国問研戦略コメント

戦略アウトルック2025
第11章 自由貿易体制にさらなる試練:保護主義の連鎖が最大の懸念

柳田健介(日本国際問題研究所研究員)
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トランプ政権 2.0の貿易政策は一層保護主義的な性格に

トランプ氏は大統領キャンペーンの中で、中国に対してのWTOの最恵国待遇の取り消し、中国からの輸入に対して60%の追加関税、全世界からの輸入品に対して一律10−20%の追加関税を課すことを打ち出した。バイデン政権が実施した中国に対するEVへの100%の追加関税及び鉄鋼・アルミニウム、半導体、バッテリー等の分野について、これらの物資の中国への依存を段階的になくすと主張した。対中関税の引き上げは1974年通商法301条(不公正貿易)等に基づき大統領令により早期に実施される可能性がある。最恵国待遇取り消しや一律関税は議会の承認が必要であるが、共和党が下院・上院ともに過半数議席を獲得したことから、これらの政策についても実現可能性が高まったといえる。ただし、対中関税及び一律関税が導入されると米国のGDPにマイナス0.8%の影響があるとの試算があるほか、米国の経済環境はトランプ大統領1期目と比べてインフレ、高金利、ドル高と大きく異なっていることにも留意が必要である。とりわけインフレを助長するような政策には慎重になるだろう。

EVについては、中国のEVメーカーがメキシコに工場建設を計画していることについて、メキシコからの輸入に対して100−200%の関税を課すと述べている。第三国を経由したEVの流入の阻止はバイデン政権でも検討はされているが、トランプ氏は国内で生産すべきであるとし中国メーカーの国内投資を容認するような発言もしている。しかし、中国のEVバッテリーメーカーのCATLによる国内投資に対して対中強硬派の共和党議員が強く批判したことにみられるように、基本的には厳しいスタンスがとられるだろう。また、大統領選でトランプ氏を強力に支持したイーロン・マスク氏は自身がCEOを務めるテスラにとって競争が有利になるような政策を期待しているだろう。

第1期トランプ政権下では1962年通商法232条(安全保障)に基づく鉄鋼・アルミニウムへの追加関税は広範な国・地域が対象となり、EU、カナダ、メキシコなどが報復措置を発動させた。また、EUと日本からの自動車及び部品輸入に関税又は数量制限を課すことを検討した経緯もあり、欧州や日本との貿易摩擦の可能性も懸念される。

対抗措置の応酬への懸念

トランプ政権2.0の貿易政策が実施されれば、中国は対抗措置として関税を引き上げるほか、近年ではガリウム、黒鉛、アンチモニー等の重要鉱物の輸出規制の措置も目立つようになってきており、特に経済安全保障の分野では米中デカップリングが進むとともに、将来的に追加関税や規制対象がどこまで広がるかの先行きの見通しが一層難しくなることが予想される。また、一律10%の関税が導入されれば、広範囲の国・地域との対抗措置の応酬に発展する可能性があり、世界経済に深刻な影響を及ぼしかねない。EVを含む自動車についても、二国間及び第三国からの輸入に包括的に関税が課されれば、サプライチェーンの混乱につながる。

WTOの弱体化、マルチの取り組みへの米国の関与低下

トランプ政権2.0下では、WTOの機能はさらに弱体化する恐れがある。一方的措置や保護主義に対して紛争解決機能での解決が望めないし、米国が多国間枠組みから距離をとることでルールづくりや監視機能の強化といった改革を進めることも困難となる。

ただし、WTO改革をめぐって第1期政権下で国際連携がなかったわけではない。2017年、日本の呼びかけにより日米欧の三極貿易大臣会合が立ち上がり、過剰生産につながる産業補助金や強制技術移転、WTO電子商取引のルールづくりの作業が進められた。現在では、米欧の間では貿易技術評議会(TTC)、日米の間では日米経済政策協議委員会(経済版「2+2」)を通じて国際連携が図られている。国際場裏で日本が調整役となって日米欧の政策調整を進める枠組みを推進するといったことは十分に考えられる。

米国のマルチへの関与が低下する一方、二国間のアプローチにシフトすると予想される。第1期政権下では、日本とは日米貿易協定(主に関税)とデジタル貿易協定を締結した。中国とは米中経済・貿易協定を通じて、米国産の農産品の輸入拡大や技術強制移転、補助金、過剰生産等の是正を求めたが、早い段階で中国との交渉を再開させる可能性がある。また、インドとの貿易交渉を進めていた経緯もあり、インドを含む対グローバルサウスとの貿易協議に取り組むことが見込まれる。二国間のアプローチでは、市場アクセス、投資、知財、電子商取引(データフロー)など、EU、日本などのG7諸国と懸念を共有できる分野が出てくる。

バイデン政権が進めていたIPEFは藻屑となるだろう。他方、インド太平洋との経済的な関与においては、第1期政権で取り組んでいたインフラ投資(一帯一路への対抗、質の高いインフラ投資)を再び推進する可能性がある。Quadなどのミニラテラルを通じた分野別の協力の推進は継続するだろう。

提言

  • 日本は、米国と二国間枠組み(日米経済枠組み2.0)を通じて、日米の貿易・投資の強化を進めるべき。その際、一律関税が米国にとって国内でのインフレを助長するなどの明らかな悪影響があること、広範囲の国・地域との対抗措置の応酬となれば負の影響はさらに増大することを具体的根拠をもって伝えるべきである。
  • 米国の二国間のアプローチと連動して、中国の産業補助金、過剰生産、強制技術移転の問題については、WTOの機能やルールが十分に機能していない部分についての改革やRCEP、日中韓FTA、CPTPP等の枠組みを活用して懸案について中国との協議を行うべき。また、G7をはじめとする国際場裏を活用しTTCや日米経済2+2 をつなげた日米欧間での連携強化をすべき。経済版2+2をネットワーク化するのも一案。また、デジタル貿易のルールづくりを二国間やWTOのプルリ交渉で追求すべきである。
  • インドを含むグローバルサウスの国とも、市場アクセス、投資、知財の規律強化にプラグマティックに取り組むべき。また、インド太平洋地域ではインフラ投資など日本の強みのある分野で、Quad等のミニラテラルを通じて米国をまきこみ連携・協力を進めるべきである。

(脱稿日2024年12月4日)