コラム

江沢民氏引退と胡錦涛体制

2004-09-24
五十川 倫義(特別研究員)
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中国共産党総書記で、国家主席の胡錦涛氏が9月16-19日、北京で開かれた共産党第16期中央委員会第4回全体会議(4中全会)で、党中央軍事委員会主席に就任し、党、国家、軍を束ねる最高指導者となった。毛沢東、鄧小平、江沢民氏を引き継ぐ第4世代のリーダーとして、どんな政治、外交を展開していくのか、注目される。

胡錦涛氏は2002年11月に行われた第16回党大会後の1中全会で、江沢民氏に代わって党総書記に就任。翌年3月の全国人民代表大会(全人代、国会にあたる)で、国家主席も江氏から引き継いだ。この4中全会で、江氏が党軍事委員会主席を辞任し、ついに胡錦涛氏が軍のトップも握った。近い時期に国家軍事委員会主席も交代するのは間違いない。

この2年間、江氏が軍事委員会主席に残留していたことから、中国の政治には江、胡という2つの目があるといわれてきた。江氏の残留は、江氏、李鵬・前全人代常務委員長、朱鎔基・前首相ら「第3世代」から、胡氏、温家宝首相、曽慶紅・国家副主席ら「第4世代」への世代交代を安定的に進めるための過渡的措置としての意味を持っていた。しかし、江氏が党と軍に隠然たる力を持っているため、胡氏が指導力を発揮できないという批判が出ていた。江氏が退いたことで、胡氏は独自色を出しやすくなった。

胡氏がめざす政治、外交の方向は、この2年間に徐々に示されてきている。第3世代は改革開放を加速させ、経済構造の転換に力を入れた。多くの国有企業が解体され、市場経済化がどんどん進んだ。これらによって、中国の経済は速いペースで発展したが、一方で、貧富の大きな格差や党・政府幹部の腐敗が深刻な状態になった。失業者や農民の不満が広がり、地方政府などへの抗議行動もしばしば起きている。ここでバトンタッチを受けた第4世代にとっては、これらの問題を解決し、経済発展を維持していくことが最大の仕事となる。

こうした状況のもとで、胡氏は「以人為本」(人を以て本となす)を繰り返し訴えている。温家宝首相とともに、大衆の不満をくみ取り、社会的弱者を救済する大衆路線を一歩、一歩展開している。その重要な1つが農業、農民対策。収入において都市や沿海部の住民から大きく引き離されたうえ、重い税や不合理な課徴金などにあえぐ農民の救済、支援に取り組む。都市の建設現場などで働く出稼ぎ農民への賃金踏み倒しが全国にまん延していたが、新指導部はこうした行為をやめさせることに力を注いだ。

2003年春、新型肺炎SARSが中国で広がった際には、胡錦涛、温家宝両氏が病院などの現場に顔を出し、大衆とともに戦おうとする姿勢を見せたことも国民に好評だった。政治局常務委員会の討議の様子を一部公表したり、政治局の活動内容を中央委員会に報告するなど、少しずつながら政治手続きの透明化も進める。外国訪問の随行員を減らすなどの実務重視も特徴だ。指導者の動向や会議の宣伝が主体だった伝統的な報道から、国民の関心のあるニュースを重視する報道への転換も打ち出している。

こうした大衆を意識した政策は国民の支持を広げ、期待も集めている。だが、この調子で、国民の支持を維持していくことは容易ではない。

例えば、ある中央の党幹部は中国が直面している問題として、人材の不足を挙げている。つまり、中央の党や政府が良い政策を掲げたとしても、それらを実践できる人材が全国的に足りない。地方にはそれぞれの権力構造もできている。格差はまだまだ広がりそうな見通しだが、各地域の指導者や行政は貧しい人々の生活を守る社会保障制度づくりや、農村の発展に成果を出せるか。また、権力を金に結びつける風潮を断ち切ることができるかどうか。4中全会でも議論されたが、解決にはまだまだ時間がかかりそうだ。

胡氏や温氏が大衆重視の路線を示すだけに、農民たちが救済を求めて地方政府に押しかけたり、さらには北京の中央官庁に直訴するケースも増えている。また、都市住民や知識層は情報公開、全人代の改革など民主化を求めている。大衆路線が進み過ぎると、逆に政権が難しい立場に追い込まれる可能性もある。

胡氏は安定した経済発展をめざしながら、大衆の不満にも対応し、同時に急激な民主化はおさえていくというスタンスを維持するものと思われる。また、江氏は退いても、江氏に近い人々が党指導部や軍にひしめいており、胡氏は彼らとの協力にも気を配らざるをえない。

外交政策は当面、大きく変わることはないと見られる。国連重視を基本にしつつも、対米政策に最大限のエネルギーを投入するだろう。対日外交にも積極的に取り組もうとしている。胡氏は「ウイン、ウイン」(ともに勝利する)という言葉を使い、日本との関係を改善し、協力関係を高めて、ともに利益を得ていこうと、意欲を見せている。小泉首相が靖国神社の参拝を続ける間は、胡氏も動きにくいだろうが、小泉後には大きな変化を見せるかも知れない。

不安定要因の1つは台湾だ。中国が「独立派」とみなす民進党の陳水扁総統がこの3月に再選されて以来、中国指導部は危機感を深めている。2008年の北京五輪を一種の人質に、陳総統が新憲法や住民投票などによって、さらに独立に近い状態をつくりだすのではないかと疑っている。最近、軍をはじめ関連部門に「武力統一」や強いけん制を主張する声が広がっている。陳政権と直接対話ができないため、中国指導部は米国、日本に陳政権けん制の協力を求めており、そのためにも、米国、日本との良好な関係が必要になっている。

胡氏にとっては、国内政治力と外交力を同時に問われる正念場であり、第4世代指導者として地位を固められるかどうかの勝負どころでもある。