国問研戦略コメント

戦略アウトルック2025
第9章 第2期トランプ政権下の中東:混迷するパレスチナと産油国を中心とするビジネスチャンス

中川浩一(日本国際問題研究所客員研究員)
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トランプ大統領の後押しを受け、ネタニヤフ首相は反イスラエル勢力への攻撃を強化

第1期トランプ政権(2017年から2020年)下の中東政策は、①イスラエル支援(例:アメリカ大使館のエルサレムへの移転(2018年5月))、②イラン敵視(例:イラン核合意からの離脱(2018年5月))、③ビジネス・実利重視(例:イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンの国交正常化実現(2020 年9月))などに特徴づけられた。

その後バイデン政権下では、2023年10月7日に、ハマスによるイスラエル越境攻撃が発生し、2024年4月にはイランによる史上初のイスラエル攻撃が行われるなど、現在、イスラエルとイラン及びその代理勢力(ヒズボラ、フーシ派、ハマス)との対立が激化している。また、2024年12月8日にはシリアでアサド政権が崩壊した。

このような状況下、第2期トランプ政権下の中東動向を見通す要素としては、①トランプ大統領とネタニヤフ首相の関係及びそれに伴うイスラエルの政策の自由度、②イラン及びその代理勢力の対応、③アブラハム合意路線のトランプ政権の実利重視の後押し、イスラエルとサウジアラビアの国交正常化など、④(米国の抑制的対応による)中国、ロシアの中東への介入度が挙げられ、これらの複雑な方程式を解きほぐす必要がある。

この点、ネタニヤフ首相は、第1期トランプ政権下で史上最強と言われた米・イスラエル関係を拠り所に、トランプ大統領からの強力な後押しを「青信号」と捉え、自由に反イスラエル勢力への攻撃を強化する可能性がある。イスラエルはイラン、ヒズボラ、フーシ派、ハマスの4正面同時戦争にも耐えうる覚悟で、建国以来の第2次独立戦争中と明言するネタニヤフ首相の意図を過小評価することは禁物である。また、その延長で、同盟国・米国の対応如何により、米国とイラン及びその代理勢力との交戦に発展する可能性も排除されない。

イランの欧米融和路線は頓挫。核開発が加速する可能性あり

2024年7月に発足したイランのペゼシュキアン新政権は、欧米融和路線により対イラン制裁解除を米新政権の下で実現したい意向であった。しかし、対イラン強硬路線が明確なトランプ政権が誕生し、また議会でも、上院、下院とも共和党が多数派となる、いわゆる「トリプルレッド」になったこともあり、その目標の実現は早くも困難になったと言わざるを得ない。むしろ対イラン制裁強化の流れに向かうだろう。またトランプ政権の強固な後ろ盾を得たイスラエルが、イランへの攻撃をさらに強化する可能性は高く、そうなれば、イランとしてもイスラエルへのさらなる報復を行わざるを得ず、報復の連鎖が激化することが懸念される。窮地に追い込まれたイランが対抗措置として、核開発を加速させた場合、トランプ大統領はイスラエルに核施設への攻撃を容認する可能性もある。

トランプ政権がイスラエルとサウジアラビアの国交正常化を後押し

実利重視のトランプ大統領は、第1期で成し遂げたイスラエルとUAEの国交正常化(2020年8月)のバージョンアップ(総仕上げ)として、先端技術を有するイスラエルと豊富なオイルマネーを有するサウジアラビアの国交正常化実現を中東政策でトッププライオリティに挙げる可能性もある。サウジアラビアとしては、バイデン政権の人権重視政策(サウジアラビア人ジャーナリスト・カショギ氏暗殺事件)で冷え込んだ米国との関係を第2期トランプ政権下で改善させたい考えであり、米・イスラエル・サウジアラビアの思惑は一致する可能性が高い。ただし、このような三者の接近は、イスラエルに対して融和的ととらえられる点でアラブ諸国の民衆レベルの反発を招くことは必至であり、その風圧を一身に受ける、アラブ・イスラムの盟主を自負するサウジアラビアの動向が注目される。

「アメリカ・ファースト」が招く中東でのパワーバランスの変化の可能性

トランプ大統領は、中東においても「アメリカ・ファースト」の外交姿勢を堅持し、親イスラエルの立ち位置は明確に打ち出しつつも、緊迫する中東情勢の沈静化のために自ら汗をかいて、軍事支援や外交努力を行わない可能性も排除されない。その場合、中東地域における米国の影響力はさらに低下し、中国がその間隔をついて存在感を増す動きを示す。2023年3月のサウジアラビアとイランの国交正常化に続き、2024 年7 月にはパレスチナのファタハとハマスの和解も中国が仲介している事実は過小評価できない。この場合、アラブ諸国は、米国に依存し、傾斜していた時代から脱却し、「中東ファースト」の視点で、欧米と中露の間で自律的な外交を展開する方向へ舵を切り、国際秩序を左右するプレイヤーとしての存在感を増していく流れが出てこよう。

提言

  • 日本は、原油輸入の95%以上を中東産油国に依存し、中東の安定は日本の死活的国益である。そのため中東産油国の中核たるサウジアラビア、UAEとの戦略的関係を強化するとともに、イスラエルとイラン双方にバランスをとる外交を展開する必要がある。トランプ政権の発足で、対イラン包囲網強化への圧力が高まることが想定され、同盟国・米国との協調とイランとの伝統的パイプの維持を両立させるしたたかな外交が求められる。
  • 中東の安定が国益である日本は、中東問題の当事者であることをトランプ政権、G7、主要国が入るG20なども機会あるごとに国際的に認識させる必要がある。ガザ、レバノン及びシリアの統治・復興に関する国際会議が、国連の主導で開催される場合には、日本は具体的かつ実効性のある支援策やロードマップを発表し、主導権を発揮しなければならない。その準備をあらかじめ進めておくことが求められる。

(脱稿日2024年12月12日)