月3日、https://jp.reuters.com/business/autos/BM23VGV5OJNDVJP6IQQJUDIF
16 「中国EV、東南アジア・南米市場狙う 欧米は追加関税が壁」『日本経済新聞』2024年6月15日、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR13F970T10C24A6000000/