コラム

満期が近づく日米原子力協定の今後

2012-09-19
遠藤哲也(日本国際問題研究所特別研究員、元原子力委員会委員長代理)
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日本の原子力平和利用は、特に米国との協力を軸に進められて来た。燃料の調達、資機材、技術の導入などであり、それを支えたのが日米原子力協定であった。反面、協定によって厳しい原子力規制が課せられたのも事実であった。

日米原子力協定は歴史的にも最も古い原子力協定の一つで、累次改訂されて来たが、1988年に発効した現行協定は画期的なものである。核燃料サイクルなどに対する米国の規制権自体は残るものの、包括事前同意方式の導入によって一定の枠内では日本のサイクル政策は自由になったのである。核燃料サイクルが認められているのは、NPT下の非核国では日本だけである。一種の特権とも言えよう。

現行の日米原子力協定は、2018年7月に30年間の有効期限が終了する。期限が来たからと言って、直ちに協定が失効するわけではない。協定には、有効期限の6ヶ月前から文書によって通告することによって協定を終了させることができるとの延長規定が設けられているので、この事前通告がなされない限り、協定の効力はとりあえず続くことになっている。しかし、何の措置もとらずに、協定の延長条項にまかせておくことは、日米の原子力協力関係を不安定な状況に置くことになりかねないので、正式な延長手続なり、新協定の締結なりのきちんとした条約手続をとって関係を安定させるのが望ましい。

それでは、如何に対処すべきか。残念ながら現時点で、それを論じることは、内外共に非常に難しい。何故かというと、日米原子力協定は、サイクル協定ともいわれる位、その中心は核燃料サイクル、特に米国で濃縮されたウランの使用済燃料の再処理の規制である。しかるに、核燃料サイクルについては、日本の政策そのものが必ずしもはっきりしない。最近決定された政府の「革新的エネルギー・環境戦略」によれば、(イ)2030年代に原発稼動をゼロとする、(ロ)高速増殖炉「もんじゅ」は事実上、実用化は断念するということだが、具体策は先送りされているし、例えば既に保有する大量のプルトニウムに加えて再処理の結果生ずるプルトニウムはどうやって使用するのかなど不明確な点がある。いずれにせよ、このような状況では対米交渉方針を決めるのは難しい。

他方米側にも不確定要因がある。最大の要因は大統領選挙で、どちらの党が勝利を収めようとも、行政機構が落着くには相当の時間(来年の夏頃迄?)がかかる。核不拡散政策については、民主、共和両党とも軌を一にしているとはいえ、具体的なアプローチにはかなりの違いがある。どちらかと言うと、民主党系の方が核不拡散政策に対してより強硬である。

更に付け加えれば、日米間の信頼関係、特に安全保障面での信頼関係が決め手になって来よう。日米原子力協定に対し、日本側はこれをエネルギーの問題として捉えているが、米側はこれを安全保障の問題としてみているからである。パーセプション・ギャップである。又、米国と韓国の間の原子力協定交渉の帰すうも関係して来るかもしれない。ちなみに現行の米韓原子力協定は2014年に満期になり、目下韓国は再処理(パイロ・プロセッシングと称する乾式再処理)の権利を確保すべく懸命の努力を試みているようである。

それでは、現行日米原子力協定の満期にあたり、米側はどのような方針で臨んで来るだろうか。不確定の要因の多い現在、全く推測の域を出ないが、原子力分野だけに限って言えば、上述の日本政府の「新エネルギー戦略」に対しては、控えめに言っても相当の不安感を持っているのではないかと推測される。特に日本のプルトニウム大量保有には大きな懸念を持っていると言われ、「新エネルギー戦略」の下での具体的な進め方には大きな関心を示すものと思われる。

いずれにせよ、米国としては、現行の事前の包括同意方式から、以前の個別同意方式へと態度を変えて来る可能性は否定できない。そもそも現行方式は長年にわたる厳しい日米交渉の結果ようやく合意されたもので、その過程で米国行政府部内でも連邦議会でも少なからぬ反対があったことを想起すべきである。以上は、現行協定交渉に日本側代表として長年関与した筆者の感触である。日本の持つ特権は、一旦失うと再び取り戻すことは容易でなかろう。

最後に、日本としては協定改訂交渉(協定の単純延長交渉も含む)において、包括同意の現行方式を是非とも維持してゆくよう努めるべきである。そのためには、日米間の信頼関係の堅持、原子力分野について言えば日本の原子力政策、サイクル政策、(保有プルトニウムを含む)について米側の十分な理解を得ることが不可欠である。極めて難しい作業であろうが、官民あげて努力すべきであろう。