従来の偽情報対策の見直し議論が西側諸国で拡大
生成人工知能(AI)による偽動画や音声などのディープフェイクが精度を高めており、偽情報の問題は量・質ともに深刻になると見られる。今後の傾向についての省察は以下のとおり。
AI技術の飛躍的向上により偽情報が社会にもたらすリスクが高まる。本人認証プラットフォームのサムサブ(Sumsub)によれば、世界のディープフェイク件数は2022年から2023年にかけて10倍に急増し、アジア太平洋地域では平均で1530%増、日本に関しては2800%増と、地域別でも問題が深刻化している。選挙イヤーの2024年は、さらに多くのディープフェイクが拡散されるとの認識の下、米国の民間セクターや市民社会団体を中心に、AIが生成した情報であるか否かを検知するための研究やツール開発などの取り組みが加速し、米国大手メディアなどがこれらツールを活用した。2025年は、AI生成型偽情報の質が向上し、問題がさらに深刻化することが見込まれるが、これらのツールの利用者やサービスが拡充し、利用者は米国にとどまらず、より広範になると考えられる。
ディープフェイクを含む偽情報全てに対抗することは困難を極めるため、「デバンキング(debunking)」(虚偽だと暴露すること)ではなく、「プレバンキング(prebunking)」(偽情報に対する予防的耐性を事前に構築すること)に向けたアプローチの検討と実施がさらに拡大することとなろう。
また、西側諸国においては、これまでの情報影響工作(Information Influence Operations)対策の見直しに向けた議論も加速すると見られる。特に、西側諸国がグローバル・サウスに向けて展開してきた戦略的コミュニケーション(Strategic Communication)のあり方を再検討する動きが活発となろう。ラトビア共和国の首都リガに拠点を置くNATO戦略的コミュニケーションセンター(NATO Strategic Communications Centre of Excellence)などが指摘するように、ロシアのウクライナ侵略によって西側諸国とグローバル・サウスの間の見解の隔たりが露呈して以降、西側諸国は、グローバル・サウスにおけるロシアの情報影響工作の実態と現地への影響に関する関心を高めている。同時に、西側諸国のグローバル・サウスに対する働きかけがなぜ成果をあげられないのかについての検討が重ねられることとなる。その結果、グローバル・サウス諸国に対する西側諸国の戦略的コミュニケーションや情報影響工作対策の見直し議論が活発になると予想される。
偽情報対策における国際連携の変容とインド太平洋地域における連携拡大
トランプ新政権下では、これまでバイデン政権下で進められてきた偽情報対策が大きく変わる可能性がある。
第1に、民主党政権下で偽情報対策に協力的だった米国のSNSプラットフォーム企業を中心とする民間セクター、メディア、市民社会団体と、米国政府との協力関係が変化すると見られる。主流メディアは新政権の発言などのファクトチェックを行う一方、SNS企業の中には新政権からの「検閲」批判を恐れ萎縮するものも出てくるだろう。その他の民間セクターや市民社会団体は、新政権からの支援に頼らない持続可能かつ独自の取り組みを模索するだろう。
第2に、米国以外のプレーヤー、具体的にはカナダや欧州諸国、台湾などが、米国に頼らない形で偽情報対策における国際連携を進めようとすると見られる。特に中国を念頭に、インド太平洋の国や地域との連携を模索する動きが活発化し、インド太平洋地域における情報保全のためのセンター・オブ・エクセレンス設立の可能性をめぐる議論などが加速することも見込まれる。その中で、日本の役割に対する期待と協力の機会が増大することとなろう。
提言
- 偽情報対策のあり方として、偽情報被害が発生してからの対症療法に過ぎない現在のモグラ叩き(whack-a-mole)式アプローチから脱却する。同アプローチは非効果的かつ非効率的であると認識し、偽情報に対するカウンター発信以外の方途の確立と運用に向けた検討を政府内で早期に進める必要がある。
- その一つとして、プレバンキングの有用性について認識し、実施体制を整備する。災害大国日本が、過去の災害をはじめ、選挙などで拡散した偽情報に関する内容、拡散傾向、ソーシャル・ネットワークなどを分析し、今後出現する可能性のある偽情報とその拡散傾向などを予測することは可能である。事前に情報を発信・公開し、社会の強靭性を構築しようとする積極的な対策は、生成AI時代においてデバンキングより効果的である。
- 政府のインテリジェンスと戦略的コミュニケーションの強化を図る。情報収集・分析を通じた社会の情報エコシステムに対する理解促進と、関係組織間の情報共有・集約・発信まで迅速かつ柔軟に対応できるよう、関係政府機関のキャパシティ・ビルディングを促進することが求められる。
- 社会全体(whole-of-society)アプローチの実現を目指す。偽情報対策は政府が単独で行えるものではない。民間セクターや市民社会団体による、情報発信、研究、技術開発、教育、ファクトチェック、ジャーナリズムの質の向上などのさまざまな取り組みの拡充と、アクター間の多面的な連携を図るべきである。
- 偽情報対策においてもインド太平洋地域に対する関心が世界から増大する中、日本はより積極的な国際連携を模索することが望まれる。特に台湾との協力を模索し、台湾の市民社会団体との関係構築および連携を目指す。
(脱稿日2024年11月11日)