国問研戦略コメント

戦略アウトルック2025
第14章 厳しい情勢が続く軍備管理・軍縮・不拡散

秋山信将(軍縮・科学技術センター所長)
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概観

核を取り巻く国際環境はかつてないほど厳しさを増している。国際環境を規定する要因の中で最も重要なのは、米中露間の戦略的対立の深化である。大国が対立を深める中で、各国の核政策はそのような基調を反映させたものとなっている。

中国は、核兵器不拡散条約(NPT)において認められた5つの核兵器国の中で、現時点において唯一核弾頭数を増加させており、大陸間弾道ミサイル(ICBM)のサイロの建設、戦略原潜の建造、極超音速滑空体(HGV)といった新たな核運搬システムの開発による運用システムの多様化と第二撃能力の強化を図っている。このような核戦力の増強や即応態勢を高める動きについては、中国が従来維持してきた核の先行不使用政策や、必要最小限の報復能力によって戦略的抑止を利かせるという最小報復戦略(minimum retaliation strategy)との矛盾が指摘されている。

ロシアは、ウクライナへの侵略の準備段階から、2024年11月の現時点に至るまでの間、演習における核戦力の移動や、核の限定使用への言及、あるいは核ドクトリンの改定など、核兵器使用の閾値を下げるようなシグナルを発することで、米国や欧州のウクライナへの支援をはじめとする紛争への関与を抑制しようとしている。能力面でも、2024年9月には新型ICBM「サルマート」の試験の失敗が報じられてはいるが、核戦力の近代化は最終段階にあると言われている。

米国は、2022年の「国家防衛戦略(National Defense Strategy:NDS2022)」では、中国を自国の安全保障戦略の基調を規定する挑戦("pacing challenge")と位置付け、またロシアについても引き続き深刻な脅威として認識し、この2つの大国の核の脅威と同時に向き合う、さらには戦略的な連携も視野に入れた、いわゆる「two-peer」問題のなかで、核戦力のあり方を構想することになる。2023年10月に公表された『戦略態勢委員会報告書』では、NDS2022における、通常戦力により「一つの主要戦争に勝利/もう一つを抑止」するという想定に対して将来、戦力不足が起きると指摘し、効果的な核報復のオプションや地域レベルでの抑止態勢の構築が言及されている。

このように、米中露では安全保障態勢の強化を図るうえで核戦力の役割がより強く意識されるようになってきている。これに加えて、地域レベルを見ると、東アジアでは北朝鮮が、米国本土に到達するICBM開発の進化や核兵器を戦闘の中で使用することを示唆するような戦術核開発を進め、核への依存を高めている。また、中東をみると、潜在的核保有国のイスラエルと核開発疑惑国であるイランが、小規模とはいえ直接戦火を交えるような事態にまで発展したことは、地域安全保障の中で核兵器の存在が比重を増していることを示している。

米露軍備管理の見通し

大国間の軍備管理に関しては、まず米露間の新戦略兵器削減条約(新START条約)は、5年間の延長期間の終了を2026年2月に控え、交渉を行う必要があるが、ロシアは2023年2月に同条約の履行を停止(suspend)すると宣言、2024年2月、プーチン大統領は、米国がウクライナを支援することによってロシアに「戦略的敗北」をもたらそうとしている間は軍備管理については話し合わないと述べている。ロシアから見れば米国のウクライナ戦争への対応がカギを握るということである。トランプ新大統領は、ウクライナ戦争を直ちに終わらせると述べているが、戦争が早期に終結し、さらに米露間での新START条約の後継条約をめぐる交渉が始められると見通すことは難しい。

もしトランプ新大統領が戦争を終わらせるためにロシアとウクライナの間の交渉を促すことになれば、米露間の戦略的なコミュニケーションの大枠の中で、軍備管理はアジェンダの一つとして浮上しよう。もっとも、米露間の戦略的安定性は、運搬手段の多様化や欧州における安定に係る両国の相違などの要因によってより複雑化しており、新START条約と同じカテゴリー、すなわち戦略レベルの核弾頭や運搬手段の数量に係る規制だけで定義しきれるものではなくなりつつある。非戦略核、ミサイル防衛の扱いを含め合意可能なモダリティを見出すことは難しいことに留意する必要がある。

米中間の軍備管理の見通し

米中間の軍備管理については、従来どおり中国が軍備管理協議に否定的な姿勢を示し続け、当面は進展しないだろう。中国にとってみれば、核戦力増強に規制がかかることによって、両国間の戦力の非対称性が固定化されることで脆弱性が恒久化されるリスクとなる上、両国が保有する核戦力の量や配備状況、運用態勢などについて相互に申告しあうことが求められれば、中国の核戦力は米国による攻撃に対する脆弱性を高めることになるからである。

他方で、取引重視(transactional)な姿勢を持つトランプ新大統領は、中国が経済面でそれなりの見返りを提示すれば軍備管理を含む緊張緩和を追求する可能性もある。米中間の緊張緩和は、一般的には望ましいが、その結果として東アジアにおいて中国の行動の自由の拡大を許し、より自己中心的な行動を許容することになるのであれば、日本の安全保障にとってリスクとなる。米中の関係の改善及び軍備管理を通じた脅威の削減は、日米同盟の信頼性の維持とあわせて進めていく必要がある。

また、中国は米国、英国による豪州への攻撃型原子力潜水艦の供与計画(AUKUS のピラーI)を、NPT運用検討会議や国際原子力機関(IAEA)総会などさまざまなマルチの場において引き続き取り上げ、原潜の動力炉の燃料である高濃縮ウランの移転に係る保障措置のあり方について議論を提起して、米英豪の連携を牽制する姿勢を堅持するだろう。

不透明感が増す北朝鮮・イラン問題

核不拡散では、北朝鮮の核能力の増強とイランの核開発問題の深刻化が引き続き焦点となろう。

北朝鮮に対しては、トランプ新大統領は、選挙キャンペーン中に金正恩総書記との話し合いを通じてミサイル発射をやめさせるとの姿勢を打ち出しており、トランプ新大統領の下での米国は「非核化」ではなく、核の脅威を低減するためのいわゆる「軍備管理」アプローチを追求するのではないかとみられている。仮に、トランプ政権が北朝鮮に対して核保有で事実上容認した場合、その日韓の安全保障に対する影響について米国と日韓の間でのすり合わせがなければ、本来脅威削減という観点から望ましい米朝対話が、日本にとって拡大核抑止および再保証に対する不安を高める要因ともなりかねない。

一方、イランの核開発については、トランプ前政権では、2018年に包括的共同作業計画(JCPOA)から離脱して制裁を再開させ、また2020年にはイスラム革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害するなど、イランに対して強硬な姿勢をとってきた。イラン側は、国際派と目されるペゼシュキアン氏が大統領に就任し、またJCPOAの交渉を担ってきたアラグチ氏が外相となった。しかし、イラン国内では、JCPOAの約束を一方的に破棄した米国に対する不信は根強く、イランと米国の間での信頼構築は困難であろう。さらに、JCPOAとともに採択され過去の安保理決議に基づく制裁を停止してきた安保理決議2231は、2025年10月18日に終了する。そうなれば、欧米諸国は過去の安保理決議に基づく制裁を復活させることができるようになるが、当然ながらイランの強い反発が予見される。対立の激化はイランを核保有に近づけ、またイランと中露のさらなる接近をもたらす可能性がある。

核不拡散レジームの礎石であるNPTの運用検討プロセスは、2025年には2026年運用会議の第3回準備委員会が開催される予定となっているが、このような大国間の戦略的競争を受け、ここでも「誰が核不拡散レジームをダメにしたのか」というナラティブをめぐる対立が続くであろう。現状ではコンセンサスでの最終文書が採択される可能性は低い。また「グローバル・サウス」の一部の国々が、ロシアによるウクライナ侵略が国際法違反であると非難することを控えているが、そこには米国や西側主導の国際秩序に対する異議申し立て、多極化追求の側面があることを理解すべきだ。

提言

  • 日本は、まず、トランプ新大統領が、大国との戦略的関係において対決的な姿勢をとるのか、それとも融和的な姿勢をとるのかを見極めていくことが必要であろう。いずれにしても、米国との関係においては、同盟の強靭さと抑止態勢の強化とを追求していくことに変わりはない。また、台湾や朝鮮半島有事を想定し、日韓は米国に対して抑止の信頼性と事態対処計画に関し、一層緊密な政策調整を働き掛け、協調することを追求すべきであろう。その中で、核の役割について共通理解を確立し、最適な能力の構築とともに、中国等との戦略対話を通じた信頼醸成と脅威削減の可能性も模索すべきだ。
  • 他方、NPTを中心とする核不拡散体制において「米国第一主義」的な政策をとるのであれば、いわゆる「グローバル・サウス」と西側との対立をより深刻化されるように作用することになる。こうした対立の深刻化による核不拡散体制の弱体化や、体制自体に反西側的な空気が広がることは、中露などに影響力拡大の隙を与えることにもなりかねない。日本はこうしたリスクを低減するために、マルチ外交により積極的に関与し、米国を国際社会につなぎとめる役割を果たす必要がある。
  • いずれにしても最大の懸念は、日米間の政策の齟齬が拡大することである。米国と日本の間で、不透明性に対する危機管理として、抑止、軍備管理、軍縮、不拡散という核に係る政策領域を包括的に捉え、安全保障戦略の一環として緊密な調整の実施を米側に働きかけ、協調的で統一的な政策を追求することを心掛ける必要があろう。

(脱稿日2024年12月11日)