コラム

米国における財政再建と軍事費

2011-08-03
松本明日香(日本国際問題研究所研究員)
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はじめに

去る3月11日、我が国は大震災に見舞われたが、震災にあたり米軍は我が国に人員 20,000 名以上、艦船約 20 隻、航空機約 160 機を投入(最大時)した大規模な救援活動(「トモダチ作戦」)を実施し、食料品等約280 トン並びに水約 770 万リットル、燃料約 4.5 万リットルを配布、貨物約 3,100 トンを輸送した(1) 。米軍の活躍を目の当たりにし、近年の領土問題などに加えて救援活動においても日米同盟の意義が再確認された。

このようにトモダチ作戦の規模から米国の日本重視の姿勢が伺えるが、国債上限額の合意が紛糾していたように、折しも米国財政赤字削減の一環として軍事費削減が行われ、諸外国間での責任分担が進められると思われた矢先でもあった。今後の米国軍事予算の推移は、我が国の安全保障の観点からも注目される。

また、米2012年大統領選挙のひとつの大きな争点としても、米国連邦政府の財政再建が耳目を集めている(2) 。次期大統領候補者をみると、現職オバマ大統領についで、かつてクリントン政権期の共和党多数派議会にて議長として債務削減を推進して名を馳せた共和党のニュート・ギングリッチ(Newt Gingrich)がいち早く名乗りをあげている(3)

さて、米国の国家財政状況は、911後の対テロ戦争戦費増大や未曾有の金融危機から脱出するための景気刺激策により、2012年会計年度(2011年10月から2012年9月まで)は近年まれにみる単年度大幅財政赤字となり、実にその額は1兆645億ドルに達すると予測されている(4) 。下記図1はヴェトナム戦争終結以降のGDPにおける単年度財政赤字・黒字比率の推移を表しており、0を起点に上に伸びるほど財政赤字、下に伸びるほど財政黒字となっているが(5) 、GDP比率においても今期の財政赤字が顕著であることが図から見て取れる。

このような状況下で、連邦政府内で数々の財政再建案が検討されたのち(6) 、2011年2月14日にオバマ大統領は予算教書を発表した(7) 。しかし、2012年度米国連邦議会の予算案審議は「予算タカ派が空を飛び回り」難航し、一時はクリントン政権以来と言われる連邦議会の閉鎖までささやかれた(8) 。その要因としては、2010年におこなわれた米国中間選挙において小さな政府を求めるティ・パーティ旋風が吹き荒れたことにより、現在の下院では小さな政府と減税を掲げる共和党が多数派を占めていることが大きい(9)

ところがギャラップ社の世論調査によると、「予算を通すためには政府閉鎖も辞さない」と答えたものは33%であったが、それに対して「満足しない予算でも政府を閉鎖させずに予算通過することを支持する」答えたものは58%にのぼり、予算案通過前の3月には、下院において連邦政府を閉鎖の危機にまで追い込んだ共和党への支持率は34%と、民主党支持率の41%を下回ってしまった(10) 。これらの世論の変化を受けつつ、4月13日にオバマ大統領は修正案を提出し(11) 、共和党多数の議会もいったん妥協の姿勢を示したため、4月14日に現会計年度予算が辛くも成立した。しかし、政権の提出した修正予算案は、昨年度に超党派の財政責任改革委員会の提示していた赤字削減額に近い水準にはなっていたものの(12) 、共和党が提示する赤字削減額や期限には程遠い内容であり(13) 、その後の両院協議でもこれについての議論が紛糾した。また、国債の発行上限額の引き上げについても、民主党と共和党の間でぎりぎりまで合意に達せず、一時は米国債のデフォルトも懸念されたが、期限の8月2日を2日後に控えた7月31日夜にようやく両党上層部で合意し、8月2日に一応の決着を見た(14)

これらの財政赤字拡大への対処をめぐる紛糾は大きな関心と注目を集めている。たとえば米国の大手格付け会社ムーディーズは財政再建策の提示に一定の評価を示し米国債に対する「AAA」評価を現状維持としているが、別の大手格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)は現状では変更しないものの財政赤字削減の取り組みによっては2年以内に3分の1の確率で格下げとの見通しを示している(15)


[追記:2011年8月5日にS&Pは、合意案は債務構造の安定には不十分であるとして、米国債を「AAA」から「AA+」へと格下げをしている。]

わが国に影響を与えうる米国の状況は今後どのようになっていくのだろうか。本稿では戦後最大の債務をかかえる米国の財政改革と、我が国の安全保障上重要と思われる米国軍事予算について、1)2011年予算教書と4月13日修正案、補足的に7月31日国債上限額合意宣言、2)第二次世界大戦以降の赤字予算の推移、3)レーガン後期~クリントン政権期の事例から、今後の展望への示唆を得たい。


1) 2011年2月大統領予算教書、4月13日大統領修正案、7月31日大統領国債上限額合意宣言

2月の大統領予算教書では財政赤字削減額は10年間で合計1兆1000億ドルであったが、4月13日の修正案では今後12年間で合計4兆ドルと大幅に削減額が増えた。その内訳は、新たな非軍事裁量支出の5年間凍結、ジェネリック薬使用や医療ミス削減などによる医療費の抑制および海外緊急活動費
(OCO)や通常軍事費の効率化などの予算削減で2兆ドル、12月には延長をした富裕者層への減税を次回は延長しないことで1兆ドル、国債利息払いの削減で1兆ドルとなっている。大幅な歳出削減をしつつも国民保険制度、教育、新技術への投資は死守する方向を示している。なお、7月31日になされたオバマの演説によると、政府上層部は国債上限額の引き上げに合意した一方で、10年間で約1兆ドルの歳出削減と、さらに今後1.5兆ドルの追加歳出削減案の取り纏めを計画しているものの、当初の富裕者層増税は共和党やティ・パーティの強硬な反対から打ち出せずにおり、財政再建への道のりは険しいものとなっている(16)

軍事費の中でまず削減の対象となったのは対テロ軍事政策を支えた海外緊急活動費であり、2012年度通常軍事予算自体はむしろ前年度より220億ドル微増している(17) 。削減の対象となった対テロ対策について、オバマ大統領による修正案提示後の5月1日にパキスタンにおいてオサマ・ビン・ラディン殺害がなされ、ひとつの終止符が打たれた。微増している通常軍事費予算ではサイバーテロ安全保障、人工衛星、核安全保障などに重点がおかれている(18) 。これまでにゲイツ前国防長官を中心に4000億ドルの削減計画を実施してきているが、もともと行政管理予算局局長として予算畑にいたパネッタ現国防長官に引き継がれ、今後2016年までに780億ドル(19) 、2023年までの12年間で業務や調達の効率改善によりさらに同程度の削減が予定されている(20) 。このような大規模な財政赤字および軍事費削減は果たして前例のないことなのだろうか。


2) 第二次世界大戦以降の赤字予算の推移

第二次世界大戦以降の単年度財政赤字・黒字のGDP比率の推移を見てみると、大戦後いったん単年度財政赤字が解消したものの、1960年以降財政赤字がほぼ恒常化している(図2青い折れ線)(21) ことがわかる。さらに、近年の連邦政府総債務のGDP比率は、第二次世界大戦期間並みに突出している(図2赤い面)。

このような深刻な赤字財政の中で、軍事費はどのように推移してきており、今後推移していくことがありえるのだろうか。第二次世界大戦以降、GDPの成長とともに下記グラフ(図3)の軍事費(図3赤線)も90年代に足踏みをしつつもほぼ一貫して上がってきていた(22) 。一方で、全国家予算(図3オレンジ)における軍事費(図3緑)の割合は第二次世界大戦、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争を経ながら減少傾向となり、GDPにおける軍事費の割合もしばらく低下してきていた(23) 。しかし、2001年を境に911後の対テロ戦争の中でGDPにおける軍事費の割合は増加に転じてきている。

図3から明らかな通り、財政赤字および軍事費が額面でもGDP比でも継続的に抑えられていたのは、やはり財政改革の行われた80年後半から90年代にかけてのレーガン政権二期目~ブッシュ父政権~クリントン政権期である。以下では、これらの過去の事例から、オバマ政権の財政改革の実現可能性と軍事費削減の影響についてのヒントを得てみたい。


3) レーガン後期~クリントン政権期の財政改革と軍事費

クリントン政権では、ITへの政府投資と好景気を追い風としつつ、レーガン、G・H・Wブッシュ期の財政改革が実を結んで財政黒字を達成したといわれる(24) 。米国は、いまだに世界的な金融危機の影響から脱却しきれていないが、1987年10月19日にも「ブラック・マンデー」といわれる当時の米国株式史上最大の暴落があった。その時にも米国連邦政府が抱える巨額の財政赤字と貿易赤字が影響した可能性は高いともいわれる(25) 。これを受けて、一挙に財政改革が進められることとなった。わずか一ヶ月後の11月20日には財政赤字削減策がまとまり、同年12月22日包括歳出予算法案が成立した。プログラムごとに歳出と歳入のバランスをとる90年包括財政調整法(OBRA)と93年包括予算調整法がうみだされ、大統領府の行政管理予算局(OMB)と並んで財政赤字削減において大きな役割を担った。97年には財政均衡法が制定され、予算を新たに組む場合は別の予算削減など拠出の根拠を示すことが必要となり、翌98年度米国は一挙に財政黒字を実現した。また最高税率の推移を見ても、レーガン政権期で大幅切り下げしたものの、90年代のブッシュ政権、クリントン政権では再引き上げをし、累進性の再強化をおこなっている。

財政改革の一環として、軍事費削減も断行されてきた。レーガン期初期の86年予算まで、大統領側は増税を拒否しながら軍事費を削減しない一方で、議会側はメディケアの削減合意に至らず、結果として財政赤字の水準を高めていた。しかしながら、86年に民主党が議会多数を占めるに至り、レーガン政権後期には連邦議会主導で増税と国内支出や軍事費の削減という組み合わせでもって財政赤字を減らしていった。

続くブッシュ政権期では、89年にベルリンの壁が崩壊したが、すぐには有権者も冷戦構造崩壊を実感できず、78%もの有権者は当初国防支出の大幅削減に躊躇を覚えていたという(26) 。そのような情勢を受けて90年には財政赤字が膨らんでいたが、91年予算を成立させる90年に議会で合意に至らないまま夏を迎えたところで湾岸戦争が勃発し、ブッシュ大統領の支持率が60%から76%までにあがったのを背景に、共和党議員は減税推進・増税拒否の態度をとった。最終的にブッシュ政権は湾岸戦争を受けて軍事費を増額した一方で、最高税率の引き上げを認めた。また、湾岸戦争において米国は日本のPKOをはじめとして各国に対して責任負担を強く求めた。

ついで、民主党のクリントン大統領は4年間で財政赤字を半減させるという公約を掲げて当選を果たし、大統領と両院の両方とも民主党が多数の統一政府でもって強力に財政改革を進めた。実際に成立した93年予算案は、経済刺激策を打ちながらも、最高税率をさらに引き上げると同時に軍事費・メディケア両方を同等程度に削減するものであり、政権の推進力が表れたものとなった。しかしながら94年中間選挙では共和党が上下両院の多数を占めることになり、下院議長のギングリッチは「アメリカとの契約」を掲げながら大規模減税と福祉予算削減をセットに財政赤字削減を狙いつつも、国防支出と非国防支出の間の区別の復活を提唱した(27) 。このため、クリントン大統領は包括予算調整案に対して大統領拒否権を行使して抵抗し、長期にわたる連邦政府の一部閉鎖をもたらした。

以上のようにブッシュ政権からクリントン政権にかけての時期においては、冷戦が終焉しつつあった一方で、地域紛争・テロの脅威が増してきており、軍事費削減と赤字財政削減を目指しつつもそれには大変な時間を要した。また、軍事費を抑える一方で国家的な脅威に関して、ブッシュ政権はコストの分担という観点から「新世界秩序」を掲げて大国間協調を推進し、次のクリントン政権も、政治的に異質な旧共産圏を世界秩序に取り込むことで各国とのコスト分担を図りながら、それらの国々の民主化をうながそうとしたのである(28)

おわりに

以上のように、これまでにも財政再建とともに軍事費削減が進められた時期はあったが、軍事費は湾岸戦争や911を機に増大し、それ以外の歳出全体もリーマンショックを機に景気刺激策とメディケアを始めとして、着実に膨れあがってきている。また、個別プログラムのための制度的枠組みの中には、時限立法の期間が過ぎて効力を失っているものもあり、さらには均衡予算の縛りも弛緩してきていた。

そのためオバマ政権は、景気刺激策、グリーン・ニューディールや新技術への政府投資をすすめて雇用と景気に弾みをつける一方で、軍事費削減、メディケア効率化、富裕者層増税、利息削減などによって財政規律を引き締めたいとしてきていた。しかしながら、財政再建の手段に関して、大きな政府と増税に反対するティ・パーティや共和党との合意で苦戦を強いられている。

また先の軍事費削減に関連して、オバマ政権は対外政策に関してもイラク・アフガンにおけるテロとの戦いからの撤退を宣言しているが、軍備を拡大する中国(29) 、北朝鮮、イラン、パキスタンなど依然として安全保障上のリスクがあり(30) 、軍事費削減に対して危機感を覚えるものも少なくない(31) 。軍事産業の空洞化と技術者・研究者の海外流出を心配する声も上がってきている(32) 。オバマ政権の財政改革が今後はたしてどのように進んでいくか、注目していきたいところである。



(1) 外務省「東日本大震災に係る米軍による支援(トモダチ作戦)」2011年5月2日

(2) Gallup, "Budget Rises as Most Important Problem to Highest Since '96,"April 13, 2011.

(3) New York Times, "Video: Gingrich Announces for President" Tuesday,May 24, 2011.

(4) White House, "Summary of Receipts, Outlays and Surpluses or Deficits"

(5) 推移に関しては以下を参照 

Table 1.2-Summary of Receipts, Outlays, and Surpluses or Deficits (-) as Percentages of GDP: 1930-2016

(6) 安井明彦『米国の財政再建と「政府の大きさ」』

(7) Barak Obama, "The budget message of the president to The Congress of The United States" White House, February 14, 2011.

(8) Ron Haskings, “The budget hawks are winning” The Brookings Institution,
May 24th, 2011.

(9) 議会における力関係 上院(定数100)は民主党系53(無所属2議員含む)-共和党47。下院(同435)は共和党242-民主党193。

(10) Gallup, "Americans Favor Budget Compromise over Shutdown, 58%-33%." April 6th, 2011

(11) Barak Obama, "Remarks by the President on Fiscal Policy" The White House, Office of the Press Secretary April 13, 2011, Washington, D.C.

(12) National Commission on Fiscal Responsibility and Reform, "The Moment of Truth" Dec 1, 2010

(13) Budget.GOP.gov, "The Path to Prosperity: Restoring American's Promise," April 11, 2011.

(14) The White House, Remarks by the President, July 31, 2011

(15) Moody’s.com. April 18, 2011.

  Shift in US Budget Debate Is Positive Despite Uncertainty over Outcome

  Financial Times, “S&P US debt move sends shares tumbling,” April 18, 2011.

  S&P, "United States of America 'AAA/A-1+' Ratings Placed on CreditWatch Negative on Rising
  Risk of Policy Stalemate
July 14, 201

  "Debt deal offers only small blessings for economy." Jul 31, 2011.

  Reuters.com, "S&P: Deficit cuts of $4 trillion a good start" Jul 28, 2011.

(16) The White House, Remarks by the President, July 31, 2011

  http://www.whitehouse.gov/blog/2011/07/31/president-obama-speaks-support-bipartisan-deal-
  reduce-deficit-and-raise-debt-limit

(17) Department of Defense (DOD), pp. 59-64

(18) Ibid. pp. 59-64

(19) Ibid. pp. 59-64

(20) Barak Obama, April 13.

(21) Table 1.2-Summary of Receipts, Outlays, and Surpluses or Deficits
(-) as Percentages of GDP: 1930-2016

(22) 軍事費GDP比率推移

 Table 6.1-Composition of Outlays: 1940-2016 1976-77年間のQTは省略。

(23) 一般的に平時の軍事費でも少なくともGDP4%程度が妥当と評価されている。

  Michael E. O’Hanlon “Budgeting for Hard
Power: Defense and Security Spending Under Barack Obama” Brooking Institution
Press, 2009, 9.

(24) 待鳥聡史『財政再建と民主主義-アメリカ連邦議会の予算編成改革分析』有斐閣、2003、8-9。

(25) Ibid. 145。

(26) Ibid. 186。

(27) Ibid. 226、 The U.S. House "Republican contract with America"

(28) 村田晃嗣『現代アメリカ外交の変容-レーガン、ブッシュからオバマへ』有斐閣、2009、96。

クリントン期にみられた、R&Dに依拠することによる、軍事規模および総予算を削減しながら、軍事的能力を維持する取り組みに関しては以下を参照されたい。

齊藤祐介『冷戦終焉と米国の軍備政策 : 「量」から「質」への転換』筑波大学博士
(国際政治経済学) 学位論文

(29) 中国の軍拡による帰結に関しては以下を参考されたい。
高木誠一郎『中国の台頭と東アジア地域秩序』

中国の2010年度軍事費は1143億ドルであり、米国の約7分の1であると発表されている。

Stockholm International Peace Research Institute 2011.

(30) O’Hanlon, 2-6.

(31) Winslow T. Wheeler ed. “American’s Defense Meltdown: Pentagon Reform
for President Obama and the New Congress.” Stanford Security Studies, Stanford
University Press, 2009.

(32) The Brookings Institution "Defense budgets, American power and the national security industrial base, July 15th, 2011.