研究レポート

韓国の国防と背反し得る軍事力増強:地域利益が活用する民族主義

2022-01-17
渡邊武(防衛省防衛研究所主任研究官)
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「『大国間競争の時代』の朝鮮半島と秩序の行方」研究会 FY2021-6号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

はじめに

2021年9月、韓国は潜水艦からの弾道ミサイル発射実験を行った。報道によれば、この潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)は、文在寅大統領が強い関心を向けていた国産弾道ミサイル「玄武」2Bを基にしているという。前年の2020年7月23日、大統領は国防科学研究所(ADD)を訪問して「玄武」などの成果を韓国が「世界軍事力評価で6位」を達成したと称えている。

他方で、こうした強大な軍隊を求めることは韓国の国防における必要性と背反し得る。なぜなら、韓国を動機づけているのは非政治的な国防というよりも世界における地位の向上であり、そうした民族主義を航空宇宙産業に関わる地域的な利益が利用している。これは、ミサイルやロケットに限らず、国産戦闘機に関しても指摘できる。韓国は民族の偉大性への願望と地域の産業利益が混合して兵器の拡散につながるケースとなり得よう。

韓国のミサイルは中朝にとって強い懸念となりにくい

韓国の直接的な脅威は北朝鮮である。北朝鮮による核とミサイルの開発が示すのは、米国と韓国を切り離すデカップリング戦略であろう。つまり、異なる射程のミサイルを配備することで、標的たる米韓を切り放そうとしている。北朝鮮の指導者である金正恩は2021年1月の朝鮮労働党大会における演説で、弾頭重量を落とすことなく米本土の全域に届く射程15,000キロの大陸間弾道ミサイル(ICBM)の取得を掲げた。その一方で9月11日と12日には巡航ミサイルを発射し、「1,500キロ界線の標的を命中」させた。

ICBMは米国の北東アジアへの介入を抑止するもので、それよりも射程の短いミサイルは日韓を相手として域内に戦争を限定する意思表示となる。域内の勢力だけを叩く北朝鮮の能力は、米国がそこで戦う動機を弱め、拡大抑止の信頼性を低下させようとする意図を強く示唆する。

このような状況下で韓国は自主を追求している。このとき提起すべき疑義は、韓国自身のミサイルが米国の報復力を代替し得るかということだろう。

韓国が自らの領域に対する攻撃に報復する動機は米国よりも高いため、韓国の自主的な軍事力はより信頼性の高い抑止力であるという見解もあり得る。しかし、抑止はエスカレーションに強く依存しており、中小国が大国のエスカレーションの能力に追いつくことは容易ではない。

たとえ韓国が大きな弾頭重量のあるミサイル、あるいは米国と類似したミサイルを保有しても、攻撃側たる北朝鮮は韓国による報復がこれらワンセットの兵器でほとんど終わると予見することだろう。このとき、北朝鮮がほぼ1度きりのダメージを甘受できるなら、韓国はその後の北朝鮮による攻撃継続を抑止する手段は持たないこととなる。

報道によれば、北朝鮮が開戦した場合、韓国はSLBMや弾頭重量の大きなミサイルを北朝鮮首脳部の除去に用いる考えがあるという。この戦略もまた強い説得力がない。北朝鮮は戦時に金正恩の正確な所在を確認するほど韓国の諜報力が高いとは信じないかもしれない。また戦争準備の段階で北朝鮮は、殺害の企図から防護するため最高指導者の防護施設を最大限に強化することであろう。韓国の通常弾頭がそのような防護施設を破壊するほど強力なのか、疑う見方もある。かかる疑問の余地があること自体、抑止力としての信頼性に不安を生じさせる。そして、こうした初期の韓国による報復攻撃に北朝鮮が耐えたならば、韓国にはそれ以上、北朝鮮に攻撃継続の対価を恐れさせる抑止オプションが残されない。

対照的に米国は、相手への攻撃をエスカレーションさせると脅し、それによって紛争をコントロールするオプションをはるかに多く留保し続ける。まず、米軍プレゼンスは域内の攻撃者への米国による報復の可能性が高いことを示す。域内での米国の報復はそれで終わりではなく出発点であり、攻撃者が行動を続けるならば更なる米国の介入につながる。米国が介入する紛争で攻撃側が恐れねばならない最終的なエスカレーションは、韓国だけを相手にする紛争よりもはるかに大きい。

米国による拡大抑止を非大国が代替することの難しさを踏まえるなら、敵対者によるデカップリング戦略への一つの解答は、域内での攻撃への報復に米国が参加することを確実にするための米軍部隊を追加で駐屯させることであろう。例えば1979年、北大西洋条約機構(NATO)は米国の中距離核戦力たるパーシングIIミサイルを欧州域内に配備する意思を示した。これはソ連が欧州諸国だけを標的とするSS-20を配備するデカップリング戦略をとったことへの対応だった。独自ミサイルに傾く韓国の戦略は欧州NATO諸国とは対照的である。

韓国のミサイルが米軍プレゼンスと同等な抑止を構成し得ないことは、中国の反応に示されていたのかもしれない。それは、韓国のミサイル開発を制約してきた米韓ミサイル指針が2021年5月の両国による首脳会談で廃止が合意されたことへの反応だった。米韓合意の後も中国外交部の報道官は、複数の特派員から質問があったにもかかわらず、韓国のミサイル能力についての特段のコメントをしなかった。中国の報道官は、米韓首脳会談における台湾問題やQUAD(クワッド)への言及を非難した際に用いた文言を繰り返すにとどめたのだった。韓国が長射程のミサイルを保有しようとすることへの中国の曖昧な反応は、かつて米軍の韓国におけるプレゼンスの補完に厳しい対応をしたこととは対照的である。2016年7月8日、在韓米軍のターミナル段階高高度地域防衛システム(THAAD)配備で米韓が合意したことに対し、中国外交部は「強烈な不満と断固たる反対」を表するとの声明を発表している。

中国にとって問題になるのは韓国の自主的な軍事力よりは北東アジアへの米国の関与である。韓国がTHAAD配備後に中国との関係を回復させるべく行った交渉過程において、中国は韓国外相が米国の戦略核を受け入れないと約束したと一方的に発表した(2017年9月21日、韓国側はこれを否定)。そして交渉の結果、文在寅政権は「3不」政策を表明することになる。これは、韓国がミサイル防衛に参加せず、日米韓協力を「同盟」にせず、THAADの追加配備も受け入れないとのものであった。中国への公式の約束ではないとしても、このような表明をすること自体、脅威が高まっても韓国が米軍の域内プレゼンス強化に賛同しないとの見通しを作り出すことになる。文在寅政権は、デカップリング戦略を無効化する目的に反する立場を維持しつつ、独自のミサイル能力を選好している。これは中国と北朝鮮、いずれにとってもさほど悪いことではない。

韓国のSLBM試験発射への北朝鮮の反応も、直接的な安全保障上の懸念ではなく、世界的水準の武器開発を進める南北競争で韓国が優位にあることへの否定だった。北朝鮮の国防科学院院長は韓国が「『ゲーム・チェンジャー』として知られる水中兵器が『北にだけあるものか、我々もある』と自慢」したかったのだと強調した上で、韓国が発射したSLBMは、北朝鮮などが持つような革新的な技術を伴わない欠陥品と断じた。同院長は韓国の行動により朝鮮半島で軍事的緊張が高まる可能性にも触れたものの、その発言はほとんど韓国が北朝鮮の技術水準に到達できていないとの主張に集中している。

2021年10月21日には金正恩国務委員長が「国防発展展覧会」において米韓ミサイル指針についてコメントをしている。金委員長は韓国がより長射程のミサイルを求めることを「過欲」(欲が深すぎる)として、北朝鮮の自衛権だけを非論理的に否定する二重基準を適用していると糾弾した。同展覧会は北朝鮮の各種ミサイルを展示しており、その場で金正恩は「世界的」軍事力を作り出したと科学者と軍需産業を称えつつ、韓国のミサイル開発は北朝鮮による自衛権の追求を左右しない不合理なものと退けたのだった。

地域利益が活用する民族主義

北朝鮮と同様に、文在寅政権も世界で最も強大な軍事力の1つとなりたいという民族的な熱望に応えようとしていた。文在寅大統領は、韓国が軍事力において世界で6番目に達したと繰り返し称えている。そのような言及をした演説のうち、2021年8月15日の「光復節」(日本からの解放を祝う記念日)に文在寅大統領は「自主国防は過去100年間、我々の切実な夢」だったと述べた。この民族主義は国防優先の考えのように見えるが、実際にはかなり異なる。世界的な軍事力のランキングは、地域内での脅威から韓国を防衛することとほとんど関係がない。

誇らしい軍隊を求める愛国的な願望は、各地の産業に向けられた地域利益により利用されている。韓国政府は「国防宇宙開発」をこえて「国家宇宙開発」の時代を開こうとしている――それが2021年10月1日、国軍の記念日に際して文在寅大統領が謳った方向であった。政権が発足した当初から、韓国国会において政府に米韓ミサイル指針の廃止を主導的に要求した議員は複数の政党にわたっていたが、いずれも宇宙産業の潜在的な中心地、光州と大田から選出されていた。光州は、ナロ宇宙センターが所在する全羅南道に囲まれた中心都市であり、大田にはナロ宇宙センターを運営する航空宇宙研究院など多くの研究機関が所在している。

当時、光州選出の議員であった金京鎭は、米韓ミサイル指針が韓国憲法に反しており主権も侵害しているとして、国産ロケットの出力に対する指針による制約をやめるよう外交部に強く要求した(2017年10月31日)。同じく光州から選出されていた金東喆は国防部長官に対し、ロシアや中国が北朝鮮のミサイル能力を、米韓ミサイル指針のように制約しているのかと述べて指針への疑義を表明した(2017年11月14日)。

やがて2020年7月28日になって、米韓はミサイル指針による固体燃料ロケット取得への制約を廃止することで合意したが、その際に韓国大統領府は特に、大田を拠点とする宇宙ベンチャー企業、ペリジー・エアロスペース社によるロケット開発に言及している。大田は、大統領側の「共に民主」党の有力議員、朴炳錫の選挙区であり、彼は固体燃料ロケット開発のためにミサイル指針の制約を取り除くべきとの議論を主導していた(同議員は2020年6月に国会議長に就任する直前まで同党に在籍)。

ロケット開発に関わる地域的な利益を後押ししたのは文在寅大統領の愛国的アジェンダである。政権が固体燃料ロケットへの制約廃止を発表したとき、金鉉宗国家安保室第2次長は文在寅大統領の「誰も揺るがせない国」に向けた願望を引用してその意義を強調した。同次長によれば、大統領は「誰も揺るがせない国」について演説した2019年の光復節から約2か月後、同年10月に国家安全保障会議にミサイル指針の修正に向けた米ホワイト・ハウスとの直接交渉を指示したのだという。

民族主義と地域利益が結合した事例はミサイル関連技術に止まらない。2021年の光復節演説で文在寅大統領は、韓国初の国産戦闘機KF-21も世界6位の軍事力に関わるもう一つの成果として称えており、そこにも地域産業が影響をもたらしていた。同年4月のKF-21の試作機出庫の記念式典で文在寅大統領はこの事業が本格化したのは2010年だと述べている。実は2010年まで韓国空軍は、おそらく任務に支障をきたすという理由からこの国産事業を推進させまいとしていた。

2009年度と2010年度の国家予算にKF-21事業(当時KF-X)は含まれていない。このころ、韓国国防事業庁(DAPA)は国産戦闘機開発に時間を投ずることに積極的であったが、空軍は老朽化して事故が相次ぐ戦闘機F-5を代替する戦闘機を早期に導入することを追求していた。2009年11月20日、国会においてDAPA庁長は、KF-X事業の推進後に実現可能性がないことが明らかになり、空軍の需要を満たせない可能性があると認めている。庁長はまた、輸入する場合との比較でKF-Xに否定的な見解を示す報告が、韓国国防研究院から提出されていたことも明らかにしていた。

それにもかかわらず、国会国防委員会の予算小委員会は2009年と2010年のいずれにおいてもKF-X事業の費目を追加している。2010年度予算については国会本会議で当該費目が削除されたものの、国防委員会からの圧力は効果を発揮した。KF-Xの含まれない予算の国会通過から間もなく、2010年1月に航空宇宙産業に関する政府審議会はKF-Xを含む中期の開発計画を議決したのだった。同年から、KF-X事業は本格化する。

こうしたKF-X事業の初期において、国会における同事業の最も強い主張者であった金鶴松議員は当時の鎮海市の選出であり、同市近隣にはサムスン・テックウィン(現ハンファ・テックウィン)、ファーステック、LIG Nex1といった航空宇宙産業に属する企業が所在していた。サムソン・テックウィンはKF-21の製造元となる韓国航空宇宙産業(KAI)の大口出資企業でもあった。また、国会国防委員会の予算小委員会委員長だった劉承旼は保守系有力議員であり、選挙区の大邱市の都市圏にもLIG Nex1および、やはり航空宇宙産業に関わるサムソン・タレス(現ハンファ・タレス)の工場が立地していた。

航空宇宙産業に強く関わる地域的な利益なくして、韓国空軍がもともとは選好していなかったKF-21事業が結実することはなかっただろう。かかる産業利益の正当化にあたっては、国家的な自尊心が作用していた。KAIで行われたKF-21の出庫式において文在寅大統領は「政府は2030年代に航空分野世界7大強国に跳躍する目標を打ち立てた」と述べている。これは非政治的な国防の議論ではない。

結語

韓国はミサイルと空軍力の増強に関わる注目すべき事例となり得る外部の脅威への対応よりは、民族主義と地域利益の結合により軍備増強が進展している。結果として、韓国の野心的な航空宇宙事業は、抑止や軍の専門的な任務と背反するものとなり得る。民族主義が活用されるこの傾向は、韓国が経済的にこれを甘受し得る限り、あるいは経済的な利益が見込める限り、継続することだろう。

(1月17日校了)