国問研戦略コメント

戦略アウトルック2025
第12章 人工知能・無人機の開発・拡散がもたらす安全保障への影響

吉田優一(日本国際問題研究所研究員)
  • twitter
  • Facebook

軍民両用技術を含む新興・重要技術は、従前の安全保障のあり様を変容させつつあり、人工知能(AI)及び無人機の利用は、大国間競争だけでなく、今後の戦争行為や治安維持活動にも重大な影響を与えうる。

新興・重要技術の拡散・濫用による人命被害・人権侵害の拡大

無人機は、ウクライナやイエメンのフーシ派等により、その効果が実証されている。特にウクライナ戦争では、AI 軍事支援システムの活用とともに、商業用ドローンを改造して偵察・攻撃に用いる戦術が比較的低価格で高い成果を上げており、東南アジアやアフリカ等を含む、いわゆる「グローバル・サウス(GS)」諸国も多大な関心を示している。今後、GS諸国によるAIと無人機技術の活用いかんにより、国際安全保障や国内治安維持に重大な変化が見込まれ、国防戦略や法の支配、国際連携等の分野にて喫緊の課題となる。

ガザ紛争においてイスラエルは、AIを活用した自動攻撃システムを用いて、標的の自動認識や攻撃の自動化を実質的に実践しているとされ、人間の関与(human in the loop)の観点から、倫理・信頼面等で問題視されている。将来的に他国でも同様のシステムが導入されれば、さまざまな国家・地域で標的の誤認や民間人への被害だけでなく、権威主義的な政府による技術の濫用や人権侵害が増加するリスクも高まりうる。

治安維持の観点では、AIと無人機を用いた国境監視や国内監視が実装され、治安強化に寄与することが期待される。先端的な軍民両用技術の拡散は、GS諸国における国内治安維持や国境警備の分野での技術革新を促進させ、国境管理やテロ対策、犯罪抑制等にAIと無人機技術を統合したシステムが活用される可能性がある。これらの技術は、財源の限られた国でも効果的な任務の遂行が可能となるため、さまざまな国家が導入を今後検討することとなろう。しかしながら、軍が治安維持活動を担う国家では、軍と警察の役割が曖昧であり、特に権威主義体制下では、統治の強化や人権侵

害が発生するリスクが増大する。従って、AIや無人機技術の使用に対する国際的な規範や規制の整備が重要となる。

苛烈化するドローン開発競争と同盟・同志国との連携の統合深化

米中大国間競争では、無人機技術の開発競争も激化している。米中両国では、台湾有事に備えた無人機技術の開発が加速しており、米国は、ウクライナ戦争で使用されたような小型で安価な無人航空機(UAV)ではなく、高機能で長距離飛行が可能なUAVの開発に注力している。地理的に遠隔にある米国は、中国が展開する接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力に対抗するためにも、厳しい環境に耐えうるUAV の開発・運用が求められており、高度な技術開発と生産体制の強化が必要となる。他方で中国は、地理的近接性を活かし、さまざまな種類の安価な短・中距離飛行のUAVを大量に配備する戦略により、米国に対する優位性を確保しようとしている。

現在注目されている技術は、スウォーム(複数の無人機が協調して自律的に作戦を遂行する技術)である。ハードウエア技術で優位性を有する中国は、ソフトウエア面で優れている米国に対抗してソフトウエア開発に注力していることから、競争の焦点が自律性の向上や協調動作能力の強化に移行している。これらの技術は、偵察や攻撃での運用効率を大幅に向上させる可能性が指摘されており、米中間の競争がさらに激化することが予想される。これまでの戦場における無人機の最も重要な任務は、情報収集・警戒監視・偵察・標的設定(ISRT)であった。今後は、AIを用いた統合全領域指揮統制(JADC2)を構築し、同盟・同志国との協力の下で各種センサーとシューターを地理的に分離しつつも機能的に統合させ、いかに相手よりも先に「観察・状況判断・意思決定・実行(OODA)サイクル」を回して長距離精密火力等の攻撃を成功させるかが米国にとり重要となる。

米国は、台湾有事を見据え、台湾や同盟国との連携強化を試みる。短・中距離ドローンを台湾に事前配備し、台湾周辺の防衛能力の強化を図ることが重要である。他方で台湾は、ウクライナと異なり、安価な中国製ドローンに依存できないため、自国又は同志国とのドローン開発・製造が急務である。

提言

  • GS諸国に対してAI基盤整備の支援を行う際には、AI技術が適切に使用されるための規範や規制の創出に国際社会と協力して積極的に関与すべき。プライバシー保護や説明責任の確保を目指し、広島AIプロセス等を活用しつつ、AIの倫理的使用を推進する枠組みを構築することが肝要であり、権威主義的な政府による政権維持のための正当化や抑圧を防ぐ必要がある。
  • 戦場における無人機技術を適切かつ有効に活用するため、対ドローンも含めたドクトリンや作戦コンセプト等を策定すべき。同策定には、日本の離島防衛やインフラ防護だけでなく、台湾有事も見据えれば、米国や台湾との協力も含めた無人機の運用計画も念頭に置く必要がある。今後は、海上・海中ドローンも含め、米中台の戦略・作戦に対応した策定作業が不可欠となる。また、無人機に係る交戦規定の検討と同時に、無人機使用の際の法的基盤を強化する必要がある。現行電波法の下では、無人機の性能及び対ドローン兵器の出力が制限されてしまい、開発・運用に問題が生じている。海上自衛隊基地への度重なるUAV 進入事案は、米国側からも疑義が呈されており、法規制のあり方を含め早急に解決すべき問題である。
  • 日本は、同盟・同志国との間で防衛産業協力を推進し、無人機技術の共有と共同開発を強化すべきである。特に、日本が得意とするハードウエアの技術を活かし、高性能なセンサーや耐久性の高い素材の開発を通じて、海洋安全保障能力を向上させることができよう。また、同盟・同志国との協力を通じて、強靭な供給網を構築することも必要となる。これには、製造だけでなく、部品供給や技術支援の連携も含まれる。

(脱稿日2024年11月29日)