国問研戦略コメント

戦略アウトルック2025
第10章 国家間競争時代の経済安全保障:優位性と安全性の追求

髙山嘉顕(日本国際問題研究所研究員)
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先端技術をめぐる競争は依然として継続

国家間競争が依然として継続する中、各国は技術優位の獲得・維持に注力する。そこには伝統的な国家安全保障(国防)の経済的側面の強化という側面があり、各国政府は人工知能(AI)、量子コンピューティング、バイオテクノロジーを含む新興・重要技術分野で大規模な政府支援を行うなどして技術優位を追求する。なかでも先端AIに必須の画像処理プロセス(GPU)や広域帯メモリ(HBM)などの先端半導体の獲得・開発競争は今後より一層激化しよう。米国の次期政権下でも先端技術の研究開発支援は継続すると見られるほか、中国もAI、宇宙、量子などの分野を戦略的産業として注力する。日本では2022年に成立した経済安全保障推進法に基づいて、先端的な重要技術の開発支援が図られている。すでに同法に基づいて指定された宇宙・航空、海洋、サイバー等の分野における「特定重要技術」の研究開発の促進とその成果の適切な活用を支援するための経済安全保障重要技術育成プログラム(Kプログラム)が稼働している。また、日米間で量子分野での研究協力が推進されているように、他の新興・重要技術分野でも研究開発段階で同盟国や同志国の連携がさらに推進されるだろう。

他方、技術優位を維持するための技術保護も重要性を増している。米政府は2024年9月に量子コンピューティング、半導体関連技術、3Dプリンティングなどに関する新たな輸出管理措置を実施し、10月に半導体、量子情報技術、AI の分野における対中投資を制限する規則を発表した。今後も投資審査、輸出管理、研究セキュリティ等の分野で規制強化が図られる可能性がある。日本でも技術保護のための取り組みは進展し、2024年5月にセキュリティクリアランス制度を法制化した「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」が成立した。また、技術保護の分野でも、経済及び学術活動の健全性を保障しつつ措置の実効性を高めるために、国際協調が模索されよう。日本、米国、欧州諸国、韓国などのパートナーは先端技術の技術保護で足並みをそろえる努力が必要になる。なお、こうした国際連携を実現するために米国次期政権が強制的な措置をとる可能性も否定できず、その場合は米以外のパートナーが連携して対応する必要があろう。

強靭で信頼可能なサプライチェーンの再構築

国家間競争が熾烈になるにつれ、経済を国家安全保障上の論理で再構成する動きが顕在化している。経済の安全保障を確保するためである。米国ではCHIPS+法に基づいて半導体産業への支援が次々と発表されたほか、日本でも半導体のサプライチェーン再編の試みが加速化した。2024年末に熊本でJASM(TSMC 熊本)の第1工場(12−28ナノ)が稼働し、量産が開始された。2024年末に第2工場(6−40ナノ)が着工され、2027年稼働予定とされる。こうした取り組みは経済安全保障推進法に基づく特定重要物資の安定的な供給の確保(サプライチェーンの強靭化)の一環である。また、同法に基づいて重要鉱物のサプライチェーンの強靭化も目指されている。日本企業が新たな有望鉱山を発見するための探鉱・フィージビリティスタディ(FS)、鉱物資源を採掘・生産するための鉱山開発、選鉱・製錬施設の建設、そして鉱物資源生産の高効率化や低コスト化を図るための技術開発等への助成措置による支援が検討・実施されている。すでに2024年3月に日本企業と豪州企業による豪州鉱山の探鉱事業への約49 億円の助成が決定された。この事業は、今後の鉱山開発により、ニッケル、コバルトの確保を目指すものである。

他国による経済的相互依存の武器化を通した経済的威圧についての評価、備え、抑止、対抗措置も国際連携を基に検討されている。中国によるガリウム、ゲルマニウム、黒鉛、アンチモニーなどの重要鉱物やレアメタルに対する輸出管理措置の実施状況をモニターし、情報共有を進める取り組みがG7を中心に進展するだろう。すでにG7を中心に重要鉱物サプライチェーンの再編(採掘、精錬、販売、Local Value Creation)が追求されている。また、非市場的慣行・政策への対抗措置が強化されるだろう。中国による安価製品(成熟半導体、電気自動車(EV)、太陽光パネル等)の過剰供給問題への対応が、その検討から実施への段階へと移行するだろう。この問題については、すでに米国、EU、カナダ、ラテンアメリカ諸国が調査や関税措置の検討/実施を発表している。アジアの諸国もこうした措置に追随する動きを見せている。

他方、中国も米政府による輸出管理措置等からの影響を局限化するために、露光装置やソフトウエアの開発に注力するなどして半導体産業の自力更生を追求する。そのために2024年5月には国内半導体関連企業支援のための国家集成电路产业投资基金(大基金)が過去最大規模(約475億米ドル)で設立された。また、中国では一部米系企業の製品やソフトウエアが使用禁止になるなど、脱アメリカが加速している。他方、製造分野での外資参入制限の撤廃、通信・医療等サービス業の市場参入緩和なども実施され、中国市場は世界に開かれているとアピールされている。こうした措置は重要産業における投資誘致や技術協力などによる技術吸収・産業育成といった目論見もあると見られている。米欧等による関税措置については、中国は2024年5月に日米EU台からの化学樹脂の輸入に対する調査を実施すると発表するなど対抗措置とみられる動きも見せている。

提言

  • 引き続き、先端技術の開発・育成に注力すべき。特に光半導体や量子コンピューティングなどの新興・重要技術については、同盟国や同志国との連携を探りつつも、日本の強みを伸ばしていくべきである。
  • セキュリティクリアランス制度の2025年の運用開始までに企業等は準備を加速する必要がある。企業間でのギャップは制度の効果を損うので可能な限り少なくする必要がある。そのために産官学間の情報共有が必要となる。
  • 国境をまたぐサプライチェーン上にある脆弱性を特定し、代替サプライヤーの開発や技術ブレークスルーを通してボトルネックを解消すべき。同盟国や同志国などのパートナーとの連携によって、すでに閉山した鉱山の再利用のみならず都市鉱山(E スクラップ)の回収・再生技術の開発協力なども進めるべき。
  • 強靭で信頼可能なサプライチェーンの再構築が進展すると、自由貿易原則との整合性が問題となる。経済(システム)そのものの安全保障が不可欠と認識されるようになり、経済活動を行う上での前提として、経済合理性に基づく収益性や効率性のみならず安全性や安定性も重視される。こうした状況を背景に、従来の自由貿易原則に基づく国際ルールや規則と、国家間競争時代の経済安全保障が依拠する原則との間で調整や制度作りが必要となろう。日本はこの取り組みにおいて産官学が連携して、国際社会の多数派に支持されるような国際的な議論や制度作りを牽引していかねばならない。

(脱稿日2024年11月28日)