研究レポート

政治的分極化進む韓国社会

2024-03-26
澤田克己(毎日新聞論説委員)
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「韓国関連」研究会 FY2023-1号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

2024年4月の韓国総選挙における話題の一つが、文在寅政権の掲げた「検察改革」のアイコン的存在だった曺国(チョ・グク)元法相による新党立ち上げだ。本稿執筆時点(3月24日)で結果は出ていないものの、中道層の票も必要な進歩派最大野党・共に民主党にはできない過激な政権批判を展開することで強硬な進歩派の支持を集めた。文政権だった2019年夏に娘の大学入試を巡る不正事件で失脚した曺氏にとって、当時の検事総長として捜査を指揮した尹錫悦大統領は宿敵である。ただ個人的な因縁を抜きにしても、この2人のコントラストは近年の韓国社会の政治的分極化を象徴するものと言えた。

進歩派は事件発覚当時、検察による強引な捜査を批判して曺氏をかばった。ソウル市内の大学で社会学を教える進歩派の教授はこの頃、筆者に対して「真面目に受験した多くの学生への裏切りであり、許されないことだ。ただ進歩派の友人たちは違う意見の人が多く、話をすると喧嘩になってしまう。私の周囲は進歩派の人ばかりなので、最近は誰とも会わないようにしている」とこぼした。無理な理屈をつけてでも身内をかばうことを、韓国では「陣営論理」と呼ぶ。教授の述懐は、一般に韓国社会で厳しい視線を向けられる入試不正であっても陣営論理にかかると問題視されないこと、さらに進歩派の人たちはそもそも保守派の人たちと交わっていないことを物語る。だから自らの属する側の陣営論理に疑問を抱いた場合には、孤立感を味わうことになるのである。

こうした現状は世論調査でも確認できる。2022年末の世論調査によると、政治性向が異なる人とは「食事や酒席を共にするのが気まずい」とか「自分もしくは子供の結婚相手として望ましくない」という人が4割を超えた。この調査では、さまざまな属性の違いを挙げて「付きあいづらいかどうか」を聞いている。これも「故郷の違う人」7.1%、「異性」16.8%、「世代の違う人」21.5%、「経済的地位の違う人」26.7%に対し、「支持政党の違う人」が40.3%と圧倒的に多かった1

国際的な比較でも、韓国の政治的分極化は米国と並んで深刻なものとなっている。先進17カ国・地域を対象にした2021年の米ピュー・リサーチセンターの世論調査では、「異なる政党を支持する人々の間に強い対立がある」と回答した人が米国と韓国で90%に達した。これに続くのは台湾69%、フランス65%、イタリア64%で、米韓は飛び抜けて高い。日本は39%なので、分極化に対する人々の認識はそれほど深刻なものになっていないと言えるだろう2

長期的なトレンドとしての分極化

韓国ギャラップ社は1991年から毎週、定例調査として大統領支持率を発表している。韓国行政研究院が、金泳三政権から文在寅政権までについての大統領支持率を分析した結果は興味深いものだった。韓国社会における政治的分極化は、長期的なトレンドの結果だというものだ。

着目したのは、支持政党と大統領支持率の関係である。与党支持者の方が大統領をより強く支持し、野党支持者の大統領支持率は低い。どこの国でも、どの時代でも、民主主義体制では当然のことだが、問題はその度合いである。与党支持者と野党支持者それぞれの大統領支持率を比較し、任期中に最もギャップが大きかった週について何ポイントの差がついていたかを調べた。結果は、▽金泳三政権39ポイント、▽金大中政権48ポイント、▽盧武鉉政権62ポイント、▽李明博政権64ポイント、▽朴槿恵政権75ポイント、▽文在寅政権85ポイントだった。文政権で最もギャップが大きかったのは、新型コロナウイルスの第1波に見舞われていた最中の2020年3月6日に発表された調査で、与党支持者の大統領支持率が89%に達した半面、保守派である最大野党支持者の大統領支持率は4%にすぎなかった3

韓国は金大中政権発足直前の1997年に通貨危機に見舞われ、大きな社会変動を経験することとなった。金大中政権は、国際通貨基金(IMF)の要求に応じて新自由主義的な経済政策に基づく構造改革を推し進めた。その後の政権が新自由主義路線を踏襲したこともあり、それ以前から問題視されてきた格差の拡大がさらに進んだとされる。大統領支持率に見る分極化は、そうしたトレンドを示すものだと考えられる。金泳三政権期(1993~1998年)より金大中政権期(1998~2003年)の方が深刻になり、盧武鉉政権期(2003~2008年)に深刻さの度合いを増したのである。

1960〜70年代に独裁体制を敷いて民主化運動を弾圧した朴正熙の娘である朴槿恵大統領の時代(2013~2017年)に、大統領支持率に見る分極化は一段と進んだ。日本との国交正常化やベトナム戦争での特需などを梃子に「漢江の奇跡」と呼ばれる高度成長の道筋を付けた父の面影を見る熱狂的な支持者に支えられた朴槿恵氏は一方で、国民とのコミュニケーションには消極姿勢を取った。メディアとのインタビューにもなかなか応じず、大統領として臨んだ初めての記者会見は就任11カ月後だった。野党との対決姿勢は終始変わらず、特に就任2年目に起きたセウォル号沈没事故の処理を巡って、政権の不誠実な対応を攻撃する進歩派とそれに反発する保守派の対立は深刻なものとなった。

韓国で初の大統領弾劾を受けた2017年大統領選挙では、進歩派の文在寅候補が保守派からの政権奪還に成功した。文在寅政権(2017~2022年)が国政の最優先課題として掲げたのが「積弊精算」である。李明博、朴槿恵と2代続いた保守派政権を「積弊」と決め付け、最終的には両氏を逮捕するに至った。そして積弊精算につながるキーワードが「主流交代」だった。金大中、盧武鉉という進歩派政権を経てもなお韓国の政治・経済の主流は保守派に握られてきたと規定し、朴槿恵弾劾で保守派が分裂状態に陥っている時に進歩派への主流交代を成し遂げようという考えだ。

象徴的だったのが、大統領選中に文陣営の共同選対本部長だった李海瓚(イ・ヘチャン)元首相が遊説先で語った言葉だ。他候補に支持率で大差を付けて楽勝ムードが漂っていた最終盤に李氏は、「選挙はもう終わったようだ」と軽口をたたきながら、政権を取ったら「極右保守勢力が再びこの国を壟断できないよう(保守派を:筆者注)徹底的に壊滅しなければならない」と主張したのだ4。文政権下で政治的分極化がさらに進んだことは驚くに値しないことだった。

政治的分極化は尹錫悦政権下でも、より深刻なものとなっている。日本支配からの解放記念日である2023年8月15日の演説では、北朝鮮を「自由と人権が無視される共産全体主義国家」と規定した上で、「共産全体主義に盲従し、でっち上げと扇動で世論を誤らせ、社会を混乱させる反国家勢力がいまだに大手を振って活動している」と主張した。尹氏はこの演説で進歩派勢力を北朝鮮の言いなりになる「共産全体主義勢力」だと決め付け、対決姿勢を示した。

何が保守派と進歩派を分けているのか

注意すべきなのは、何が保守派と進歩派を分けているのかである。韓国・西江大学の河尚応(ハ・サンウン)教授(政治心理)は「韓国の有権者レベルで見られる両極化現象は、理念両極化(ideological polarization)よりは党派的配列(partisan sorting)に近い」と指摘している。

理念的な違いを示すと考えられる所得再分配への態度と北朝鮮に対する態度の変化について2003年から2021年にかけて実施された社会意識調査の結果を分析した河氏によると、理念の面では保守派と進歩派の間で大きな違いを認められなかった。一方で、進歩政党支持者の保守政党に対する態度、保守政党支持者の進歩政党に対する態度は共に否定的な方向に変化していた5。自らの支持する党派と対立する党派の支持者だから、相手に否定的な感情を抱くということだ。

保守派と進歩派を分けるのは北朝鮮に対する認識だと言われることが多い。保守派は北朝鮮に対して強硬で、進歩派は融和的というものだ。ただし北朝鮮と直接向き合ってきた韓国社会の意識はそれほど単純ではない。特に、初めての南北首脳会談が2000年に開かれて以降、北朝鮮や統一に対する認識は大きく変化してきた。国是とされてきた統一が「必要ない」と語ることはかつてタブー視されたが、近年の世論調査では少しずつ増えている。世論調査では、南北統一より現状維持を望む意見が増えているのである。

韓国政府傘下の韓国統一研究院による2023年の意識調査では、政治理念の違いに伴う対北朝鮮認識のギャップがどの程度なのかをうかがえる設問があった。北朝鮮に対する経済制裁に「効果がない」と考える人は進歩派の最大野党・共に民主党支持者の79.7%に達するのだが、保守派与党・国民の力支持者でも68.4%は制裁に「効果がない」と答えている。一方で「南北間の対話と協力を持続的に進めることに北朝鮮を非核化へと誘導する効果はあるか」については、民主党支持者の61%が「効果はない」と考えていた。国民の力支持者は73.8%なので一定の差はあるものの、進歩派も半数以上が対話に期待をかけていないのである6。もちろん保守派の方が北朝鮮に厳しく、進歩派の方が融和的な傾向があるとは言えるものの、その差は一般に考えられているほどではないと言えるのではないだろうか。

ただ日本に関係する世論調査では、依然として保守派と進歩派で明確な違いが出ることがある。韓国最高裁判決によって日本企業に命じられた元徴用工への賠償金支払いを韓国政府傘下の財団が肩代わりするという解決策への賛否を問うた世論調査が好例だろう。2023年3月に発表された直後に韓国KBSテレビが実施した世論調査では、韓国政府の決定を「よい」としたのが39.8%で、「よくなかった」が53.1%だった。これについて回答者の理念傾向とのクロス集計を見ると、保守派の場合は「よい」が60.3%で、進歩派は「よくなかった」が69.9%。保守派と進歩派で完全に賛否が逆転していた7。この場合、日本との歴史認識紛争に対する態度が賛否に影響を与えているのか、それとも尹錫悦政権を支持するかどうかが賛否を決める主因なのかは、さらなる検討が必要になるだろう。日本政府には、こうした点を見極める努力が求められる。

(2024年3月24日校了)




1 「20대 절반 "지지정당 다른 사람과는 연애도 결혼도 힘들어"(20代の過半が『支持政党の違う人とは恋愛も結婚も難しい』」『朝鮮日報』2024年1月3日付。

2 Laura Silver, Janell Fetterolf and Aidan Connaughton, "Diversity and Division in Advanced Economies", Pew Research Center, 13 October 2021, https://www.pewresearch.org/global/2021/10/13/diversity-and-division-in-advanced-economies/(2024年3月7日最終アクセス)。

3 「與野 지지층간 '대통령 긍정평가' 격차... YS 39%p, DJ 48%p, 盧 62%p, 文 85%p(与野党支持層の間での"大統領肯定評価"ギャップ... 金泳三39 %p、金大中48%p、盧武鉉62%p、文在寅85%p)」『朝鮮日報』2024年1月3日付。

4 澤田克己『反日韓国という幻想:誤解だらけの日韓関係』 (Kindle の位置No.480-481). Kindle 版。

5 河尚応「한국 유권자 차원에서의 정치적 양극화(韓国有権者レベルでの政治的両極化)」『한국의 사회동향(韓国の社会動向) 2022』韓国統計開発院、2022年12月。

6 『통일의식조사(統一意識調査)2023』統一研究院、2023年。

7 「KBS 긴급 여론조사 결과표(KBS緊急世論調査結果表)」HankookResearch、2023年3月、https://news.kbs.co.kr/datafile/2023/03/09/308261678342950033.pdf(2024年3月7日最終アクセス)。